2008年12月

おしらせ

 せっかくこれからが大事なところなのですが、実は来週から出張が入り、しばらく中断せざるを得なくなりました。年末年始にはいったん帰国しますが、年始明けには再び出張することになっています。再開は1月中旬になるものと思います。
 申し訳ありませんが、ご了承下さい。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落417

417 We must remember that consciousness is the sea of life within which all forms are living regardless of what they may be. And outside of which there is no life. So when the mind becomes alerted that it is living within that sea and must depend upon the sea of consciousness for its own life then this awareness begins to impress itself upon the mind with new knowledge of various phases of its action and the various types of forms through which it expresses. Like certain fish in the ocean that are alert enough to sense a disturbance, conveyed through the water in which they live.
417 私達は意識はありとあらゆる全ての形有るものがその内側に生きている生命の海であることを覚えていなければなりません。そしてその外側には生命は無いことも。ですから心は自らがその海の内側に生きており、それ自身の命について意識の海に頼らなければならないことに感づくようになると、この気付きは心に対して意識の様々な行動の側面や意識が表現する様々なタイプの生命形態に関する新しい知識を印象により授けようとしはじめます。それは丁度、大洋の中のある魚が自らが住む水を通じて運ばれて来るうねりを感じ取るだけの鋭敏さがあるのと似ています。


【解説】
 本講座を学ぶ人が終始一貫して身に付け、理解しようとしているのが「宇宙意識」という万物を支える存在であろうと思います。自らの心については、これまでの学習によってその不安定さや知識の不足について分かるようになり、ある程度客観的に自らの心を見ることが出来るようになったことでしょう。
 一方、「意識」については、その存在を理解するのは容易ではありませんでした。しかし、ここで有益なヒントが提示されています。本文の表現「意識は生命の海であり、その外側には生命は無い」という部分です。つまり、私達の内、生命の部分(敢えて言えば無生物、つまり物体の部分があるとすれば、それらを除いた、命を持った部分)には境目が無く、この生命の海の中に生きているということです。その結果、私達はその中で時間や距離に関係なく、何処へでも自由に移動でき、他の生命体とも一体化し、相手を理解することが出来るということだと考えられます。
 これまでの何故、アダムスキー氏が「意識」という表現をして来たか、ここで始めてその意図が掴めた気がします。その生命の海の中に私達が住んでいる訳ですから、各自が日常的に持っている精神面の主体(各自の「意識」とでも表現しておきましょう)は、実際にはこの生命の海の中を各自の意思により自由に動き回っているということです。その感覚をアダムスキー氏は「意識」と表現したのだと思います。
 また、更に重要なことは、そうした生命の海という意識感覚は実は生命活動をすべて支えている大変大きな存在であるということです。私達が十分にまだ気付いておりませんが、身の回りの意識感覚こそ、絶大なるパワーがあり、宇宙くまなく巡っている生命力であるということです。この理解さえあれば、一見物質世界から見ればどのような苦難であってもおそらく、あまり苦労や悲観はないものと思われます。自分の周囲にはすべての生命力が満ちている訳です。こう考えて来ると、野生動物が過酷な自然環境や生存競争の中でも、何ら悲観することなく、毎日を楽しんでいる姿は容易に理解できるようになりました。彼らは自分達を常に包み込んでいる生命の源である意識の存在を知っているからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落416

416 A man can consciously travel the Cosmos as I stated before if his mind can trust what consciousness reveals to him. Some of us not knowing how this is done have traveled the Cosmos many times. In some cases it has been during the sleeping hours when we have had dreams that impressed themselves vividly on our waking mind. Especially of strange places where it would be impossible for the mind to promote the dream.
416 人はもし自身の心が意識がその者に明かすことを信じることが出来れば、私が以前述べたように、宇宙を意識で旅することが出来ます。私達の幾人かはそれがどのようにして行われるかを知らないまま、何度も宇宙を旅して来ました。ある場合は、それは目覚めた心にそれらの事柄を明瞭に印象付けられた夢を見る寝ている間に起って来ました。特に、夢を奨励しようとする心にとって到底、有り得ないような見知らぬ場所の夢については、そうなのです。


【解説】
 人間、肉体には時として障害が出たり、不自由になるものですが、意識は自由に動き回れるということです。ある時は遠く離れた場所に旅したり、過去の記憶を遡ったり、更にはある程度の未来を見ることも出来ます。これらは各自の肉体とは別に授かっている「意識」の機能の一応用例に過ぎません。
 ここでは特段、「意識による旅行」と呼ばなくても、各自が日常的に経験しているものもあることを例示しています。例えば、目覚めた後も明瞭に印象が残っていたり、ありありと記憶に残るような不思議な夢等、実際には意識による旅行体験だということです。
 もちろん、眠る間に見る夢の中には、感覚心の妄想もある訳で、実際には意識によるものと混在しているものです。そこで真偽の判断については、時間がそれを解決するものと思います。つまり正しい意識による旅行はいずれそれが実現しますが、心の妄想の方はやがて消え去ることでしょう。その判断は本人にとっては容易な筈です。
 ちなみに映画「コンタクト」(1997年のアメリカ映画)には主人公の女性電波天文学者がSETI(地球外知的生命体探査 Search for Extra-Terrestrial Intelligence)プロジェクトの中で、こと座のヴェガから発せられた電波による情報を受けて建設された特殊宇宙船に乗り込み体験したストーリーがあります。宇宙船に乗り込み、ジャイロに似た特殊装置を作動させると、瞬時にして遠く離れた惑星に移動し、その美しく不思議な雰囲気の海岸で主人公が子供の頃に亡くなった父親と再会し、やがてまた地球に瞬時に戻ってくるお話です。原作者(カール・セーガン)の意図は不明ですが、この「意識による旅行」がイメージされているように思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落415

415 Mars also has a population explosion. In another year I have been promised a trip to Mars and when I go I will prove to myself how close my mind has received the impressions given to it by consciousness.
415 火星もまた人口爆発にあっています。別の年に私は火星への旅行を約束されて来ましたので、行った時は私の心が意識によって得られた印象を如何に忠実に受信していたかを自分で確かめようと思っています。


【解説】
 その惑星の住人がその惑星の水準を造り上げる一方、各々の惑星のレベルに合致した人間がその惑星に生まれ変わって来るとすれば、宇宙の中でも各自に適した惑星はさほど多いものではないかも知れません。そういう意味では、ある時期、その環境での学習を必要とする者が集中することも有り得るということでしょう。
 いずれの理由にせよ、人口が一時に大きく変動することは昨今の日本の少子高齢化問題を曵く間でもなく、社会構造上は良い現象ではありません。本書が執筆された1964年当時の火星での状況の詳細は不明ですが、地球と同様に火星も問題を抱えていたことが分かります。
 数多くの個性が集まることは、また一方では各々の能力を協力発揮させ、問題を解決する好機でもあります。その惑星に生まれるということは、そこでの役割を期待され、自分自身もその過程で成長する機会を得るということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落414

414 Next we will go to Mars, a planet I have not been on physically. Consciously I find the planet rugged, quite commercial and industrial and very similar to earth. Agriculture is in second place for water is scarce in inhabited areas and most of it is dry farming. The water that they have is channeled from the polar caps and melting ice areas. There is plenty of salt water and in recent years they have been converting it for use as we are doing in some places. There are canals of salt water that carry the ships to inland cities where the water is also converted for use. In the early days they tried mixing salt water with fresh water, about a two to one mixture of fresh and salt, but the amount of fresh water was not adequate and the mixture was not good for agriculture.
414 次に私達は火星に行きます。肉体としては行ったことのない惑星です。意識で見ると私にはそれが荒れて、まったくの商業的、工業的な場所であり、地球に大変良く似ていることが見えます。居住地域には水が少ない為、農業は二次的な地位であり、そのほとんどが乾燥農法です。彼らが用いる水は極冠や融解する結氷地域から水路を引いてもたらされます。塩水は豊富にありますし、近年には私達も幾つかの場所で行っているようにそれを変換しています(訳注:例えば逆浸透膜法等により塩水を淡水化し利用していることを指す)。内陸部の都市に船舶を運ぶ塩水の運河がありますし、そこでもその塩水が転換され利用されます。初期の時代には彼らは塩水と淡水を2対1に混合しようとしましたが、その淡水量では不適切で、その混合水は農業に向かなかったのです。


【解説】
 本項では火星についてアダムスキー氏自身が意識による遠隔透視によって得たイメージを述べています。それによれば、本課でこれまで述べて来た土星や金星とは大きく異なる内容描写であることが分かります。気候は荒涼としていて淡水が少なく、乾燥していて農業には適さないものの、商業や工業が盛んだと言っています。
 それでは同じ太陽系の惑星として、位置も近い金星や地球、火星は本来は同じような自然環境と考えられるのですが、火星がそのような乾燥した惑星になった理由もまた、あるものと思われます。おそらくは極端に工業化を推し進めた為に惑星全体の気候が変化し、緑地が減ってしまい、淡水が減少したものと考えられないでしょうか。
 それに引き換え、地球はまだ、水が豊かな惑星と言えるでしょう。しかし、このまま地球環境の問題が大きくなれば、環境は益々荒涼としたものになることは間違えありません。冬の朝、高層ビルの窓から平野を眺めますと、水平線に沿って厚い茶色の霞みが街を覆っていることが良く分かります。その延長線上に火星があるのかは存じませんが、火星も地球と同じ環境修復への道を歩んでいるものと思われます。
 なお、ちなみに映画「火星年代記」(原作はレイ・ブラッドベリの1950年作品。映画化は1980年)の中に出て来る火星人は、あくまで小説の世界であり、本項の内容との混同は避けたいのですが、その映画では火星人は探検にやって来る地球人を遠隔透視したり、地球人の想念を読み取り、自身をそれに似せてしまう等、能力的には本課に類似した内容を備えており、興味深い内容となっています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落413

413 I have now given you a foundation and you may fill in what you will consciously observe on Venus.
413 私はこれで貴方には基礎を授けましたし、その後は貴方が金星を意識で観察するものを埋めて行けば良いでしょう。


【解説】
 各自、意識による旅行(遠隔透視)が出来た時、どのような光景が見えたら自分が間違っていないか、事前にその判断基準がこれまで例示されて来ました。かく言う私も、未だその段階には至っておりませんので、本件に関して多くを語る者ではありません。金星にせよ土星にせよ、少し注意すれば私達の肉眼で見える惑星であり、その惑星を見る際に、心に湧く印象もこれと同様なものであるべきことが分かります。
 一方、私達の周囲には更に大きい天体があります。太陽と月です。しかし、私達はこの天体に対し、日常何の感慨も関心もなく暮らしています。しかし古代の人々は各々に畏敬の念を持って、毎日見上げていました。また、それら二つの天体が地球のあらゆる生き物の暮らしに密接に関わっていることを自覚していました。その証は日本語では月を「お月様」、太陽を「お天道様」と読んでいることからも伺えます。また、古来には太陽信仰があったことも知られています。これら太陽と月を眺めて何が感じられるのか、各自の意識をその天体に向ける等、この生命の科学の学習教材として取組むのも良いでしょう。そうなると毎日の日の出や日の入り、月の満ち欠け等、学習教材は身の回りに豊富に提供されていることが分かります。
 私達は進化した諸惑星や宇宙から地上の生命を養う母なる天体達に感謝と関心を寄せることから、一歩が始まります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落412

412 Agriculture and the manufacturing of the necessary commodities is all based on production for use. And all individual talents are given an opportunity to develop and express. Every phase of their expression is extremely artistic and elevating to view as they express love in everything that they do.
412 農業や生活必需品の製造は全て使用に基づいています。また、全ての個人の才能はそれを発展させ表現する機会が与えられています。彼らのあらゆる表現の姿は彼らはその行うこと全てに愛を表現する為、極めて芸術的で高揚させるものとなっています。


【解説】
 金星と私達地球との社会システムとは何処がどのように異なっているのかについて、本項は明瞭に解説しています。大きな違いの一つは、農業や工業は地球のような商業主義、貨幣経済でなく、人々が実際に使用し消費する量に合わせて生産されるとしています。ある意味、計画経済に基づいているように思われます。その結果、今日の地球で生じているような価格競争はもちろん物価という概念もないことになります。つまりは各自必要なものは申し込めば、いつでも供給され、それらが終生保証されるような仕組みであろうと思われます。
 また、各個人については、このような安定した社会の中にあって自分の才能を伸ばせる十分な機会を与えられる訳ですから、成長したいと思う気持があれば、理想的な環境になります。一方で、そのような向上心が無く、必要物を要求するだけの人間の場合には、退屈であるばかりか、周囲の人間がそうした生き甲斐を感じている中で、一人取り残される惨めな環境に映るかも知れません。芸術であれ、科学技術、自然探究であれ、自分の才能を社会に貢献できる仕組みが用意されているものと思われます。
 社会が一人ひとりの自主性と芸術性を尊重する中では、一人ひとりのレベルはますます向上し、それらの相乗効果によって、その社会は否応なく進化し芸術性も高まることになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落411

411 As each planet represents some phase of humanity, Venus represents Cosmic Love that binds all things together as one.
411 各々の惑星はそれぞれ人間性の何らかの側面を表現しており、金星は全てのものを一つに結び付ける宇宙の愛を象徴しています。


【解説】
 金星はVenus(愛と美の女神)という言葉で呼ばれています。その由来は知りませんが、本項で言う宇宙を包むような愛の象徴とも一致しているようです。
 多くの皆様がご存知のように、生前、アダムスキー氏は金星まで案内され、生まれ変わった妻メリーと再会しています。その模様は「金星旅行記」として残っていますが、それを読むと金星の社会は調和があり、私達が夢見る以上の理想的な環境がありました。しかし、ちなみに現在の私達自身がそこに転居したとしても、あまりのレベルの差があることや感情のコントロールが未熟な為、相当の苦労となるでしょうし、周囲に怠惰な人間は自分一人であり、未発達な者として同情されるのが関の山であることは言うまでもありません。
 もともとそこに住む一人ひとりの発する想念がその集団や地域に独特の雰囲気を形成する訳で、金星その他の進化した惑星は高度な周波数を持っている筈です。これに対して、この地球では過去のみならず、現在も戦争があり、憎しみや悲しみの連鎖が続いています。その想念は少なからず地球を厚く覆っているものと考えます。
 これらの改善は一朝一夕には出来ませんが、一人ひとりが毎日、より良い想念を発するよう努めることで、やがては惑星全体の状況も改善されるに違いありません。
 折からクリスマスや新年を迎える季節が近付いています。この地球という惑星全体の波動をどのようにするかは、その住人にかかっていることを考えれば、これまでの一年を振り返り、新しい年に向けて、何をすべきかを考える時期を迎えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落410

410 There is just one head of Government with many co-workers who look after the affairs of humanity. And the respect for each other is very much the same as we found on Saturn.
410 そこには人類に関する事柄の世話をする多くの協力者を持つ政府の首長はただ一人存在します。そして互いに尊敬し合うことは土星で見られるのと大変良く似ています。


【解説】
 どの集団でもその集団の意思を最終的に決定すべき代表者が必要です。そういう意味では進化した諸惑星においても代表者が必要になるということです。
 進化した惑星社会ではその住人一人ひとりが地球人にとっては皆、人生の師となるべき人達ですが、その代表者とは更に進化した人物ということになります。同乗記にアダムスキー氏が金星と土星、各々から来訪した母船に招かれた状況が述べられていますが、その中で各々一名の長老(原文ではmaster)との会見も模様があります。そこで注目したいのはオーソン(金星人)やラミュー(土星人)等、アダムスキー氏を直接支援するメンバーもその長老のお話を貴重な機会として皆、傾聴していたという所です。つまりは彼ら宇宙兄妹達にとっても、めったに無い貴重な機会であったということです。そう考えると、その時会見した長老は本項で言う惑星を代表する人物であった可能性が高いと言えるでしょう。地球に公然と宇宙船を飛来させ、アダムスキー氏を通じて地球の一般人にその時期、他惑星に人類が住んでいることを知らしめさせたのには、より大きな意味があり、これらの諸活動は彼ら惑星の一大プロジェクトであった筈です。
 また、そういう意味では、アダムスキー氏がローマ法王ヨハネ23世の謁見を受けるきっかけとなった法王への宇宙人からのメッセージも、こうした惑星の代表者から法王に向けられたメッセージであったのではないかと考えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落409

409 Geometrically the people are very much the same as found on earth and other planets but they are interested in a wide scope of things and have very much the same type of environment that we found on Saturn.
409 幾何学的にはその人々は地球や他の惑星で見る人々とほとんど変わる所がありませんが、彼らは物事への幅広い関心を持っていて、土星で見られるのとほとんど変わる所の無い環境を有しています。


【解説】
 アダムスキー氏の数多くの著作から他の惑星にあっても、人間は皆共通の体型をしていることが分っています。また、肌の色も地球上の人類と同様、様々であることがわかります。それ故に彼らは地球人の中に紛れて暮らしながら、人知れず各々のミッションを進めていることが出来る訳です。
 彼らはアダムスキー氏の周囲に常に居て、必要な助言を与えていたとされています。また、アダムスキー氏の行く先々で宇宙船が多数目撃されており、最近、入手したアメリカのテレビ局が制作したビデオの中でデンマークの退役軍人のハンス・ペテルセン氏もインタビューの中で、アダムスキー氏を乗せた飛行機がコペンハーゲンの飛行場に着陸する際、1機のスカウトシップがその飛行機に追尾しているのを見て驚いたと述べています。この外、アダムスキー氏の協力者の中には、これら宇宙兄妹達と直接話しをした、あるいは見た経験がある人が多いのも事実です。私が直接聞いた中では、エマ・マーチネリさん、アリス・ポマロイさん、マデリン・ロドファーさんらは、皆、間近に地球上で暮らす宇宙兄妹達を見ています。そのいずれもが、外見上、一般の地球のビジネスマンと何ら違うところはありませんでした。彼らの持つ知識やそこから醸し出される知性が地球のものとは大きく異なっていたということです。
 問題は、その人間の内側、内面性にあります。本文では短い表現ではありますが、金星人は幅広い物事に関心を持っているとしています。丁度、千手観音のように諸々の課題、対象に対して幅広く救い上げたいとする特性があるということです。そう考えれば、地球という問題惑星を援助する為、自らの命の危険性を顧みず、地球に来訪している彼らに私達は感謝しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落408

408 Now we will observe Venus and as we do we find a difference here for it is a smaller planet than Saturn and much of the time it is covered with clouds. Although the clouds break here and there and allow the sun to shine through, the air is humid but not oppressive. It is very much like other planets in formation for it has a variety of climates with ice and snow in some parts.
408 今度は私達は金星を観察しましょう。するとここでは違いを見い出します。何故なら、それは土星より小さな惑星で、多くの期間、雲に覆われているからです。しかしそれでも、そこここで雲が途切れることで太陽を輝き渡らせますし、大気は湿度を帯びていますが、重苦しくはありません。その構成は他の惑星ととても良く似ています。ある部分には氷や雪もあるような多様性に富んだ気候条件を有しているからです。


【解説】
 太陽に若干近い(地球-太陽間に比較して0.72倍)ということだけで、金星は灼熱地獄で硫酸の雨が降るとして、到底金星には人は住めないと地球では定説化されています。しかし、元々、1952年のいわゆるアダムスキー氏の公生涯の始まりは金星人オーソンとの会見からであり、金星こそ私達、アダムスキー哲学を学ぶ者の聖地でもある訳です。また、アダムスキー氏が敢えて金星をはじめこの太陽系の12個の惑星全てに私達以上に進歩した人類が住んで居ることを公表した故に、その後の宇宙開発事業の情報操作や情報コントロールが功をそうしたこともあり、今日までアダムスキー氏はその死後も世間には受け入れられておりません。
 しかし、アダムスキー氏を通じて地球にもたらされた本稿をはじめとする宇宙時代を生きる為の哲学を学ぶ者にとって、この金星人オーソンがアダムスキー氏と最初に会見したことに着目すべきだと考えています。つまりはその後の氏に向けられた批判や中傷に対して氏を支え、時々に必要な助言や情報を授けたのも彼ら金星を中心とする宇宙兄弟達であったと思われるからです。
 氏に関わった多くの人達の発言から、金星は地球に対して各時代に対応した様々な支援を行って来たことが伝えられています。一説にはその中に、イエスも居たと言うことです。そうした過去からのつながりの中で、アダムスキー氏とオーソンの間にも何らかの強い結びつきがあったものと思われます。
 いずれにせよ、私達には手本とする宇宙兄妹達と目指すべき理想社会がある訳で、この惑星地球を運営する現代文明が、もし、現在顕著になりかけているように地球環境汚染や経済システムの弊害から行き詰まることになったとすれば、私達は従来のやり方を全てかなぐり捨てて、その手本となるべき兄妹惑星の社会システムを導入することが必要です。そうすることが、この禁断の惑星・地球を解放し、宇宙社会に門戸を開くことになるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落407

407 Jesus has said that where a man's heart is there he is also. It could be said that where a man's consciousness is there he will be.
407 イエスは言っています。人の心がある所、自分もまた居ると。それはこのようにも言えることでしょう。人の意識のある所、自分もまた居るであろうと。


【解説】
 何時でも、何処に居ても意識を通じて人は互いに交流することが出来ると言っているのです。「そこに居る」とはどういうことなのでしょう。現実に面前に対していることと、遠く離れては居ても異ながらにして相手の心に浮ぶ考えがこちらにも分かり、互いに相手の意思が分かるようになれば、両者は同じことを意味することになります。つまりは「テレパシー」や「遠隔透視」という現象も、これら意識を通して可能になる事柄の一つと考えられるのです。
 「同乗記」にも多数記載されている彼ら宇宙兄弟達の持つ優れた精神感応力は、これらの生きた実例ですし、誰でも到達可能な生物体が持つべき基本的な能力なのでしょう。そういう意味でも、世に「超能力者」がテレビに出て、遠く離れた昔の事件の状況を探る番組がありますが、そのような能力もいずれは、誰もが身につけられる時代も来るかと思います。
 そう考えると各自が何らかの信頼できる指導者を敬愛することによって、何処に居てもその教師と交流でき、人生を生きる助言を得られるということもある訳です。もちろん、創造主のイメージを常に心に持てば、やがてその人もその似姿になるということは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落406

406 Here I have given you just some of the high spots and not in detail form as you might expect but you can get the details if you succeed in going there consciously. And as I have been taken there physically by space craft I will know if your impressions are correct. And this will indicate how well you are able to travel consciously.
406 ここでは私は貴方に最も重要な部分だけをお話しており、貴方が期待するような詳細には触れておりませんが、貴方はそこに意識的に行くことに成功すればその詳細を得ることが出来ます。また、私はそこには肉体のままで連れて行かれた為、私は貴方の受けた印象類が正しいかどうかが分かるでしょう。そしてこのことは貴方が如何に上手に意識による旅行を出来るようになっているかを示すことでしょう。


【解説】
 第11課では意識を用いた宇宙旅行について、私達は学んでいます。この意識を使って遠隔地を見聞する具体的な方法、心の制御方法等の技能的な内容は本課では説明されておりません。それらはあくまで本人が自身の心を訓練し、宇宙の意識から示される具体的な助言に耳を傾けることで少しづつ身に付けるべき事柄だということです。
 しかし、人が死に向かう時、この活動はより顕著になるようです。昨年亡くなった私の母から、昔聞いた話があります。母には将来を嘱望されていた優しい兄がいたのですが、その兄が学校を卒業し会社勤めを始めた頃、肺に病を得て急死してしまいます。戦前のことです。その兄が死に近付いた頃、ふと目覚めた兄が枕元で見守る妹に、「きれいな花園があったよ」としみじみ述べたといいます。その兄の死後、半世紀以上も経っていたにも拘わらず、その時のことを母は明瞭に覚えていました。
 数年前に流行した「涙そうそう」という歌があります。歌詞からお分かりのように、宵の明星「金星」に亡くなった兄が生まれ変わって行ったと信じて、残された妹がその兄の住む星を毎日、見上げながら生きて行くという内容です。地球で生きて行くのは大変なことですが、それでも星々に思いを馳せ、宇宙に自分の意識を広げようとすることは、大変意義深いことだと言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落405

405 In their presence one feels that he has been given a new birth in life. For their homes and surroundings are exquisite, a reflection of their consciousness as is everything on their planet. Planet Saturn is a balancer or tribunal planet for our system.
405 彼らの面前にあっては、人は自分が人生で新たな誕生を授かったと感じます。彼らの家庭や周囲の物はこの上なくすぐれたものであり、彼らの惑星上のあらゆるものがそうであるように彼らの意識の反映になっているからです。惑星土星は私達の太陽系の釣り合い機、或いは法廷なのです。



【解説】
 真に進化した宇宙兄弟達の前では人生観が一変する程の影響を受けると言うことです。また、宇宙の他惑星・別世界を体験することでその後の生き方が大きく、良い方向に転換するという訳です。これまで地球には時代を越えて様々な教師が宇宙から来訪し、人々の歩むべき道程を示したとされています。その痕跡は聖書や仏典の記述にも残されています。しかし、今日ではそれらの教師の言葉は年月の経過とともに、その本来の意味合いが薄れてしまっているのではないでしょうか。教義の解釈の書は増え続けていますが、地球に降り立った教師自身の雰囲気や語った言葉等、肝心の所は伝わっていないように思われます。
 一方、現代の宇宙飛行士達は宇宙飛行の体験の後、実はそのまま宇宙飛行の技術分野に携わるよりも、より精神的、宗教的な分野に転向する事例が多いように思われます。例えば1971年、アポロ15号で月着陸船パイロットとして月に降り立ったジム・アーウィン(James B. Irwin)はその後、宗教活動を行う傍ら旧約聖書の史跡を探して中東への探検旅行も行っています。また、アーウィンは「月面では地球とは異なり、神に祈るとすぐに神から答えが帰ってきた。月では違った。祈りが神に直接的に即座に答えてくれるのだ。」と述べたそうです。(詳細について解説しているサイトがありますので紹介しておきます。http://www2.plala.or.jp/seitouha/yumi/apollo.htm)
 宇宙の中に包まれている感じや他の天体に降り立った際に受けるその天体が持つ波動状況が大きく影響を与えるということでしょう。宇宙文明との交流によって私達は飛躍的な進化を遂げるに相違ありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落404

404 And now when we associate with the people a strange thing happens. It seems that everyone is a part of our own being for they seem to see through us and know how we feel and what we are thinking. And we wonder if we are worthy to be here and what they may think about us. But this comes from the habitual mind reaction and soon we feel at ease for we sense that they understand and are accepting us as brothers and sisters and not as strangers. You cannot detect even a trace of jealousy, envy or judgment in them. And when invited to their homes we notice that they share all things equally. This is particularly noticeable among the women for they respect each individual with the same feeling that a mother has for her child. And this is a higher respect than sisters have for each other and their relationship to all is based on the need of the other. The men in turn respect the women with the same feeling that we have on this earth for a Madonna as they are the mothers of men. And the women respect the men equally as high and honor them as the expression of Cosmic Principle-the masculine part of consciousness. And both men and women recognize the consciousness within each form as Cosmic Divinity.
404 そして私達がその人々と交流するや否や、不思議なことが起ります。彼らが私達の内側を見通し、私達がどのように感じ、また何を考えているかを知っているように思えることから、誰もが私達自身の一部のように思えるのです。そして私達は自分達がここに相応しいのか、また彼らが私達をどのように考えているか、疑問に思うものです。しかし、これは習慣的な心の反応から来るものであり、すぐに私達は安らぎを感じます。何故なら私達は彼らは私達を理解し、私達を兄弟姉妹として受け入れており、よそ者とはしていないことを感じ取るからです。貴方は彼らの中に嫉妬や妬みあるいは批判の痕跡も見つけることはできません。そして、彼らの家に招かれる時、私達は彼らが全てのものを等しく分かち合うことに気付きます。これは女性間において特に顕著です。何故なら彼女達は母親が自分の子供に対するのと同じ感じで各個人を尊重しているからです。そしてこれは姉妹が互いを尊重すること以上に高い尊敬の念であり、彼女達の全体への関係は他の者の必要性に基づいています。代わって男性は女性達をこの地球で私達が聖母マリアに抱くのと同じ感じを持って尊敬します。彼女達は男性達の母であるからです。そして女性達は男性達を意識の男性部分である宇宙原理の表現者として等しく、高く尊敬し敬意を払います。そして男性も女性も各自の身体の内側に宇宙の神性としての意識の存在を認めているのです。


【解説】
 本項では実際の土星の社会の一端について紹介しています。一度印象類への感受性が固まれば、自分のことばかりでなく、相手のことも相手が何を考えているか等々について良く分かることになります。惑星全体がそのような人々で満たされているとすれば、人々は必然的に良い人間にならざるを得ないことが分かります。これは感応力が低い状態に留まっている地球と比較し、皮肉なことでもあります。
 このような星はまさに「仏国土」であり、仏典を引くまでもなく、宇宙に数多く存在するという訳で、「天国」とは良く言ったものだと思います。私達の星についても最終的にそのようなレベルまで上昇させるにはどうしたら良いでしょうか。それは各自がそのような仏国土にあこがれるだけでは十分ではありません。例え本課のような学習者が地球を去ってもその歩みと経験が後世に伝わる仕組みを創らなければならないように感じています。
 かつてアダムスキー氏の周囲には数多くの協力者がおりましたが、アダムスキー氏死後、年月が経過するにつれ、それらの人々も亡くなる方が増えている状況です。また状況は日本でも類似しています。少しでも何か学んだエッセンスを残すことを目指して、この仕事を進めているつもりです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第11課-段落403

403 These are the first impressions that consciousness give to the mind. It is all so beautiful that the mind has a tendency to question if it is real, yet it knows that it is walking on solid ground.
403 これらは意識が心に与える最初の印象類です。それは皆、あまりに美しいので心はそれが現実であるか疑う傾向がありますが、それでも心は堅固な地面を歩いていることは知っているのです。


【解説】
 前項(402)に引き続き、宇宙意識に心が同調した際に心がどのように遠隔地の状況を見聞することになるかの事例を取扱っています。いわゆる「遠隔透視」とされて来た現象ですが、本文から当人にとってはその体験は肉体による場合と全く同様に極めて具体的なものであることが分かります。
 ここに記されている体験は、通常の見地からは常識を超えた超常現象とされることでしょうが、生命の科学の探究を進めれば、自ずと辿り着く境地ということになります。私達の肉体や心をテレビ受像機に例えれば、映像信号がテレビ受像機に入り込まなければ、テレビ自体がどのような画像再生力を有していたとしても、遠隔地の映像を映し出すことは出来ません。
 各自のアンテナを宇宙意識に向けて、もたらされる印象に聞き耳を立て、素直にその信号電波を体内の受像機に導き入れ、その指示通りに全身全霊をそれらの印象類に同調させることで、美しい映像を自らの内から映し出すことが出来ます。また映し出された映像をテレビ受像機自身が観ることによってその遠隔地の情報を知るとともに、電波(意識)とテレビ受像機(自身)の価値と両者の一体化の持つ意義を理解することになるのです。
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