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2016年12月28日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落083

083 On this highway we shall find that all creation expresses a Divine intelligence. For consciousness is the life of even a grain of sand. It lives independent of forms, yet it activates all matter. It speaks the silent language which we call impressions, yet moves with a force far greater than any sound. And you and I are the highest manifestations of it, for without consciousness the mind would be nothing.
083 この大道では、私達はすべての創造物がある一つの神聖な知性を表わしていることに気付かねばなりません。何故なら意識は砂粒一つの生命でもあるのです。意識は形とは独立し、しかも全ての物質を動かしています。意識は私達が印象と呼ぶ無言の言語で話していますが、どんな音よりもはるかに大きな力で揺り動かしています。そしてあなたも私もその意識の最高位の創造物と言えます。何故なら意識無くしては、心は何らのものでもないのです。



【解説】
 私達が毎日の生活の中で、自分が正しい道を歩んでいるかどうかの判断は、本項の内容に合致している精神生活を送っているかにあります。つまりは、身の回りの事物に対し、各々が神聖な知性を現していると見える心境であるか否かになります。
 真に宇宙的な生活を送っているとしたら、毎日どのような小さな存在物に対しても親しみを感じ、それらが実に英知を持って行動していることに気付く筈なのです。
 私達は毎日をこのように美しく活発な世界に生きることによって、私達に出入りする想念・印象は本来のキレイな状態に浄化されて行くように思われます。 そして万物の観察者である私達人間はやがて本来の最高位の創造物の位につくことが出来るのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落082

082 All of our life we have been doing things the hard way. Either in one extreme or another. Now the time has come to settle down into the middle, which is the conscious eternal highway. And stop taking the mental by-ways, for the center balance will make life much easier.
082 私達はこれまで生活のすべてを困難なやり方で物事を行って来ました。ある極端から他の極端のいずれかであったからです。しかし今や、意識的な永遠の大道である中庸に落ち着く時期を迎えています。そして心の横道を取るのを止めるべきです。中央のバランス状態は生活をはるかに容易にすることになるからです。



【解説】
 最近思うことは、このアダムスキー氏の伝えた"宇宙哲学"というものは、地球古来から伝わる数多くの宗教や哲学の本質と何ら違わないということです。一口に真理は一つと言ってしまうよりも、私達自身、古来から同じ内容を繰り返し教えられてきたことに気付かなければならないと思うのです。真理、法則である以上、地球人が体得したこともあるでしょうし、また他惑星文明から地球に伝達されたことも多いものと思われます。
 本項で言ういわゆる"中庸"もその一つで、仏典にも出て来ますし、孔子の説くところも有名です。
 本項で著者は、私達が有頂天であったかと思うと、何かの原因でその後すぐに落胆し落ち込んでしまうような生活を送っていると指摘しています。それは私達が理解力の劣る心の反応をそのまま行動の指針にしていることによると説いています。本来、意識の示唆する方向に進めば何らの問題もなく、事態が進捗して安寧な生活になるということです。その為にも私達は自らの心を監視し、常にバランスのとれた状態に保ち、いつでも意識からの印象による指導に即応できる態勢である必要があります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落081

081 F.D.R. expressed it well when he said, "there is nothing to fear but fear itself." For fear promotes fear. Our late President Kennedy made the statement, "Ask not what the Nation can do for you but what you can do for the Nation." I would say it this way ; it is not what God will do for you but what will you do for God? And God is the consciousness of our being. Or we could put it this way, it is not what the consciousness does for the mind, but what the mind can do for the consciousness.
081 F.D.R.(フランクリン・D・ルーズベルト、Franklin Delano Roosevelt)は「恐怖以外に恐怖すべきものは無い」と言ってそれを上手に表現しました。恐怖は恐怖を助長するからです。故ケネディ大統領はこう声明しました。「国家があなたに何を為せるかと問うのでなく、あなたが国家に何を為せるかを問え。」私ならこう言うでしょう。「神があなたに何をしてくれるのではなく、あなたが神に何をなすかである」。そして、神とは私達自身の意識なのです。そこでこういうようにも言えるでしょう。「意識が心に何をなすかではなく、心が意識に何をなすことができるかである」。



【解説】
 以前何処かのレクチャーテープの中で著者アダムスキー氏が本項と同じ話をするのを聞いたことがあります。おそらく、氏のお気に入りの表現であったものと思われます。
 話の流れとしては、ルーズベルトによる恐怖への対峙の決心を示す言葉の持つ意義を示した後、ケネディによる国民各自の積極的な行動を促す言葉、更にはその行動を私達自らの内側にある「意識」に向ける必要があると諭しています。
 これまで私達は未来が不安だとして、その不安感自体に支配されて来ました。しかし、本来的には不安定なのは、仏教でも言うように結果物、即ち一見堅固に見える物質世界だということでしょう。仏陀は不変なのは「法」(法則)であると説いていますが、本講座ではそれを宇宙を貫く「意識」、宇宙的生命力、印象の流れであると表現しています。それらは物質ではないので、何らの妨げもなく宇宙を貫き、それに対してこれまで私達は何も自覚しないまま、ただその恩恵を受けて来たのです。「意識」に対しては本来、もっと貢献できる存在になれと著者は説いています。

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竹島 正

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落080

080 The mind acts as it does mostly through fear caused by a lack of knowledge and faith. For if it changes, it knows not what the next moment might be like. Fear is the master of the mind and governs nearly every human being on earth, in one form or another. Very few people realize that fear is a dominant factor for we have been children of its household for centuries and now feel that it is a natural way of life. We do not even know that we fear, yet fear is nothing but a lack of understanding of the laws that govern life. And these laws cannot be learned by studying effects, especially of human experiences. For most of these are the result of fear dictation.
080 心というものはそのほとんどが、知識や信頼の不足が原因で生じる恐怖を通じて行動しています。何故なら、もし変化があった場合、心は次の瞬間にどうなるのか知らないからです。恐怖は心の主人であり、地球上のほとんどの人間をどのような形態にしろ支配しています。私達は何世紀の間、そのような(恐怖に支配された)家庭にいる子供であった為、私達の中で恐怖が支配的な要素であるということを知っている人々は極くわずかであり、今やそれが自然の生き方だと思うようになっています。私達は私達自身が恐怖していることすら知らないのですが、恐怖は生命を支配する諸法則の理解が欠けていることでしかありません。そしてこれらの諸法則は結果、とりわけ人間の体験を学ぶことによってでは学習することができません。何故なら、これらのほとんどが恐怖による指図の結果だからです。



【解説】
 私達がこれまでとは全く違った生き方を本当は求められていると本項は指摘しています。歴史は振興と破壊を繰り返しており、個人の体験も役に立つようなものではないと諭しているのです。
 その理由は、私達は生命本来の道を長らく歩んで来なかったためであり、その根源には恐怖による支配を拭えないからだと説いています。突き詰めれば不安定な結果物を拠り所としていては、次に訪れる事象には対処できず、結局は未来を恐れることになります。その人々の不安感をビジネスにするのが保険業界ということでしょう。また、私達自身、そのような自分に気付かず過ごしている訳です。
 そのような視点を一新して、私達は先ずは宇宙を貫く法則とでも呼べる創造的生命力を知覚し、因からの印象に対して自らの心を解放し、その印象を積極的に受け入れることです。野のユリ、空の鳥達が何らの心配を見せることなく、自由に日々を謳歌している姿は私達の手本でもあります

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落079

079 The mother has been used as an example, but people daily ignore impressions that are given to the mind by the consciousness and cause many imperfect acts that could have been avoided. All because the mind has been exalted through the ages and has given no thought to its parent - the consciousness. It supports itself by past acts and repeats history instead of going forward. There is some improvement historically, but actions are still founded on the past, like the destruction of men in war, instead of evolving above the past. The mind has an opportunity to bring newness each day by following the guidance of consciousness.
079 母親の件は一つの例として用いられましたが、人々は日常的に意識から与えられた印象を無視しており、避けることができた多くの不完全な行為を起しています。全ては心が長い時代を通じて誉められ、その両親である意識には何らの配慮も与えて来なかったことに原因があります。心は過去の行動によって自身の拠り所とし、前進する代わりに歴史を繰り返しています。いくつかの進歩も歴史的にはありますが、戦争における人間の破壊のように過去を超えて進化することの代わりに、行為は依然として過去に基礎を置いています。しかし、心は意識の指導に従うことによって、日々新鮮さをもたらす可能性を有しています。



【解説】
 前項では赤ん坊が生まれるまでの母体で起こる様々な変化において、意識による指導に母親が呼応して必要な食物を摂取する事例が取り上げられましたが、実はそれは一例であり、意識はその他あらゆる機会を通じて、私達に語りかけて呉れているということです。
 日常如何なる時も常に意識からの印象は惜しみなく降り注がれており、私達は自らの心を穏やかなものに鎮めて、それら印象の経路として自らを解放すれば、途端に様々な新しい概念、新しい知見に気付かされるという訳です。
 このことに気付けば、もはや私達は自らの体験のみに頼ることなく、物事を正しく、また深く洞察することが出来るものと思われます。他惑星人が千年もの寿命を持ち、若々しく活発である背景には、この意識からの印象を受け入れ、常に新鮮さと活力とを受けているからと思われます。宇宙における創造的生命力は常に印象・インスピレーションとして私達に授けられています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落078

078 And what is this higher intelligence? Again we have to refer to the consciousness for a definition. For at times it impresses the mother's mind to seek a certain type of food that she does not ordinarily care for, because this chemical is needed in constructing the infant form. And this intelligence causes the movement within the mother's body. No voice of instruction is heard yet the mind of the mother knows that some change has taken place. This is done by impressions for consciousness does not use sound as we know it. It is this consciousness that is the creator or builder of the form as near as we can tell. And this is all done independent of the mind. Even here the mind may interfere by opposing the impressions that come, like the food. Either by not seeking it or not being able to get it, which could bring about an imperfect form.
078 次に、このより高い知性とは何でしょうか?ここで再び定義の為に意識について引用しなければなりません。何故なら時々、胎児の建設に化学物質が必要となる為、それは母親の心に彼女が普段は好まないある種の食べ物を求めさせるからです。そしてこの知性は母親の体内に運動を生じさせます。声に出しての指導は聞こえませんが、母親の心は何らかの変化が起ったことを知ります。意識は私達の知るような音を用いませんので、これは印象によって行われます。私達がこの形あるものの創造主あるいは建造者と呼ぶのに近いのはこの意識なのです。しかもこれは心とは全て独立して行われています。ここにおいてもなお、心は食べ物の場合のようにやって来る印象に反対することによって妨害するかも知れません。それを求めることをしないか、摂ることが出来ないことによって、不完全な人体をもたらすことになるかも知れないのです。


【解説】
 ここでは具体的な意識による指導事例について解説されています。最も重要な人体の創造過程では実際、最低限の心の役割として、必要な元素を摂取するよう母親は意識から指導を受け、促されるとしています。
 言葉ではなく、母親の内部から何らかの衝動が湧き起り、普段は好まない種類の食品を欲するという訳です。そこには意識による印象が母親の心に送られ、それに呼応して母親が必要な種類の食品を摂取するのです。その印象に従うことで人体の創造が無事進行することになります。
 このように私達地球人のレベルは自らの体内で起こっている日々の生命活動について何一つ自覚もなく、無関心となっています。しかし、この事例から分かるように、私達の肉体は驚くべき知性を有しており、私達はこれら精密な機構の上に乗って毎日を送っているということです。丁度、高級乗用車に乗り込む場合のように、車の内部の仕組みについては何一つ知らないまま、車をスムーズに運転出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落077

077 THE CREATION OF A HUMAN FORM
A pregnant mother knows that a conception has taken place within her being, but her mind does not know what is to be done in the creation of the form. Many times she wonders what is going on. There is not a mind in the world that knows exactly the type of intelligence that is responsible for the growth. It is true that pictures have been taken from conception to birth, but not of the intelligence that brings about the form from moment to moment. This intelligence is superior to the minds of men and that of the mother, for they know not what goes on. This proves that the mind is subject unto a greater intelligence than its own. Yet the mind has the potential of attaining equality if it allows itself to be guided by the higher intelligence.
077 人体の創造
妊娠した母親は自分自身の中で妊娠が起ったことは分かりますが、彼女の心は形あるものの創造において何を為すべきかは知りません。何度も彼女は何が起っているのか不思議に思います。しかし、胎児の成長に責任をもっている知性のタイプを正確に知っている心はこの世に一つもありません。妊娠から誕生までの写真が撮られていることは真実ですが、一瞬一瞬人体を形作っている知性について写真に撮られることはありません。この知性は人間の心や母親の心より優れており、それらは何が起っているかを知っています。このことから、心はそのもの自体より大きな知性に支配されていることを示しています。しかしまた、心は自らをそのより高い知性によって導かれることを許すならば、それと同様な能力を持つ可能性を有しています。



【解説】
 本項では私達自身、自分について如何に鈍感、無知であるかを指摘しています。最も大切にされるべき赤ちゃんの誕生に至る過程すら母親が自らの体内で起こっている創造作用についてほとんど分かっていないという訳です。
 実は私達各人は本項と同様な状況の下でこの世界に生まれ出て来ました。無とも言える大きさの受精卵から赤ん坊の大きさになる間は、まさに”創造の日々”ですが、それを指導し、人体を形成させている知性が如何に知覚されていないかが問われているという訳です。私達地球人はこのことを理解しようともしていませんが、他惑星人は理解が進んでいるということでしょう。
 地球上の科学レベルでは当初、受精卵にある遺伝物質が各々に細胞に複製伝達されることぐらいは解明できていますが、まだ各部位を形成する発端等々、具体的なところは理解されているとは思われません。
 しかし、私達はいわゆる科学的手法による解明努力の他に、もっと自らの心自体を謙虚に訓練して目に見えない知性との交流について励むべきではないかと思うのです。全ての知性が実は私達自身の中に備わっていることを如何に自覚し、自らの知覚力をより深遠なる印象の世界に深化させることが、日々の精進・訓練によって出来ると本項は私達に示唆しています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落076

076 So the mind does not have to go far to learn. For it can learn from the form through which it works if it humbles itself to the knowledge within the form. We can now see where the saying "man know thyself and you shall know all things" originated, for all creation is governed by this law. And there is no greater truth than this that has ever been spoken.
076 ですから、心は学ぶ為に遠くに行く必要はないのです。何故なら、形あるものの内部にある知識に心自らが謙虚になりさえすれば、心は形あるものの働きを通じて形あるものから学ぶことが出来るからです。私達は今、「汝自身を知れ、そうすれば全てが分かるであろう」という言葉が何処に起原を持つかを知ることができます。何故なら、全ての創造がこの法則に支配されているからです。そしてこれまで語られた中でこれほどに偉大な真実はありません。


【解説】
 これまで古代ギリシャの格言程度の認識でしかありませんでしたが、この「汝自身を知れ」という言葉の本質は本項で説かれているように大変深遠な内容を持っています。調べて見るとその出典はギリシャ最古の神殿入口に掲げられた3つの格言の一つとのことです。(ちなみにその内もう一つは「中庸」を説くものであり、かねがね著者アダムスキー氏が指導して来た内容と一致しています)
 本項では私達自身の学習態度として、自らを謙虚にして物事の観察を行うことで創造物の内側に息づく創造的知性を学ぶことの重要性を述べているのです。
 そして更に言えば、私達自身を教材として、日々の生活の中で自身の心の作用や体内の諸活動、そして私達内部で働く生命力について実感し、意識して観察することで、その作用が現実世界に如何に影響を及ぼしているかを学ぶことです。私達自身の中に全ての要素があり、それらは休むことなく活動している訳で、そのような状況に気付けば、学習する上で他に必要なものは何もないことが分かります。

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