ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落247

247 Yet to live this new kind of life among the many who do not, one must have unshakable faith and patience in order to endure. For everyone will not grasp the idea immediately, humanity is very slow to change. But change it must if it is to survive. And pioneers in any field must be strong and determined if good results are to be realized.
247 しかし、この新たな生活を送る為には、そうではない多くの人達の中にあって、人は耐える為に揺るぎない信頼と忍耐を持たねばなりません。何故なら、誰でもその概念を直ちに掴み取る訳ではなく、人間性とは変化するのに大変遅いからです。しかし、生き延びる為には変化しなければなりません。そして先駆者はどの分野にせよ、良い成果が実現される為には、強く決意しなければなりません。




【解説】
 この自分の中にある「より良い自分」に耳を傾け、その助言を受け入れることは実は容易ではないと本項では説かれています。つまり、周囲の影響を受けやすく、また世の中全体の動きのある中で暮らす私達は、社会の流れの中に漂いがちです。しかし、そこには未来は無く、滅びに至る道であると警告しているのです。
 戦後生まれの私には分かりませんが、戦前の世の中もひたすら戦争に突入せざるを得ない時代の流れがあったのではないかと思われます。しかし、そうした中にあっても時代の流れに流されることなく、真実の有りようを人々に示した方々もあったことと思われます。
 アダムスキー氏が1952年、デザートセンターでオーソンと会見した時代は、実は新たな地球の危機、核実験を頻発させていた時代であり、これら私達の行く末を案じた上の他惑星社会の計画であったと観るべきでしょう。
 私達はいかなる時代にあっても、この真理に足を置いて、あるべき姿を人々に見せ続け時代の流れを変える努力を惜しむべきではありません。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落246

246 Examples have been used in many ways. i.e. If a dictator wants to dominate his people, he destroys those who, oppose him, as an example to others. If examples can be used in this way, why can't we set a fine example for the world to follow? We can with action and not just words and dreams. And this can be done only by living the things that we know. We must be honest and truthful to our better self before we can be honest and truthful to others. We must trust our consciousness if we expect other conscious entities to trust us.
246 例示というのは様々な方面で用いられて来ました。即ち、独裁者がその人民を支配しようと思うなら、反抗する者を他の者への見せしめとして滅ぼします。仮に例示というものがこのように用いられ得るとすれば、何故私達は世界が従うような素晴らしい例示を打ち立てようとしないのでしょうか。私達は単なる言葉や夢でなく、行動によってそれが出来るのです。そしてこれは私達が知っている事柄を生きることによってのみ、行い得るのです。私達は他の者に対して正直で誠実である前に私達のより良い自己に対して正直で誠実であらねばなりません。他の意識ある存在が私達を信じてくれることを望むなら、私達は私達自身の意識を信頼しなければなりません。


【解説】
 とかく私達は自分自身の問題点のみに注目するか、或いは全く問題点がないと感じるかの両極端に向かいがちです。しかし本項で著者は、私達が本当に進化を遂げて行くためには、今までの知識を単に知識として終わらせるのではなく、自ら実践し行動することで他の者の模範になれと諭しています。
 そこで重要なのは、その際に自分の中にある「より良い自分better self」を信頼して実行せよと述べていることです。つまり、私達は様々問題がある訳ですが、それでも肉体は所定の機能を保っていますし、自分自身の中にも邪(よこしま)な心以外に、”良心”と称されるものも充分残っているのです。この自分に残る良い要素を信じて伸ばすこと、行動による体験を積むことで、他者への影響も与えられ自らも進化することが出来るという訳です。
 この自分にある「より良い自分」という表現は、何処か釈迦の教えにも似た雰囲気を持っています。単なる苦行ではその肝心な良心を発現させることは出来ないように思いますし、衆生救済も衆生一人一人に備わる「より良い自分」を希望の光として育成することを求めて行くことが菩薩の道であると思うからです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落245

245 You must re-create your ability by manifesting it in your daily life. And then you will prove to yourself that you can live that which you have been consciously aware of. Thereby it will not only serve you, but others also by your example.
245 貴方はそれを日常の生活の中で体現させることによって貴方の能力を再創出させなければいけません。そうすれば、貴方自身に貴方がこれまで意識的に気付いていたことを生き通せることを証明することになるでしょう。そのことによって、貴方に役立つばかりでなく、貴方の事例によって他の者にも役立つことになるでしょう。



【解説】
 毎日自分がどのように生きるかが重要なところです。人生は日々の積み重ねであり、私達の1分1秒、呼吸する想念と自らが採る行動がやがてはその人を造り上げるということでしょう。
 とりわけ重要な点は、前項で触れられたように、自分が出来そうだと感じた内容を実現させる行動だとしています。つまり、”出来そうだ”と思ったことは、私達がその想念を感受したことを意味し、次なるステップはそのビジョンを現実化させることです。この現実化させることこそが、私達人間の大きな役割であり、期待されているところなのです。また、その成果を祝うという役得もあるでしょう。
 実現に至る過程は様々で、思いのほか容易に進む場合も多いのですが、うまく行かないこともあることでしょう。その努力や工夫の過程を通じて、私達は次の機会に生かせる貴重な体験を積むことが出来るのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落244

244 Of what value is a talent if you do not use it? Suppose you have the talent of a great artist and know it, but all you do is to think and dream about it. And never bring it forth into reality which takes action to accomplish, so you never profit from it. You do not even prove to yourself that you could manifest your dreams and make them a reality. So all of your dreams and prayers regarding your talent are still unknown and remain in the dream state. And this will continue until you decide to express your latent ability. For then and then only will you prove to yourself that it is real and livable. And so it is with self development - the potential of all that we have spoken of is within you, but it will not do you or anyone any good as long as you do not bring it forth.
244  もし貴方がその才能を使わないとするなら、才能に何の価値があるでしょう? 貴方には偉大な芸術家としての才能があったとし、貴方がそれを知っているけれども、貴方はそのことを考え、夢見ているだけの状況を考えて見て下さい。そしてそれを達成するには行動を必要とする現実世界にそれをもたらすことが無かったとすれば、貴方はそれから何らの利益を得ることは有りません。貴方は自分の夢を形に表わし、それらを現実にできるということを自分自身にさえ証明していないのです。ですから、貴方の才能に関する貴方の夢や祈りの全ては未だ知られることなく、夢の状態に留まっています。そしてこのことは貴方が自分の潜在する能力を表現しようと決意するまで続きます。時として、貴方はそれが本当であり、生きたものであることを自分自身に証明することしかないのです。ですから、それは私達がこれまで話して来た貴方の内部にある全ての可能性である自己発達とも同期していますが、それは貴方が現実化させない限り、貴方や誰に対しても良いことをもたらすものではありません。



【解説】
 私達が潜在的に有する才能も、ただその存在を自覚するのでは意味はなく、体現し自らその表現を実証し、現実の結果の世界に出現させなければ意味は無いと著者は説いています。
 もちろん、想念・印象は重要なのですが、その感受したイメージを実現させるところに私達各人の価値があるということでしょう。何事も行動しなければ、その実現過程での体験を得ることは出来ず、結果(成果)も得られないという訳です。
 即ち、仮に自身にとって素晴らしいアイデア(想念)を感受したとしても、そのままで放置して行動に移さなければ、結局は本人にとって何らの意味を持たないと忠告しているのです。小さな事柄でも一つ一つ行動し、体験する中で私達は進歩して行けるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落243

243 At first it will seem like an impossible task, but everything at one time looked impossible, even learning to walk. But constant diligence brings success. Seldom does man find gold on the surface and so it is with this. Man must dig deep to see reality.
243 最初はそれは不可能な任務のように見えるでしょうが、歩くことを学ぶ時でさえそうであったように何事もかつては不可能に見えたものです。しかし、変わらぬ勤勉さは成功をもたらします。金はめったに地表に見つけることはなく、このことも同様です。人は現実を見る為には深く掘り進めなければなりません。



【解説】
 私達が基本となる父の家に戻った後、私達自身何をすべきかを本項は説いています。
 もちろん、人それぞれに異なる役割や才能が割り当てられているのですが、それらの任務を果たす為には各人の努力が必要となります。
 単に夢想するだけでは現実化しません。自らの才能も自ら見出す必要もあるのです。しかし本項はそれを地道な努力によって達成出来ると励ましています。そもそも私達自身、当初は歩くことすらままならない幼児の時を過ごしたことも覚えていますし、当初不可能と心が危ぶんだことも、その後は難なく達成できていることも多いのです。
 宇宙の仕組み、生命の役割について多少なりとも知ることが出来た以上は、その者の抱く想念は現実に作用する力が強くなり、これまで以上に現実化が早まるに相違ありません。その強くなった想念・印象の力を私達は慎重に吟味し、現実化に向かうべきものを選び出し、その実現に向けて掘り進めるべきなのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落242

242 And all of this is present within you now, like the feeling of how you would like to be treated by others, so just return the same to all forms of life. But do not give up because you do not succeed on the first, second or third try. Just become more determined to master the situation. And the more determined you are the better the results will be.
242 そしてこの全ては、丁度、他の者にそう扱われたいと思う気持のように現在の貴方の中に存在しますので、ただ生命のあらゆる形あるものに同じことを返せば良いのです。しかし、貴方が一度や二度、三度の試みでうまく行かなかったからといって諦めてはいけません。その状況に熟達するにはより深く決意すれば良いだけです。そしてより深く決意すればする程、より良い結果が付いて来ることでしょう。


【解説】
 私達が自分自身にも生命の美しさが表現されていることを知り、自身が父の家で暖かく受け入れられていることが分かった後、私達が為すべきことは何かということが問われています。
 それは、私達自身が真の家族の一員となる為には、私達自身、その一員に相応しい態度、行動をとるべきなのです。それはイエスの言った言葉、「他人から自分にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ」ということです。
 本項は、その事は何度も試みなければならない程、実は難しいことだと諭しています。長年の自己中心な生き方を転換するのは容易なことではありません。しかし、決意を持って何度もチャレンジすることによって、そのような行動が自然と出来るようになるということでしょう。
 かつて他惑星人は「同乗記」の中で、自分の命を犠牲にしても他人を助けることを極当たり前のこととして語っていましたが、それ程に彼ら他惑星人は他者に対する包容力、寛容力は大きいのです。仏教では他者の為に祈り、行動することを”菩提心”としています。菩薩の心の有り様はこれであり、厳しい中にも暖かく見守る姿 私達が基本となる父の家に戻った後、私達自身何をすべきかを本項は説いています。
 もちろん、人それぞれに異なる役割や才能が割り当てられているのですが、それらの任務を果たす為には各人の努力が必要となります。
 単に夢想するだけでは現実化しません。自らの才能も自ら見出す必要もあるのです。しかし本項はそれを地道な努力によって達成出来ると励ましています。そもそも私達自身、当初は歩くことすらままならない幼児の時を過ごしたことも覚えていますし、当初不可能と心が危ぶんだことも、その後は難なく達成できていることも多いのです。
 宇宙の仕組み、生命の役割について多少なりとも知ることが出来た以上は、その者の抱く想念は現実に作用する力が強くなり、これまで以上に現実化が早まるに相違ありません。その強くなった想念・印象の力を私達は慎重に吟味し、現実化に向かうべきものを選び出し、その実現に向けて掘り進めるべきなのです。として建立されている菩薩像が私達を惹きつける魅力はそこに由来しています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落241

241 Then you will begin to live as the Venusians and others do and discrimination will no longer be a part of your life. When you are able to do this and every one is, your mind shall witness things of far greater beauty and peace than you have ever known. And your body will manifest the evidence of the perfection to be.
241 そうすれば、貴方は金星人達や他の人達のように生活し始めることでしょう。そしてもはや差別は貴方の生活の一部になることはないでしょう。貴方がこのことを成し遂げられる時、また誰でもそうですが、これまで知らなかった遥かに偉大な美しさと平安さを目撃することになります。そして貴方の肉体はその完璧さの証しを体現するようになるでしょう。



【解説】
 それではどのようになったら自分が本来の進化の道を進んでいることが分かるのでしょうか。本項はその点について示唆するものとなっています。人口に他惑星人のように生活出来ると言っても、その格差は大きく私達には想像することも難しいものです。しかし本文に記されているように「差別感」が消滅することや、あらゆる美しさに鋭敏になることが、その指標であるのです。
 たとえ同じものを見ても、その細部の美しさに気付くこと、また感動することは人によって異なります。多くの人は同じ情景を肉眼で把握していても、人によってはその真の美しさに気付くこともあります。それはおそらく肉眼では認識出来ない別の波動に身体が気付くことではないかと考えられます。
 真の美しさはこうした想念・印象の径路を通じて認識される訳で、美しさに気付く回数が増えることは、それ程想念・印象への感性が高まったことを意味するように思われるのです。
 当たり前の自然、身の回りの草むらは従来の私達には何の価値も見出せないありふれた場所ですが、もしその中に美しい自然の営みを発見出来るようになれば、疑いなくその人は進化の道を歩んでいること言えます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落240

240 And you do not have to give up anything that you enjoy in life now, but replace the extremes that are indulged in with moderation. And permit your mind to see God manifesting in all forms of life and in every cell that makes up the form. For the life of any form and that of a cell is the life of God expressing in varying degrees through the many forms.
240 そして貴方は現在の生活で楽しんでいるどのようなものも諦める必要は無く、ただ欲しいままにしている極端さを適度さに置き換えるべきなのです。そして貴方の心をして、あらゆる生命の形あるものの中、そしてその形を作り上げている一つ一つの細胞の中に神の現れを見させることです。何故なら如何なる形あるものの命、細胞一つの命も皆、様々な形あるものを通じて多様に表現される神の生命であるからです。


【解説】
 どのように過ごすことが求められているのかについて、著者は当面は、私達に従来通りの生活を続けてよいこと、また重要な行動のポイントとして、適度に行うことを勧めています。いわゆる「中庸」の必要性を説いているのです。
 つまり、苦行をして覚醒を求めるというような手段でなく、世の中のありのままを観察し、その働きの中に創造主の現われを見るということです。これは仏陀が苦行の末にそのような訓練の限界を知り、スジャータから寄進されたお粥を食する中で、悟りへの道を拓いたとされることとも一致します。極端な苦行は無用だと仏陀が悟ったことも、本項と同じ主旨かと思われます。
 しかし、それでは今までと何ら変わらないと懸念される方も居られるのかも知れません。重要な点は、全ての自分の行動や抱く想念の基礎をプライドにまみれた自我に置くのではなく、宇宙的に拡がりを持つ創造主の意思、目に見えないが万物を支えている創造主の生命波動に置くところが大きな転換点であるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落239

239 And it makes no difference how many books you read, or how many religions you embrace, or how many courses you may take and teachers you may have, not any of these will bring this reality to you unless you do as the prodigal son did. Die in the pride of the will and the ego and be reborn in humility and the WILL OF CONSCIOUSNESS.
239 そして貴方が如何に多くの本を読んだかとか、如何に多くの宗教を奉じたか、如何に多くの教科を受講し教師を得たかといった事柄は貴方がその放蕩息子がしたように行わない限り、そのどれひとつもこの現実を貴方にもたらすものではありません。自分の意志のプライドと自我を葬り、謙虚と意識の意志の中に生まれ変わることです。


【解説】
 結局、私達が精進する上での最大のポイントが、この放蕩息子の帰還に言い尽くされているということです。父・創造主に従うことを決心しない限り、また自らの意志で父の家の一員に復帰することを決断し、行動しない限り、私達の目的は達せられないということでしょう。
 哲学書や宗教経典は異なる角度からであっても、皆同様な事柄を説いているように思います。つまり、その根底は同じであり、いたずらに様々な枝葉の知識を増やすことに時間を費やすべきではないということでしょう。
 問題は本項で著者が具体的に何を行えと諭しているかにあります。私達は自分自身に責任があり、今後どのように生きたいのか、結論を出す責任を有しています。その私達が日々の生活の中に何を最優先に取り組むべきか、どのような心境を維持するべきかを突き詰めなければなりません。
 その分析と決意無くしては実りは無いということでしょう。百の教えを聞いたとしても、一つの実践に勝るものはありません。一つ一つの実行によって新たに体験や知識が得られる中で、一段ずつステップアップを図ることが出来るという訳です。単に読むだけの知識レベルに留まっている限り、いつまで経っても初心者コースに留まる他ないからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落238

238 This is re-newing the mind and born again, as Jesus said. For one really dies as an ego pride will only to be born in the Will and the Glory of the Cosmos. Like the drop of water that finally becomes the ocean of water by uniting with it, no longer just a drop.
238 これはイエスが言った心の再生であり、生まれ変わりです。何故なら、人は実際には一つの自我のプライドとして死ぬと宇宙の意志と栄光の中に生まれ変わることになるからです。ひと粒の水の一滴が大洋と結びつくことによって遂には大洋になり、もはや一滴の水では無くなるのと同様です。



【解説】
 一滴の水が自らの存在を放棄して大洋の中に身を投じる時、一方から見れば水滴という個人我が失われたように思われますが、実際には、その水滴を構成していた水分子が無くなる訳ではなく、やがては大洋の水塊と融合し、膨大な領域にまで拡張するという訳です。
 1個人であった者が、創造物全ての領域にまで自身を融合拡張することを本項で説いている訳で、イエスはこのことを放蕩息子の帰還のたとえで諭していたのです。
 もし、水滴が水中で自身の殻を死守し、広大な海との融合を拒絶したら、それは一滴のままでいずれは見失われてしまいます。私達は積極的に大自然と融合し、宇宙の生命波動と共鳴、調和する必要があります。その為にその1滴は自身を捨てて、それら本体の宇宙の波動と調和し融合できるだけの基本振動を持つ必要があるという訳です。
 同乗記には他惑星人が仕事の際に一心不乱に集中した仕事ぶりであったと描写されていますが、流れ来る宇宙的な波動に調和することは、それ程に高い振動数、活発な行動が要求されるということでしょう。

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