2009年09月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落115

115 From this we can see that there is no center to the universe; no Throne from which all knowledge is broadcast. Each action is the center of the universe unto itself; for radiations going out from it travel in all directions, and fill space. Since everything, both tangible and intangible (in this case we are speaking of thought), comes out of the one Cosmic Cause, we can safely assume that there is no action that is not universal.
115 ここから私達は宇宙には中心が無いこと、全ての知識が放射されるような王座は無いことが分かります。行動の一つ一つがそれ自身に対する宇宙における中心なのです。何故ならそれから発せられる放射物はあらゆる方向に向かって旅し、そして宇宙を満たすからです。理解できることと理解できないことの両方が(この場合、想念について述べているのですが)、一つの宇宙的因から発せられている故に、私達は宇宙的でない行為は存在しないと思って差し支えはありません。


【解説】
 想念が各々の発信源から周囲に拡がる様子は、丁度、水面に降る雨粒が各々の波紋を拡げて行くのに似ています。各々の想念は広大な空間を各自の心を媒介として宇宙の隅々にまで拡がって行くということです。宇宙には中心はなく、各々の想念を発する所や行動を起こす所がそれら拡がる波紋の中心になると言う訳です。
 もちろん、心を通過させる想念には、大きな潜在能力がありますので、それらの想念から引き起こされる事態に私達は注意する必要があります。また、当然のことながら、その中心である発信者には最も大きな影響力を持つことは当然のことです。また、想念が宇宙の果てや何らかの障害物によって跳ね返って来る場合は、その発信源に必ず帰って来て、大きな影響を与えるだろうことは、水面に拡がる雨粒の波紋の行方を見れば良く分かるところです

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落114

114 This is the way thought is transferred from one point to another. A thought-ray of energy, which is nothing more than a charged particle created by the contact of two or more units (remember, thought is a chemical action), is shot out imparting its energy to other particles by exerting pressure upon them. This continues indefinitely, or until this force once generated, is picked up by some instrument capable of changing its character. Energy of any type cannot be destroyed; it can only be transformed from one form to another. Thought, being a type of energy, will travel through space until it is put to some use.
114 これが想念が一地点から他の地点に移送される方法です。二つ或いはそれ以上の単位の接触によって造り出された荷電粒子以外の何物でもない想念のエネルギー線(想念は化学的作用であることを覚えておいて下さい)は、外に向かって発射され、そのエネルギーを他の粒子に圧力を加えることによって伝えます。これは、この一度生成された力が何かその性質を変えることが出来る何らかの装置によって取り上げられるまでは、無期限に続きます。如何なるタイプのエネルギーも破壊されることはなく、一点から他点に移送されるのみです。一つのエネルギーである想念はそれが何かに利用されるまでは、宇宙を旅するのです。


【解説】
 本項では粒子間に次々に電荷が伝達されて行く様子こそが、想念伝達の姿だと解説しています。想念エネルギーは消滅することなく、宇宙に拡がり、伝達されて行く訳です。その過程で私達の心を構成する微小電荷の粒子群に到達し、エネルギーが伝達される時、私達はその想念を認識できることになります。
 注目すべきは、世に言うテレパシーをここでは、「超能力」というような神秘的なものでなく、極めて科学的な現象として説明していることです。残念ながら現時点では、これらの理論は地球の科学レベルでは観測されてはいませんが、いずれは認知される時代も来ることでしょう。
 いずれにせよ、私達は広大な想念の海とも呼ぶべき無数の想念波動が飛び交う中に生きています。それら想念の中身はレベルの低い段階のものから、高次なものまで様々のものが存在する筈です。その内、どれと同調し、行動に活用して行くか、選択するのは私達自身です。まさに行動して呉れと願っているのが想念であり、その送り手です。それ故に、私達は常に警戒を怠らず、より望ましい想念に同調できるよう、自身のチューナー、自身の心構えを整えておかねばなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落113

113 To demonstrate this relay, let us set up a row of dominos on a table, leaving a space between each one two-thirds the length of a domino. Now, using our finger to exert a slight pressure we energize, or propel into action, the first domino, which falls forward striking the second; thereby imparting its acquired energy to that domino. The second, as it falls, imparts its energy to the third, and so on until the last domino strikes the table; their total energy now having been transformed into sound and heat. The initial action here was produced by the forceful contact of two objects, our finger and the first domino, then conferred to the other objects by a system of relays.
113 このリレーを明らかにする為に、テーブルの上にドミノを一列に並べましょう。各々ドミノの高さの3分の2の距離を残して並べるのです。そして、私達の指を使って最初のドミノにわずかな圧力を加えるか、動かそうとします。するとそれは前に倒れて二番目に打当たります。そうすることで次のドミノに獲得したエネルギーを伝えます。二番目のものは倒れることでそのエネルギーを三番目に伝え、最後のドミノがテーブルを叩くまで続きます。それらの全体のエネルギーは今や、音と熱に形を変えられたのです。その最初の行動はここでは、私達の指と最初のドミノという二つの物体の力強い接触によって作られ、その後リレーの体系によって他の対象物に与えられたのです。


【解説】
 本項では想念が伝達されて行く様子をテーブルに並べられたドミノが次々に転倒して、波が伝わることに例えて表現しています。ここでドミノの小片を心の一部分、テーブル上の一連のドミノ群を心に見立てて、想念が心の中を通過する状況を想定しても良いのですが、ドミノの小片を各自の心に見立てればどのような状況になるのでしょうか。
 つまり、ある者が抱いたアイデアは直ちに隣接する者の心に到達し、次々にその想念が四方に拡がって行く状況が思い浮びます。私達が想念を認識した時、その想念は引き続いて次なる者に受け渡されることとなり、こうして思いも寄らぬ広範囲な人々の間に拡がることとなります。まして、テレビ等のマスコミによって特定の想念が認識し易くされれば、その影響は計り知れません。
 昔から、アダムスキー氏の哲学書に数多く出て来る表現に、「心の大通りに想念を通過させる」という表現があります。心がドミノの一片とすれば、次々に押し寄せる宇宙的想念エネルギーに対して何ら抵抗することなく、それらを自由に通過させることは、宇宙の構成員である私達の義務かも知れません。想念の発信者の意図を宇宙くまなく伝える為には、その構成員たる者、勝手な判断による波動を停止させるべきではなく、各自が宇宙からのメッセージを数多く通過させることが望まれているということです。日頃から努めて良い想念を抱くことが人知れず他の者に対する奉仕的活動の一つになるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落112

112 In like manner, because we have abundant proof of the transmission of thought from a distance, we must admit a universal medium for thought transmittance. We cannot define the characteristics or composition of mind, we only know from effect that, like ether, mind permeates all space and all substance; and that it is capable of passing through itself those thought-waves which are so much finer than the vibrations of light. Whatever mind is, it must be composed of highly charged particles; and, except for fineness of character, be much like the more concentrated substance composing material forms. For only by means of a relay, can energy be carried from place to place.
112 これと同様に、私達も遠方からの想念の伝達に関する豊富な証拠を持っておりますので、私達は想念伝達に対して宇宙に広がる媒体の存在を認めなければなりません。私達は心の諸性質や構成を定義することは出来ず、只、エーテルのように心が全ての宇宙空間と物質に浸透していることを知っているのみです。また、それが光の振動よりもはるかに微細なそれら想念波動をそれ自身を通して通過させられることもです。心が何物であれ、それは高電位に荷電した粒子群から構成されているに違いありません。そして、それが繊細な性格であることを除けば、物体を構成するより濃密化した物質に近いに違いありません。何故なら、リレーの手法によってのみ、エネルギーは場所から場所に運ばれ得るからです。


【解説】
 本項で私達の心が空間や物質に浸透しているという点について注目したいと思います。例えば、自然観察において、野外の動植物を見たとします。その際、その対象物に親近感が湧き、何らかの印象を受けた場合には、本項によれば、私の心と対象物の心が融合していることを意味します。
 つまり、文字通り、心を通わせなければ、互いの暗黙の意思は繋がりません。また、相手を受け入れることの真の意味は、相手から放射される心の粒子に対して反発、拒絶することなく、融合的態度で受け入れることであることが分かります。この目に見えない互いが放射する心の拡がり同士の相互関係が、物質にも身体自身にも大きな影響を与えている訳です。各自の心の有り様が、周囲にも自身にも大きな影響を及ぼしているということは、改めて明記されるべき、重要なポイントです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落111

111 Mind is the medium by which thought is carried from one point to another. Common reasoning tells us that it is impossible for any vehicle, whether it be of vibration or matter, to travel from place to place without a medium of transference. Science, in its study of electrical energy, and light and sound waves, acknowledges various agencies of transference. The medium of light transmission they have named ether. While admitting they do not know the character of ether, science is sure of its existence and certain of the fact that it is diffused throughout all substance; that it pervades all space, and is capable of handing on undulations of various types from one point to another. Yet the only proof they have of the reality of ether, is the effect produced.
111 心は想念が一点から他の地点に運ばれる媒体なのです。一般的な推論では、振動であれ物質であれ、どんな乗り物も移動の媒体が無ければ、ある場所から別の場所に移動することは不可能だとしています。電気エネルギーや光、音波を研究する科学は、様々な移動媒体の存在を認めています。光の伝達の媒体を、彼らはエーテルと名付けました。エーテルの性質を知らないことを認める一方で、科学はその存在とそれが全ての物質に拡散浸透している事実については確信しています。即ち、それが全宇宙に行き渡り、一点から他の地点に向かう様々なタイプの波動を取扱うことができるということです。しかも、彼らが手にしているエーテルの事実に関する唯一の証拠は作り出された結果に過ぎません。


【解説】
 心によって想念が伝わるということは、心は単に身体のある特定部位に限定して存在するのではなく、身体を含めた広い空間に拡がっていることを意味します。そうなると「想念が伝わる」「想いに気付く」ということは、私の心が他の者の心に接する状況になっており、その中を想念が伝達することになります。
 こうなると、私達の心は相当の距離まで放射状に拡がっていることになり、その状況は仏像の光背どころではない大きさになります。このように外部に拡がった互いの心が接し、想念波動がうまく伝達する時、「想いが伝わる」ということになる訳です。その為には、一方の心と他の心がある程度、融合できる体制が必要な気がします。遠距離からの想念が届く場合には、どんなに遠距離であっても発信者と受信者の心が繋がっている必要があるように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落110

110 The question will now arise; if thought is merely a ray of energy produced by chemical action, what is mind?
110 そこで質問が上がるでしょう。もし、想念が化学反応によって造り出された単なるエネルギーの光線だとすれば、心は何であるかと。


【解説】
 各自の生活、ひいては生涯に及ぼす影響が大きいのは心の状態です。同じ状況や環境に対しても、悲観的に見るのか、楽観的に過ごすのか、或いは何ら無頓着に気付かぬまま過ごすか等、心の有り様は様々です。これまで想念の伝播や伝播した際の作用について学んで来ましたが、心そのものについて改めて問いかけをしているのが、本項です。
 私達が想念を発する時、ふとアイデアがひらめく時、その想念は私達の心によって捉えられた状態と言えるかも知れません。これら想念を受信すること、また受信した想念を再び増幅して放出するのも心の作用だと思われます。このように心はこれまで学んだように、感覚からの反応を増幅する機能や通過する想念をキャッチする機能を持つ受信器であり、どのような種類の想念を好むかによっても感受性に違いが出ているように思います。
 アダムスキー氏が心をどのようなものだと解説しているかは、次項以降に学びます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落109

109 Thought is not sent out in one straight line as a bullet travels from the barrel of a gun. It goes out in billions of straight lines in all directions. We may imagine a thought as a spark of light, with radiations extending as an equal force in all directions; giving the impression of a sphere at any point of its expansion. And like light, a thought vibration once created, will extend indefinitely unless intercepted by some object capable of absorbing and dissipating that particular ray of energy.
109 想念は鉄砲の銃身から打ち出される弾丸のように一本の直線として送りだされるのではありません。想念はあらゆる方向に向けた何十億の直線のように外に出て行くのです。私達は光のスパークのように拡大する過程のどの地点でも球体に見えるような、あらゆる方向に等しい力を広げながら拡大するものとして想念を想像しても良いかと思います。そして光のように、一旦造り出された想念波動は、そのエネルギー光線を吸収し、消失することが出来る物体によって遮られない限り、無限に拡がって行くのです。


【解説】
 重要なのは、想念は発信者からあらゆる方向に放射状に広がって行くということでしょう。仮にある特定な対象に向けて想念を発したとしても、それはその他のものにも等しく放射されるということです。従って想いは本来、隠すことは出来ないものであり、他人が思うことも容易にキャッチ出来ることになります。また、想念は宇宙に広がって行き、それが通過する際に、誰にでも感知され、実行に移される可能性があります。よく、発明や発見が世界同時的に起ることがありますが、人々に浮かぶ発想は、他の人にも感知される良い例かと思います。
 そうなると、私達が発する想念は、よほど注意が必要であることが分かります。単に自身の肉体に影響を及ぼすのみならず、その想念が人と接する広範囲な場所で同様な影響を与える可能性が高いからです。良い想念は見知らぬ人々にも良い影響を与えますが、逆に劣悪な想念は宇宙全体に悪影響をもたらす可能性もあるからです。
 他惑星社会においては、これら良質な想念が響き合っている訳ですから、その作用は計り知れないレベルであると思われます。一方、地球においては怒りや憎しみの想念も多数生まれておりますので、その中でそれらに影響されず正しく生きることは容易ではありません。学習者にとっては、格好のトレーニングの場となっているということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落108

108 All thought registers as a vibration, in space. When thought is given to audible expression it create a pitch, or frequency, relative to itself. This same law applies to silent thoughts, for they, too, have a definite vibratory rate which registers upon the sensitive plate of space.
108 あらゆる想念は宇宙の中では振動として記録されます。想念が耳に聞こえる表現として与えられる時には、それはそれ自身に比例した音の高低即ち周波数を造り上げます。これと同じ法則が無言なる諸想念にも適用されます。それらもまた、宇宙の感光板に登録される明確なる振動率を有しているからです。

【解説】
 前項(107)にあるように、想念が何処から来るものか、私達にはよく分かりませんが、その想念自体は振動であり、各々特有の振動数を有しているとしています。これら想念の振動は空間に満遍なく広がる形で放射され、接した先々で具体的な作用をもたらすということです。
 それは本項では感光板に当った際の画像の記録のように表現されていますが、今日的には各家の衛星放送のパラボラアンテナが宇宙から降り注ぐ放送電波を受信しようとしていることと似ています。耳に聞こえず、目に見えない電波ですが、ひとたび各自がその真のメッセージを解読できれば、ハイビジョンの映像を楽しめることになります。
 多くの家で衛星放送のアンテナが同じ方向に向けてセットされている光景を見るにつけ、実に多くの人々が宇宙からのメッセージを受けたいとしているように思えてしまいます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落107

107 We cannot explain Primal Creation from the effects we see about us, neither can we explain the creation of thought except as an activity brought about by the law of affinity. We do not know what causes certain attracting and repelling actions. We must simply accept the fact that such a law exists, and that it does command the combination of chemicals to create a form of energy. It is an aggressive force which radiates in all directions, causing pressure upon the surrounding force-space, thereby creating waves in that element.
107 私達は、私達の周りで目にする諸結果から、原始の創造を説明することは出来ません。想念の創造を親和の法則によってもたらされる活動という以外に言い表わすことは出来ません。私達はある種の引力と斥力が何によってもたらされるのか知りません。私達は単純に、このような法則が存在し、それがエネルギーの形を造り出す為、化学物質の組み合わせを命じているという事実を受け入れなければなりません。それはあらゆる方向に放射する積極的な力であり、周囲の力の空間に対し、圧力を生じさせ、それによってその要素に波を作り上げるのです。


【解説】
 本項では創造の過程をイメージさせるような記述がされています。即ち、私達は宇宙空間に浮かぶ水面のようなものとします。そこに本項で言う原始の創造の力が宇宙の源泉からやって来ます。私達の体内をそれらが通過する時、私達は体内で起った原子の変化に気が付きます。それは想念或いはアイデアとして心に認識されます。
 また、その反応は確かな影響力を持っていて、周囲にそのメッセージを体現して行くことになります。もし、この宇宙の源泉との親和力が高まれば、より多くのメッセージを感受できることとなり、やがてはそれら宇宙の想念を自ら体現する者となるように思われます。
 以上のような内容を、著者アダムスキー氏は述べているように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落106

106 It is this force that brings into existence, and activates, the atoms of form. But form in this sense is not confined to visible manifestation alone; for the same atoms which make up solid substance, also make up the elements of space. To our present knowledge, there are some hundred odd elements; out of which innumerable compounds and compositions are created. We are living in what could rightly be called a chemical universe; conceived out of Intelligence, and perpetuated by Force. Each manifestation we see about us is the effect of chemical action and reaction. Light, heat, sound, growth and disintegration, are all chemical actions. And believe it or not . . . thought is also a chemical action!
106 形有るものの原子達をこの世に存在させ、活性化させているのはこの力なのです。しかし、この形有るものという意味は目に見える創造物だけに限定されてはいません。何故なら、硬い物質を造り上げる同じ原子達が、宇宙の諸要素を造り上げているからです。私達の現在の知識では、百余りの元素がありますが、その中から無数の化合物と複合物が造り出されています。私達は正しく化学的宇宙と言うべき中で暮らしているのです。即ち、知性の中から孕まれ、力によって永続されているのです。私達が目にする個々の創造物は化学的活動と反応の結果です。光、熱、音、生長や分解は全て化学的反応です。そして信じないかも知れませんが、想念もまた、化学反応なのです。


【解説】
 物質世界を構成する分子原子の存在を支え、それらの間の反応を指揮しているのが力(フォース)であるとしています。ここで注意したいのは、この「力(フォース)」という言葉は、映画「スターウォーズ」にも出て来ますが、決して超常的な面は無いということです。確かに私達から見れば、その働きは怖れ敬う存在ではありますが、本項はそれらの活動を化学反応だと分析しているのです。つまりは所定の法則の下、物質をベースとして行われる自然界の化学変化であると解説している訳です。
 生物の体内では各部からの様々な情報を化学物質のやり取りで伝達すると言われています。これらのメッセージが樹液や血液に溶出して全身に行き渡るとすれば、想念が身体全体に大きな影響を与えていることが分かります。私達の身体と宇宙とがこの物質元素を通して一体になっていることを自覚することが大切です。言い替えれば全ての現象の背後には物質の化学変化、反応過程があるということです。生命そのものも化学的なものだと認識する必要があるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落105

105 Of universal force we know little except that it has two fields of action; attraction and repulsion. These are transformed into energy, which pervades all substance, or form. We recognize force only by the effect of its actions, which in mechanical fields is known as energy; and in psychological studies as thought, emotion, etc.
105 私達は宇宙の力について、只、それが引力と斥力という二つの行動の場を持っているということ以外、ほとんど知ってはおりません。これらの場はエネルギーに変換され、全ての物質、或いは形に行き渡っています。私達は力をその行動の結果から認識するだけであり、その力は機械分野ではエネルギーとして、心理学の研究においては想念や衝動等として知られています。


【解説】
 本項では前項(104)を受けて、宇宙の3要素の一つ、「力」(フォース)について述べています。
 その「力」なるものは、引力と斥力の二つから成り、それらがエネルギーに変換されるのだとしています。力を「引力と斥力」に二分することは、東洋の「陰陽」にも通じるもので、これら二つの要素があって初めてエネルギーが生まれるということでしょう。磁石のN極、S極の作用と同じです。
 問題は、これらの引力と斥力の変換先が、精神面では想念衝動を示すとしていることです。これについては、目下、明確な答えを持ち合わせていませんが、少なくても想念を波動として捉えれば、その波動伝播について、若干のイメージは描くことが出来ます。即ち、水面に波紋が広がる様子を想定します。エネルギーとしての波動は次々に外側に波が広がって行く様子から、エネルギーが伝播する状況が分かりますが、その伝播は波に沿って水が移動する訳ではなく、あくまで水の分子はその場で上下に運動するだけで、波のエネルギーを後続に伝えているに過ぎません。水の分子が上下に運動することで全体としては、波のエネルギーを放射させている訳です。おそらく、想念についても同様で、これら引力と席玉からなるエネルギーが何らかの媒体を通じて、伝わるものと考えられます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落104

104 To the best of man's knowledge, the universe is composed of three things: Intelligence . . . Force . . . Form. I have used the term intelligence here for lack of a better word. No language on earth possesses descriptive powers to define the true meaning of Cosmic Intelligence. We simply know that out of this Supreme Intelligence emerges all manifestation. Force and Form can be measured; one as an impulse, or energy; the other as a manifestation, or form. But the Creator of both, the Father principle in Christianity, is beyond the comprehension of mortal mind to understand.
104 人間の知る限り、宇宙は三つのものから成り立っています。知性、力、そして形です。私は知性という言葉を他により良い言葉が無い為に使って来ました。地球上の如何なる言語も宇宙英知の真の意味を定義できる表現力を持ってはいません。私達は単に、この至上なる知性から全ての創造物が出現したことを知っているだけです。力と形は計ることが出来ます。前者は衝動、或いはエネルギーとして、後者は現出した創造物、あるいは形としてです。しかし、両者の創造主であるキリスト教で言う父性原理は人間の心の理解を超えた存在なのです。


【解説】
 本項で当たり前のように述べられている「知性」、「力」、「形あるもの」の3要素ですが、通常、私達はこの最後の「形」(物質)については、ある程度掌握しているものの、他の2つに気付くことは極めて少ないのではないでしょうか。時折、雲の動きや大洋の波のうねりからエネルギーの存在に気付くのみです。私達の多くは形あるものを通じて現れる「力」(エネルギー)を見て、物質の奥に流れる生命力を知覚したと思っているのです。
 ここで重要なのは、実はその力や形の奥に、それらを指揮する頭脳とも言うべき知性の存在があると著者アダムスキー氏が言っていることです。つまりは現象界にあるあらゆるものを生み出したのが、その知性だと言っているのです。つまりは、私達は宝石や芸術作品をめでるように、創造物、つまり形あるものを大切にすることは出来ますし、古来から雷神を祀るように自然界の強烈なパワーを怖れ敬って来ました。しかし、これらの贈り主である宇宙の知性に対して、どれ程の関心を抱いて来たのかは疑問です。
 広大は宇宙全体にも及ぶ全ての創造物をこの世に生み出した知性に、より以上の関心を抱き、その知性を少しでも理解しようとする姿勢が必要だと言うことです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落103

103 As we take up the subject of telepathy, or thought-transference, we must learn something of thought itself. To do this requires an understanding of the universe in which we live, for man is a product of Nature; and in his natural mental state, aligns himself with its laws either consciously or unconsciously.
103 私達がテレパシー、想念移動の課題を取り上げる際、私達は想念自体についての事柄を学ばなければなりません。これを為すためには、私達が住む宇宙についての理解が必要です。何故なら、人は大自然の産物であるからです。そして人は自然な精神状態において、意識的或いは無意識に自分自身をこの諸法則に従わせるのです。


【解説】
 先ずは私達の目標は、「想念」を捕らえることから始まるということでしょう。これを為すには、自分自身を冷静に観察し、湧き起こる想念を認識する必要があります。その上で、前項(102)で示されたように、どれが感覚が作り出した意味の無い勝手な意見なのか、深遠なる宇宙の中心から私達にもたらされたインスピレーションなのかを識別することが重要となります。その為には、ある程度、冷静に自分を見つめる余裕を持って日常を送ることになります。
 一方、私達自身も、その本質は創造物の最高位に位置付けられる程の潜在力を持っておりますので、基本的には宇宙の創造主の法則に沿って生きようとしている訳です。もっともそうでなければ、とうの昔に人類は地球から滅びてしまった筈です。自分の中に宇宙の源泉を志向する傾向があることは、創造物がその創造主を求めることと同じです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落102

CHAPTER IV

Thought As Energy

102 This clearer understanding of the basic working of my mind, awakened me to the realization that impressions came through many different channels. It would now be necessary for me to study each one carefully to see whether it stemmed from a carnal origin, known as effect to effect, or if it were a truly Cosmic impression; coming from the Cosmic Cause to the pure Cause (or Force) within me.

第4章

エネルギーとしての想念

102 私の心の基本的な働きに関するこのより明確な理解は、私に印象類というものは様々に異なるチャンネルからやって来ることを悟らせることとなりました。私にとって、個々の印象を注意深く、それがいわゆる結果から結果として知られるように、肉欲に起原があるのか、或いは真実、宇宙の因から私の中にある純粋は因(或いはフォース)にやって来たものであるかを研究することが今や必要となるでしょう。



【解説】
 本項から第1部の最終章にあたる第4章に入ります。前章では人間の四感の間の葛藤や、人間が行動する時に印象や想念が発生してから脳を仲介として、心が個々の筋肉に指令して、具体的な行動に移るまでの各段階を経てはじめて行動として表わされること等を学びました。
 本章では、その行為の源となる想念の持つ力(エネルギー)について学びます。
 これまでも様々な所で学んで来たように、想念には力があります。それは直ちにスプーンを曲げたり、カードの裏の数字を言い当てたりすることよりも、私達にとってより重要なのは、それが実現力を持って空間に放射されるということでしょう。つまり、どのような考えであれ、自分が抱いた想念は遅かれ早かれ具現化する力を持っているということです。それに要する時間の長短はあるにせよ、想念には結果の世界に対して、現実化する潜在力があることに留意しなければなりません。
 従って、そのような想念を抱くか、どのような想念を受け入れるかが大変重要なことなのです。人の人生を大きく変えてしまうのが、日頃の想念の在り方です。既に私達は4つの感覚が各々裁きに満ちた想念を発していることを学びました。それは本項でいる「結果から結果への」想念に属するものです。しかし、一方、インスピレーション(啓示)等で表現されるように、宇宙の因から私達に降り注ぐ恩寵の想念も多く存在します。私達は各自の感覚を修練する一方で、これら創造主からのメッセージにより多くの関心を持つ必要があります。一日一日の精進がその人を形作って行くことに間違いはありません。進歩の道を歩むことが各自に期待されているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落101

101 We, too, are under this law. That is why we are driven by an inner urge to strive beyond our present limitations toward a higher understanding.
101 私達もまた、この法則の下にいます。それが私達が、より高次な理解に向かって自分達の現在の限界を越えようと努力するよう内なる衝動によって促される理由です。


【解説】
 私達の生きる目的とは何かについて、本項は明確に示しています。生命に対するより深い理解を得る為に、私達は日々の生活を通じて、より高いレベルを目指して努力しているということです。また、その成果には、他者を導く為に役立つ作品を現すことも含まれることでしょう。世の中の芸術の類いや建造物、その他文学に至るまで、他者に役立つものを残すことは、私達の本来の仕事です。
 これらを可能とするのが、本項で言う、内なる衝動です。これらの出所は宇宙の深遠なる場所で、それらは誰にも無償で与えられている創造主からのメッセージである訳で、その持つ潜在力に気付けば、それを容易に現実化させられます。その為にも、その衝動に対して、何ら抵抗せず、素直に受け入れ、自ら行動して見ることです。その結果、たとえわずかずつでも実行し、対応する成果が得られることが分かれば、その法則性を知り、ますます人は印象(フィーリング)に従った生活を送るようになることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落100

100 In Nature, this urge for action comes directly from the Cosmic Cause of all creation. She does not arbitrarily try to grow a pine tree from an apple seed, but follows the archetype set down by the Creator. Therefore, the universe moves in orderly manifestation of creation and recreation.
100 自然においては、行動に対するこの衝動は全創造物の宇宙的因から直接やって来ます。自然は勝手にリンゴの種から松ノ木を育てようとはせず、創造主によってセットされた原型に従うのです。ですから、宇宙は創造と再創造の秩序ある現れの中で動いているのです。


【解説】
 決まりきった習慣的な、また問題のある私達の感覚からの印象に代えて、本項に記されているように、全てを知る宇宙の因から直接、印象(インスピレーション)を受けることが出来れば、どんなに素晴らしいことでしょう。
 多くの芸術家は、このようにしてこれら宇宙の因と繋がる印象を、形あるものとして地上に作品を具現化した訳です。原理は同じでも感覚からの印象と宇宙の因からの印象には雲泥の違いがあり、私達は先ずは自らの感覚の前に宇宙の因、創造主の意図に忠実である必要があります。かつてイタリア、アッシジの聖フランシスコは着物も住い、所持品を全て投げ捨てて、ひたすらイエス・キリストに倣おうとしたとされています。多くの逸話が残る中で、フランチェスコは鳥達と語らうことが出来たとされています。まさに万物と会話するというテレパシー能力を示唆しているものです。
 私達は決して特異な修業を行うことはありませんが、日々の生活の合間から、この宇宙の因に心が気付くようになりたいと願うことも大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落099

099 This, of course, is but one level of impressions, yet one that is very important for man to understand; for it illustrates the dependency of all life upon thought, or intelligence. It is from this level of impressions that many carnal minds form their limited, opinionated, thought-patterns or habits.
099 このことはもちろん、印象の一つのレベルでしかありませんが、人にとっては全ての生命が想念、あるいは知性に依存していることを理解するという点で大変重要な所です。多くの肉欲の心がそれらの限界に満ちた、頑迷な想念パターン類、或いは習慣を作り出すのはこのレベルの印象類からなのです。


【解説】
 ここで著者が述べたいことは、私達が意識するしないにかかわらず、私達の行動の全てが、感覚からの想念(情報)を受けて心が身体に指令を出した結果として為されるということです。心が発する指令が想念として分類できるものかは分かりませんが、少なくても実現力のある命令であることは分かります。
 しかし残念ながら、これらの事柄は最低のレベルである訳です。感覚が発する好き嫌いや品定めの傾向は、現実に低次元なレベルの想念(印象)しか発することはありません。その想念に基づく私達の行動は多くの問題を引き起こすことになります。
 一方、これら感覚を鎮め、本来の姿勢に矯正することによって、少しずつではありますが、私達の感覚も変容して来るでしょうし、また取扱う印象もより高次なものとなる筈です。それまでは各自の感覚が発する反応を観察、監視することが大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落098

098 As we mature, orders from the brain come automatically; but watch a baby learning to walk. His first attempts are made through the conscious effort of placing one foot before the other. Analyze your own movements. Say your hand has just reached up to brush a hair back from your forehead. You will find when you trace the action that you were first aware of a tickling feeling on the skin. If you analyze this action carefully enough, you will discover that the message telling of the tickling sensation was sent to the brain, which then gave the order to the hand to reach up and brush the hair away. Through habit, most actions become sense reactions; but our so-called sense reactions are intelligently controlled. The things we do now with no conscious thought, were major projects at one time in our development.
098 私達は成長するにつれ、脳からの指令は自動的に来るようになりますが、赤ん坊が歩くことを学ぶのを観察してご覧なさい。彼の最初の試みはもう一方の足の前に別の足を置こうとする意識的努力を通じて行われます。貴方自身の行為を分析しなさい。例えば貴方の手が貴方の額から後ろに髪を撫でようと今、手を伸ばしたとします。貴方がその行為を振り返る時、貴方は最初、頭皮にくすぐったい感じがしたことに気付くでしょう。もしこの行為を注意深く分析するなら、貴方はくすぐったい刺激を伝えるメッセージが脳に送られ、次に脳が手に手を伸ばして髪を後ろに撫でるよう命じたことを発見することでしょう。習慣からほとんどの行為は感覚の反応になっています。しかし、私達のいわゆる感覚反応は知性的な制御を受けているのです。私達が今日、何ら意識的想念を持たずに行っている物事は私達の発達過程の中では一時期、主要な事業であった訳です。


【解説】
 私達の脳が身体各部の動きを制御していることは、脳硬塞等で半身に麻痺が及んでしまった方のリハビリの苦労を見ればよく分かります。不自由になった手足そのものには何ら不都合はないのですが、本項で言う指令を司る脳の一部が損傷を受けたため、このような状況に至ってしまったのです。
 一つ一つの行為にも身体各部からのメッセージのやりとりがあり、呼応する肉体各部が正常な機能を果たせることで成り立っています。私自身、以前、怪我で左膝を痛め、二ヵ月間休職したこともありました。その間はギブスで左足全体が固定され、大変不自由な生活でしたが、その後は二ヵ月間動かさなかった左足を徐々に回復させるリハビリに苦労したことを覚えています。
 日常的に何らかの形で肉体各部が動いていることも大切です。絶えず想念や印象を取り入れ、人体を活動させ、人体内を活発な状況にしておくことも肉体を維持する上で必須な条件のようです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落097

097 Normally, we are not aware of these thoughts; and we would indeed live in a slow-motion world if every action had to be expressed consciously in this manner. Yet no movement or action is possible without first having a blueprint drawn and an order given. The command for every physical move must first be a thought in the mind.
097 普通、私達はこれらの想念には気が付きません。また、もし一つ一つの行動が、このように意識的に表現されなければならないとしたら、私達は確かにスローモーションの世界に生きることになってしまいます。しかし、最初に青写真があり、指令が与えられなければ、どんな行動も不可能です。あらゆる肉体の動きに対する指令は最初に心の中の想念でなければならないのです。


【解説】
 ここで述べられていることは、私達のあらゆる行動には、事前に計画があり、それを起動する指令が有ってはじめて行われるということです。それら一つ一つを確認しながら行っていると、動物のナマケモノのようにゆっくりした行動となってしまいます。通常、これらは半ば自動的に行われている訳です。
 しかし、注意したいのは、これらはやがて習慣となることです。特段、考えも無しに毎日を過ごしていれば、行動はスムーズになりますが、何ら記憶に残らない状況に陥ります。十年一昔の例えのように、習慣に埋没することは大いに嫌うべきです。
 そういう意味では、例え毎日、決まりきった仕事を行わなければならないとしても、何らかの工夫、新しい発見を探す、新しい側面に挑戦する等、自由で習慣に縛られない生き方が求められています。そうした新鮮さが若さの原動力だとアダムスキー氏も述べているところです。毎日の生活の中で自分の心と身体の中で、どのような反応が起っているか、興味深く観察し、行動に実現させることが望まれています。
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