ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落217

217 Newness is youth as well as progress. And there is some evidence today of the effect that newness has on society. For we can observe increasingly large numbers of people who do not show their age as they did in the past because in these days of scientific discovery something new is brought to their attention almost daily. Whether they understand or not the effects are there. Since man is nothing but a thought in action, any new thought, especially of cosmic nature, will have an effect upon his body.
217 新しさは若さであり、進歩でもあります。そして今日では新しさが社会にもたらしている効果についていつくかの証拠があります。何故なら私達は今日の科学の発見の時代にはほとんど毎日のように何か新しいものが注目される為、かつてのように年令を思わせない多数の人々がだんだん増えているのを見ることができるからです。彼等が理解しているかいないかは別としてその効果はそこに出ているのです。人は行動する想念以外の何物でもない為に、如何なる新しい想念であれ、とりわけ宇宙的性質を帯びたものは、その肉体に効果をもたらすことでしょう。


【解説】
 私達が日々どのような想念を抱き、受け入れているかがその人を形作って行くと言えます。幼子が毎日充実した一日を送れるのも、新しい体験を楽しみ、好奇心に満ちた時間を過ごしているからとも思います。
 一方、それに引き替え、歳を重ねるにつれ毎日の暮らしに感動も新鮮さも失いがちになってしまいます。しかし、それこそが注意すべき点です。新しい事柄や知識から私達が学び続ける中で私達は若さを保つことが出来ると著者は説いているのです。
 そういう意味では、他惑星人は学習の一環として宇宙旅行を多くすると同乗記に記されていました。自分が知らない土地や場所を見ることや他の人々と交流すること、他の文化に触れることも大いなる学習と言えるものです。
 基本的に宇宙空間には活発な想念・印象が湧き出ている訳で、私達はただそれに対し受容的な心境を保ては良く、そうすれば自ずと生命力溢れる想念を取り入れることが出来る筈です。また更に言えば、こうした状況を多くの人に気付いてもらうことが社会全体を向上させることにもなる訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落216

216 We can be thankful for the small minority of people in the world that are constantly looking for something new, not satisfied to live the doctrines of the old. It is this class of people that keep agitating the majority of the minds towards the better way of life without violence but with an understanding. The masses move very slowly and if it were not for this class of people that make them listen to the new phases, they would have been extinct long ago. Decayed by the law of monotony. But the newness that the few bring to the attention of the masses keeps them going. Slowly but surely.
216 私達は昔からの教義に満足せず常に何か新しいことを探し求めている少数の人々に感謝すべきかも知れません。暴力によらず共感をもって大半の人々の心をより良い生活の方向に進むよう促し続けるのはこの部類の人々です。大衆はとてもゆっくり動くものですし、もし新しい側面について耳を傾けるよう促すこの部類の人々がいなかったら、彼等はとうの昔に消滅していたでありましょう。退屈の法則によって朽ち果ててです。しかし、大衆の注目を引き付ける新しいものは、彼等を歩み続けさせます。ゆっくりですが、確実にです。



【解説】
 医学の進歩や映像機器から携帯電話まで様々な技術の進歩が今日の私達を支えています。そのお蔭で人々の寿命も伸びている訳ですが、一方では高齢化社会と称されるように老化問題もより顕著になっています。
 端的に言えば、他惑星人は何百年もの寿命がある中で、現在の地球の高齢者と比較すれば、同じ年齢でも格段に若々し肉体を持っていることが想像されます。本来的には私達は更に寿命を伸ばすべきなのですが、何故それが出来ないで居たかの方が問題なのです。
 日常的な心の葛藤やストレスその他で私達は自分の肉体を痛め続けている一方、心は習慣の中に埋没しがちです。そうした中で次第に新鮮さや感動というものが薄れ、老化が急速に進行するものと考えます。
 一方、自然の中では不思議と老朽化した姿を目にすることがありません。おそらく老いたものはすぐに他のものの餌食になるか、直ぐに朽ち果てて表舞台から退場するからかも知れません。しかし、それ以上に重要だと思うのは、自然界には宇宙本源から生命を刺激する印象が絶えず降り注いでおり、常に新鮮な想念が行き交い、万物はそれらに呼応して行動しているということでしょう。
 若さはこれら新鮮な想念を取り込み、呼応して活動する結果として保たれるという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落215

215 You see the body is on one hand independent of the mind, yet on the other hand there are certain cell groups that are related to the mind and obedient to it. This is the cause of the conflict that a human finds himself in daily. The mind is inclined to be habitual and lazy. It would rather travel the road of least resistance than the road of progress that calls for steps yet unknown. This is why we are plagued with tradition and conventions of ancient times that no longer fit into our present way of life. But despite this, the mind must accept things from time to time whether it likes it or not.
215 おわかりのように肉体は一方では心からは独立していますが、他方では心と関係を持ち、心に従順な或る細胞群もあります。これが人間が日常、自分自身に葛藤を感じる原因です。心は習慣的で怠惰になる傾向があります。それは未知なる階段を必要とする進歩の道よりも最小限の抵抗しか無い道を歩むことを常としていました。これが私達が今日の生活方法にはもはや当てはまらない古来の伝統や因習に患っている理由です。しかし、これにも拘わらず、心は時としてその好き嫌いによらず物事を受け入れなければならないのです。



【解説】
 随意筋・不随意筋という仕分けがありますが、心の指示による部位も私達の身体の中には多いように思われます。一方で心とは関係せず身体を支える活動をしている部分があり、私達はその恩恵により生きている訳です。
 このように私達自身の身体の中にも心に従順な細胞と意識に従順な細胞とに分かれているということでしょうし、両者が異なる方向を志向することで体内に混乱が生じることになります。
 とりわけ、何か重要な局面に私達が立った時、かつての経験にしか基づくものがなく、新しいこと未知なる体験を嫌がる心の傾向と相矛盾する事態も起こり得ることでしょう。その心に支配されている部分はやがて歳を重ねるにつれ勢力を拡大し、文字通り頑な肉体となって老人化するということでしょう。
 従って、多少の不安はあっても、どしどし新しい事柄にチャレンジすることで、これらの細胞を再教育し、柔軟さを取り戻すことが重要です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落214

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON SIX
Newness, The Rejuvenator Of The Mind
214 In lesson five we showed you how the mind can get lost in the jungle of opinions.
生命の科学-学習コース
第6課
新しさ、すなわち心の若返りの推進役
214 第5課では私達は皆さんに心が意見というジャングルの中で如何にして道に迷ってしまうかを示しました。



【解説】
 第6課を始めるに当たって、著者は第5課の最後の部分で示した心が様々な意見の中で迷ってしまうことを改めて述べています。
 いわゆる”迷い”の状態である私達の真実の姿がこのように形容されることについては、私達は単に読み飛ばすことなく、それがどのような状況だと著者が説いているのかを分析する必要があります。
 もちろんこの中には他人の意見もあることでしょう。今日のように右から左までの多数の論者、評論家の意見がマスコミ等で垂れ流される中で、私達はどれが真実なのか、進むべき方向に迷うことはある意味、当然のことなのです。おそらくそれと同様により深く根底に及ぶ想念・印象の取扱いについても、既存の宗教は様々な主張を繰り返している為、却って私達自身が素直に現実を観て学ぶことを妨げているとも言えるのかも知れません。
 つまりは自身で展望の効いたすっきりした世界観が認識出来れば、以後の迷いは消滅すると思われますし、その為にどのような心境、心構えを維持すべきか、本課で学ぶことが出来るものと考えます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落213

213 In the next lesson I will explain the importance of newness in order to maintain a youthful body.
213 次の課では若さあふれる身体を維持する為に新しさの重要性について説明しましょう。



【解説】
 意識を知るという私達の心の訓練は容易ではありませんが、価値ある訓練であり、修行です。問題は各自それぞれが自ら取り組む必要がある訳で、その歩みは自分で進めるしか方法は無いのです。
 私達が学習の対象とするものは、目に見えない領域、インスピレーションの源泉とも言うべきものであり、当面は具体的に他人に示せるほどの理解は難しいかも知れませんが、各自の体験を積み重ねる中で、意識への信頼も増して来るものと思われます。
 実はこれら作業の中で唯一の敵は自分自身であり、この意識の対極にあるのが私達の自我の心のように思われます。こうした取り組みを進める上で大切な要素として、次章で説かれる新鮮さがあるようの思います。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落212

212 It is unfortunate that 99% of the human kind are living in this kind of a jungle of the mind. When they could enjoy the consciousness, the other part of themselves that has everything that the human will ever need. For they could enjoy a life free from fear, with which the mind is shackled. There is one thing we can say for the noble space people, their minds follow the consciousness of the cosmos. And even though they are not perfect in its execution, they will be in time for they follow the guidance of consciousness.
212 残念なことに人類の99%が心のこの種のジャングルの中に生きています。彼らが人間が欲するあらゆるものを持っている意識すなわち、自身のもう一方の半身を享受することが出来るのにもかかわらずです。何故なら心が鎖で繋がれた恐怖から自由になれば生命を楽しめるようになるからです。高貴な宇宙人達について一つ言えることがあります。彼らの心は宇宙の意識に従うということです。そして彼らはその実行において例え完全ではなくても、彼らはいずれそうなるでしょう。彼らは意識の導きに従っているからです。


【解説】
 先ずは私達が不安に駆られている自らの心に支配され、本来自らに授けられている全能の知識からの声、即ち宇宙の意識に気付かないでいることを、よくよく自覚する必要があるという訳です。
 私達は長年、心の意見に従った生活を送って来た為に、身の回りの真実の姿に気付くことが無くなっているのです。その証拠に、たとえ同じ風景を見ても、或る人はその美しさに感動する一方、多くの人々はその価値に気付くことなく、自らの別の関心事に頭はいっぱいになり、通り過ぎてしまうことも多いものです。
 これらの状況をどのように改善したらよいかは難題ですが、やはり先ずは自分自身の内面の動き、即ち時々刻々受け入れる想念を観察し、その実態に直面することから始めるべきかと思います。せっかくの目の前の花や虫たちの喜々とした活動の手本から、宇宙本来の指導の価値を学び取り、自らの心の迷いの闇を取り去ることを実行出来るのは、自分しかいないのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落211

211 This recalls an incident which happened to my wife Mary, who has since passed away, when she became lost at night fall in a jungle of high wild lilac which covered only a half acre of land. She became frightened and called for help, even though she was only about 500 yards from home. This is used only as an example to show how easily one can become lost in a jungle of self opinions which are contrary to cosmic purpose.
211 このことはずっと前に亡くなった私の妻メアリーに起こったある出来事を思い出させます。それは彼女がわずか半エーカーの土地を覆っていた野生の背の高いライラックのジャングルに夕暮れ、道に迷った時に起こりました。彼女は恐ろしくなって助けを呼んだのです。家からわずか500ヤード足らずの所に居たにもかかわらずにです。この事例は宇宙的目的に正反対な個人的意見というジャングルで人は如何に簡単に道に迷ってしまうかを示す例として用いているにすぎません。


【解説】
 薄紫色の花をつけるライラックは日本では札幌等が有名ですが、おそらく著者の自宅の近くにそのような花園があったものと思われます。ちなみに「半エーカー」とは日本式に言えば「約600坪」の大きさです。(1エーカーは63m×63m)。
 そのような場所でも中に迷い込み出口に通じる経路を見失うことがある訳ですが、心が不安になると実際にはどんなに出口に近くてもパニックに陥り易いということでしょう。後から考えれば滑稽に見えることが実は多いように思えます。
 私達はこうした場合、自分の不安になる心を鎮め、その理由が何処にあるのかを諭し、かつても類似した経験を思い出して、再考させる必要があるように思っています。心が不安としている原因や理由を突き詰め、自分自身の弱さと対峙する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落210

210 Little did they know that what they were searching for was the other half of themselves which was not to be found in the darkness of their own opinions. For this is found in the light of consciousness which they never did enjoy. Yet it was always there, for every now and then the light would penetrate the darkness of the wooded country, but they failed to see and understand it. There are those who have followed the light of consciousness and found the way out and felt and enjoyed the freedom of the open country. And thus they experienced a lasting security that was never known before. Yet others not realizing what they had found, returned back into the darkened land only to be lost again. And they continue to create forests of darkness through which it will be harder to find the way as time goes on.
210 彼等は自分達が求めているものが自己の意見という暗闇の中では見出せない自分自身の半身であることが少しも分からないのです。何故なら、これは彼等が決して享受したことのない意識の光の中において発見されるものだからです。それでも、それはそこにいつもあります。何故なら時として光は木々に覆われた土地を貫くことがありますが、彼等はそれを見落とし、理解し損じるからです。また、意識の光に従って外に通じる道を見い出し、広がった大地の自由さを感じ、楽しむ者もいます。そしてこのように彼等はこれまで経験したことのない永続する安心感を体験するのです。それでも他の者達は自分達が何を発見したのかを自覚せず、再び暗い土地に戻って行き、ただ再び道に迷います。そして彼等は時間が経つにつれ見い出すのをますます困難にさせる暗黒の力を造り続けるのです。



【解説】
 永年探し求めていたのは、自分のもう一方の半身であるとは、至言というべき言葉です。私達は既に各自の細胞を造り上げている分子原子が知性を有していることや記憶を保持することを本講座から学んでいます。しかし、これらに気が付くことのないまま、外部に導き手を求めているという訳です。
 従ってその実状を照らす光を受けるだけで良く、その明るさの中で真実が見えるようになるということでしょう。宇宙哲学の本の表紙に描かれている松明(タイマツ)のイメージはこうした人々の周囲の暗闇を照らすという象徴であるのです。
 しかし、残念なことに中にはたとえ光が差し込んでも自分は暗がりの方が良いとして、引きこもってしまう者も居るという訳です。素直に祝福を受け、それによって自分に何が出来るようになったかを見極めて、進んで恩恵を受けるように受容的態度が必要です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落209

209 These people are like a man lost in a heavily wooded forest where the congested growth hides the sun and the vision of heaven that could lead him in the right direction. The timbers could be likened to personal opinions that blocks the vision of light that could show the way. A person may even die in this state and never know the true purpose of life. We have people who have everything that the world has to offer, even security beyond their needs, but they are very unhappy within themselves. They have searched all of their lives for something they did not understand. They sought wealth and fame for security but after having this, the happiness they longed for was not there because they had never left the timber land of self opinions. And their values of life are out of line with the cosmos.
209 これらの人々は生い茂った木々の成長が正しい方向を示してくれる太陽と天の視界を隠しているうっそうと茂った森の中で道に迷った人間のようなものです。木々は道を示すことができる光の視覚を遮る個人的な意見に似ていると言えるでしょう。人によってはこの状況の中で亡くなり、人生の真実の目的を知ることはありません。私達はこの世が提供できるあらゆるもの、そして自分が必要とする以上の安全さえも手に入れ、それでも自分自身の内面ではとても不幸である人々を知っています。彼らは自分の生涯の全てを自分ではわからない何物かを求めて来ているのです。彼らは安心のために富や名声を追い求めて来ましたが、それを得た後は、願っていた幸せはそこには無かったのです。何故なら彼らは自己の意見という森林を離れることはなかったからです。そして彼らの人生の価値というものは、宇宙の方向からは外れています。



【解説】
 私達が自ら進むべき方向、本来の自分が為すべき事柄が分からず、迷っている状況を日の光が差し込まない薄暗い森林の中で道に迷った者と本文は表現しています。
 実は私達は生きて行く過程で多くの過ちを犯しますが、その度に本来の解決策でなく、自らの言い訳を造り上げ必要な修正を行わないで過ごしがちです。その度に自分自身に自らの視界を遮る大木を植えてしまう訳です。そして遂には自らの進路をも暗くする森を造り上げ、その自我の茂みから抜け出せずに一生を終わる者も多いと警告しています。
 本来は宇宙から降り注がれる導きの印象に従えることが出来れば良いのですが、それらを遮る自我が問題で、そのような状況の中でじっとしている怠惰な状況は、早晩私達自身を滅ぼすことになるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落208

208 Yet some individuals after finding this go astray. And there are millions of such. But when this happens more than one gap is made and sometimes these are almost impossible to fill as the human mind in many cases is lazy and seeks the highway of least resistance. Thus it creates many gaps through its span of life. And this majority never know true happiness, peace and contentment. And the indications are that they are off the beam of life which is of cosmic nature. For they are easily irritated, hard to satisfy, fault finding and display very poor sportsmanship. They constantly seek new friends which are not stable, but of the same nature.
208 それでも人によってはこれを見い出した後も、道に迷う者もいます。しかもこのような例は何百万もあるのです。しかし、これが起った後は、出来るすき間は一箇所に留まらず、時として埋めることがほとんど困難になってしまいます。何故なら人間の心は多くの場合、怠け者であり、最小限の抵抗という常道を求めるからです。このようにして心はその生涯を通じて数多くのすき間を造り出すのです。そしてこの多数派は真実の幸福や平和、満足を知ることはありません。そしてその兆候は彼等が宇宙的性質である生命の光線とは離れていることを示しています。何故なら、彼等は容易にイライラして、満ち足りることが無く、あら探しをし、とても貧しいスポーツマン精神を表わすからです。彼等は常に新しい友人を求めますが、それらは不安定であり、また同類の者達です。


【解説】
 人間にとって何が一番大切かについて、本項は私達に説いているように思います。即ち、誠実さ、素直さがそれであると私は思うのです。
 本項で説かれているのは、過ち事態は人間である以上、よくあることで、いずれその修正をすべき時が来るとしています。しかし、修正する機会が訪れてもそれを実行せず何らかの言い訳を作って求めることを実行しないことが問題だとしているのです。怠け者であるのは人間の傾向ですが、実行せずにいると次の機会にはその巡り合う事象の意義さえ見失い、自分の周囲のもの全てを批判し束の間の心の欲望のみに走り、進歩から遠ざかってしまうと警告しています。
 本文ではその修正されないで残っている状況をギャップ、即ち道路の亀裂に例えていますが、やがて進む方向のあらゆる所に亀裂が出来れば、本人にとっては前に進むのも嫌になり、自暴自棄に陥るということでしょう。
 それに対し、与えられた印象に素直であり、誠実に対応しようとすれば、それは修正の機会となり、道は修復されスムーズに進化して行けることになります。

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