2008年03月

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落253

253 This is a common occurrence to millions of people when it comes to cosmic and ego identity. And is the reason why so few people are aware of their past lives. This shows that in the past as in the present there was a separation of the conscious real self and the personality or ego mind. For as we have stated before, consciousness is the only real eternal part of you. And it is in this consciousness that all activity is registered. Unless a man's mind blends with this consciousness he does lose his identity.
253 これは何百万人の人々にとって問題が宇宙的正体やエゴの正体になれば、一般的出来事となります。またそれは、如何にわずかの人々しか自分の過去生に気付いていないかの理由です。これは過去において今日と同様、意識の真実の自我と個性あるいはエゴの心とが分離していたことを示すものです。何故なら、以前にも述べたように、意識は貴方の唯一の真の永続する部分であるからです。そして全ての活動が登録されるのは、この意識の中になのです。人間の心がこの意識に融合しない限り、人間は自分の正体を失うのです。


【解説】
 期せずして、前回(252)の解説で述べたことと同様な内容をアダムスキー氏はこの本文で述べています。
 それほどに、私達は自分の過去生に対する記憶を保持していないのです。
 先日の土曜日、久し振りに写真を撮りに近くの自然公園に出かけました。桜の花は盛りでしたが、まだ早春ということもあり、木々の芽吹きはこれからという状況。折からの暖かい日の光を受けた水辺のクレソンに茂みに一羽の白い蝶(スジグロシロチョウ)が盛んに舞っています。良く見ると若葉の一枚一枚に産卵しています。これから迎える本格的な春に卵から孵った幼虫達が食べ物に困らないよう、母親はクレソンの若葉のあちこちに少しずつ産卵しています。幼虫は春の終わりには羽化し、クレソンの花の咲く頃、その白い花の回りを若い蝶が群れるものと思われます。
 もちろん、卵から孵った幼虫はその後、親から教えられることはありません。「自然」にどの葉が食べられ、どのような者が天敵かを察知し、自身に起る身体の変化を知っているのです。虫達がこのように何日何をすべきか等々、その小さな身体の何処で考え、記憶しているのか不思議です。気象条件も大きく変動する厳しい自然環境の中にあって、こうした優れた能力が無い限り、生き残れないことも事実ですが、その虫達の秘められた記憶力や感受力は人間を遥かに凌ぐものと思われます。まして一羽の蝶に比べれば、遥かに大きな可能性を有している人間には、更に大きな潜在能力があるに違いありませんし、その能力を開発しない、毎回の人生を無に帰してしまうことは創造主に対して申し訳ない限りと言うべきでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落252

252 To illustrate this let us use a man who has lost the memory of who he is. We have read of these cases. Some are well to do, hold good positions and have a family. Yet when this man loses the memory of his identity he re-establishes life in another part of the country, marries, has a family and works as a common laborer. If recognized by a former acquaintance he denies that he is the party for he remembers nothing pertaining to his previous life. This means that the first personality is dead to the mind while the body still maintains the identity.
252 このことを例示する為、自身が誰であるかという記憶を失った人を用いることにしましょう。私達はこのような事例を読んだことがあります。ある人は物事がうまく行って、良い地位を得て、家族も持っていました。しかし、この人が自身の正体の記憶を失った後は、他の地方で生活を再建し、結婚して家族を持ち、通常の労働者として働きます。以前の知人に発見されても、彼自身、以前の生活に関することを何も思い出せない為、いっしょにいたことを否定します。このことは心にとって最初の人格性は死んでいる一方、その肉体は依然としてその正体を保持していることを意味します。


【解説】
 多くの方にとってはこの事例は奇異に聞こえるかも知れません。私自身もまだ、こうしたケースを耳にしたことはありません。しかし、少し考えて見ると、人間の生まれ変わりについては、全くこの通りのことが一人一人に起っていることが分かります。アダムスキーは金星で亡妻メアリーが生まれ変わっていたことを金星旅行記で述べています。その中で、メアリーはアダムスキーに地球での体験はあえて思い出したくない旨の発言をしています。もちろん、過去の体験で役に立たないものは、キレイサッパリ忘れるべきです。問題は折角、本人が努力して培った素養が、もし過去に貯えられていたのであれば、記憶を甦らせられないばかりに、それを活用、発展させられないことです。
 やはり、物事には蓄積が必要です。何事も一朝一夕には出来るものではありません。また、私達のこれまでのエゴに支配された日常生活においては成し遂げられる事柄も限られます。一生の間に、果たしてどれほどのことを為したかを各自考えればわかる筈です。
 大事なこと、人生の転機になった体験、自分が掴んだ真理の断片はその人を造り上げていると言って良いでしょう。これらは何があっても忘れてはならない事柄なのです。宇宙意識の印象を感受し、ハットした時のこと、その時受けたイメージ等、古来より「悟り」と表現されて来た精神体験は、各自大切に記憶し、自身の中に保管すべき宝物だと言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落251

251 Ordinary routine becomes habitual and governs the ego, but this cannot be called a memory. And unless man cultivates Cosmic memory he becomes nothing.
251 通常の日常仕事は習慣となりエゴを支配しますが、これは記憶とは呼べるものではありません。そして人は宇宙的記憶を養わない限り、無になってしまうのです。


【解説】
 本文では私達の習慣はエゴを支配する一方、宇宙的記憶には何らの足しにはならないと明言しています。
 私達はどのようなものを宇宙的とするかは分からなくても、問題の「習慣」については、良く分かる筈です。朝目覚めてから夜眠りにつくまで、私達の生活のほとんどが習慣に陥っているとしたら、何年生きていても宇宙的記憶は身に付きません。そもそも習慣とはどのようなことを指すのでしょうか。私は、無感動、無意識に行っている事柄はこの「習慣」の範疇に入ると考えています。絶えず目に見えない印象を受け入れ、足下に咲く小さな花とも印象を交換出来れば、その人は少なくとも充実した日々を送るに違いありません。習慣に流されない為には、各自は相当の努力と工夫を必要としています。
 毎日の仕事を新鮮な感覚で取組み工夫を加えて行くことで、これらの習慣を打破することが出来ます。また、同乗記にも述べられているように、旅行に出て新しい世界を知ることも有効でしょう。努めて過去を捨て、新しい自分の可能性を求めて生きて行くことが生活を充実させる上で必要なことだと考えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落250

LESSON SEVEN Cosmic Memory
250 As man is not a man without a memory, then his memory is essential for the continuance of life. And the reason that most people do not remember their past experiences through various lives is because the mind never learned to memorize the important values gained. It has depended upon effects which are momentary and they come and go, especially the ones that we call unimportant that the ego feels are of little value.
第7課 宇宙的記憶
250 人は記憶無くして人ではない以上は、彼の記憶こそ生涯の連続にとってかけがえのないものです。そして、ほとんどの人々が彼らの過去の諸経験を思い出せないのは、心がこれまで一度として獲得した重要な価値を記憶することを学んで来なかった為です。心は一時的な結果に頼ってきましたが、それらは来たりてまた過ぎ行くものであり、特にエゴが感じるとるに足らないとする物事はほとんど価値がないものです。


【開設】
 第7課は宇宙的記憶についてです。これまでの人生を振り返っても、過去の経験こそ現在の生活に活かすべきことは言うまでもありません。しかし、実際には働き盛りの頃はあまりに多様多岐にわたる出来事が私達の周囲で発生する為、私達は前に進むことで精一杯で、過去を整理する時間的余裕もありません。一方、高齢になると時間的なゆとりは出来ますが過去の断片的な出来事には郷愁を感じるものの、その後の記憶する力は急速に衰えて行きます。結局は、人生において本来記憶し、次の生に引き継ぐべき、大切な体験(知識)は最後は失われた状態で死を迎えることが多いのではないでしょうか。
 しかし、私は「記憶する」ことは「暗記」することと同一には思えません。経験上からも単に試験対策等で覚えた事柄は用事が済めばいち早く忘れてしまうことが分っています。その一方で、自分が感動した事柄、出来事、恩師の言葉等は忘れることはないものです。そこには自分の心の底まで到達した事柄だけが、永らく記憶されるものと思われます。
 芸術家であれ、宗教家であれ自身が感動し、天啓とも呼べる体験をしたことがその人のその後の人生を決めるような出来事となっています。宇宙につながった感じは、忘れるものではありません。日常生活を進める中で、価値ある体験を如何に多く持つか、また、それらを大切にして行くかは、人が進歩する上で大切な事柄だと言っています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落249

249 The goal we seek to attain should be all that matters and no obstacle should prevent us from attaining it.
249 私達が到達しようと求めているゴールは大事なことの全てであるべきであり、如何なる障害も私達がそれを達成することを妨げることがあってはなりません。


【開設】
 人生を生きて行く上で、その人が年少の頃に抱いた夢や青年期に描いた将来を多少なりとも実現できれば、この地球では良しとしなければならないのかも知れません。第6課は生きて行く上での心構えと行く末に広がる希望を実現する為の諸課題の存在を私達に授けてくれる内容となっています。
 中でも、その人の気力(意欲)を春の若葉のように新鮮な状態に保つことが重要だと言っています。その若さ(新しさ)を引き出す上で課題となるのが自身の中にある古い習慣であり、その根源が各自の自我(プライド)、自画自賛です。プライドは突き詰めれば、自己の優越性を拠り所に他者を差別することにもつながっており、それが引き起こす諸問題が本人を老化させる元凶となっています。
 そのような事態を解消するのが、自我(エゴ)の意志全てを、目に見えない意識の意志に委ねることなのですが、これが単に概念で分ったつもりでいたのでは、効果は発揮できません。実際に自分を空しくして印象に従う行動をとって見て、その結果、はじめて自分が良い方向に進んでいることが確証される訳です。各自の目標の実現にはこの行動体験の積み重ねが大切です。最初はゆっくりでも一歩一歩の積み重ねによって、次第に進化のスピードもはやくなるものと思われます。しっかりした基礎から始めることが大切だと言っているのです。これで第6課を終わり、次回から第7課に入ります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落248

248 We must build on a rock foundation and not on shifting sand. So that when diversity and opposition cause a storm in our life we can stand firm and not be swept away because of a weak foundation.
248 私達は転じやすい砂の上では無く、磐石の土台の上に建物を建てなければなりません。それは、多様な変化や反対が私達の生活に嵐をもたらす時、私達が弱い基礎のせいで流される代わりにしっかり建っていられる為です。


【開設】
 頭の中で分ったように思っていても、実際には他人の言葉を鵜呑みにしていたり、深く考えて自分に当てはめて考えていない為、上辺だけの理解で済ましていることも多いものです。
 しかし、現実世界に生きている私達には、時としてその生き方を妨害するように、様々な出来事が襲って来ます。丁度、暗黒の宇宙空間を航行する宇宙船のようなもので、高速で航行すればするほど、空間に浮かんでいる隕石等の障害物にぶつかる確率が高まるのと同様です。わずかな衝撃でも自分の進路が変えられてしまうのは、その者の突き進もうとする力が弱いからです。その衝突の時にこそ、真の能力が発揮できる機会でもあります。
 自分が何処迄理解し、納得しているか、何を譲れない信念として持っているかが問われる訳です。いつも私は自分にとって最も近い存在、いつも自分の中にあって物事を相談できる存在(創造主)を持っていることが大切で、貴方の身の回りの世話をかくも甲斐甲斐しくやってくれる手足の貢献に感謝しなければならないと言っています。この二つだけは誰にも引き裂かれることは出来ず、最後まで貴方と共に人生を全うすることでしょう。
 自分の拠り所を何処に置いているかは、機会ある限り、確認した上で、次の一歩を進めることが大切です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落247

247 Yet to live this new kind of life among the many who do not, one must have un-shakable faith and patience in order to endure. For everyone will not grasp the idea immediately, humanity is very slow to change. But change it must if it is to survive. And pioneers in any field must be strong and determined if good results are to be realized.
247 しかし、この新たな生活を送る為には、そうではない多くの人達の中にあって、人は耐える為に揺るぎない信頼と忍耐を持たねばなりません。何故なら、誰れでもその概念を直ちに掴み取る訳ではなく、人間性とは変化するのに大変遅いからです。しかし、生き延びる為には変化しなければなりません。そして先駆者はどの分野にせよ、良い成果が実現される為には、強く決意しなければなりません。


【解説】
 私達はこの講座で自らの心の奥底まで入り込んだ新しく深遠な事柄を学ぶ一方で、普段通りの日常生活を送っています。山奥に住む仙人ではありませんから、様々な人達と接し、生活の糧を得る必要もあります。当然、圧倒的にこうした世間のただ中に暮らす以上、世間(地球レベル)に大きな影響を受けています。テレビ等、マスメディアの影響も受けています。
 この場合、特に自分達が学んでいることを世間の一般の人々の暮らしとは時に大きな違いがあるのは当然で、私達はそれらから影響を受けるべきではありません。しかし、逆に私達は先ずは先人として、自分の生き方を確立すべきであり、中途半端な段階の時に、やたらに世間を非難し、誤りを指摘すべきではありません。指摘しても相手が納得できなければ逆に反発を受けるだけです。私達が能力を高め、他人を十分説得させられる実績を積むことが出来れば、自ずと人は集まって来るものと思われます。
 ここで重要だと思うことは、人間はこれまでの生活を続けていれば、早晩、滅びるということです。本文では生き残る為には、変化しなければならないと言っています。つまり、一つは絶えず新しい事柄に挑戦し、自己を改革して行く気力が大切だということです。とかく習慣に流される気持から決別し、宇宙から来る印象と同調して自由かっ達な生き方を取り入れることです。もう一つは自分の心の状況を直視して、真に心から創造主の意志を実現しようと決意することです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落246

246 Examples have been used in many ways. i.e. If a dictator wants to dominate his people, he destroys those who, oppose him, as an example to others. If examples can be used in this way, why can't we set a fine example for the world to follow? We can with action and not just words and dreams. And this can be done only by living the things that we know. We must be honest and truthful to our better self before we can be honest and truthful to others. We must trust our consciousness if we expect other conscious entities to trust us.
246 例示というのは様々な方面で用いられて来ました。即ち、独裁者がその人民を支配しようと思うなら、反抗する者を他の者への見せしめとして滅ぼします。仮に例示というものがこのように用いられ得るとすれば、何故私達は世界が従うような素晴らしい例示を打ち立てようとしないのでしょうか。私達は単なる言葉や夢でなく、行動によってそれが出来るのです。そしてこれは私達が知っている事柄を生きることによってのみ、行い得るのです。私達は他の者に対して正直で誠実である前に私達のより良い自己に対して正直で誠実であらねばなりません。他の意識ある存在が私達を信じてくれることを望むなら、私達は私達自身の意識を信頼しなければなりません。


【解説】
 もちろん、言行同一であることがその人物が信用される所以です。まして深遠な事柄を学んでいる私達は、先ずは自分の理解したことだけを話すべきことは言うまでもありません。しかし、自分が自覚したことを単に話すだけでは、十分な効果を発揮できてはいないのです。自分が知ったことを具体的な行動を通じて現実世界に実現することがはるかに重要だと本項は教えています。
 駅のホームで車椅子の人が電車に乗れず困っている様子にいちはやく気付いたとしても、その人に声を掛け、手助けが出来なければ、気が付かずにその場を通り過ぎて行くその他の人間と大差はありません。具体的な行動が伴わなければその気付きを生かしているとは言えないのです。
 印象に気付くようになったからと言って、直ちに行動に移すことは、私の体験からも容易ではなく、多くは後で何故すぐに行動しなかったのだろうと悔やむ事例も多いものです。しかし、その原因を突き詰めると、そこには未だ、私達がその印象に自身を委ねてはいないことが分かります。印象が来ても私達の心はあれこれとその場で思案してしまい、結局は時間が過ぎて折角のチャンスを失っているのです。そういう意味でも、いつも不意にやって来る印象に対してスタンバイできているよう、意識に対する私達に受け入れ体制を万全にしておく心構えが必要のようです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落245

245 You must re-create your ability by manifesting it in your daily life. And then you will prove to yourself that you can live that which you have been consciously aware of. Thereby it will not only serve you, but others also by your example.
245 貴方はそれを日常の生活の中で体現させることによって貴方の能力を再創出させなければいけません。そうすれば、貴方自身に貴方がこれまで意識的に気付いていたことを生き通せることを証明することになるでしょう。そのことによって、貴方に役立つばかりでなく、貴方の事例によって他の者にも役立つことになるでしょう。


【解説】
 これまで意識からの印象に鋭敏になるにつれて、各自の才能により深く気付くようになると述べられて来ました。本来は私達はミツバチ社会の中の構成員のように、人類という一大家族の中の働きバチとして、楽しみながらも集団のため、奉仕活動に生涯を捧げるべきものだと考えられます。しかし、その働きバチが十分、所定の任務を果たす為には一匹一匹のハチに花の有り場所を察知する能力や蜜の集め方、遠い距離を往復できる飛行力等、十分な能力を備えていることが前提となります。年を重ねて身体が動かなくなったと訴えて、若いハチ達に食べ物をもらうだけのハチはハチ社会にはいないのではないでしょうか。どんな状況にあっても、最後まで活動し続けるのが自然界の生き物達です。
 本文では、意識の指導により実は自分の内部にある隠れた才能に次第に気付くようになったら、それを現実化すること、自分が感じたことをそのまま実践し、そうすることで自分を再創出(生まれ変わり)させなければならないと言っています。この命題は年令に関わらず、人間に等しく問われています。幼児から死の床にある者まで、生きている限り、自己の能力の発現に躊躇があってはならないと言っているのです。また、その生き方を他者に見せることによって、私達は他人にも良い影響を与えることができると諭しています。
 悟りを開いたからと言って、そこに安住するということはなく、次なる進歩の道を歩んで行くということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落244

244 Of what value is a talent if you do not use it? Suppose you have the talent of a great artist and know it, but all you do is to think and dream about it. And never bring it forth into reality which takes action to accomplish, so you never profit from it. You do not even prove to yourself that you could manifest your dreams and make them a reality. So all of your dreams and prayers regarding your talent are still unknown and remain in the dream state. And this will continue until you decide to express your latent ability. For then and then only will you prove to yourself that it is real and livable. And so it is with self development - the potential of all that we have spoken of is within you, but it will not do you or anyone any good as long as you do not bring it forth.
244  もし貴方がその才能を使わないとするなら、才能に何の価値があるでしょう? 貴方には偉大な芸術家としての才能があったとし、貴方がそれを知っているけれども、貴方はそのことを考え、夢見ているだけの状況を考えて見て下さい。そしてそれを達成するには行動を必要とする現実世界にそれをもたらすことが無かったとすれば、貴方はそれから何らの利益を得ることは有りません。貴方は自分の夢を形に表わし、それらを現実にできるということを自分自身にさえ証明していないのです。ですから、貴方の才能に関する貴方の夢や祈りの全ては未だ知られることなく、夢の状態に留まっています。そしてこのことは貴方が自分の潜在する能力を表現しようと決意するまで続きます。時として、貴方はそれが本当であり、生きたものであることを自分自身に証明することしかないのです。ですから、それは私達がこれまで話して来た貴方の内部にある全ての可能性である自己発達とも同期していますが、それは貴方が現実化させない限り、貴方や誰に対しても良いことをもたらすものではありません。


【解説】
 これまで自らの(心の)プライドを捨て、意識の指導に委ねることの重要性について述べて来ました。またそうすることは他惑星の生き方に近付くことをも学んで来たところです。ここでは、各自に埋もれている才能について述べています。おそらくは私達の感性が鋭敏になると私達自身が持っている埋もれた才能にもより気付くようになるものと思われます。
 当然、そうなれば私達は自分には○○の才能があるのでは、或いは○○の道を歩みたいなと思うようになるかも知れません。しかし、様々な夢も現実には夢に終わる人生も多いことをここでは忠告しています。つまり、感性が高まり、優れた夢を抱く、言い換えれば意識からの印象をキャッチする頻度が高まるというのは、まず第一の段階だと言っているのです。その段階に留まっているだけでは、実は結ばれません。本人がその印象を現実化させ、成果を世に出さなければ、その夢を実現したことにはならないからです。
 宇宙意識が如何に強力な意志をもって印象を発しても、それを受け取る人間の方が具体的に行動しなければ、宇宙意識の意志を実現したことにはなりません。意識の実現経路である私達は、各自に委ねられている才能を開花させることがその贈り主を喜ばせることになるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落243

243 At first it will seem like an impossible task, but everything at one time looked impossible, even learning to walk. But constant diligence brings success. Seldom does man find gold on the surface and so it is with this. Man must dig deep to see reality.
243 最初はそれは不可能な任務のように見えるでしょうが、歩くことを学ぶ時でさえそうであったように何事もかつては不可能に見えたものです。しかし、変わらぬ勤勉さは成功をもたらします。金はめったに地表に見つけることはなく、このことも同様です。人は現実を見る為には深く掘り進めなければなりません。


【解説】
 この学習講座はこれまでのように知識を憶えるような学習などではなく、また、取扱う対象が各自の心の認識等、他人には捉えどころの無いものであるため、具体的な学習レベルは本人でしか分かりません。例えば自分が十分理解していなくても、他人の言動をそのまま受け入れ、盲信することで自分の真の理解度をごまかしたりすることも可能でしょう。
 しかし、これら表面的な事柄を何十年と積み重ねたとしても得るものはわずかであり、逆に失うものも多い筈です。大切なのは本文で伝えられていることを真剣に吟味すること、言い換えれば進化した人類が本書の中にその経験の中で掴んだ精神世界のエッセンスがちりばめられている訳ですから、その一言一言の発するイメージを自分なりに受け止め、日々、応用、試行することです。
 また、それでも本文で言う勤勉さは不十分かも知れません。私達一人一人がこの世界に生を受けた目的の一つとしてこの哲学を真に身に付け行動し、少しずつでも他者に影響を及ぼすことが出来るよう、自分の中を掘り進み、問題の本質を理解する日々の取組みが求められています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落242

242 And all of this is present within you now, like the feeling of how you would like to be treated by others, so just return the same to all forms of life. But do not give up because you do not succeed on the first, second or third try. Just become more determined to master the situation. And the more determined you are the better the results will be.
242 そしてこの全ては、丁度、他の者にそう扱われたいと思う気持のように現在の貴方の中に存在しますので、ただ生命のあらゆる形あるものに同じことを返せば良いのです。しかし、貴方が一度や二度、三度の試みでうまく行かなかったからといって諦めてはいけません。その状況に熟達するにはより深く決意すれば良いだけです。そしてより深く決意すればする程、より良い結果が付いて来ることでしょう。


【解説】
 金星人達のように生きること、その素質は私達全員の内部に既に備わっていると言っています。しかし、長い年月をエゴに支配されて来た地球人にとって、その生き方は一度や二度の努力では実現する筈も無く、踏み込むには努力と決心が必要だということです。大事なのはそれを実現する為に必要なものは特段、「何処かに行かねばならない」、「何かを探しに出なければならない」といった類いのものではなく、既に各自に備わっている要素を再発見するだけで良いということです。
 これは自然界を観察すれば分かることです。春には新しい芽が吹き、花が咲き、鳥がさえずる等、全ての生き物が生命本来の美しさを体現します。この時期、野外に出て分かることは、多くの植物が春の陽光を浴びてその葉や茎を伸ばすとともに、虫達に新鮮な食料を提供しているということです。そして動き回る虫達もその恩恵に感謝しながら、花の受粉を助ける等、植物に役立つ仕事をしています。
 これら多くの活動はたいていの場合、全くの無言のまま行われており、私達の耳が直接、その者達の会話を聞くことはありません。それらは印象、テレパシーによる意思の交流を行っているに違いありません。そのような高いレベルまで私達の感性を高められれば、私達は如何に美しい「極楽浄土」で日常生活を過ごしているかが分かる筈です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落241

241 Then you will begin to live as the Venusians and others do and discrimination will no longer be a part of your life. When you are able to do this and every one is, your mind shall witness things of far greater beauty and peace than you have ever known. And your body will manifest the evidence of the perfection to be.
241 そうすれば、貴方は金星人達や他の人達のように生活し始めることでしょう。そしてもはや差別は貴方の生活の一部になることはないでしょう。貴方がこのことを成し遂げられる時、また誰でもそうですが、これまで知らなかった遥かに偉大な美しさと平安さを目撃することになります。そして貴方の肉体はその完璧さの証しを体現するようになるでしょう。


【解説】
 私達は様々な段階にあっても、意識を受け入れるにつれて、自然界の美しさに心惹かれるようになるようです。私は趣味で動植物の写真を撮りますが、その写真を撮る姿勢にもこれらの変化は反映しているように思います。何より、「美しさ」に対する感性が鋭敏になった気がするからです。
 しかし、これも自分の腕が上がったとうぬぼれてはいけないのです。むしろ、その発見した自然界の美しさを愛で、称讃すべきです。自然が造り出す色鮮やかな光景、その中にかくも美しい姿を各生き物が表現していることに驚嘆するばかりです。
 この美しい世界の一員として私達も本来列席すべきことは言う間でもありません。蝶や花、飛翔する鳥達等、どれを観察しても、皆、各々の特徴を出しながらも、各々完成された美を表わしています。一人、人間だけが未だ自我の醜さで本来の美しさを覆い隠しているのではないかと思います。それほどに私達の周囲には美しい世界が広がっているということです。

お知らせ

この所、忙しさが続いたせいか、風邪を引いてしまいました。
皆様には大変申し訳ありませんが、2~3日間、お休みさせて戴きます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落240

240 And you do not have to give up anything that you enjoy in life now, but replace the extremes that are indulged in with moderation. And permit your mind to see God manifesting in all forms of life and in every cell that makes up the form. For the life of any form and that of a cell is the life of God expressing in varying degrees through the many forms.
240 そして貴方は現在の生活で楽しんでいるどのようなものも諦める必要は無く、ただ欲しいままにしている極端さを適度さに置き換えるべきなのです。そして貴方の心をして、あらゆる生命の形あるものの中、そしてその形を作り上げている一つ一つの細胞の中に神の現れを見させることです。何故なら如何なる形あるものの命、細胞一つの命も皆、様々な形あるものを通じて多様に表現される神の生命であるからです。


【解説】
 大事なのは日常の諸事やこれまでの各自の楽しみを決して嫌悪すべきでなく、むしろ余裕をもって楽しむぐらいの姿勢が必要だということです。
 創造主の意志に委ねるということは、行動については印象に基づいて自我の意見には取り合わない反面、その行動の結果については、私達行為者にとって責任は無いことになります。つまり、結果は創造主から賜るべきもので、私達自身は創造主の意志(印象)に従うだけです。そうなれば、これまでのように二重、三重に保証を求め、神経をすり減らして来た事柄も、不必要になり、気が楽になることでしょう。
 本文では、これまで通り、各自の生活を送ってよいと言っています。人間の営みを通じて神の現れが表現されれば、神は喜ばれるということです。あらゆるものに宇宙創造主の意志と魂が現れているということについて、知覚し、それら全てを心から尊重し、慈しむ気持が大切なのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落239

239 And it makes no difference how many books you read, or how many religions you embrace, or how many courses you may take and teachers you may have, not any of these will bring this reality to you unless you do as the prodigal son did. Die in the pride of the will and the ego and be reborn in humility and the WILL OF CONSCIOUSNESS.
239 そして貴方が如何に多くの本を読んだかとか、如何に多くの宗教を奉じたか、如何に多くの教科を受講し教師を得たかといった事柄は貴方がその放蕩息子がしたように行わない限り、そのどれひとつもこの現実を貴方にもたらすものではありません。自分の意志のプライドと自我を葬り、謙虚と意識の意志の中に生まれ変わることです。


【解説】
 この学習の道は息の長い道程です。自分自身を対象とする訳ですから、肉体の病気とは異なり、誰も治すことが出来ません。もちろん、他人の話し、先人の業績を学んでヒントを得ることは出来ますが、最終的には自身で対処すべき事柄なのです。しかし、これらの知識から有益なポイントを学ぶことは有用です。著者アダムスキー氏も含めて、これまで多くの優れた教師がその人生の歩みを通じて私達に道筋を示してくれています。
 しかし、本人の具体的な思考と行動によってでしか自身を変えることは出来ません。また、他人の体得した事柄も自分で確認、体験した上でなければ単に上辺だけの知識で終わってしまいます。自身が今までの生き方を心底振り返り、その不安定で身勝手な欠点を十分に自覚し、印象に従うこと、自分のプライドを捨てて創造主に意志を預けることが如何に大切かを悟ることが重要だと言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落238

238 This is re-newing the mind and born again, as Jesus said. For one really dies as an ego pride will only to be born in the Will and the Glory of the Cosmos. Like the drop of water that finally becomes the ocean of water by uniting with it, no longer just a drop.
238 これはイエスが言った心の再生であり、生まれ変わりです。何故なら、人は実際には一つの自我のプライドとして死ぬと宇宙の意志と栄光の中に生まれ変わることになるからです。ひと粒の水の一滴が大洋と結びつくことによって遂には大洋になり、もはや一滴の水では無くなるのと同様です。


【解説】
 わかりやすく言えば、自我(エゴ)の自尊心やおごりを全て捨て去って、自らの意志を大宇宙の無言なる意志、即ち、創造主から放たれる印象に従うことで、本来の人の生き方が出来るということです。この場合、自分の意志を重んじないということは、我が身を創造主の意志の働き手、単なるパイプとして創造主に使って戴く覚悟が必要だということです。
 自分を通じた意識の流れや発現をさまたげることなく、成就することで、私を通して表わされた事柄に対して、創造主も喜ぶ、また、その道具である私自身も学ぶものが多いということでしょう。このような状態になることは、もはやかつての自我は消え、自身も広大な宇宙空間の一部になっているということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落237

237 In the prodigal son there was still one small part that accused itself of wrong doing which was symbolized by the son who had never left the household. For in every individual the original spark remains. That is the only hope for the straying one to be drawn back to his original place. So the small original spark reminded the prodigal son of his deeds. But this was soon overcome by Cosmic Consciousness for it knows no judgement or discrimination. But it takes a great determination to accomplish this victory and lose the self as an ego in the COSMIC SEA OF CONSCIOUSNESS.
237 放蕩息子の内部には家を出たことのない息子として象徴され、誤った行動を叱責した小さな部分が依然として存在します。各個人の中には原始のきらめきが残っているのです。道に迷った者にとってはそれが自分の起源に戻される為の唯一の希望でもあります。ですから小さな原始のきらめきがその放蕩息子に自分の行動を思い出させるのです。しかし、これは宇宙意識によって直ぐにも征服されてしまいます。何故なら宇宙意識は如何なる裁きも差別も知らないからです。しかし、意識の宇宙的大海の中でこの勝利を得て、エゴとしての自己を捨てることが出来る為には一大決心を必要としています。


【解説】
 各自の中にわずかに存在する無垢の灯火、これが自己の過ちを指摘します。この存在の故に反省、自戒の機会が与えられます。以前、どこかで、「神は滅ぼす者をまず狂わせる」という主旨の言葉を聞いたことがあります。自省のない有頂天になった人間は、実際にはその人のエゴが自分の支配力を誇示している危険な兆候と言えます。かつて多くの戦争が為政者のこうした宣伝活動によって促進されましたし、時代の寵児ともてはやされる者もいつの日かボロが出て正体が判明するものです。
 各自の中にいつも誤りを指摘する小さな声があることが、私達を意識の元に復帰させる原動力になっているということです。その意味では日常的にこの存在から素直に声を聞く態度が大切です。丁度、私達は自分勝手でやみくもに暴走する自動車のようなものです。運転するエゴは自分の車のフロントガラスが汚れて曇っているのをあたかも外の世界がそのような汚れたものであると勘違いして、恐怖のあまり不必要にエンジンを空回りさせて、どこかに車をぶつけて自動車(人体)をダメにしてしまうようなものです。この時、傍らにいて、小さな声で誤りを正し行くべき道を囁くのが本文で言う無垢の存在部分と思われます。
 しかし、自らの殻を破り、一度、車を道の傍らに止めて、窓を開け、外を眺めれば、狭い車の中で悩んでいたことや道に迷っていたことなど、吹き飛んでしまいます。車の外は青空が広がり、穏やかで調和に満ちた別世界が広がっており、今まで暗い世界と思っていたのは、自分の眼、ガラスが長年の無謀な運転で汚れていたのが原因であったのです。
 ひとたび、意識の存在に気付き、その中に融合することの素晴らしさを知れば、その者はもはや後戻りすることはなくなることでしょう。
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