186 The priests of the ancients were the only scientists of that day and whatever they achieved was used for selfish purposes of dominating character. It is said that they could prepare chemical substances which when used as incense would put an individual into a trance state, but what benefit was actually derived from such practice? No doubt there was quite a bit of benefit to the priests, for while their subjects were under such a spell they could be very easily relieved of all of their possessions and the act laid at the door of the most convenient gods.
186 古代の僧侶達は唯一の科学者でしたし、彼らが何を達成したにせよ、それは支配的性格の利己的な目的に用いられたのです。彼らは香料として用いられると個人を恍惚状態に陥れる化学物質を調製することが出来たと言われています。このような行為で何の恩恵が得られたのでしょうか。無論、僧侶には大変大きな恩恵がありました。何故なら彼らの臣民はこのような魅惑の下、容易に自分達の持ち物全てを捨て去り、その最も都合が良い神の扉に身を横たえたからです。



【解説】
 本項は地球における宗教団体の悪行について警告しています。おそらく創始者、教祖は純粋な意図と実際の自らの神秘体験に基づいて精神集団を創ったものと思われます。しかし、時代が経過するにつれて、団体を運営維持するために「金」が必要とされ、集まって来る求道者達からそれらの資金を得るよう改変されて行ったものと思われます。
 この現象は決して古代だけのものでなく、今日でも懸念される現象と言えます。多くの宗教団体がそれぞれ豪華な建物を有し、人々からその資金を得ているからです。
 一方、それら多くの教祖の生涯はいずれも質素で、シンプルなものでした。先日もラオスの寺院巡りをしていた際、案内して下さった方から、ラオスでは僧侶が黄色の僧衣を身に付けていますが、その黄色の由来について伺ったことがあります。ご存知の方も多いのではないかと思いますが、ゴータマ・ブッダは釈迦国の王子であり、ある意味、優雅な生活を送っていました。ブッダはその出家の際、身に付けていた全てを出会った者に呉れてやった訳ですが、その際、着ることとなったのは、死者を包んでいた白い布であったとのこと。そのいわば汚れた布を洗い、菩提樹の葉で染めたものを着ていたというのです。草木染の色があの黄色であったという訳です。
 現在でもラオスの僧は自らは一切の労働はしない代わりに、人々から与えられる托鉢物しか口にしないこととなっています。また同時に自分達が食べきれないものは寺に集まる貧しい人々に施しをしています。これらの光景を見ると、本項とは反対の真の宗教者の姿が見えて来るように思いました。