2009年03月

お知らせ

先にご案内しておりました「テレパシー」逐次解説の開始の件ですが、昨日、父が他界した関係で、更に1週間程、延期させて戴きます。
開始は4月6日頃を予定しておりますので、ご了承下さい。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落466

466 When a mind and consciousness combine in equal proportions man can rebuild his body in perfection of health. And only success can be known through this law.
466 心と意識が等分に結合した時、人はその肉体を完全なる健康状態に再建することが出来ます。またこの法則を通じることによって、ただ成功あるのみです。


【解説】
 人生において大事なことは健康と生き甲斐であろうと考えます。その両者は私達内部にある心と意識とが互いに対等の役割を果たし、その人本来の目的に向けて才能を伸ばす中で実現するということでしょう。また、それら本来の姿を邪魔して来たのが心であるということでもあるのです。
 そもそも私達が何ゆえにこの講座に取組もうとしたかに立ち返って、これまでの歩みを振り返る必要もあるでしょう。進化した他惑星人達の人生を学び、私達に欠けている要素を洗い出す為、更には私達本来の人生の歩みを進める為のガイドブックとしてその時々に身につけるべき内容が、この講座の中にちりばめられているのです。
 読者の皆様におかれては、一人でも多く、幸せな人生を歩まれ、また他の多くの人々に良い影響を与える存在になって欲しいと願っております。

【「生命の科学逐次解説」の完結に当って】
 2007年3月から、本日(2009年3月25日)まで、まる2年にわたり連載して参りました「生命の科学逐次解説」も本日をもって、一応の完結を迎えることとなりました。この間、多くの方にご覧戴き、また何人かの方からはコメントも頂戴しました。改めて、これまでご覧戴いた皆様に感謝するものです。
 毎回の翻訳作業や解説文の記述は、当日の朝、行っており、その時の偽りのない私の心情を記録したものです。そもそも逐次解説を始めるに至ったのは、アダムスキー氏の原文の生命の科学を世の中に残したいと思ったことと、単にそれを読むだけではなく、その内容をどのように解釈したら良いか、学習者が対面で接する機会が少ない今日、掘り下げた解釈例をお示しすることが、必要だと思ったことに外なりません。
 しかしながら、毎日の生活の中、限られた時間や自らの限界の為、中には十分な内容とならなかったものもあるかと思いますが、御容赦下さい。本講座を進める中で、私自身が最も勉強になったように感じております。
 また、現在、読者の方から熱心な御意見も戴いており、それを元に訳文訂正作業も進めております。訂正作業完了後はコメント欄でお知らせする予定です。また、御意見等がございましたら、コメントをお寄せ下さい。公表を希望しない場合は、その旨、記入いただければ、公表せず、御返事はメールにて差し上げます。

【今後の予定について】
 アダムスキー氏の「テレパシー」について、次なる逐次解説として取組んだらどうかという提案があり、現在、実現に向けて準備中です。準備出来次第、この講座を継承する形で再開するつもりですので、今後も引き続きご覧戴ければ幸いです。

2009年3月25日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落465

465 An electric bulb needs the power of both principles, negative and positive, to produce a light. And the feminine and masculine are both needed to bring forth an offspring. This is the law that has and will work through eternity for the reproduction of forms that is everlastingly taking place. There is nothing impossible through this law.
465 電球は明かりを造り出す為にはマイナスとプラスの両方の原理を必要とします。また、子孫をもたらすには女性と男性とが共に必要とされます。これは永続的に続く形有るものの再生産の為、これまでもそしてこれからも永久に作用する法則です。この法則を通じて不可能なものは何一つありません。

【解説】
 電球の光に象徴されるように陰と陽の基本要素が一体化する時、そこには陰陽2極には見られなかった新しい側面が創出されます。私達は万物をこの種の見方で見る必要があります。突き詰めれば、沈想や精神的な知覚を志向する「陰」と自らの意思を実現させる決意や体力強化等、何事にも積極的に取組む「陽」の姿勢のいずれか片方を重んじるのではなく、両者をバランス良く進めて行くということかと思います。
 詳しくは知りませんが、このような調和を第一にする思想家には中国の老子があり、それら古来の哲学や宗教の教義とこの生命の科学とは類似点も多いように思われます。
 いずれにせよ、私達は外に何かを求めて来た今迄とは異なり、これからは自分の内部に意識とその英知が備わっていることを自覚し、安心して、少しずつ実生活に本講座を応用しながら、その法則を実感することが大切です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落464

464 In Cosmic or creative mathematics it would read like this - one and one does not equal two but three. For every time that two principles are put together properly there will be a manifestation which is number three. This also goes back to one - for the three now become as one complete manifestation.
464 宇宙的、或いは創造的な数学では、それはこのように読み取ることになります。即ち1プラス1は2に等しくはなく、3に等しいと。何故なら、二つの本源が適切に協働する時はいつでも、数字で言う3に相当する創造が生まれるからです。このことはまた、一つに還ることでもあります。何故なら今やその3者は一つの完全なる創造の現れになっているからです。


【解説】
 いわゆる父性原理と母性原理を合わせると新しいものが生れ出るということです。前項(463)で述べられていたのは想念を生み出す「意識」、その想念を力あるものにする「意思」、それらを自ら体感し、物質界に作用させることが出来れば、早晩、具体的な事物が自らの所にもたらされるというポイントが述べられて来ました。
 ここではその一体化した事物は丁度、2者が一体化してまた新しい創造物が生まれ出たことになり、丁度、数学で言う「2進法」の概念に近いと言っているものと思われます。つまり、2進法では「01」+「01」=「10」という表記になりますが、ここで「01」と「10」とでは位が異なり、新しいものが誕生することを意味しています。また、本文では更に、「01」と「01」と「10」とが、更に一体化して一つになるとも述べられています。
 植物や動物等、自然を構成する生き物達の活動のお蔭で、私達人間は地上で生活することが出来ます。その生活を支えているのが、食料です。植物や昆虫達の生命活動によって農作物が育ち、魚や肉を提供してくれる動物達のお蔭で、私達人間は生きています。その基本的な生命活動は言う間でも無く、生物の生殖活動が発端になっています。動物達の生殖に関わる真剣さは、鮭や鱒の例を見ても明らかでしょう。昨年9月に北海道知床で鱒の溯上風景を見ることが出来ました。海から河口に数多くの鱒が集まり、その後、数年前に生まれた場所を目指して遠いアラスカ近くから回遊して来た魚達です。そして産卵を終えた魚の多くは息絶えてその一生を終わるとも言われています。その大きな自然のサイクルの中で、魚の増殖が行われ、また、その結果、私達の食卓に鮭や鱒が上る訳で、私達人間はこの文字通り生き物達が生涯を掛けた一大事業の恩恵の中に生きているということです。
 もちろん、私達人間は、更に高度な役割を担っており、互いに協働することによって、互いの能力の足し算よりもはるかに大きな成果を得られることにも注意したいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落463

463 Now let us review from the beginning of the lessons; First, we will consider the consciousness within which ideas are born. In other words have a conscious blueprint of what the manifested action is to be with full faith and confidence in the ability of consciousness to produce it. Second - you cannot leave the idea in the blueprint and have a manifestation so a command which is the word is given with full confidence in the result. Notice that consciousness is the conceiver and creator of ideas. The Holy Ghost or Spirit is the power and intelligence. And the Son is the manifestation in the Likeness and the Image which the consciousness had and this makes the Trinity. It reads like this in all life - first the consciousness - second the holy ghost or spirit as the religious world has it, and then the manifestation which is the son.
463 それでは教科の最初から復習しましょう。最初、私達はアイデアが生まれる意識について考察することになるでしょう。言い換えれば、現出化させる行動の意識的青写真に対しては、それを造り出す意識の能力に完全なる信頼と確信を持たせることです。第二は、貴方は青写真にアイデアを放置したまま現れを持つことは出来ませんので、言葉である命令が結果への完璧な確信と共に与えられることになります。意識はアイデアの受胎者であり、創造主であることに注目して下さい。聖なる魂、或いは霊魂と呼ばれるものはパワーであり知性です。そして息子は神の似姿やイメージに向けた創造物であり、これが三位一体を構成します。それは全ての生命においてこう読むことができます。第一に意識、第二に宗教上の言葉が言うように聖なる魂、或いは霊魂、そしてその次に息子である創造の現れです。


【解説】
 ここでは全課を総括して創造の世界における意識と力、創造物の3つの構成要素について三位一体に合わせて説明しています。
 この内、講座の中では主に創造作用の第一の担い手である意識に気付くよう、懇切丁寧に説明されて来ました。いわゆる目や耳等、既存の感覚器官では捉えられない存在である意識が、あらゆる創造物や生命体を支える英知であり、私達はその湧き出る流れを邪魔せずに、素直に従うことに尽きることを、また普段の生活の中でその捕らえ所の無い意識を文字通り意識(認識)出来るよう、常に物事の因を見るように教えられて来ました。
 一方で、何か自分の願望を実現したいと思うならば、力、或いは意志についても磨く必要があります。揺るぎない信念ともいうべき創造主への信頼はその想いの実現がより良い世の中にとって必要であり、それは必ず実現すべきものだと思う瞬間、解き放ったその想念には実行力が付き、遂には現象世界に作用して想い通りの状況を創り出すということです。
 私達人間は父の息子として、父に似た能力が授けられており、その正しい応用は父も喜ぶ所となっています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落462

462 It is this kind of certainty that must prevail within each one of us, knowing that whatever idea we desire will manifest. In other words there must be full confidence in oneself that whatever the idea is, it will be brought forth, not the slightest doubt must enter. Having this type of confidence in whatever one does is having confidence in the Creator and with the Creator there is nothing impossible.
462 私達が願うどのようなアイデアであれそれは現実化することを知った上は、私達各自の中で支配的となるべきものはこの種の確信です。言い換えれば、そのアイデアが何であれ、自分自身の中にそれがもたされるだろうとする完璧な信頼がなければならず、ごくわずかであっても疑念が入り込んではなりません。何をするにせよこの類型の信頼を持っていることは創造主への信頼を持っていることになりますし、創造主と共にあれば、不可能なものは何もありません。


【解説】
 いわゆる確信や信念は単に個人の願望の実現というよりは、創造主の中では不可能は無いという流れの中で理解されるべきものです。もちろん、各自が何かをしたいと思う時、各自は信念を持って行動すれば、それを成し遂げることができます。その事は創造主が万物を創造した際の原理を応用すれば可能となるということです。しかし、その結果、各自が得たものが適切であったかどうかについての問題は残ります。
 ここで述べられていることは、私達自身の抱く願望(即ち想念)には具体化する潜在力が備わっており、疑念を起こすことなく、その想念を解き放てば、やがてそれは現象世界に形作られ自分の目前に現れるということです。
 このように一点の疑いもなく結果がもたらされることへの確信は、同時に創造主の意図により万物が絶えず創造の過程にあることへの信頼(信仰)が基礎となっています。本講座を学ばれて来た皆様は既にこの辺の理解は十分、為されている訳ですから、後は実生活への応用に進むべきです。多くの方がご自身の発達と社会への貢献の為、この生命の科学講座を応用して欲しいと思っております。人生は思ったほどより短く、また心が心配するよりは長く十分な時が与えられているような気がしているからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落461

461 In Genesis we are told that the first Creation was a Void, and without form. That in the second creation forms began to manifest. But we should notice here that the Creator gave a command, or instruction to the spirit which in this case is power, to the small amount of intelligence in the elements to carry out His command. And there had to be intelligence in the elements in order for them to carry out the instructions. You can plainly read in the Holy Writ how the form of a man was created, as well as all things. And there was no doubt in the Creator's consciousness whether a form would manifest or not for there was an absolute assurance that it would. And you can notice that the command was not repeated, it was given once and that was all.
461 創世記で私達は創造の最初は気空であり、形は無かったと伝えられています。そして第二の創造で形が現出し始めたとされています。しかし、私達はここで、創造主が命令、即ち指示を霊魂、この場合は力である霊魂、そして創造主の命令を実行する為に各元素の中にある微小量の知性に対して与えたことに注目すべきなのです。そして、その指示を各々が実行する為に各元素の中には知性が無ければならなかったのです。貴方は聖書の中に万物はもちろん、人間の形がどのようにして造り上げられたのかを率直に読むことが出来ます。そして創造主の意識の中には形あるものが現出するかどうかについて疑念はありませんでした。何故ならそれがそうなるだろうという絶対的な確信があったからです。そして貴方はその命令が繰り返されなかったことに気付かなければなりません。それは一度だけ与えられ、それが全てであったからです。


【解説】
 私達も含め、あらゆる宇宙の構成物を物質面で造り上げている分子・原子には創造主の意思を受け止め、その指示を理解する知性があるということです。また、これら分子・原子は創造主の意思に極めて従順に働きます。言わば創造主の指示は宇宙の法則とも言えるものです。その為、創造主は一度、命じた物事は必然的に物質世界に現出することになります。
 創造物の中で最も高い位置を与えられた人間達は原子爆弾に象徴されるように、破壊的な物を勝手に造り上げて来ました。悲しいかな、その兵器という誤った応用の中でも各分子達は各々に定められた核反応を実行するのです。これは創造主の息子としての人間の罪でもあります。これらは不安定で恐怖心に満ちた人間の心が具体的に物質世界を破壊していることを意味します。
 創造主のように一点の疑いも無く信じて下す命令(意思)には他の雑音が立入る隙を与えません。私達も自分の願いを実現する為には、一点の疑念も入り込ませてはいけません。現状の混乱した社会状況を見るにつけ、より良い世界に向けて各自の揺るぎない思念が必要な時を迎えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落460

460 Notice that the Creator whom we call God was aware of the ideas in His consciousness but to have the ideas manifest He had to use the elements of the Cosmos in various combinations to bring them into form. As the elements did not have sufficient knowledge to know what kind of form they were to make a command was given by word or frequency to have them form into the desired pattern for a particular manifestation. But the elements did or do have enough intelligence to receive the command that is given.
460 私達が神と呼ぶ創造主は神ご自身の意識の中にあるその創造物に対するアイデア(訳注:「意図」或いは「原型」と訳される場合もある)については気付いておられましたが、そのアイデアを具現化させる為にはそれらを形有るものに変える為、諸々の組合せに宇宙の諸元素を用いなければならなかったことに注意して下さい。諸元素は自分達がどのような形を創ろうとしているのかについて十分な知識を持っていなかった為、個々の創造の現れに対して望ましいパターンにそれら諸元素が形づくられるよう、言葉、あるいは振動によって命令が発せられたのです。しかし、諸元素は与えられる命令を受けるだけの十分なる知性は持っておりましたし、現在も持っているのです。

【解説】
 本項は創世記の一節、「○○よ、あれとおおせられた。すると○○ができた。」等に記載される事柄を指すものと思われます。私達、被創造物は先ず神のそうしたいとするアイデア(思い)があって、その後、物質達にその意志を伝え、物質が持つ知性がその神の御意志に応えて具体的なもの(結果物)を造り上げていることを先ず、最初に明確に覚えておいて欲しいということです。
 この場合、被創造物からのアプローチとしては、絵画の例にあったように、結果である絵を鑑賞することを通じて、画家の意図や感性を観ることの重要性について、第1課で述べられている通りです。私達、被創造物は各自の目的や他のものの存在理由等、創造の意図について絶えず研究する必要があります。自分は何を為す為に生まれて来たのか等、幾つになっても振り返って人生を見詰め、必要な是正を行う必要があるでしょう。
 少なくても贈り物を授けられた者は贈り主の意図をおもんばかると同時に、その贈り物をよく研究し、十二分に活用することが求められます。そういう意味では創造主の意図する方向で、各自生活を楽しむことも必要だと言うことでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落459

459 The Bible tells us that God was, is, and forever will be and out of this creation has grown the many forms that we see in nature. These ideas can be classed as blueprints or patterns for various purposes, but they can mean nothing as long as they remain as only an idea for action is necessary in order to bring a manifestation.
459 聖書は神はこれまでも、現在も、そして未来永劫に存在し、その創造から私達が自然の中で見る多くの形有るものが成長して来たことを伝えています。これらの概念は様々な目的の為の青写真やパターンとして分類することが出来ますが、それらは一つのアイデアとして留まっている限りは何も意味はありません。現れをもたらすには行動が必要だからです。


【解説】
 神は昔も今も、またこれからも存在し続けるという言葉は、前項(458)の意識と同種のものとして対比したものとなっています。本項の趣旨は次項(460)の内容とも関連するものですが、意識という言わば知識の源泉だけでは実際の物は創られず、物質側がそれに呼応して適切な行動(反応)を起こさなければ、創造作用にまで結びつかないことを述べているのです。
 即ち、必要な情報が提供され、物質界でそれに従う知性が合わさって初めて、創造がなされるということです。従って、私達も意識とのコンタクトを通して有益な想念(アイデア)を得たとしても、それらを応用(行動)しなければ意味を為す結果を得ることはないということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落458

458 There is one thing that we must remember, consciousness always was, is, and ever will be expressing through created forms whether of this earth or other planets. For in consciousness ideas are born, myriads of them.
458 私達が覚えておかなければならないことが一つあります。意識はこれまでも、現在も、またこれからもずうっとこの地球であれ、他の惑星であれ、創造された形有るものを通じて現れ続けるということです。何故なら、意識の中には、アイデアが無数に生まれるからです。


【解説】
 意識は永遠に存在する。ニワトリが先か卵が先かの議論がありますが、物質(創造物)のある所に意識は存在します。何故なら、その物質を現に創造しているのは意識であるからと言うことが出来るでしょう。従って私達は、意識を知る為に遠くどこかのシャングリラに探しに行く必要はありません。現に目の前にある自分の姿の中にも意識は潜んでいるからです。
 意識の作用として無数の創造作用がありますが、これらはその意識の中では無尽蔵に湧き出るものと思われます。様々な想念が飛び交う世界と言ってもよいでしょう。
 また、このように永続するということは、意識なるものには、老化が無いことをも意味します。永遠の生命作用、即ち永遠の若さが備わっているということでもあります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落457

Summation ;
457 From the different reports that I have received some of the students have virtually performed miracles through the use of conscious perception.
総括
457 私が受け取った種々の報告からすると、学習者の何人かは意識の知覚を応用することによって事実上、奇跡に近いことを成し遂げています。

【解説】
 本講座全12課を締めくくるに当ってのまとめが本項から続きます。
 意識を知覚し、言わば悟りの境地に立った学習者が各々アダムスキー氏にその効果について寄せて来たものと思われます。人間の進化という課題は、科学技術や社会制度の進歩以上に問われる必要があります。
 当然ながら、本講座を開設した際には、果たして現状の地球人に有用なテキストになっているかを授けた側の宇宙兄妹達は知る必要がありました。そこでアダムスキー氏は一課毎に郵送する形式をとり、各学習者の反応を収集する必要があったものと思われます。
 その結果は、本項に記載されているように満足の行く内容であり、数多くの成果報告が寄せられたと伝えられています。これが「生命の科学」が素晴らしいとされる由縁の一つでもあります。
 一方で、宇宙意識を掴んでさえいれば、心配することは何もなく、その自らの内なる声を頼りに自分を成長させることができます。しかし、それは決して特殊なことではありません。自然界においては、同様のことが日常的に起っています。遥か何千キロも旅する渡り鳥達はどのようにして目的地の場所を知覚し、広い海原を飛行することができるのか等、人間には真似の出来ない能力を備えている事例は数多くあります。まして、本来、鳥達よりは大きな能力を有する人間には未だ底知れない能力が秘められていると考えるべきでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落456

456 When cosmic conscious awareness is achieved life is understood and all effects looked upon as an expression of Cause Consciousness. So work patiently and diligently and you shall indeed know yourself and all life as a whole. A realization of the beauty of the interrelated cosmic picture as each experience falls into place as a part of your life.
456 宇宙意識への気付きが達成されると生命が理解され、全ての結果が因の意識の表現として見られるようになります。ですから、忍耐強く、こつこつ努力することです。そうすれば貴方は本当にご自身を知り、一つの統一体として全生命を知ることになります。それは一つ一つの体験が貴方の生涯の一部分として収まる、相互に関連付けられた宇宙的絵画の美しさの悟りです。


【解説】
 本講座全編を通じていわゆる生物、無生物を問わず、現象ことごとくを貫き支える、宇宙意識と呼ぶものに気付き、自覚することの重要性が述べられて来ました。また一方、それはこのようないわゆる精神面をと物質面から切り離して取扱うことの問題についても述べられて来たように思います。つまり、そこには現象とその奥にある因とを同時に見ようとする姿勢が大事だとしているのです。
 また、一方、肉眼で見えないものは容易には認めがたいとすることは、世の常であることは間違いありません。そこで、学習者は各々、積極的に意識に気付こうと努力しなければなりません。自らの生活の中で実践することが求められている訳です。
 一口に宇宙意識を讃えよと言っても、時代ごとにその時代状況に合った言葉でその内容は表現されて来ました。万物の支持者を阿弥陀と呼称する時代にあっては、「南無阿弥陀仏」というフレーズが、その最も近い意味を民衆に授けた筈です。ここに一遍上人(1239-1289)が弟子に述べた一節を紹介しましょう。
 「それ、念仏の行者用心のこと、しめすべきよし承り候。南無阿弥陀仏とまうす外、さらに用心もなく、此外に又示すべき安心もなし。もろもろの智者達の様々に立おかるる法要どもの侍るも、皆諸惑に対したるかりそめの要文なり。されば念仏の行者は、かやうの事をも打捨て念仏すべし。むかし、空也上人へ、ある人、念仏はいかが申すべきやと問ければ「捨ててこそ」とばかりにて、なにとも仰せられずと、西行法師の撰集抄に載せられたり。是誠に金言なり。念仏の行者は智恵をも愚ちをも捨て、善悪の境界をもすて、貴賎高下の道理をもすて、地獄をおそるる心をもすて、極楽を願う心をもすて、又諸宗の悟をもすて、一切の事をすてて申す念仏こそ、阿弥超世の本願にもっともかなひ候へ。かやうに打あげ打あげとなふれば、仏もなく我もなく、まして此内に兎角の道理もなし。善悪の境界、皆浄土なり。外に求ぶからず、厭べからず。よろず生としいけるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、念仏ならずということなし。(中略)ただ、愚かなる者の心に立かえりて念仏したまふべし。南無阿弥陀仏 一遍」(p.22「愛蔵版 一遍上人語録 捨て果てて」坂村真民 著、1994年 大蔵出版株式会社)
 善悪や美醜といった人間の心が裁いた基準を捨てて、自然界の諸活動を仏の現れと感じ、より本質の因をひたすら求める姿勢を当時の人々に示したものと言えると思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落455

455 And man can partake of the joy of the bird in flight. And have a deep appreciation for the intricate delicacy of each thing that grows and blossoms. And marvel at the orderliness of the Cosmos. And as he does he becomes humble and grateful to be a part of so perfect a plan.
455 そして人は飛ぶ鳥の喜びを共にすることが出来ます。また成長し花を咲かせる各々の生き物の入り組んだ優美さに対して深い感謝を持ちます。そして宇宙の秩序に驚嘆するのです。またその者はそうする中で、自分がある一つの完全なる計画の一部であることに対して、謙虚になり、また感謝するようになるのです。

【解説】
 噴水から四方に飛び散る無数の水滴の一つ一つが日に輝く情景が真実であるからには、それが支配する世界は明るく楽しいものである筈です。本文にあるように、鳥達は毎朝、早くから日の出を待ち焦がれ、東の空が明るくなった途端、群れをつくって大空を駆け巡ります。そこには、太陽に対する感謝と生きていることへの喜びがあります。
 空を飛ぶという特技を持っている鳥達には、人とは異なる世界観があることでしょう。地上の2次元の世界でなく、空を含めた3次元で移動し、文字通り鳥瞰図に示す視野を有している訳です。そうした鳥達には地上を支配する人間達の生活振りはどのように見えているか、興味深いものがあります。
 さて、聖フランチェスコ(http://www.aritearu.com/Influence/Francis/Francisword/Francisword.htm#3)や良寛など、鳥達あるいは他の動物と語らったとされる人物が伝えられています。かつてはこれらの事例は奇跡として扱われて来ましたが、本文にありますように、本課を学ぶ者にとっては鳥やその他の生き物と語らうことは容易なことだと言うことです。更に様々な創造物を親しく観察し、意思を通じることによって益々その世界が精密に構成され、一見当たり前に見える現象にも創造主の精緻な御わざが支えていることを知るのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落454

454 For Cosmic Consciousness is as a fountain that sends its stream upward and then divides into myriads of tiny droplets that fall in all directions and again unite with the body of water in the pool. Thus the knowledge that is embraced within its bosom is ever present to be tapped and used once man unifies his being. And life in its entirety is viewed from the pinnacle of ever increasing understanding.
454 何故なら宇宙意識は水流を上に吹き上げる噴水のようなもので、それは次には無数の小さな水滴に分かれ、あらゆる方向に落ちますが、再び池の水本体と融合します。このようにその奥に包含される知識は、人がその存在を統合するやいつでも取り出され、用いられる為に常に存在しているのです。そして永遠の中における生命の姿は常に増大する理解という尖塔から眺められます。


【解説】
 永遠に続く生命の源泉である宇宙意識を理解することは、生まれ変わりについて取扱わねばなりません。自然界において多くの虫達や花々は四季の移り行く中で、その命を終わり、次に訪れる春に子孫達による復活を託しています。
 人も同様に諸条件や各自の環境により、長さは異なりますが、やがては最期を迎え、肉体は分解離散することになります。しかし、それで人の生命が本当に終わるとすれば、所詮、「永遠の生命」と言葉で表現したとしても、空しいものになってしまいます。本講座でははっきりと「生まれ変わり」について解説はされておりませんが、アダムスキー氏は氏の妻メリーが金星で生まれ変わっていたこと、その人間の個性は転生することを多くの人々に伝えて来たことを忘れてはならないでしょう。
 即ち、転生の原理と作用について詳細は解説はないものの、実例としてその事実を私達は知らされていることは重要です。何時か自分にもやって来る最期の時に平安に地上でも活動のエンジンキーを創造主に返却できるよう、生命の永続性について常日頃から深く観ておく必要があるようです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落453

453 So believe in your consciousness as you have in your mind and soon you will walk as one with your cosmic self from which you have been separated all of this time. The cup of the true essence of life is now before you. Drink of it daily and you shall never thirst.
453 ですから貴方は貴方の心に対して来たように、意識を信じることです。そうすれば直ぐにも貴方は自分がこの間ずっと切り離されてきた貴方自身の宇宙的自己と一緒になって歩むことになるでしょう。生命の真の真髄の茶碗は貴方の目の前に置かれています。それを毎日飲むことです。そうすれば貴方は決して渇くことはないでしょう。


【解説】
 これまでも述べて来たように、私達には一人一人に既に十分な能力と智恵が授けられています。その目に見えない力の源泉を意識と表現されて来たところです。万物を知る者という語感もあります。しかし、その存在を自分のものにする為には、本文中にあるように、先ずはその中身を少しずつ毎日飲む必要がある訳です。
 何事も先ずは信じることから始まります。良い思いは良い結果を招くことはご存知の通りです。階段を登る際、もし自分の進む一歩が信じられなければ、次の一歩も出ないことになります。つまり、一歩登って得られる結論は登る前は確認できません。階段を一段登って初めて、次の階段の先が見えて来ます。そういう意味ではとにかく、良い方向だと思ったら、前進するべきでしょう。ほとんどの場合、結果の確証等、事前には分からないからです。
 また、これら自分の意識を同行者として日常生活を歩むことは、そのまま日常の生活が訓練となって有意義なものになります。毎日、少しずつ前進することが自分の基礎を固めながら成果を積み上げるキーポイントです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落452

452 May the heart and the consciousness of the Creator manifest in your consciousness. May you walk and talk with Cosmic intelligence. Blessed are those who cannot see or hear mentally yet believe, for of such is the Cosmos. For what the physical sight does not see is the power and intelligence by which we do see and hear.
452 創造主の御心と意識が貴方の意識の中に現れ出ますように。貴方が宇宙の知性と共に歩まれ、語らいますように。心で見聞き出来なくても、信じることが出来る者達は恵みを受けています。何故なら宇宙はそのようなものであるからです。肉眼が見えないとしているものとは私達が現に見聞きする元になっているパワーと知性であるからです。


【解説】
 以前(279)にも述べたように「大切なものは、目に見えない」(「星の王子様」に出て来るキツネの言葉)という台詞がありますが、普段私達が大事にしているものは、そのほとんどが形あるもの、目に見えるものではないでしょうか。しかし、それらは結果であり、どのように大切に取扱ってもやがては色あせてしまう時の流れの中にあります。それに対して時代を越えて変わらぬ生命の息吹きを万物に与えているのが、意識であり、それは目に見え、耳に聞こえたりするものではないと言っているのです。
 意識は宇宙の始まりから未来永劫に万物を生かすパワーであり、それを見失っていてはその個体を維持することは出来ません。実は意識の姿が見えない、その声が耳で聞こえないと騒いでいる目や耳自体を機能させているのは、意識であることは何とも不思議な間柄です。
 各自に与えられている意識をどのように開花させるかは、実に各自の不断の努力にかかっています。自分の中に宇宙本源の意識を十分表現できるよう、常に状況を整え、その通路になり切ることによって自分を通じて創造主を表現することになるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落451

451 And so to get the pearl of your being you have to do a lot of digging. This will take courage and determination but it will be a reward of eternal happiness for those who accomplish through perseverance. And I will never dismiss you from my consciousness, nor will the Brothers. We will help you on the road of progress.
451 そして貴方の存在の珠玉を得る為には、貴方は多くを掘り進めなければなりません。これは勇気と決心を必要とするでしょうが、それは忍耐を通して達成する者達に永遠の幸せという報酬となることでしょう。また、私は決して私の意識から貴方を見捨てることはありませんし、宇宙兄妹達もそうすることはありません。私達は貴方を進歩の道筋の上で助けることでしょう。


【解説】
 掘り下げるとはどのようなことを指しているのでしょうか。それは表面的な物事を取り去って、事の真相を見極める意味や自分が本当に理解し真実を掴んでいるものと、そうでないもの、或いは未だ理解できていないことを明らかにする態度を指すように思われます。また、その原因を掴む為、丁度、地下深く湧き水の水脈を突き詰めるような作業を意味するものでもあるでしょう。
 こうした作業は、労多くしてその成果は直ぐには現われないものですが、この突き詰める作業が無いと、表面的な理解で終わってしまいます。アダムスキー氏は各自が本来抱えている真珠(珠玉)を掴み取るには、表層から内部を忍耐強く探究しなさいと述べているのです。
 また、そうする段階に達した者は、はるか上空から私達の想念レベルを探査している宇宙兄妹達から支援も受けられると明言しているのです。生命の科学を真に学ぶ者に次の世代を担ってもらう必要があるからです。これについてはかつてアダムスキー氏自身にもそうした一大転機が起ったことを、紹介したことがあります(下記参照)。皆様各自にそのような幸運が訪れることを願うものです。

 「(略)やがて成年に達したアダムスキーは家を離れ、さまざまな職業についたと言われる。多くの人に会う中で、人々の持つ悩みや問題について学んだ。結局、彼は塗装業を営むことになり、生活も豊かになったという。しかし、彼には満たされないものがあった。もとより、人前で話すことは苦手であった彼は、後生も決して上手な英語を話したとは言えないとされている。幼い頃、両親がポーランド語を話し、年少時に通常の学校で学ぶことがなかったためでもある。40歳を過ぎた頃、そういう彼に、ついに転機が訪れた。夢の中にイエスが現われ、彼にこう言ったとされる。"I've done all this for you. Now what are you going to do for me?"(「私はあなたにこれまでしてあげた。さあ、あなたは私に何をしてくれるのか。」)さあ、あなたは私に何をしてくれるのか。」)彼は魂を揺り動かされた。以来、彼は生活の全てを自らが担った使命に捧げたのであった。その陰で妻メリーは、彼にかわって働き続け、こうした中で彼をよく支えた。今日でもそうであるように、講演活動で一家を支えることはできようはずもなかったのである。(略)」。「ロイヤル・オーダー」(たま出版、昭和59年発行)「監修者のことば」より。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落450

450 This series of lessons will be just as good 20 years from now as they are today, for there is no end to their revelations. They can be your guiding posts through the balance of your life. And I do know that most of you want the fullness of life. And I definitely know that you can have it by applying the knowledge within these lessons. Do not be discouraged by a slow progress for a slow progress is a firm growth. I do know that it is not easy at first for many habits have to be changed. But like everything else the finer quality and the most valuable gold is not on the surface. We have to dig for it which is hard work.
450 この一連の講座はこれから20年経っても今日と同様に優れたものであることでしょう。それらがもたらす諸啓示に終わりは無いからです。それらは貴方の生涯のかじ取りにおける案内標に成り得るものです。そして私は貴方がたのほとんどが人生の充実を求めていることは分っています。そして私は貴方がこれらの教課の中に含まれる知識を適用することによりそれを手に入れることができることを確実に知っています。進歩が遅いことでがっかりしないことです。何故ならゆっくりした進歩はしっかりした成長であるからです。私には最初はそれは容易で無いことは良く分っています。多くの習慣を変えねばならないからです。しかし、他のあらゆるものと同様に、より精緻な性質のものや最も価値のある金は表面にはありません。私達はそれを求めて掘り進めなければならず、その仕事はきつい仕事なのです。


【解説】
 これまで「生命の科学」講座が重視されて来た背景には、これまでも述べて来た所ですが、ここで改めてその内容が学習者に時代を越えて、恩恵をもたらし、その者の進化に役立つことが述べられています。
 その仕組みが何処に組み込まれているかは私には定かではありませんが、人間の心の実態を明らかにする一方、不可視、不可聴な意識が全ての生命を貫いていることをあらゆる生命の場面で感じ取ることを促していることは確かです。前々回(448)に述べられていたように、心はその全てを覚えておくことが出来ない為、繰り返し学ぶことが大事になるということでしょう。
 果たして自分が20年後に、これらの文章を見てどう思うかは分かりませんが、少なくも人生の歩みの中でその道を見失うことなく歩み通したことと、毎日少しずつの学習がやがては実を結ぶ時を迎えるだろうと思うことは確かですし、20年度、その成果は確かにあったと思うことを願うのみです。
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