158 Over the years I have made an interesting observation regarding these "memories." It is indeed rare to find an individual who claims to remember being just plain Mr. Average Citizen. These memories-which in many instances can seem very real-usually involve illustrious persons; everyone from the high priests who officiated at the initiation ceremonies in the Great Pyramid, to more recent characters of history familiar to us all. The vast majority of these are not even cell memories . . . they are simply man exalting his ego.
158 何年にもわたって、私はこれら「前世の記憶」に関して興味深い観察を続けて来ました。全くのところ、自分が只普通の一般市民であったことを覚えていると言う個人は珍しいのです。多くの場合に大変リアルに見え得るこれらの記憶には、通常著明な人物が含まれており、偉大なピラミッドの開始儀式を司祭した高位の僧侶から、新しくは私達全員が良く知っている歴史上の人物までが含まれています。これらの大多数は細胞の記憶どころではありません。それらは人を増長させる自分のエゴの為せるものです。



【解説】
 本項はある意味、このような細胞の記憶、原子の経験について取扱いを注意すべきことを示しています。とかく私達は印象・インスピレーションを素晴らしいものとして自分自身を高揚させる傾向にありますが、その知識から学ぶ姿勢は大切ですが、それを根拠に自我を増長させるようなことはあってはならないのです。
 各人は自分は過去生において偉人であったと思いたい訳ですが、各々の人生を振り返れば、私も含めて大部分の者は今期の人生だけでも目を覆うばかりの未熟な者であった筈です。そういう意味でも到底他人に自分の過去生を自慢出来るような例は少ない筈です。
 しかし一方では、今期の人生においてそのような振り返りが出来ること自体、これまでと比べて格段の進歩をしているということでもあるのです。大切な点は、私達が少しずつこれら目に見えない微小な実体から贈られる印象に対して心を開き、それらと同期し様々な事柄を学びながら生活するということです。