ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第10課-段落369

369 There are very few people in the world that are individualists. And those who are oftimes have a hard time because they do not go along with society and are considered non-conformists. History shows that all great souls in this world were non-conformists for they were individual and endowed with the deeper meaning of life.
369 世の中には自立主義者は極めて少数しか居りません。そして彼らは社会とうまくやっていない為にしばしば困難に直面し、非同調者と見なされて来ました。歴史はこの世の中の全ての偉大な魂は非同調者でした。彼らは独立した個人であり、彼らには生命のより深い意味が授けられていたからです。



【解説】
 以前に故ウェイン・ダイヤー氏が米国マサチューセッツ州コンコードで講演した時のCDを聴いたことがあります。その地はアメリカ独立戦争の口火を切った所として知られており、アメリカ建国の時の人々の精神的支えであったソローやエマソンが暮らした地としても有名です。その特質は正義に反する事柄はたとえ法であっても従わないとする不服従の精神が貫かれているところです。
 即ち、本項で説かれているように、周囲に妥協して争いを起こさない生き方ではなく、長年アダムスキー氏が主張して来たように、真実に従った生き方を貫くように私達に問い掛けているのです。
 真実に生きることは実は容易ではなく、惰性に流されることの方がはるかに容易なのですが、進歩を目指す私達はたとえ他人から馬鹿にされても、自ら選んだ生き方を貫くことが求められるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第10課-段落368

368 The effect mind which is the personality, usually follows the law of least resistance and allows itself to be molded into the environment of the word's society. This is why man feels strange to man, even though he is molded into the same type of society. And it is because the ego or sense mind is a stranger to the Cosmic Principle and itself caused through the divisions between individual identity and the ego. The individual acknowledges everything in unison whether visible or invisible to the sense mind, while the sense mind acknowledges only that which it calls concrete form. Yet when questioned the mind admits that there is something behind the concrete manifestations. But it does not like to go on record that there is for fear of what a neighbor or society might think of him. This shows that the individual's identity tried to alert the mind but the mind fears not to go along with society's pattern.
368 結果である心は人格でもありますが、いつも最小の抵抗の法則に従い、自身を世の中の環境の中に鋳込まれることをやむなしとしています。これが人が自分が同じタイプの社会に鋳込まれているにも関わらず、他人に対してよそ者の感じを受ける理由です。そしてそれが、エゴ、即ち感覚心が宇宙原理に対してよそ者であり、それ自身個人の正体とエゴの間の分裂によってもたらされているからです。個人の正体は感覚心に見えているか見えていないかに関わらず全てを調和していることを認知しますが、感覚心は具体的な形を必要とするもののみを認知します。しかも尋ねられると、心は有形の創造の現れの背後に何かがあることを認めます。しかし、心は存在する記録には進んで行きたがりません。何故なら隣人或いは社会が彼をどのように考えるかを心配するからです。これは個人の正体は心に注意を喚起しようとしますが、心は社会のパターンに沿って進まないことを恐れていることを示しています。



【解説】
 本項で述べられている"mold(鋳込み)"は、私達の自我の実態を良く表しています。即ち本文では私達は私達が置かれている環境の中、社会の中にあらかじめ造り込まれた「型」の中に溶けた鉄が流し込まれて人格(個性)が形成されているというのです。
 この場合、重要なのはその型は自身の意図によって作られるのではなく、社会や環境が造り上げているという点です。つまりは社会を動かす支配層のコントロールの下、また社会風潮の影響を受けた個性が次々に生まれて来る事態を示唆するものでもあります。
 これらの傾向に対して私達は、もっと自分自身を探求し、このような既成の鋳型製品ではなく、自分自身で自分を造り上げる芸術家の作品造りを自分に課す必要があると言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第10課-段落367

367 You as an individual are a unit of many experiences, even in this life. As an individual you have gone through billions of chemical changes with each absorbing the previous one. So the cosmic identity of you, the individual, has been constant with no divisions. Each succeeding stage of your life was the embodiment of previous stages from the time of your birth to the present day. Every pulse of your being from the day of your conception on into a form have been recorded in the Cosmic Records. No pulse or act was left out. Your form may have a record of from 20 to 90 years in your present earthly life, but in eternity it is less than a thousandth part of a second. Yet you figure the seconds in the earthly time of age and every second some form of newness has taken place. And every second absorbing the previous second by the individual that brought you to this stage of life. But the sense mind docs not figure this way. But when it does become one with the consciousness it will be able to review all of the changes that have taken place during its years of life. Yet not for one moment did the individual lose his identity. But the sense mind or personality has been lost many times through its lack of awareness of what it is. The personality changes many times during a life time even to the degree that pictures taken at different ages show very little resemblance to the way one looks now. While the individual consciousness remains the same.
367 一個人としての貴方は、この生涯にあっても多くの経験からなる一単位です。一個人としては貴方は各々がそれ以前のものを吸収し、何十億回もの化学変化を遂げています。ですから、貴方の宇宙的正体には分断はありません。貴方の生涯の各々の継続するステージは貴方の誕生から今日に至るまで以前のステージの具体化であったのです。貴方が形有るものとなった受胎の日から一つ一つの鼓動は全て宇宙の記録の中に記載されています。いかなる鼓動或いは行為も漏れることはありません。貴方の形は現在の地球上の生涯の中で20から90年の記録を持っているでしょうが、永遠の中にあっては1秒の1000分の1よりも短いものです。それでも貴方は地球上の時間である秒数を数えており、その秒毎に何らかの新しいことが起っています。また秒毎にそれ以前の秒間がその個人により吸収され、貴方を今日のステージにもたらすのです。しかし、感覚心はこのようには描きません。それでも感覚心が意識と一つになる時、それは生涯の間に起ったすべての変化を読み返すことが出来るようになります。それでも一瞬たりとも個人が自分の正体を見失うことはありません。自分が何であるかの知覚が不足している為に、感覚心、或いは人格(訳注:パーソナリティ)は何度も失われるのです。異なる年代で撮られた写真が、今見るのと少しも似ていないように見えるほど、生涯の間には何度となく変化します。一方、個人の意識は同じまま留まります。



【解説】
 私達自身、毎秒発する想念や行動によって時々刻々変化しています。そしてこれらすべての体験は宇宙に記憶され、また私達自身を造り上げているという訳です。
 人の一生の間で蓄えられた体験はその人を造り上げる訳で、人は生涯を通じて変容を遂げることになります。自分の古い写真を見て、つくづく余裕の無い未熟さを感じますが、それも自分がこれまで歩んで来た中で得たものが外観の変化として現れているということでしょう。
 さらに重要なのは、これらは宇宙の上からは僅か1秒の何分の1かの時間に過ぎないことであり、私達はまさに宇宙の時計からすれば一瞬の中に生きているということです。もし私達が宇宙と融合出来ればこれら時間の制約は無くなり、文字通り永遠の生命を生き抜くことが出来ると著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第10課-段落366

366 As you have already learned in previous lessons, there is a constant chemical change going on, and the identity of one stage is absorbed by the identity of the next stage. So if one is to retain his individual identity through eternity he must lend himself constantly to the changes that are taking place. For personal ego has no place in the cosmic plan but individual identity has. For the individuals make up the cosmos. And by the personal ego allowing itself to be absorbed by the individual, which is sometimes referred to as saving oneself and earning eternal life, it becomes like the drop of water that allowed itself to be absorbed by the ocean of water. It becomes the ocean of water yet it retains its individual identity through its molecular structure. Referring again to the jigsaw puzzle, the piece that could be called personal has now been placed among others that eventually will make the picture. Thereby it loses its personal feeling of separation and takes on the feeling of the whole picture yet an individual part of it.
366 以前の教課で既に学んで来たように、絶えまない化学変化が起っており、一つの段階の正体は次の段階の正体に吸収されて行きます。ですからもし自分の個としての正体を永遠の中で保持したいとするなら、自らを生じている諸変化に委ねなければなりません。何故なら各自のエゴは宇宙の計画の中に占める場所は無く、各自の正体だけが場所を有しています。個々が宇宙を造り上げているからです。そして個人のエゴ自身をその個体に吸収させることを許すこと、時に自分を助けだして永遠の命を得ると呼ばれることを行うことで、自身を大洋に吸収させることを許した一滴の水のようになります。それは大洋になりますが、引き続きその分子構造からその個人の正体を保持しています。再びジグソーパズルを引用すれば、個人と呼ばれる一片は今や最終的に絵画を作り上げる他のものの中に配置されています。こうして個人の疎外感を失う代わりに個人はその一部を保持したまま全体の絵画の感じを抱くようになります。



【解説】
 本項の説くところの"stage 段階"とは、死のことを示唆しているように思われます。これまでの私達は死に際して従来の自分(エゴ、自我)がそこで消滅するとして来ました。本項を良く読むと実は実質上そのようになっていることが分かりますが、私達が目指すべきはその先に自分のIdentity(正体)をつなげて行くことです。
 私達が克服すべきエゴの状態は著者が別のところで述べていたように泥団子に過ぎません。自己の一滴の水分の力を借りて物質を集め、独自性、独立性を誇ったところで、日差しの前にそれらの泥団子は長続きせず、再び元の塵に戻って行くのです。自分が他とは違うとする自我はいち早く大海と融合しない限り、永続することは出来ない訳です。
 そういう意味でも私達は自身を宇宙の一部とするよう、日頃から努力することが大切です。宇宙と融合した生活を送ることが出来れば、死後に迎える次のstageについても自身の実体(Identity)を保つこと、記憶を保つことが出来るということでしょう。そうなれば死は次なる人生の入口となる訳で、喜ばしい門出と祝うことが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第10課-段落365

365 The Great Book states, "Have no false gods before Me." For the likeness and image is pure consciousness which is identical with the Cosmic One. It is the One that created the body and the sense mind. And the sense mind must make an effort to find its parent if it is going to fulfill the purpose for which it was created, or have life eternal as the parent does. For this is the only way that man can get back to the household of the eternal state and become one with it. Then and then only will he feel unity with all life and not the separation that he does today. The feeling of distance between himself and that which is eternal will vanish.
365 聖書は「わたくしの前に偽りの神を置いてはならない」と述べています。何故なら似姿や像というものは宇宙的存在と同一の純粋な意識であるからです。それは、この肉体や感覚心を造り上げた存在なのです。ですから感覚心は創造された目的、あるいはその両親と同様に永遠の生命を得る目的を成就する為にはその両親を探そうとする努力をしなければなりません。何故なら、このことが人が永遠に続く家庭に戻り、それと一体になる為に戻れる唯一の道だからです。そうすれば時として、人は全生命との一体感を感じ、今日までの疎外感は感じなくなるでしょう。自分と永遠なるものとの間の距離感は消え去るのです。



【解説】
 私自身の問題も、またその解決策を授ける存在もそれぞれの私達自身の半身であることは、全て自分自身の問題であり、解決策であることが分かります。言い換えれば、自身のほかに何らの偽りの神は不要であり、霊能者その他は必要としないという訳です。
 このように全ての問題と全ての解決策が私達自身の内側にあることは重要です。必要なことは日常、私達自身の感覚心の動向を監視するとともに、問題の解決策をもう一方の宇宙的半身から授かるのを見逃さないよう警戒を続けることです。
 こうした基本姿勢の下に日々を送ることでインスピレーション力が高まり、不要なトラブルを避けることが出来るようになります。また、自身をより宇宙的な波動を保てるようになれば、世の中の真善美についても鑑賞眼が深まり、日々の感動も質が高いものとなる筈です。他の存在に神を設定したりすることは自らの内にあるこれら大切な二つの要素に目を向けないことになる訳で、聖書はそれを禁じているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第10課-段落364

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON TEN
Conscious Traveling
By GEORGE  ADAMSKI
364 In lesson Nine I told you that I was going to illustrate how one can travel consciously to any part of Cosmic Space and learn what is there. And yet not employ any mysticism that is so well known in this world, or give oneself over to some mystical guide that we hear of people doing in the mystic circles. No person dead or alive has a right to enslave you for his or her purpose. The only one you have a right to acknowledge and will yourself to work with is the other half of yourself which is the image and likeness of the Creator or God.
生命の科学-学習コース
第10課
意識による旅行
ジョージ アダムスキー著
364 第9課では私はどのようにして宇宙の如何なる部分にも意識的に旅行出来るようになれるか、そしてそこにある物を学ぶことが出来るようになるかを解説しましょうと述べました。しかし、それはこの分野で良く知られているような如何なる神秘主義も導入するものでなく、人々が神秘主義グループで行われるような心霊ガイドに自分自身を委ねることも行いません。如何なる者も、それが死者であれ生者であれ、その者の目的の為に貴方を奴隷にする権利など無いのです。只一つ、貴方は悟りを得て創造主、言い替えれば神の似姿である貴方自身のもう一つの半身を認知し、その半身とともに自分自身を精進させる権利があるのです。



【解説】
 私達がやがていわゆる意識により自由に宇宙を巡る旅をすることが出来ることについて、本課は解説して呉れるものです。
 しかし、私を含めて多くの読者にとって、本課の内容は随分と現状の理解を超えているのではないかと懸念します。全12課の4分の3を終えた段階としては、この分野についての理解が必要だということでしょう。先ずは私達の理解出来る範囲で一つ一つ学んで行くことをお勧めするものです。
 そういう意味では本項に記されている事柄の中で私達が頼りにすべきは他人や他の霊的存在その他などではなく、自分自身の半身だというところが最も重要です。私達のもう一つの宇宙的半身こそ、私達に最も近い存在であり、この肉体の存続もその半身に依存しています。いつも一緒にいるこの存在と如何に親しむか、その半身から如何に学ぶかがいつの時代にも問われることです。「同行二人」がそのキーワードです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落363

363 In lesson ten I will try to illustrate how you can become aware of the things in the cosmic house. And that is the reason I explained entity worship at the beginning of this lesson. Which involves the present uninformed phases of psychism and the true meaning in relation to oneself. So that when the tenth lesson is given you will know the difference in your experiences. And know how to proceed without being involved in mystery, such as present psychics experience.
363 第10課では貴方がどのようにして宇宙の家の中の物達に気付くことが出来るようになるか説明しようと思います。またそれは、この教科(訳注:第9課)のはじめに神聖なる実体への崇拝(訳注:「宇宙的細胞」と表現されているものを指すと考えられます)を説明した理由でもあります。それは今日の知識の無い神秘主義の段階と自分自身に関連した真の意味との両方を含むものです。ですから、第10課が与えられれば、貴方は自分の体験の中の違いを知ることになるでしょう。そして今日の心霊的体験のような神秘に巻き添えになることなく、どのようにして前進して行くかを知ることになるのです。


【解説】
 この分野の学習で難しいのは目に見えず、耳に聞こえない世界を対象としていることにあります。こうして第9課まで一歩一歩私達は学んで来ましたが、まだ踏み込めていない分野も多いのです。
 著者亡き後、独り学習する者にとって、大事だと思うことは、各人が納得しながら少しずつ進むことだと考えています。長い年月の間にあって、単に知識を鵜呑みにするだけでは理解は拡がりません。今後の長い道程を前に、今まで自分は何処まで解決して来たか、理解は深まって来たかを振り返って、当面の課題を考察すべきなのです。こうすることで私達は神秘に翻弄されることなく、精進を進めることが出来る訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落362

362 There is nothing in the Cosmos that we cannot be a part of or know something about.
362 宇宙には私達がその一部になれないものや、それについて知ることが出来ないものは何もありません。



【解説】
 このわずか2行の本文が私達が宇宙意識を捉える際の基本姿勢を表現しています。そもそも私達が他のあらゆる存在と融合、一体化することでその存在の持つ知識即ち帯びている波動と同調し、その経験を共有できるということです。
 宇宙に存在するあらゆるものと融合でき、その経験と知識を受け取ることが出来れば、私達の進化のスピードは計り知れません。それを可能とする為には、私達は自らの知覚範囲、関心の領域を拡げて、印象のアンテナを鋭敏にしなければなりません。
 私達が自身の中の排他的な要素を駆逐し、あらゆる存在に対し受容的になるにつれて、より多くの想念波動を知覚出来るようになる筈です。繊細さと寛容さが求められる所以はこの点にあると思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落361

361 Remember that each one of us is but a single cell in Cosmic Consciousness and once we become united with this consciousness there will be no limits to the knowledge that we can have. This is what the Brothers are striving for and they are well on the way. They too had to struggle to get started and we have hardly started. But with determination, and using the knowledge they have given to us in the recent years we have the opportunity to travel right behind them. It is up to the individual, what he wants and how well he will use the knowledge at hand.
361 私達一人ひとりは宇宙意識の中の一つの細胞に過ぎず、ひとたび私達がこの意識と一体になれば、私達が持つ知識に限りはないことを覚えていて下さい。これは宇宙兄弟達が努力して目指していることであり、彼らはその道筋をしっかり歩んでいます。彼らもまた、始動には苦闘も必要でしたが、一方の私達は開始すらしていません。しかし、心を決め、彼らが近年私達に授けてくれたこの知識を用いることで、私達には彼らの後について正しい旅をする機会が出来ました。自分が何を望み、如何に手元にあるその知識を用いるかは、個人に委ねられています。



【解説】
 第9課のまとめとして、著者は私達に私達が宇宙意識との関係をよくわきまえるように諭しています。著者は私達は宇宙意識の中ではたった一つの細胞に過ぎないと説いています。人体にたとえれば、60兆個もの細胞の一つという訳です。
 宇宙意識を前にした時、私達は改めて宇宙に豊富に存在する知識を一つ一つ学んで行く大切さを自覚することでしょう。これら一つ一つの知識は私達に次なる視界をもたらし、また新しい展望を授けるに違いありません。
 重要な点は、この道程を既に他惑星人達は歩んでおり、その大いなる恩恵を受けているということです。私達は彼らに学び、自らは宇宙意識に親しめるよう訓練する必要があるのです。これらの学習の先にある宇宙的な展望こそ、私達が求めなければならない目標となっています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第9課-段落360

360 As soon as a man places his foot upon the right path the chemical composition of his cells begin to change towards the goal. The pains and diseases he has had begin to disappear for he is beginning to use his full life force instead of just half of it as he did before. And all the cells of his body begin to take on new life. And the doors of knowledge begin to open wider and wider. And for the first time since he strayed away he will feel the closeness of his Creator.
360 人はその足を正しい道に乗せると直ぐに、自身の細胞群の化学的組成が目的地に向かって変化し始めます。その者が持っていた痛みや病は消えて行きます。何故なら彼は以前のように只半分の生命力を用いることから完全なる生命力を用い始めているからです。そして自身の身体の全ての細胞群は新しい命を身につけ始めるのです。知識の全ての扉がますます広く開き放たれるようになります。そしてその者は自分が道をはずれて以来、初めて自分の創造主を身近に感じることでしょう。



【解説】
 はじめは困難な道に思えるこの回帰の道程も実際に進むにつれて、その歩みは加速することになります。何より体内にある宇宙的細胞達が活発になり、私達を支援出来るようになるからです。好循環の始まりです。
 従って最も大事なことは、惰性の法則に流されがちな状況の下、その最初の一歩を踏み出す勇気であり、決意ということになります。
 小さな一歩でも良き方向に向かって進めることが如何に大事かは本項に良くその理由が示されていることになります。誰もが等しくチャンスを与えられており、それを活用するか否か、一歩を踏み出す勇気があるか否かはひとえに各自に懸かっているのです。

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