2008年09月

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落363

363 In lesson ten I will try to illustrate how you can become aware of the things in the cosmic house. And that is the reason I explained entity worship at the beginning of this lesson. Which involves the present uninformed phases of psychism and the true meaning in relation to oneself. So that when the tenth lesson is given you will know the difference in your experiences. And know how to proceed without being involved in mystery, such as present psychics experience.
363 第10課では貴方がどのようにして宇宙の家の中の物達に気付くことが出来るようになるか説明しようと思います。またそれは、この教科(訳注:第10課)の始めに宇宙的実態の演習を説明した理由でもあります。それは今日の知識の無い神秘主義の段階と自分自身に関連した真の意味との両方を含むものです。ですから、第10課が与えられれば、貴方は自分の体験の中の違いを知ることになるでしょう。そして今日の心霊的体験のような神秘に巻き添えになることなく、どのようにして前進して行くかを知ることになるのです。


【解説】
 次の課(第10課)以降は、存在するあらゆるものを知るということはどのような作用なのか等々、具体的な応用に入るものと思われます。
 宇宙兄弟達は容易に相手の想念を読み取ることは「同乗記」をはじめ、様々な所で述べられている通りです。彼らはそれを極く自然の生命体の能力として取扱っており、その原理も十分理解されています。私達も訓練によって、これと同様の能力を身につけられることでしょう。その為には、これらの動作原理を基本から学んで、自らを教材としてこれら教科が意図する要点を自分で学び取る必要があります。
 自らの体内で日々起っている活動の影響は自分が最もよく分かります。心の反応とその言い分を冷静に観察しながら、自ら行動を通じた積極的体験を経て、これまで自分を支配して来た心の実態を明らかにする必要もあります。こうした心の課題を少しずつ解決し、一歩一歩、宇宙意識の本体に近付くことが出来れば、各自にとって創造主はより身近になり、これら創造主からのメッセージも受け取りやすくなるものと思われます。(第9課終わり)

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落362

362 There is nothing in the Cosmos that we cannot be a part of or know something about.
362 宇宙には私達がその一部になれないものや、それについて知ることが出来ないものは何もありません。


【解説】
 「分かりあえる」「相手の気持が分かる」等、いわゆる「一体感」は意識レベルの融合が前提となります。前項(361)を受けて、「宇宙意識」に融合出来れば、あらゆるものと一体化することが出来、際限の無い知識が湧き上がって来るとしています。
 私達が通常、「心を許している」親しい者には、相手が遠く離れた場所に居ても、相手の状況を感じることが出来るでしょうし、何気ない日常行動もタイムリーであったりすることはよくあるものです。これらは時にテレパシーと呼ばれるものですが、「生命の科学」学習コースでは第9課の終わりになってから、この種の記載がされるようになっています。私なりの解釈としては、いはゆる各自の能力開発分やはややもすると技術・技能面に力点が置かれ易く、表面上の能力獲得に目が行き易い為、十分、心と意識、肉体と心と意識の関係を学んだシリーズ後半になって訓練するよう配慮されたものと考えています。
 誰でもこのような能力を身に付けたいと思うでしょうが、同時に自分の精神レベルを高めなければかえって不愉快な経験が増えるだけです。自らの包容力を高めなければ他人の欠点、社会の問題だけがいわば自分に同調する形で反映すると思うからです。清濁併せて、ありのままを先ずは受け入れることからスタートする訳で、それを受け入れられる包容力が先ずは必要であるように思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落361

361 Remember that each one of us is but a single cell in Cosmic Consciousness and once we become united with this consciousness there will be no limits to the knowledge that we can have. This is what the Brothers are striving for and they are well on the way. They too had to struggle to get started and we have hardly started. But with determination, and using the knowledge they have given to us in the recent years we have the opportunity to travel right behind them. It is up to the individual, what he wants and how well he will use the knowledge at hand.
361 私達一人ひとりは宇宙意識の中の一つの細胞に過ぎず、ひとたび私達がこの意識と一体になれば、私達が持つ知識に限りはないことを覚えていて下さい。これは宇宙兄弟達が努力して目指して来たことであり、彼らはその道筋をしっかり歩んでいます。彼らもまた、始動には苦闘も必要でしたが、一方の私達は開始すらしていません。しかし、心を決め、彼らが近年私達に授けてくれたこの知識を用いることで、私達には彼らの後について正しい旅をする機会が出来ました。自分が何を望み、如何に手元にあるその知識を用いるかは、個人に委ねられています。


【解説】
 多くの哲学、宗教には共通する要素があるように思います。個我の横暴を戒め、人間を超えた全能の英知の存在を尊ぶということです。心を落ち着かせ、全能の英知に関心を寄せる為、仏教における座禅や沈想、キリスト教における祈りもその一例です。確かに各宗教は歴代指導者の著作もあり、学ぶ教材も多いのですが、何分、教祖の時代から年月が経ち過ぎており、その間の解釈が加わって、今日ではそれらの中から本質を掴むのが難しくなっています。
 しかし、この生命の科学は実際に宇宙兄弟達が応用し、生活に取り入れている内容を盛り込んでいるとされています。宇宙兄弟達から与えられた直接の教材、テキストとして改めて味わう必要があります。特にその内容が優れているのは、目には見えませんが、想念レベルの活動が直接、肉体細胞に作用すること、細胞群の中にエゴに従う細胞群が増殖してしまうこと、また一方では前節(360)に記されているように、心が改善されるにつれ、体内で化学変化が起きる等、科学的な解説が加えられていることです。私達がこの講座から多くの事柄を学び取って欲しいというのが宇宙兄弟達の願いでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落360

360 As soon as a man places his foot upon the right path the chemical composition of his cells begin to change towards the goal. The pains and diseases he has had begin to disappear for he is beginning to use his full life force instead of just half of it as he did before. And all the cells of his body begin to take on new life. And the doors of knowledge begin to open wider and wider. And for the first time since he strayed away he will feel the closeness of his Creator.
360 人はその足を正しい道に乗せると直ぐに、自身の細胞群の化学的組成が目的地に向かって変化し始めます。その者が持っていた痛みや病は消えて行きます。何故なら彼は以前のように只半分の生命力を用いることから完全なる生命力を用い始めているからです。そして自身の身体の全ての細胞群は新しい命を身につけ始めるのです。知識の全ての扉がますます広く開き放たれるようになります。そしてその者は自分が道をはずれて以来、初めて自分の創造主を身近に感じることでしょう。


【解説】
 前項(359)では意志を強く持って、時代の潮流に流されることなく、自ら信じる道を進むことが大事だと述べられていました。ここで、現在、自分が歩んでいる道が正しいか、あるいはそこまで突き詰めないにしても、妥当なものかどうか、時折確かめる必要もあるでしょう。
 そこで役立つのが、「心身ともに調子が良くなって来た」かどうかということです。それは正しい想念を発していればそれは体内の諸活動に反映する訳ですから、その通りと言えます。しかし、そのように単に「体調が良くなった」「気分が爽快になった」とするだけで、自分が歩んでいる道が正しいと断言するには、不十分な気がします。それらは当然の副次的効果であり、より重要なのは「創造主を身近に感じられるようになる」ことです。各自の中で創造主と親密な関係が出来ることが最も望ましいと思っております。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落359

359 All that a person has to do is to look at the thoughts expressed by man today to see how foreign they are to cosmic principle. And we know how hard it is for a man to accept cosmic principles, showing the vast difference between the two manifestations. This is why he feels that he needs perfection, for the mild conscious feeling is still present as a perfect manifestation. Even though he became foreign to it he feels that there is perfection some where. And this feeling pulls him towards its accomplishment. But man will never reach this state by taking the highways of least resistance. This has been proven through the ages. Only here and there an individual has traveled on the right path, through self will and not yielding to opposition from the masses.
359 人が為さねばならないことの全ては、今日人間によって表わされた想念類が如何に宇宙的原理に縁遠いかを見ることです。そうすれば私達はそれら2つの現れの間にある途方も無い距離が見える等、人間にとって宇宙的原理を受け入れることが如何に困難であるかが分かります。しかし、これが人が極致を必要とすると感じる理由です。何故なら穏やかな意識の感覚が完全なる現れとしてそこに存在するからです。人がそれに対して無縁な存在であったとしても、人は何処かに極致が存在すると感じているのです。そしてこの感じがその者をして成就に向けて引き寄せます。しかし、人は最小の抵抗の道を通ってはこの状態に到達できません。このことは世代を通して証明されています。わずかにあちこちに個人が自己の意志を貫き、大衆からの反感に屈せず、正しい道を旅しているだけです。


【解説】
 この本文の主題となっている"foreign"について考えて見ます。本文では「今日人間によって表わされた想念類が如何に宇宙的原理に縁遠いかを見ることです」とあります。その「縁遠い」に対応するのが"foreign"です。本シリーズでは場合により「よそ者」とも訳しています。"foreign"の持つ語感としては、「異質な」「無関係な」「相容れない」「合わない」「無縁な」があり、「日常親しんでいるもの」"familiar"の反対語です。
 その意味する所は、私達人間は如何に宇宙的原理からかけ離れた概念を持ち、宇宙的原理を無視した、自分達だけに通用する制度の下で暮らしているのかに気づけということです。もちろん、極致(完徳)の道を求める者にはより良い世界が存在することを感知できるのですが、それも実際に行おうとすると、訳も分からない目標に向かっての努力はしたくないと心は抵抗し、身体は眠りたがります。しかし、それでも決心して、少しずつ前進すれば自分が確実に進歩の道を歩んでいることが分かる筈です。
 先ずは現実を直視し、私達人間たどれくらい宇宙的存在から乖離した生活を送っているかを自覚することから始まるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落358

358 This is why people feel a division between themselves and the Creator with a great distance between the two, when in reality there is none. This effect known as the carnal man or ego promotes foreign cells through his aggression and they in time cause his body to be anything but healthy and perfect. Thus many types of diseases are brought about by his many unpleasant expressions as we mentioned before. For as we know, as a man thinketh so is he.
358 これが何故人々が自分自身と創造主とがとても大きな距離、離れていると感じる理由です。しかし、実際にはその距離は無いのです。肉欲的人間、或いはエゴとして知られるこの結果物は、その攻撃性を通じてよそ者細胞群を増殖させ、それらはやがてその肉体に健康でも完全無欠とは程遠い状態をもたらします。こうして、多くの病が以前述べたように、その者の多くの不愉快は表現によってもたらされるのです。何故なら、私達が知っているように人は考える通りの者になるからです。


【解説】
 エゴ、肉欲的細胞が独立したいが為に陥った創造主との乖離は、やげて行き詰まり、自らの心身を痛めつけることになります。しかし多くの場合、そうした生活パターンは習慣化している為、そこから抜け出ることは容易ではありません。生活に疲れた人、ギャンブルに身を投じている人を見ると、皆、爽快さとはかけ離れた表情をしています。各自、生まれついた頃とは大きく異なった人生を歩んでしまったのです。
 もちろん、その人各々の事情がある訳ですが、やはり、お金の有り無しに関わらず、生気ある生き方を全うしたいものです。その為には私達はエゴが勝手に造り出した誤った概念や自分の生き方が、この環境ではやむを得ないのだとする言い訳に耳を貸すべきではありません。ひたすら大自然を観察し、その中に息づいている万物が当然のように従っている宇宙の法則に目を凝らし、耳を傾けなければなりません。そうする中で、自然界の生き物達が、どのようにそれらを把握し、それに従っているかを知ることが大切です。
 自然の中では、例え一夏の命であっても、皆精一杯の生命を生きています。何一つ、将来を心配したり、悲しんだりするものは居りません。むしろ、夏の終わりのつかの間の晴れ間に、法師蝉がその鳴き声を謳歌し、周囲の者達に自分のメッセージを無心に伝えています。
 私達の生命の科学の学習は決して、病気治しの為に行うものではありませんが、エゴ全般の動きの実態を学ぶことで自然と体内の細胞が整えられ、結果として健康な生涯を送ることになるということです。
 最後に、本文末尾に"as a man thinketh"という一節がありますが、参考までに同名のタイトルの啓蒙書についてご紹介しましょう。
 以前(037)にも述べましたが、ジェームズ・アレン(James Allen 1864-1912)に同名の書"As a Man Thinketh"があります。その中に以下の記載があります。
"That circumstances grow out of thought every man knows who has for any length of time practiced self-control and self-purification for he will have noticed that the alteration of his circumstances has been in exact ratio with his altered mental conditions. So true is this that when a man earnestly applies himself to remedy the defects in his character, and makes swift and marked progress, he passes rapidly through a succession of vicissitudes.(略)
Every thought-seed sown or allowed to fall into the mind, and to take root there, produces its own, blossoming sooner or later into act, and bearing its own fruit of opportunity and circumstance. Good thoughts bear good fruit, bad thoughts bad fruit.モ
「環境が想念から成長するということは、自制と自己浄化を多少なりとも実践して来た者は分かります。何故なら自身の環境の変化は自分の変化した心の状態と正確に比例して来たことに気付いているからです。ですから、人が心底、自分自身に対して自分の性格の欠点を治し、素早く目に見える進歩を成し遂げるなら、その者は人生の転換をいち早く通過するのは本当です。(略)
 心に蒔かれた或いは心に落とされた一つ一つの想念の種は、そこに根を伸ばし、それ自身の花を付け、いずれは行動に移し、それ自身の機会や環境という果実を産みます。良い想念は良い実を、悪い想念は悪い実を産むのです。」(竹島試訳)

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落357

357 Faith is the most important factor in life, for all men are not out for themselves and many are interested in the betterment of humanity. Each man must believe in someone and he might just as well believe in the ones who are interested in the betterment of his being, especially in the cosmic field. And he should learn to obey his conscious feelings that constantly remind him of his potentials. We have mentioned cosmic cells and carnal cells and that the cosmic ones are the primal force of all creation. And by multiplying they bring forth the secondary cells which are the offsprings of themselves with all the potentials of the original. This is where the two enter, the carnal man and the cosmic man, for the carnal one is the offspring of the original. And from here man begins to multiply his own ideas and by doing so he loses his cosmic identity in his creation of what we call foreign cells.
357 信頼は生命の中で最も重要な要素です。何故なら人は全て自分自身の為だけに動くものではなく、多くは人類の向上に関心を持っているからです。個々の人間は誰かを信じておりますし、その者はまた、自分の存在の向上、とりわけ宇宙的分野に関心を持つ者を信じています。また、その者は常に自身の可能性を思い出させる自分の意識的フィーリングに従うことを学ばねばなりません。私達はこれまで宇宙的細胞群と肉欲的細胞群について述べて来ましたし、宇宙的細胞群は全ての創造の主要な力であることを述べました。そしてそれらが増殖することによって、それらは元の全ての能力を有するそれら自身の子孫である第二段階の細胞群をもたらします。ここが肉欲的人間と宇宙的人間が入り込む場所となります。肉欲的細胞は原始細胞の子孫であるからです。そしてここから人は自分のアイデアを増殖させ始め、そうすることによってここで私達が言うよそもの細胞なるものを自ら造り出す中で、自らの宇宙的正体を失ってしまうのです。


【解説】
 今回は少し細かな話しになりますが、いつも問題になる「faith」という言葉の意味合いについて解説したいと思います。冒頭、「faith」が人生の中で最も大事なことだとアダムスキー氏は述べています。この場合、文脈に沿って読んでいただければ分かることですが、この「faith」なる言葉を従来のように「信念」と訳されてますと、文の意味が通らなくなります。本シリーズではfaithを一貫して「信頼」あるいは「信仰」と訳しています。
 これは、通常、「信念」と表現すると何か「自らの意志を強固に維持して、何物にも動じない決意」という意味に受け取られますが、本文から分かるように、「faith」には「何かエゴのレベルでは図り知れない創造主の世界を信頼する」というような意味合いがあることに気付きます。
 人間は本来、こうした「faith」を皆、持っており、その根源にあるものが宇宙的細胞であると言っているのです。これは「信仰」と言っても良いものだと思っております。
 しかし、エゴが増長するにつれ、自ら造り出す第二段階の細胞群が勝手な暴走を続けることによって、次第に自分の本来の正体を見失ってしまうと言うことで、その場合にはその人には次第に「faith」なるものが失われて行くことが分かります。常に、誠実であり、創造主に謙虚であることが人生の中で一番大切だと言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落356

356 Unless man has faith in his fellow-man and the men of experience have the interest of humanity at heart and a desire to have others share their knowledge and experience, people as a whole will not benefit from their knowledge. Not any more than the masses are benefiting from the Space Brothers' knowledge.
356 人が自分の仲間への信頼が無く、体験を有する人達が心中から人類愛に対する関心と自分達の知識と経験を他の者達と分かち合いたいとの願いが無ければ、人々は全体として彼らの知識から恩恵を受けることはないでしょう。宇宙兄弟達の知識から大衆が恩恵を受けることと同じです。


【解説】
 この種の仕事は、他人や創造物への受容と信頼が根本になければ到底やって行けません。アダムスキー氏が生前、少人数の集まりの中で、どのような話しをされていたか、残されたテープを聞いて見ますと、出席者のどのような質問にも実に誠実に答えていることが分かります。分からないことはどんなことでも質問するように、"Start asking"(質問を始めて下さい)と言っています。氏の持つ知識は幅広く、参加者がどのような事柄を質問しても、次々に新しい見解が惜しみ無く出されています。
 これにはその質問者がその回答を受け入れられる状況であるかどうかを見極めた上で、その人に合った内容で回答しているものと思われます。しかし私達は往々にして自分が知っていること、自分が興味があることを一方的に伝えようとしがちです。これでは相手に内容は伝わりにくいものです。自分の体験を共有し分かち合う為には、先ずはその人に受け入れられることが前提であり、相手の関心も高まっていることが必要です。多少、逆説的になりましたが、各自の体験を分かち合う為には、互いに信頼関係がなければならないということです。
 同乗記には宇宙兄弟達は他人に対し、あたかも神に対するように接すると述べられています。その究極は、磔の刑に処せられたイエスの「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのか分からないのです。」の言葉です。慈悲の典型として今なお、伝えられている言葉です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落355

355 But will the men of the world accept their knowledge when they return? For those who have developed to this stage without being an astronauts are faced with this same doubt.
355 しかし、この世の中の人達は彼らが帰還した時、彼らの知識を受け入れるでしょうか?何故なら宇宙飛行士になることなくこの段階まで発達させて来た者達もこれと同じ疑いに直面するからです。


【解説】
 「宇宙意識」という言葉の背景には、全てを知る者が宇宙空間に充満しており、絶えずそこから無数の印象類が宇宙空間の中のあらゆるものに同時に降り注いでいる、あるいはあらゆるものの中に同時に湧き起っているというイメージがあります。肉眼では暗黒で何もない空間には無数の「細胞」がいて、それらが極めて高度な知性を持っている等ということは、現実の世の中では到底受け入れられるものではないのかも知れません。
 しかし、多くの宇宙飛行士達にとって、例えわずかな期間の宇宙滞在であっても各々のその後の人生に大きな影響を与えていること、とりわけ、神や英知の存在を間近に確信したことは重要です。宇宙空間での体験が如何に大きかったかを示すものです。目下の所、宇宙空間で何が起っているのかを正確に地上にいる私達に示せる者はおりませんが、その体験事例が増えるにつれて、探究も深まるものと思われます。
 宇宙空間にしばし滞在することによって、その悟りを得ることが出来るなら、宇宙旅行代金も高くはないと思う時代も来ることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落354

354 The earth and space are of cosmic nature, thus man is not forbidden to view any part, or all, while living here. I am sure the astronauts will have that experience, once they venture into space, providing they are well schooled in receiving impressions. They will have the opportunity to live in two states of life-one the sense mind educated in the world's environment, the other-conscious awareness of living space. They could receive impressions of cosmic space while at the same time their sense minds could be wondering what was transpiring down on earth. They will have a remarkable opportunity to compare earth's knowledge and conscious knowledge. And will be in a position to blend the two into one. For they will be viewing that which cannot be seen with sense sight and that which can be seen with sense sight. And they will know the difference between that which is real and that which is not for the cells of the cosmos will communicate with them through impressions. And the sense mind will transform the information into sound when the astronauts speak to others.
354 地球も宇宙空間ともに宇宙的性質のものであり、人はここに生きている間、その如何なる部分も全体も見ることを禁じられてはおりません。私は宇宙飛行士達がひとたび宇宙に踏み出すや、印象類を感受することを十分訓練されていれば、その体験をするだろうと確信しています。彼らは生命の二つの状況の中で生きるという好機を得ることでしょう。一つは世の中の環境の中で教育されて来た感覚心、もう一つは生きている宇宙空間の意識的気付きです。彼らは宇宙的空間の印象類を受けることができますが、一方では彼らの感覚心は眼下の地球で何が起っているのか知りたいと思うことでしょう。彼らは地球の知識と意識の知識とを比較するという注目すべき好機を得ることになります。そしてこれらの二つを一つに融合する立場に立つことになるでしょう。何故なら、彼らは感覚心では見られないものと感覚心で見られるものとを見ることになるからです。そして彼らは真実のものと真実でないものの違いを知ることでしょう。何故なら宇宙の細胞達が印象類を通じて彼らに伝達するからです。そして宇宙飛行士達が他の者に話す時、感覚心はその情報を音声に変換することになります。

【解説】
 宇宙空間に出ると、そこは無音、暗黒の空間が広がっているものと思われます。しかし前項(351)でも触れられている通り、宇宙空間からはより鮮明、強力な印象類で満ちているということです。地球の宇宙飛行士達は狭い宇宙船内での忙しい任務の間にも、こうした宇宙空間を眺め、宇宙から来る印象類を多少は感受しているものと思われます。
 およそ宇宙飛行士達は皆、明るく、また素直な性格だと感じるのは私だけではないと思います。本来であれば冷静な科学者、技術者が相応しいとされがちですが、それにも増して宇宙や未来に対して希望を持っている姿の方が上回っているように思います。これは実際、地表から宇宙空間に打ち出され、文字通り天空の神の国を実感すれば、その後の人生への大きな転換期になることは間違いありません。
 また、地上に戻っても、宇宙を見てしまった者は地上(心)の問題と宇宙(意識)の整然とした秩序との落差に驚くことと思います。本文が書かれた1964年は未だ宇宙開発の黎明期(アポロ1号は1966年2月の打ち上げ)に過ぎませんでした。著者アダムスキー氏自身が、当時既に同様な宇宙体験をしていたことと、宇宙兄弟達の宇宙旅行を見聞した結果、人間の精神発達の面からも如何に宇宙旅行が大切であるかを実感されたのだと考えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落353

353 Some may ask, what if there is no improvement over a period of time ! It seems under these conditions the sense mind returns to the original state, but it has lost its identity. The normal cells unite with other cosmic cells and the carnal cells are gradually absorbed by the cosmic ones. There will never be a time, once a man learns the other half of himself that he cannot view the Cosmos at will. For then he will be the cosmic self.
353 ある期間経っても進歩が無い場合はどうなるのかとお尋ねになる人もいるでしょう。それは感覚心がもとの状態に戻りますが、感覚心の自己識別性は失われてしまう状況のように思われます。正常な細胞群が他の宇宙的細胞群と団結し、肉欲的細胞群は徐々に宇宙的細胞群に吸収されて行きます。一旦、人が自分自身のもう半分を学べば、意のままに宇宙を見られないようなことは一時も無いでしょう。何故なら、その時、彼は宇宙自身になっているからです。


【解説】
 本項はある意味、私達の大多数がこれから直面する事態を示しています。自我(エゴ)は実は永続しないことを本文では警告しているのです。文中の「ある期間」とはどれほどの長さを示すかは明記されておりません。しかし仮に生まれ変わりがあったとしても、結論的には同じことなのです。つまり、現在の私達はその「ある期間」のリミットにそろそろ近い可能性があるからです。
 その自我の消失について文中では「肉欲的細胞群が宇宙的細胞群に吸収される」と表現されています。つまり、丁度、「食細胞」(別名「マクロファージ」。白血球の一つ。生体内に侵入した細菌やウィルス等を捕食し消化する。)によって不要な存在、人体にとって危害を与える細胞と見なされ、食べられてしまう現象と似ています。このような状況は、一度に起って一夜にして大転換するとは考えにくいと言えます。むしろ徐々に進行すると考えた方が良いようです。そうなれば自我の活動は徐々に低下し、意欲は薄れて来ることが想定されます。また、その結果、ますますエゴの発する想念は自己保身の為、終末に向けて荒れたものになる可能性もあります。
 これらの状況は、私達のいわゆる老化現象をそのまま表わしているのではないでしょうか。もちろん人によってこれまでの精神レベルの発達程度に応じて、状況は大きく異なります。つまりは、その人の精進の結果、即ち成果は晩年期により一層顕著になるということでしょう。私達が不幸な事例を学習することはもちろん必要ですが、更に先を目指した学習を進めるべきことは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落352

352 As said before, there will never be a time that the sense mind will not be receiving impressions from cosmic consciousness. As it is the knower and creator it cares for its creation, especially the sense mind through which it can express its totality. And the Law Of Grace is used, giving the sense mind an opportunity to unite with it and become one manifestation. We are given this opportunity through re-birth.
352 以前に申し上げたように、感覚心が宇宙意識から印象を受けていない時は一瞬たりとも無いでしょう。宇宙意識が知る者であり創造主である為に、それはその創造物、とりわけ感覚心については感覚心を通じて宇宙意識の完全性を表現できるが故に加護するのです。そして恩寵の法則が用いられ、感覚心に宇宙意識と一体化した現れになる一つの機会が与えられます。私達は生まれ変わりを通じてこの機会を与えられています。


【解説】
 一方、地上に暮らす私達にも宇宙意識は絶えず印象を与え続けています。本文ではそれは宇宙意識が全てを知る者であり、創造主であるが故に自分が創造した者達を加護する為に行われていると解説しています。
 私達はこのように無償の恵みを常に受けている訳で、いち早くその贈り物(印象)に気付き、その贈り主と結びつくことが必要です。誰でも、またどのような時でも創造主から直接の支援の声が降り注いでいることに感謝すべきなのです。以前の項(265)の恩寵の法則に関連する解説で紹介しました"Amazing Grace"ですが、その題名の"Amazing"は"驚くべき"という意味ですが、これは"何でそこまでするのか、普通では考えられない、驚嘆すべきもの、見事なまでの云々"という語感があります。先ずはそこまでの恩寵があるということに気付きたいものです。
 また、本文最後に「私達は生まれ変わりを通じて(through re-birth)この機会を与えられています」とあります。"re-birthモの解釈としては、通常の肉体の死を経て再び新しい肉体に生まれ変わる時を示すとする意見もあるでしょうが、ここではこれら生命の科学の学習を通じて従来の肉体のままでも必要な生まれ変わりが達成できるとする解釈から、精神レベルの変革という意味を指すものとしています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落351

351 If the sense mind pays close attention without self opinions it can differentiate between the two. For one will have a personal tinge to it, while the other remains cosmic, like the shades between the riley water and the clear water. And the sense mind with its free will can choose one or the other. The astronauts will have to learn this in order to differentiate between the wishful thinking of the sense mind and cosmic reality.
351 もし感覚心が利己的な意見を持たず注意深い配慮を払えば、その二つを識別することが出来ます。何故なら丁度濁り水と清水との間に陰影が違うように、一方には個人的な色合いがあるでしょうが、他方は宇宙的なままであるからです。そして感覚心は自由意志を持つ為、そのどちらか一方を選ぶことが出来ます。宇宙飛行士達は感覚心の希望的考えと宇宙的現実とを識別する為、このことを学ぶ必要があるでしょう。


【解説】
 宇宙飛行士の神秘体験については、日本でも立花隆氏の著書「宇宙からの帰還」が有名ですが、ジム・アーウィン(James B. Irwin)やエドガー・ミッチェル((Edgar D. Mitchell)等、後に宗教分野に目覚めた宇宙飛行士が多いというのは有名な話です。(ちなみに、ジム・アーウィン氏については、日本における初期の頃からのアダムスキー研究家である根岸邦明氏が「月に別世界の宇宙船がいた!-宇宙飛行士ジム・アーウィンの証言」(朋興社)を出版しています。)
 実際に宇宙空間に出ると、人は地上にいる時よりもはるかに強い想念を感受できるのかも知れません。これまでは、この原因として、暗黒の中に美しく輝く地球の姿を見て感動したことや人類が生息する惑星全体が宇宙空間では手に取るように実感できるという体験が影響しているとされて来ました。しかし本文によれば、むしろ宇宙空間に生息する細胞群の諸活動に、その背景があることが分かります。
 宇宙空間におけるこれら宇宙的細胞についての形態については本文では述べられておりませんが、それらの発する想念は地上よりも遥かに強くまた高密度でやって来るのだと思います。その中で、宇宙飛行士達は自分の感覚心が発するものと宇宙の源泉から送られて来るものをしっかり識別しなければ、かえって混乱することになりかねないと言っているのです。いずれにせよ、宇宙空間に出るということは、精神面についても大きな変革を受けることは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落350

350 Here also one must be careful which ones he will give recognition to for abnormal impressions created by cells of that type join and move with the normal ones, just as fast. Like riley water mixing with clear water.
350 ここでもまた、人はどちらに承認を与えるかについて注意しなければなりません。その種の異常細胞で造り上げられた異常な印象類は正常なものに取り付き、一緒になって素早く動くからです。それは、清らかな水に混じる濁り水に似ています


【解説】
 ここでは、人が想念を感受する時、注意すべき点として、多くの正常な印象に混じって、感覚心の手先に成り下がった細胞群からの邪悪な想念も同時に紛れ込んで来ることを指摘しています。いわゆる、「出来心」や「魔がさした」等の日本語の表現がありますが、それらは入り込んだ異常な想念に従って本人が行動した結果、招いた結末を後日、反省した時に出る後悔の言葉です。
 このように、ありとあらゆる機会を捉えて、不正常な想念が入り込もうとしている訳ですから、油断は出来ません。やって来る印象を何らのチェック無しに受け入れることは危険でもあります。しかし、一方では一つ一つ分析し、判断していては行動が遅れて、折角のチャンスを活かせないことも確かです。本当は、自分を創造主の僕(しもべ)として、宇宙的細胞をはじめとする正常な印象類を行動に移す発現の道具に成りきれれば良いのですが、それには全身がそれら、正常な想念のみに同調するような高次な状態を保つこと、また、そのような高次な想念を引き寄せる体質にまで育てる必要があるということです。まさに、自分にやって来る想念は現在の自分のレベル相応のものである訳で、その現実を先ずは直視する必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落349

349 I stated at the beginning of this lesson that space is permeated with cosmic cells. All cells are conscious entities that make up the mind and all forms known and yet to be known. Our scientists recognize this now and our astronauts are being taught how to receive impressions from the living cells in space. These cells do not lend themselves to personal opinions of sense minds. But there is not a moment in life that the sense mind does not receive impressions from the cosmic source. The mind may not be alerted to them because it is preoccupied with its own abnormal conditions, but the impressions are there just the same. The only time that the sense mind becomes aware of them is when it loses its interest in itself. Sometimes this is called meditation or silence, for it is then that thoughts or impressions move before the sense mind at terrific speeds.
349 この教課の冒頭(訳注:327)で宇宙は宇宙的細胞が行き渡っていると述べました。全ての細胞は心や知られている、またまだ知られていないあらゆる形有るものを造り上げる意識的存在なのです。地球の科学者達は今やこのことを認め、宇宙飛行士達は宇宙空間において生きている細胞達から如何にして印象を受けるかを教わっています。これらの細胞達は感覚心達の個人的意見に自らを委ねることはしません。そのかわり、感覚心がその宇宙的源泉から印象類を受信しないことは片時もないのです。心はそれ自身の異常な状況に夢中になっている為、それらに警戒できないのですが、その印象類は全く同様のままそこにあるのです。感覚心がそれらに気付く唯一の時とは、感覚心が自分自身への関心を無くす時です。ある場合にはこれは、瞑想あるいは沈黙と呼ばれます。想念或いは印象が感覚心の前を猛烈なスピードで移動するのはそのような時だからです。


【解説】
 宇宙空間には宇宙的細胞が言わば行き渡っているという点について考えて見ます。この場合、これまでの原表現から著者はcell(細胞)とmolecule(分子)とは区別して表現されていますので、ここで言うcellとは文字通りの「細胞」という意味で用いられていることになります。それでは「宇宙空間には宇宙的な細胞が行き渡っている」とはどのような状況を示すかということになります。最も容易な解釈は宇宙空間にある各惑星や衛星、流星に存在する生物体を構成する細胞です。しかし、一方では同乗記に書かれているように空間自体にも様々な色を発する物体が飛び回っているとも言われています。宇宙空間を海に例えるなら、海中深い暗闇の中で様々に発光する深海生物がいるのと同様な光景があるのかも知れません。
 宇宙空間は何も無い真空の空間だと教えられて来ましたが、実際には海洋と同様に、海洋(宇宙)に浮ぶ島々(惑星)の生命を支える大切な環境であるかも知れません。
 こうした宇宙空間に直接生息する生物が存在するとすれば、それらはまさに創造の間近に生きている訳で、それらの持つ精神レベルは著しく優れたものである筈です。また、私達は地上に生きているとされて来ましたが、実はその生きる空間はこれら宇宙と何らの境目がなく、つながっていることに留意したいものです。空を飛ぶ鳥達に古来から特段の高貴さを感じるのも、これに似た要素があるのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落348

348 We can use this illustration; A man on a tall building can observe all that is taking place below him. He sees the confusion but is not affected by it nor does he become a part of it. This is what you can do when you observe the actions of sense minds through your consciousness.
348 このような例を用いることが出来ます。高い建物の上にいる者は下で起っていることの全てを観察することが出来ます。彼は混乱を見ますが、それに影響を受けたり、その一部になることはありません。これが感覚心の行動を貴方の意識を通じて観察する際、貴方がなし得る内容です。


【解説】
 感覚心に振り回されないようにする為には、自ら自分の感覚心を観察することが必要です。アダムスキー氏は多くの著作の中で、”想念観察”について述べていることは周知の通りです。
 とかく右往左往しがちな自分を切り離して、客観的に眺めることによって、その本質が見えて来るということです。しかし、一方では、観察だけで、行動を伴わければ、”体験”として残らないことも確かです。まさに”観察”が”善悪の裁き”になっても困ります。ここでは、横暴な感覚心が騒ぎ出した時、あるいは恐怖を抱いて混乱し始めた時、自分自身に対する全責任を負う当事者としては、それらの混乱に巻き込まれることなく、高みにあって、その印象の出所や作用について冷静に観察し、影響を受けないようにせよと言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落347

347 We are told that Jesus went to a prison and talked to the prisoners. But he was not affected by the environment or impressions that came from the prisoners.
347 イエスは牢獄に行き、囚人達に話をしたとされています。しかし、彼はその環境や囚人達から来る印象類に影響を受けませんでした。


【解説】
 ここでさり気なくイエスが牢屋に行って、囚人達に会った時の話として例に挙げられていますが、実は、これはイエスが捕われて遂には十字架につけられることになる状況での話と考えるべきだと思っています。
 この場合、古代イスラエルの牢屋は暗く、劣悪な環境であったことは容易に想像できますし、囚人達は荒んだ心にあったに違いありません。またイエスご自身もこれからご自身の肉体に加えられる苦難を十分、ご存知であった筈です。
 しかし、本文ではそのようなことに一切触れず、牢屋にあっても何ら周囲の影響を受けなかったと述べられています。これら地上の誤り、劣った環境から一切の影響を受けず、淡々と人間達の下す判決を待つと同時に、哀れみのまなざしを囚人達に注いでおられたのだと思います。宇宙的細胞、宇宙意識に完全に同化同期した者には恐怖は無力になるということです。
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