289 On the return trip I became interested in the instruments as before. But then the mind was patient and ready to receive the explanation given it by the consciousness. It was not filled with the original curiosity, but a desire for knowledge. Like a child in a classroom who understands without questioning.
289 帰還の旅で私は前と同じようにその装置類に興味を持ちました。しかし、今度は心は忍耐強く意識によって与えられる説明を受け入れる用意が出来ていました。心は当初の好奇心によってではなく、知識を得たいとする願望によって満たされていたのです。勝手な疑問を差し挟むことなく理解する教室の子供のようにです。



【解説】
 土星での会議を終えて地球に戻る際のアダムスキー氏自身の心境が語られています。ここでは、宇宙人側が個別の機器についてアダムスキー氏に何らの説明が無かったことは注意したいところです。当時の土星訪問の目的は土星会議の内容であり、土星製の宇宙船についての事項は、本来の目的ではなかったからです。
 とかく私達は目に見えるもの、形あるものに関心を向けがちです。製品の良し悪しについては声高に論評しますが、その他形の無いものについては関心は無いのです。この場合、もし私達が宇宙船内部を見ることが出来たとすれば、大部分の関心はそれらに向かうことは確かです。他惑星人の生き方等々、その文明を支える目に見えない事柄への興味は忘れてしまうかも知れません。
 それら物と通じて私達が真の目的を学ぶ為には、本文に記されているように、努めて意識から与えられる印象を通して学ぶ他ありません。