ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落114

114 And remember you cannot have a manifestation or good results if you do not use both sides of the law. The objective and the subjective, or the negative and positive - male and female. You cannot use one and exclude the other and expect good results. Let us go back to electricity for an example. Electricity is one power consisting of two phases, negative and positive. One phase cannot be used in the absence of the other and give useful power. But when they are combined and balanced the manifestation is perfect.
114 ここで覚えていて欲しいのは貴方は法則の両面を用いなければ、創造の現れや良い成果は得られないということです。主観と客観、積極性と消極性、男性と女性がそれです。一方を用いて他方を排除しては良い結果は望めません。一例として電気について振り返ってみましょう。電気は2つの側面、マイナスとプラスからなる一つの力です。他方無しで片方を用い、有益な電力を得ることはできません。しかし、それらが統合されバランスがとられた時、そのもたらす創造の現れは完全になります。


【解説】
 ”プラスとマイナス”、”陰と陽”等、現象に潜在する2つの対極要素を私達は観て来た訳ですが、本項ではそれらの一方を良しとして他方を排除してはいけないと諭しています。とかく私達はあらゆるものを裁きがちであり、”善悪”、”良否”の区別を付けて、自らが良しとした方向のみに目が行きがちな点を戒めています。
 私達はこれらの2極の要素を共に受入全体の理解の上に物事を進めて行くことの重要性を指摘しているのです。電気はその好例でしょう。プラスとマイナスの両者があってはじめて具体的な作用、働きが起こせる訳です。
 古来より陰陽の2要素を自然界の働きに観た多くの先人が居た訳ですが、それら2要素の調和、融合の中に真に創造的世界が広がっているということを本項は説いているのかと思います。”生と死”、”昼と夜”、”寒と暖”もそれぞれ一方が良く、他方が悪い、更には両者が良くないとする分別ではなく、両要素があってはじめてこの世界が成立していることの意味をかみしめて、その両者を活かしながら生きて行く必要があるのです。重要なことは決してこれら2極を中和して真ん中に静止するよう著者が求めているのではないことに注意する必要があります。自身の中に、これらプラスとマイナスからなる”波動”そのものを受け入れることかと思っています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落113

113 Also notice that we did not forbid you to live a normal life. All that is asked of you is - live a conscious life and not a mental one. And do, and use, all things in moderation. That is all that is necessary to fulfill the purpose of life. This is how our space brothers have grown in knowledge and live a heavenly way of life.
113 また、私達が貴方に普通の生活を送ることを禁じていなかったことにも注意して下さい。貴方に求められていることの全ては、心による生活でなく、意識による生活を送ることです。そして全ての物事を適度に行い、また用いなさいということです。それが生命の目的を成就する上で必要なことの全てです。この方法によって私達の宇宙兄弟達が知識において成長でき、今、天上の生活を送っているのです。



【解説】
 私達各人は、自らの毎日の生活、言わば精神生活をどのように送るべきか、本項は分かりやすい言葉で解説しています。つまりは全てを意識中心の生活に改めることを第一とし、その他については特段の戒律を設ける等のことは必要なく、あらゆることを適度に行ってよいのだとも説いています。
 やはり一番大切にすべきは”意識”を最重視するということでしょう。”意識”は自ら主張することはありませんし、心とは異なり騒ぎ
立てることもありません。常に沈黙している存在と言えるかも知れません。その為、何も分からない私達が”意識”に気付く為には、あらゆる場面でこの意識を思い起こして交流の糸口を探す努力が必要となるのです。そうする中でやがては門は開かれ、私達も”意識”の知性と交流できる存在、”意識”からの印象を感受出来る存在になれるということでしょう。
 本文では必要なことはこれだけだと明言されています。自身の内側にある真の自己、”意識体”と一体になることで、私達は日常生活の中でも宇宙的に覚醒した存在に進化出来るのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落112

112 The thing that we ask you to do is - become aware of your real self, the eternal part of God, or The Creator. Let your mind become conscious of consciousness as your guide in everything that you do. Then the admonition "Man know thyself and you shall know all things," will be your reward. But the mind must learn to trust the consciousness at all times.
112 私達が貴方に実行して欲しいとお願いしたいことは、貴方の真実の自我、神の永遠なる部分、創造主に気付くようにすることです。貴方の心を貴方が為す全てにおけるガイドとして意識を意識するようにさせて下さい。そうすれば、訓戒「汝自身を知れ、そうすれば全てを知るだろう」を褒美として受け取ることになります。しかしその為には、心は意識を如何なる時も信頼することを学ばなければなりません。



【解説】
 前項(111)に続く解説文になりますが、私達の内側にある本項で言う「真実の自我」について、如何に気付くかが最大の課題と言えます。これまで著者はそれを”意識”と表現して来た訳ですが、この無言の知性とどのように向き合うかを避けては、私達の進化は望めないのです。
 しかし、その存在は私達の心自体が謙虚になって、自分以外にも自身の中に知性が存在すること、更には私達の心はその存在から教示を受けるべき立場であることを自覚するようになってはじめて感知されるものなのです。
 永らく私達はこの一点の真理を外部に求め、様々な所を巡って来ましたが、本来は日常の生活の中で自分の中にあるその存在と親しみ、教示としての想念・印象を受ける歓びを味わうべきなのです。
 自身の中に全てがあり、創造主を戴くミニチュアの神社のような存在が私達各人だということかも知れません。イエスも「生ける神の宮」と表現していたこととも通じるものがあります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落111

111 We are now in the third lesson and I have not asked any one to concentrate or meditate, as taught in other fields. If anything, these ancient methods have brought the unpleasant conditions that we today face in the world.
111 私達は今や第3課に入っており、私はこれまで誰一人にも他の分野で教えられているように精神集中や瞑想をするようにとは言って来ませんでした。むしろ、これら古代の手法は今日私達が世界で直面している不愉快な状況をもたらして来たのです。



【解説】
 仏陀が悟りを開く前、それまで多くの苦行者を訪ね、自らも苦行を続けた末にそれらの修行方法の限界を感じて肉体を苦しめる方法を捨てました。そして、少女スジャータからの乳粥の施しを得て肉体を養い、菩提樹の下で黙想の後、やがて覚醒に至ったというお話は有名です。
 本項も同様な基調をもって著者アダムスキー氏はこれまでの私達に教示されてきた瞑想等の修行は覚醒をもたらすどころか、問題を引き起こしていると指摘しています。
 実はそれほど”意識”というものは実際、私達に近いところにありながら、私達自身、気づきにくい存在だということかと思います。それを気付く為に極度に集中したり緊張したりするのは逆効果なのかも知れません。丁度、前々項(109)の述べられているように赤ん坊の状況は100%、意識が全面に出て赤ん坊の生存を助けているのですが、赤ん坊自身は安心してその指導に従っており、その穏やかな肉体の状況こそが意識に通じることになるものを思っています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落110

110 This shows that consciousness knows no fear - for it is the possessor of all knowledge. The mind does not have the knowledge and lives in fear. And as a result it has promoted all kinds of mysteries in relationship to life and its continuance.
110 このことは、意識は如何なる恐怖も知らないことを示しています。何故ならそれはすべての知識の持ち主であるからです。一方、心はその知識を持ちませんし、恐怖の中に生きているのです。そしてその結果、心は生命とその存続に関連してあらゆる種類の神秘を助長させて来ているのです。



【解説】
 前項の赤ん坊の誕生の時のように、生まれたばかりの人間の心は何も無い所からスタートするという訳です。一方、”意識”の方は最初から全てを知っています。成長著しい赤ん坊の身体づくりをどのように進めたら良いか等々、赤ん坊が呼吸を開始し母体から独立した生命体として機能し始めた瞬間から、ものすごい速さで各細胞に必要なそれぞれの指令を出しているということでしょう。穏やかに眠る赤ん坊の身体の中では、活発な生命活動が進んでいるのです。
 このことから考えれば、真実の宇宙生命の活動は、実は外見上は大変穏やかなものであり、それに従う私達の肉体も緊張やストレスを感じるものは全く無く、大変スムーズで落ち着いているものだと思われます。
 一方、これに対し私達の心は、時々の痛い体験から経験則を学びますが、それらが起こった前後の状況を理解しないまま結果だけを掴む為、自分が理解できない”神秘”として探究することなく棚上げすることが多くなるのだと本項で著者は注意しています。今日的に表現すれば、”超能力”その他、自分が理解出来ていない要素をミステリーと片付けて終わりにする傾向を指摘しているのです。
 この生命の科学講座は、これらミステリーを一つ一つ解き明かして、全容を理解する学習講座としての大きな意味を持っていると著者は私達に説いています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落109

109 The Breath Of Life is proof of that, and it is given freely to all forms of life. For was not the first clay form of man activated into life by THE BREATH OF LIFE, breathed into its nostrils by the Creator? And it became a living soul, or a conscious being. A new born child is slapped on the buttocks and made to take the first breath, or it would not be alive. And notice here, the mind is only partially active, yet the baby is consciously alive. We know that a young mind knows no fear until fear is imposed upon it. Or until it begins to act with the mind and gets hurt, then fear takes over.
109 生命の呼吸はその証しですし、それは生命のすべての形有るものに無償で与えられています。人間に形取られた最初の粘土が創造主によって鼻から息を吹き込まれ、生命の呼吸によって生けるものになったのではありませんか。そしてそれは生ける魂、意識ある存在になったのです。生まれたばかりの赤ん坊がおしりを叩かれて、最初の呼吸をさせられますが、そうしなかったら、生けるものとはならないでしょう。そして、ここで注意して欲しいのは、赤ん坊の心は一部しか生きていませんが、赤ん坊は意識的には生きているのです。若い心は恐怖が押し付けられない限り、恐怖を知らないことを私達には分っています。あるいは赤ん坊が心といっしょに行動し、痛みを得るとその時から恐怖が支配するようになるのです。



【解説】
 先日あるテレビ番組でアフリカで独り活躍する日本人医師の姿が紹介されていました。その中に難産の末、羊水を大量に吸い込んでいた赤ん坊から羊水を吐き出させ、最初の呼吸が始まるまでの医師の措置が放映されていました。呼吸を始めなければ命が無い緊迫した状況です。
 やがて赤ん坊は泣き声を上げると同時に自ら呼吸を始めるようになり、周囲の者を安堵させたという訳です。これは人間の誕生の場合ですが、人の死の時は呼吸が止み、そして心臓が止まるという中で肉体が死を迎える訳です。
 このように私達は昼夜を問わず呼吸していることが生きて居ることの証でもあるのです。しかもその呼吸する空気はあらゆる生きものにとって共通のものということもポイントとすべきでしょう。
 古来からもこの呼吸についての重要性は多くの呼吸法があることからも分かるように、広く着目されたところです。私達は生命代謝の基本という呼吸作用の中に更に深遠な意義を探究し、知覚するよう注意を払う必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落108

108 Perhaps you feel that I use the word consciousness a great deal and place emphasis on it. And you may wonder, why? It is because the consciousness has been neglected through the ages while the mind has been exalted. And did Jesus not say that we are the Temples of the Living God? It could be said in this way, know yea not that yea are the embodiment of the living consciousness?
108 おそらく、貴方は私が意識という言葉を大変多く使用し、それに力点を置いているとお思いになるでしょう。そして何故だと思うかも知れません。それは何世代にわたり心が増長して来た一方で、意識は無視されて来たからなのです。そしてイエスは私達は生ける神の社であると言わなかったでしょうか? それはまたこのように言うことが出来ます。貴方は自分が生ける意識を体現したものであることを知らないのかと。



【解説】
 ある意味、この生命の科学をはじめとするアダムスキー哲学を理解する上で、カギとなるのがこの”意識”という概念でしょう。これまで私達は様々な知識を作り出し、文字や記号で表すことで他者に伝えて来ました。これら知識を蓄えることで科学を発展させ、技術を伸ばして来ました。また心に湧き起こる想念や印象の存在も多少は理解できたものと思われます。
 しかし、実は肝心の”意識”についてはほとんど考えもしていないのです。”意識”は自身の存在を心に強いることなく常に無言であるからです。この無言・沈黙の中に英知が溢れんばかりに宿っており、あらゆる生命体を無言のまま育んでいるという訳です。
 この意識の存在に気付くことが”悟り”であり、覚醒とされて来たように思われます。私達はこの覚醒された先達のその後の生き方から、意識を自覚することが如何に価値あることかを知ることが出来ます。
 人の一生の時間は長いように見えても短いものです。とりわけこの分野の理解は重要にも拘わらず、私達はあまりに忙しく日々を送るあまり、気付こうとする努力が足りません。私達各人はイエスの頃から説かれている私達が最も頼りとすべき”意識”の存在を探求しなければなりません。


ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落107

107 You may say here, it is a mess. Yet it is the product of the exalted ego or human mind. For it no longer allows itself to be guided by the consciousness or creator.
107 ここであなたは、それを乱れと言うかも知れません。しかし、それは増長したエゴ、即ち人間の心の造り上げた所産です。何故なら、エゴはそれ自身を意識あるいは創造主によって導かれるものとはしていないからです。



【解説】
 本項で著者が私達に説いているのは、私達が直面している状況は全て私達の心の反映、私達の精神状況を映し現実化しているということです。良くも悪くも私達は自らの心を映す環境の中で暮らしていることであり、あらゆる想念が創造作用を持っているのです。
 しかし、このような状況は決してあきらめるべきものではありません。実に私達の身近に、自分の手足よりも近い場所に創造主と繋がる存在、宇宙的意識が存続し、私達を支え続けて呉れているからです。
 また同時に、圧倒的に大きな自然環境、人間の手が加えられていない大自然には未だ地球本来のパラダイスが広がっていることでしょう。身近な自然の中にも季節の移ろいに呼応した草花草木、小鳥や虫達の営みを見ることが出来ます。多くの人達が野鳥観察や草木の写生を好むのはそれらの生き生きとした姿に宇宙本来の生きものの姿を認めるからだと思います。
 私達はこれら身の回りの自然を教師として、自分本来の生き方、即ち日々の暮らし方を見直すことが求められています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落106

106 We can see the results, for the whole world is living under the cloud of fear one against the other. And no one trusts another human being.
106 私達はその結末を見ることが出来ます。何故なら、全世界が相互に対する恐怖の雲の下で生きているからです。そして誰一人として他人を信用してはいないのです。



【解説】
 最近は自宅のメールアドレス宛にウィルスを送りつける者が多くなって来ました。それも何らかの”請求書”とか”資料の送付”とかを装うもので、添付ファイルを開くとウィルスに感染し、データが盗まれたり壊されたりするものと思われます。この状況を見るとつくづく現代社会も落ちるところまで落ちて来たなあと思う次第です。
 本書が執筆された当時、著者が記しているように、既にこのような状況は世界的に起きつつあったということでしょう。
 こうした中、私達はどのように生きて行くべきでしょうか。もちろん降りかかる危険については早期に察知し、その隠された意図を見抜いて、それらに関わらないことはもちろんです。しかし、それだけでは十分ではありません。私達各人はこれら暗闇の世の中をそれぞれの場所で灯火をともす者となるべきでしょう。「宇宙哲学」の表紙にはタイマツがデザインされていました。一人一人が暗黒の世の中で人々の足元を照らす光となることが求められています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落105

105 This shows that there are two stages of intelligence in the human form. One the Cosmic - directing the functioning of the body. And the other - mental opposition that causes the suffering in the body. A Clergyman expressed this well when he said that humanity has become Un-Godly. This is true, for people no longer look to the Creator for guidance, and they do not have faith in the giver of life. And as a result, they exercise their free-will to the full extreme under the master of fear. So greed has taken over, and it is like a cancer which is bound to destroy this civilization if it continues. These are the fruits of the free-will, where one Will does not trust another. But how can it when the will of man does not trust the Will Of The Creator or consciousness?
105 このことは人体は知性において二つの段階があることを示しています。一つは人体の機能を指揮している宇宙的な存在、そして他は人体に苦痛をもたらしている心の反抗です。ある牧師はこれを人類は神を敬わなくなってしまったと言ってこのことを良く表現しました。これは導きをもはや創造主に求めない人々にとっては真実ですし、彼等は生命の贈与者に信頼していないのです。その結果、彼等は恐怖の主人の下、最大限まで自分達の自由意志を行使するのです。そのため、貪欲が支配するようになりましたが、それはもし続くならこの文明を滅ぼすことになる癌のようなものです。これは一つの意志が他を信用しない所に実る自由意志の結実の結果です。しかし、人間の意志が創造主の意志、あるいは意識を信頼しないとしたら、どうなってしまうことでしょう。


【解説】
 最近の報道では世界の富豪62名の総資産が世界人口の半分、36億人の総資産に等しいと伝えられていました。しかし、その一方で冬空の中、一日中、外で交通誘導に従事して来た人が、その埃と冷え切った身体で帰宅の途に付く姿を目にしました。日本でも人々は厳しい状況の中で懸命に日々の生活を送っているのです。しかし、そうした一方で、このような富裕層が増加し、貧富の差が広がって行くのが地球の現状なのです。
 もちろんその打開策も税制その他の面において必要でしょうが、その本質的問題は本項に記されているように、自由意志による無配慮は貪欲社会に辿り着くことだと思われます。
 これらの問題は惑星自体の末期症状とも呼応するものと思われますが、私達は現段階で、原点に踏みとどまり、私達の自由意志から宇宙に源を置く創造主の意志に転換する必要があるのです。自由意志の帰着点が現状の地球の状況だと見做すべきなのです。

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