2008年02月

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落236

236 Upon his arrival home his ego received a surprise. For his father had a banquet prepared for his wandering son and welcomed him with open arms as though nothing had ever happened. For when an ego conquers itself-there is no greater victory and rewards for the efforts are unlimited. And the individual is endowed with all of the needs of life, wanting for nothing.
236 彼が家に着いてみると、彼のエゴは驚きを受けました。何故なら、彼の父親は放浪していた自分の息子の為に祝宴を用意しており、まるで何事も無かったかのように彼を両腕に抱いたからです。それはエゴが自分自身を乗り越えた時、それにまさる勝利は無く、それに至る諸々の努力への報いは限り無いものだからです。そして、各自は生活の必需物の全てを授けられ、何も不足することは無くなります。

【解説】
 ここで本当に大事なのは、息子は父や家族の者達から、これまでの自分の諸行に対して叱責され非難されるのを覚悟の上で父の家に戻ったということです。息子は父の家に戻れば祝宴が待っているとは考えても見なかったところが重要です。私達は意識の意志に従う際に、単に「意識に従えば生活が楽になる」とか「苦痛が解消する」からという理由、言い換えれば損得や御利益が目的であるべきではありません。
 本当の意味で創造主の元に回帰するには、自らの欠点や問題を率直に認め、それを改める為に父(意識)の力を借りる決心が重要であり、父はそうしたわが子の改心を心から喜んでいるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落235

235 The story of the Prodigal Son in the Bible gives us a good insight as to what must take place. The mind of the prodigal son is a portrayal of all minds. For he, after deciding to return, had to humble himself and cast aside all of his pride, willing to face whatever might come. Knowing full well that some of the household would point fingers at him and remind him of his bad deeds. Yet he knew that their life was not his life. And they had not had the experiences he had gone through, even though they may have had similar ones. Knowing all of this he was still determined to conquer the will of his mind and return to the will of his real self - the consciousness - the Father of all forms.
235 聖書の中の放蕩息子の物語は私達に何が為されるかについて良い洞察力を与えています。放蕩息子の心はあらゆる心を表わす肖像画です。彼が家に戻ることを決心した後は、如何なる事態が来ようとも喜んでそれに直面し、自分を謙虚にし、自分のプライドをことごとく脇に捨てなければならないからです。家の中のある者は彼を指差して彼の悪事を彼に思い出させることも十分知ってのことです。しかし、それでも彼はその者達の人生は彼のとは異なっていたことは分っています。そしてその者達が彼と類似した人生であったとしても彼が通った体験はしなかったであろうこともです。これらの全てを知った上で、彼はそれでも自己の心の意志を克服し、彼の真の自己、意識、万物の父の意志に戻ることを決心したのです。


【解説】
 何事も物事が立ち行かなくて、それまでの行動を取り止め、撤退することは難しいものです。私達は致命的な問題を抱えていても何とかそれを顕在化させずにごまかして、継続する道を選びがちです。その方が、苦労が無く、まさに惰性の生き方が楽だからです。
 しかし、そのような生き方も長続きはせず、所詮、最後には長年のツケが溜まって手痛い後始末をすることになります。本文で述べられているように心による私達の生活(「放蕩息子の生活」)は、一見、自己を確立し自立する望ましい姿なのでしょうが、自我が意識に対して謙虚にならなければ立ち行かないことを十二分に体験し、これではダメだとなった初めて、かつての家に帰る(「意識からの印象に従う生き方をする」)決意がなされます。つまり、そこには、これまでの自分の行動の問題点を認め、これではダメだと自戒した上で、改めて創造主を受け入れることになります。
 そういう意味では、この場合に自我は、良くそこまで決心したと両親が喜ぶような存在である訳で、息子が戻って来たと両親(創造主)が歓びに湧く事情も理解されることでしょう。いずれも宗教にも「懺悔」という業があるように思っていますが、この反省こそ、創造主と対話し、創造主の元に戻るきっかけになるチャンスの一つでもある訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落234

234 The happiness which man feels within his heart and for which he searches can never be realized until he blends his will with the will of consciousness. Any more than the drop of water, remaining by itself can know the vastness of the ocean. When man realizes this he will know his true identity for the first time. And will no longer live in the shadow of his reality, influenced by every wind that blows. And there will be rejoicing in heaven when the prodigal man returns to the househoId. But this will take a profound determination on the part of each human, with an unshakable faith. For he will have to give up his egotistical pride and face whatever is presented to him.
234 人が自分の胸の中で感じ、探し求めている幸福は、自分の意志を意識の意志に融合させない限り、決して実感することはありません。孤独であり続けた水の一滴が大洋の広大さを知ることと大差はありません。人がこのことを悟ったなら、その者は初めて真実の主体性を知るでしょう。そして吹きすさぶもろものの風に影響され、自身の真実の姿の陰に生きることはしなくなります。そして放蕩息子が家に戻った時には天国では祝賀があることでしょう。しかし、これには個々の人間の側に不動な信頼感を持った上での心からの決心を必要とします。何故なら、如何なるものが現れているかに関わらず自己中心的な自分のプライドとメンツを諦めなければならないからです。


【解説】
 ここでは単純に意識に自我の心を委ねよと言っているのではありません。「意識の意志」に自己の意志を融合させよと言っています。逆に言えば、意識には意志があり、その意志の通りに行動せよと言うことです。各人各様に状況は異なり、その場その場で状態は変化するにも関わらず、創造主は常にあなたを見詰め、「こうして欲しい」、「こうありたい」という意志を持っているということです。
 これはひっそり生きる野辺の花、一つに対しても同様な意識の思いがあるということです。こう考えるだけで、創造主の懐の広さ、深さを感じることができます。著者は大海を前にした一滴の水をエゴに例えていますが、その大きさの差、を自覚すれば、自我を捨てて意識に融合することの素晴らしさがわかります。意識に戻ることは、独自の意志を主張して家を出た放蕩息子が再び、両親の元に戻る訳で、両親は暖かく向かい入れてくれる筈です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落233

233 Did not Jesus say, he who is trying to save his life shall lose it? Isn't this what the ego is afraid of by giving up its will to consciousness? This is also a lack of faith in the Creator whom we call God. For Jesus also said, he who gives up his life shall find life eternal. Meaning, he who gives the will of the ego unto the will of consciousness shall partake of life eternal. For consciousness is eternal and proceeds all forms. And without it there would be no forms, for an unconscious form is a dead form.
233 イエスは自分の命を救おうとする者はそれを失うとは言わなかったでしょうか?これはエゴがその意志を意識に差し出すことで恐れていることを指すのではないでしょうか?これはまた、私達が神と呼ぶ創造主に対する私達の信頼の不足でもあります。何故なら、イエスはまた、自分の命を捨てる者は永遠の生命を見い出すとも言いました。それはエゴの意志を意識の意志に譲り渡す者は永遠の生命を共にすることになるという意味です。何故なら、意識は永遠であり、万物を先んじているからです。そして意識無しには如何なる形有るものも存在しません。意識の無いものは死んでいるものだからです。


【解説】
 先ずは、「感じに従った」行動をとって見ることです。感じ(印象)を受けた段階では何ら結果の兆候もありませんが、心落ち着けてしばし、待てば結果が現れます。自分の得た印象が正しかったかはその結果から直ぐに分かります。また、多くの場合にはその「印象」すら感知しないまま、行動に移ることが必要になることも多いようです。
 何度となくこの種の体験を積み重ねると、次第にその印象を私に授けて戴いた目に見えない存在にも気付くようになるのではないかと思っています。
 いずれにしても、その印象の贈り主にまず、絶大な信頼を寄せることが必要で、自分の行動をこれらヒントに従って行こうとする気持が最も大切なのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落232

232 This is no different than a mother who refuses to believe that her child can do anything wrong, and will not correct it. Eventually the child suffers with the parent because the parent failed to strengthen the weakness that was showing up in the child. This was caused by the mother's fear of recognizing the weakness in the child. And she added weakness to weakness instead of correcting it. Finally the mother had to face the truth, she could no longer avoid it and it was far more difficult than it would have been in the earlier stages.
232 これは自分の子供が何ら誤ったことをする筈がないと信じて、子供を正そうとしない母親と変わりありません。しかし、最後は子供がその両親に苦しむことになります。何故なら両親はその子供の中の弱さに対して強くすることに失敗したからです。これはその母親が子供の中にある弱さを認めることを恐れていることによってもたらされたのです。そして母親はその弱さを正す代わりに弱さの上に弱さを付け足して来ました。遂には母親はその真実に直面せざるを得ず、もはや避けることは出来ず、それは早期の段階に比べてはるかに困難なことになってしまったのです。


【解説】
 今までの心を中心にして来た生き方は本項で述べられているように、私達が何らの知識を持たず、ただわがままな態度をとる子供(「心」)を放任して来たことに似ているとしています。心の増長は決して良い結果を生み出しません。人間同士のトラブルから物欲が原因の悲惨な末路まで多くの不快な物事を引き起こします。その心を子供を適宜適切に教育する母親のように矯正することが必要だと言っています。私達は学習を続ける内に次第に今まで見過ごして来た心の悪事や無知、欺まんについてより鋭敏に気付くようになります。当初はあまりのていたらくにうんざりするものですが、反面、意識の印象の素晴らしさにも気付くことが多くなり、その違いが明確になるように思います。
 そういう意味ではどちらの道を選ぶべきかは次第に明確になって来ます。決して無理をして特別な修業が必要ないように思いますし、ただひたすら日常生活の中に意識から来る印象に鋭敏な状態を維持し、素直に印象に従うことが大切だと思っています。
 これら心の訓練は地球では教える機関もありません。本来であれば人生を通じて「学校」で学ぶべき内容ですが、地球にはそれを教える十分な教師も教室も無いのが現状ですし、当面は各自の自習が頼りです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落231

231 Once the mind realizes its weakness that has caused much unpleasantness during its life, it should then be determined, even thought it is painful at the beginning, to lend itself to conscious guidance. These obstacles could arise when it tries to do this ; A thought of fear of losing its identity and authority that it has had during its domination even though it encountered many mistakes and uncertainties on its path of self-will. For lacking knowledge, it followed effects with no more knowledge than it had as it repeated mistakes, and alibied for them with a hope of bettering its position instead of correcting the mistakes.
231 ひとたび心がその生涯の間に多くの不愉快な体験をもたらした心の弱さを自覚したならば、心ははじめは苦痛と感じることがあっても、それ自身を意識の導きに委ねることを決心すべきなのです。これを為そうとする時にはこのような障害が発生することがあり得ます。つまり、例えその自己の意志の道筋において数多くの過ちや不安定状態に遭遇したとしてもその支配の間に得ていた心の独自性と権威を失うことへの不安感です。何故なら心は知識が不足している為に、それ自身と変わらぬ知識しかもたない諸結果物に追従し、過ちを繰り返しており、それら過ちを修正することに代えて自分の地位をより良くしたいと思ってアリバイ作りを行って来たからです。


【解説】
 意識の指導に身を任せる、印象に従うことの難しさは学習を続ける中で次第に気付くようになります。従来は印象に鈍感であった為、何も気付くことは無かったのですが、次第に鋭敏になるにつれて、瞬時に印象に従うことの難しさを実感するようになります。言い換えればとっさの事態に何らの躊躇なく行動すればよいのですが、長年の習慣からまずどうすれば良いかを心に判断を仰ぐ為、時間が経過し、その結果、印象に沿った行動をとれず、機会を逸する事例に多く気付くようになります。つまり、瞬時の印象に自分の行動を合わせられない体験から、印象に素直に従った生活が如何に自然の流れに沿ったものであったかを後で思い知ることになります。
 このように私達は日常、身の回りに起る出来事に対して絶えず自分の心に判断を委ねます。これを行えば得か損する危険性があるかなどです。心がその乏しい体験の中から結論を導くまでには、通常、途方も無い時間がかかりますし、その選んだ手法も従前の結果を再現するものとは断言できません。しかし、意識の流れに従えば結果は直ぐに現れ、次々に飛躍の道を歩むことができるというものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落230

230 And this can only be done by allowing the consciousness with its unlimited power and knowledge to put the house in order.
230 そしてこれは無限の力と知識を持つ意識にこの家の中を整頓させることによってのみ、なされ得るのです。


【解説】
 逆説的に言えば、習慣は結果の世界に拠り所を置く私達の心にとって前例踏襲こそ確実であり、とにかくも注意力をさほど必要ない頼れる存在です。しかし、前項で述べられているように習慣はやがてその人間を支配するようになってしまいます。このポイントは大変重要なことで、宇宙人からもたらされたこの哲学が他と違う点です。
 この現状から抜け出るには、大変な決意と行動力を必要とします。従来、少なくとも何十年と続いて来た安易な自分の進む方向を180度転換することになるからです。その為に、本文は宇宙意識に全面的な信頼を置いて、自分自身を再構築する一大決心を要求しています。おそらく、最初は小さなことでも、意識に信頼を寄せ、目に見える結果でなく、もたらされる印象に従って行動することでその一歩は踏み出される筈です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落229

229 After thousands of years of living as we have, becoming habitual individuals, we have created habitual cells in relation to the mind. And habits do become hungry for their own food. i.e. An alcoholic's mind knows that it is not good for the body to go to extremes, but the habit is the master of the mind. The mind lost the strength of its will and the power of determination to oppose the habit so it continues as a slave to the habit. And this is true of all habits, for most of them operate in extremes. This does not mean that you cannot take a drink or do similar things, for all things are good in moderation. But it does mean that one should be determined to be the master of his life rather than have the habits master him.
229 私達は何千年もの間、このように生き、習慣的な個体となった結果、その心に関連した習慣的な細胞を造り上げてしまいました。そして諸習慣はそれら自身の食物を求めて腹を空かせるようにさえなるのです。即ち、アルコール依存の心はそれが程を越して極端になれば肉体に良くないことを知っていますが、それでも習慣がその心の支配人になっています。心はその習慣に反抗する意志と決心の力を失った為、その習慣の奴隷となり続けるのです。しかもこれは全ての習慣について言えることです。何故なら、それらのほとんどが極端に作用するからです。このことはあなたが一杯飲んだり、類似した事柄を行ったりしてはならないと言うことではありません。何故なら、全ての物事は適度であれば良いことだからです。しかし、人は諸習慣が自分を支配するのではなく、自分が自身の人生の支配人になることを決心すべきことは確かです。


【解説】
 自分自身との戦いの中でともすれば、目標や展望を見失いがちになりますが、そこでいつも気付くことは私達の多くは習慣的な物事に動かされているということです。パターン化した生活、いつもの仕事等々、振り返ればあれもこれもと出て来る筈です。しかし、人が朝起きてから夜寝るまで、およそ創造的な(つまり、その人にひらめいた印象を現実世界に実現する)仕事をせずして一日を終えるのは大変残念なことです。問題なのは問題を抱えている本人が問題の重要性に気付いていないことです。
 まして習慣に浸りきった心はその習慣のシンパとなる細胞を自身の中に造り上げると本文は言っています。こうなると相手は自身の心だけでなく、肉体の一部にも及ぶということになります。○○が旨いと感じる味覚細胞が増殖しているのかも知れないのです。
 これら習慣を打破する手法はいくつかあると思われます。例えば、旅行等はその一つだと思っています。自分が知らない土地や言語環境に自分を置いて見たり、様々な世界を体験することは改めて自分を見つめる契機ともなります。宇宙人達は実に頻繁に宇宙旅行をするとされています。彼らにとっても他の世界を見聞きし、目新しい事柄を観察することが必要だということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落228

228 The only difference between man and nature is - nature has no will of its own for as stated before, it is under the will of the All Inclusive Intelligence. Man as the highest expression was endowed with a free will mind, and it is here that he has his trouble. For the mind as an effect guides itself by other effects instead of lending its will to the will of the Cosmos. The reason that man was given a free will mind was that he might learn from The Supreme Intelligence the way and purpose of life. And he is endowed with the potential of becoming like his creator and say as Jesus did, I and the Father are One, and when you look at me you see the Father. The Venusians and other planetarians endeavor to express this daily by willing their minds unto conscious guidance. And we must do this if we are to fulfill our purpose.
228 人と自然の間の唯一の違いは、以前述べたように自然は自身の意志を持たないということであり、それは全てを包む知性の意志の下にあることです。最高位の表現物である人は自由意志の心を与えられており、そのことが人が問題を抱える所となっています。何故なら一つの結果物である心は宇宙の意志に自らの意志を貸し与える代わりに他の結果物で自らを導いているからです。人が自由意志を与えられているのには人は最高位の知性から人生の歩むべき道と目的を習うだろうと期待されているという訳があります。そして人は創造主のようになり得る能力を授けられていますし、イエスが私と父とは一つである、あなたが私を見る時、あなたは父(訳注:創造主)を見ているのだと言ったようにです。金星人達や他の惑星人達は彼らの心を宇宙の導きに喜んで従わせることによってこのことを表現しようと毎日努力しています。そして私達も自分達の目的を達成するつもりなら、同じことをしなければなりません。


【解説】
 この講座を学び真理を身につける目的は、ただ、世の中の本質を見極め訳知りの顔でこの混乱の世の中を横目で見ながら、自らは安住の暮らしを送ることではありません。ここで注目したいのは、他の惑星人でさえ、毎日自らの心を意識の指導に委ね、自らを創造主に似ようと努力しているということです。
 私達より数千年も進化を遂げた人達も日々の努力目標として創造主に近付こうとしています。いわんや私達は自分の一日の目標として自らの創造主と向き合おう、創造主の意向に沿った生き方をしよう、とどれほどの努力をしているでしょうか。私達の前には長い道程がありますが、少しずつであっても一歩一歩自分の足で確かめながら歩むことが価値あるものとなることでしょう。彼ら宇宙人も私達も同じ道を歩んでいる訳で、時々のこうしたアドバイスが後輩達を励ますのにおおいに役立っています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落227

227 The cells in the toe are different from those in the finger but each group is working with the others to make the body a perfect manifestation. And the same power and guidance lends itself to all alike. This is no different than the cosmic expression in the earth's cell structure. For from the lowest expression in the mineral kingdom and through the millions of nature's manifestations the same power and intelligence is expressing in varying degrees. This law is constant and does not change to favor one form, or a planet, above another.
227 足指の細胞は手の指のそれとは異なりますが、それでも互いのグループは人体を完全な創造の現れにする為、共に働いています。そしてそれと同じ力と導きが万物に等しく授けられています。このことは地球の細胞構造における宇宙の表現と違うものではありません。何故なら、鉱物王国における最低位の表現から、そして何百万もの自然の創造の現れを通じてこれと同じ力と知性が様々な度合で表現しているからです。この法則は不変であり、ある一つの形あるものや惑星の便宜を図る為に他に優って対応を変えることはありません。


【解説】
 人体の各部・各細胞の身体全体におけ関係は惑星全体における地球構成要素である鉱物から動植物までの様々な構成と同じだと言っています。
 人体の事例が良いのは、その一体感が良く分かるからです。もちろん、かゆい所、痛い所等、身体の中にあって問題の生じる場所は異なります。通常、私達の心は容姿等、表面の部位については気にしていますが、内側の大部分については無関心です。時たま、その部分が何らかの問題が生じて声を上げるとようやく気付くのみです。しかし、主人である私達の心の関心には関係なく、各部は相互に支えあいながら無言で働いています。もちろん、その働きは宇宙意識の指導によるものですが、ここで注目したいのは、各部は個別が独立して存在するのではなく、互いに支えあいながら、一個人としての人体を維持しているということです。とりわけ、各部が一体となっている点に注目したいと思います。
 心静かに、身体各部に意識を巡らして見ても、各部は体全体として一体化しています。「私は足だから」、「私は手だから」とは主張しませんし、皆全体として人間が行いたいと思うことの実現に向けて、出来うる限りのことを無報酬で行っています。即ち、各部が奉仕することで身体の役目が果たされるということです。本項座の人体の例で読者の皆様に感じて戴きたいのは、皆様ご自身の肉体各部が如何に皆様の意向に沿って日常働いているかということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落226

226 As stated before, the body is made of trillions of cells, grouped for perfect maintenance and operation. No different than the structure of the cosmos, and the body has all of the cosmic force supporting it. And when the human mind is working in behalf of the cosmic plan, instead of self, it never knows any unpleasant effects. For then it is free from discrimination, judgements, and likes and dislikes.
226 以前に述べたように、肉体は何兆もの細胞から成り立っており、それら細胞は完璧なる維持管理の為にグループ化されています。それらは宇宙の構造と何ら違う所は無く、肉体はそれを支える宇宙の力の全てを持っています。そして人間の心が自身の為でなく、宇宙の計画の為に働いている時は、不愉快な結果を決して経験することはありません。何故なら、その時、人は差別や裁き、好き嫌いから離れているからです。


【解説】
 自らの肉体が生きた教材であることの意義は大きいと言えます。他人にはごまかせても、自分自身の内面の状況は自分自身がよく知っている訳ですし、その状況が最も近い自身の身体にも反映され、直ちに結果を見ることができる組み合わせは他にありません。
 とりわけ、注目したいのは、その教材が時間とともに変化することです。内面である心については幼児の頃から今日まで心は誰か他の者と入れ替わることなく続いて来ている筈です。昔は実現しそうにないと思ったことが、何十年か経過すれば出来るようになっている(実現している)ことによって、進歩を実感することが出来ることでしょう。確かに、私達自身も進歩しているということです。
 しかし、それでもその進歩のレベルは自身の体内で日々為されている精密・精緻な代謝反応と比べれば微々たるものだと言えるでしょう。その原動力は宇宙から来ると本項では言っています。私達の心の関心を自身に働くこの宇宙の力に向け、そこから学ぶことが出来れば、更に進歩の度合を高めることができるということです。食事の後のひとときを自身の体内で活動してくれるこれら細胞群の働きに心を傾けることも必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落225

225 This shows that the cosmic plan is orderly, but the mental is not stable and needs guidance.
225 これは宇宙の計画は整然としているが、心は安定せず、導きを必要としていることを示しています。


【解説】
 一つの結果を出す為には、背景に幾つかの段階があります。前項の食物の代謝にしても体内においては一定の過程に従って実行され、各段階に特定の酵素が作用して初めて所定の反応が完結します。これらは本項で言う「秩序」と言うことです。
 しかし、私達の心はこれらとは一切お構い無しに自分勝手な意見を押し通しています。もちろん、自分が理解する範囲しか受け入れられない訳で、改める為には様々な人の体験を聞き、考え方を学ぶことが必要です。その中で心がどのレベルまで昇華できるかを見定めて、自分自身に反映させることです。私達の心は単独では生きられない故に、今までは貯えや家族を頼りにして来ました。しかし、本書で繰り返し述べているように、自分自身にあるこれら秩序立った宇宙的存在こそ、最も頼りにしなければなりません。
 東京では昨日、雪となりました。一夜明けると白銀の世界。空も雪のお蔭で澄み切った青空です。その朝日が普段より明るいのは一面に覆われた雪のお蔭。鳥達も木々に照る朝日にうれしそうに鳴いています。あらゆるものの汚れを包み、純白にする天の力を今朝、感じた人も多いことでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落224

224 The first group starts the fermentation. The second group makes a perfect blend of the chemicals extracted. The next group eliminates the gases that are produced during the fermentation. Finally the scavengers throw off the waste matter that is left. If this process functions naturally you will never know a sick day. But if the cells related to the mind interfere with the cells that are doing the work, by the mind becoming angry, we know what the uncomfortable results will be.
224 最初の集団は発酵を開始します。二番目は抽出された化学物質の完全な混合を造り上げます。次の集団は発酵の間に生成されたガスを排出します。そして最後は、掃除人達が残った廃棄物を捨て去るのです。もし、このプロセスが自然に機能するなら、あなたは決して具合の悪い日を経験することはないでしょう。しかし、もし心が怒ったりすることによって心に関係している細胞達がこの仕事をしている細胞達の邪魔をすれば、どのような不愉快な結果になるか私達には分かります。


【解説】
 食物が飲み込まれた後、体内では各々の消化器官で必要な処理が行われます。消化器官からは必要な消化酵素が分泌され、混合されて所定の反応が進んだ後、必要な栄養分は吸収され、不要な部分は排泄物として体内から排除されねばなりません。これら一連の働きを著者は四つの細胞群が行っていると言っています。現在の段階ではどの部分が個々に該当するかはわかりませんが、これらの四つが食物の消化の基本的な段階だと言うことでしょう。
 問題は、私達の心のとりわけ怒りがこれらの働きを妨げ、自分の肉体の不調の原因となっていることです。昔から「怒を敵と思え」という言葉が伝わっています。それ程にその強烈な心が発する感情は自身の肉体にとんでもない悪影響をもたらすということです。少々古いのですが、著名な精神科医の斎藤茂太氏の記事(2003年9月22日 日本経済新聞)の中に「一怒一老」という言葉がありました。現代のストレス社会の中ではうつ病が非常に増えているとのこと、不況も手伝って世の中が世知辛くなっていることが背景にあるとしています。こうした中で苛立つ人間が増えていることは毎日の通勤時によく見かける光景です。決してルーズで安直な道に進めということではありませんが、如何なる時代にあっても心の横暴を監視し、コントロールすることが必要だということです。
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