ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落291

291 This is only one of the experiences I remember from the trip, for the association with all that were on the ship was also a feeling of oneness, never to be forgotten. And this union of sense mind and consciousness included the ship which was carrying us. For the molecules, the conscious entities of my form, became one with the conscious molecules of the ship's form. Yet the geometrical pattern of each form was different, and for a different purpose in the field of effects. But the cause was the same, for each form was serving a cosmic purpose.
291 これはその旅行から思い出す体験の一つに過ぎませんし、その船にいる全てとのつながりは、また、決して忘れることのない一体感でもあったからです。そして感覚心と意識との結合は私達を輸送するその船も含むものでした。何故なら、私の体の意識的実体である分子達は船体の意識ある分子達と一つになったからです。各々の体の幾何学上のパターンは異なり、結果の世界において異なる目的のものではあります。しかし、その因は同一です。各々の体は宇宙的目的に奉仕しているからです。



【解説】
 本項から分かることは、私達が意識的に一体となる時、それは原子・分子レベルにおける一体感を意味するということです。つまり、私達自身の肉体の原子・分子が対象物の原子・分子と波動を共有するということでしょう。真の一体化はそのような状態であり、もはや自他の区別は無く、一体を構成するという訳です。
 もしこの種の心境を作り出すことが出来れば、それは万物を意のままに制御することにも繋がることでしょうし、イエスや他の聖人達が人々に奇跡を見せたのも、この心境・境地に由来するものと思われます。
 もちろん、私達はこれらの奇跡を起こす為に学習を積んでいるのではありません。生命に関する真理を学び、自らの進化に生かす為に学んでいる訳ですが、その進化の過程でこれらの断片を体験することになるものと思われます。
 また、幸運にもそれらの心境を得ることが出来たら、努めてその心境を覚えて置くことです。自分が体験したそれらの状況を再現し、それがどのような状況であるかを探求することも必要だと考えるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落290

290 In that frame of mind I became fully aware of the intricate parts of the instruments and their purpose. And I had the feeling of being a part of each part, and felt my purpose of being in cooperation with others. This was so clear, but I cannot find words to illustrate my feeling. It was so definitely impressed upon me that I cannot forget the experience. Even as I speak of it I enjoy the feeling once again.
290 この心持ちの中で、私はその装置類の入り組んだ部品やそれらの目的を完全に分かるようになりました。そして私は個々の一部であるかの気持になり、他と協力するという私の目的を感じました。それはとても明瞭なものでしたが、その時の私の感じを表現する言葉が見当たりません。それは私にそれほどにはっきりと印象付けられましたので、私はその体験を忘れることはできません。そのことを話す時でさえ、再びその感じを味わうほどです。


【解説】
 誰もが少なからず体験されたこともあろうかと思います。いわゆる至福感とも呼べる心境について本項は説いています。
 著者が述べるように、そのような状況は容易に言葉で表現することが出来ないということでしょう。一つ一つの物体と心を通わせるということがどういうことなのか、私達も真摯に受け止めて自らの心境をそのような状況に引き上げる努力をしたいものです。
 これまで多くの聖人がその状況を祝福されると表現して来たように思います。そしてその実態は私達の意識が対象物の意識と融合する中で生まれるとも言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落289

289 On the return trip I became interested in the instruments as before. But then the mind was patient and ready to receive the explanation given it by the consciousness. It was not filled with the original curiosity, but a desire for knowledge. Like a child in a classroom who understands without questioning.
289 帰還の旅で私は前と同じようにその装置類に興味を持ちました。しかし、今度は心は忍耐強く意識によって与えられる説明を受け入れる用意が出来ていました。心は当初の好奇心によってではなく、知識を得たいとする願望によって満たされていたのです。勝手な疑問を差し挟むことなく理解する教室の子供のようにです。



【解説】
 土星での会議を終えて地球に戻る際のアダムスキー氏自身の心境が語られています。ここでは、宇宙人側が個別の機器についてアダムスキー氏に何らの説明が無かったことは注意したいところです。当時の土星訪問の目的は土星会議の内容であり、土星製の宇宙船についての事項は、本来の目的ではなかったからです。
 とかく私達は目に見えるもの、形あるものに関心を向けがちです。製品の良し悪しについては声高に論評しますが、その他形の無いものについては関心は無いのです。この場合、もし私達が宇宙船内部を見ることが出来たとすれば、大部分の関心はそれらに向かうことは確かです。他惑星人の生き方等々、その文明を支える目に見えない事柄への興味は忘れてしまうかも知れません。
 それら物と通じて私達が真の目的を学ぶ為には、本文に記されているように、努めて意識から与えられる印象を通して学ぶ他ありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落288

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON EIGHT
Cosmic Oneness
By GEORGE ADAMSKI

288 In lesson seven we spoke of my experience in the Saturn space ship. And as stated, when I first entered the big ship my mind was attracted to the instruments. But I had to quiet this interest in order to place myself in the realization of conscious awareness that I might be worthy of the primary purpose of this trip. The mind was like a child that wants to ask a lot of questions without listening to the answers. So the sense mind was quieted to listen and not be curious. This was of value for I was ready to listen through the sessions of the Council. But even then the sense mind had questions which I ignored, giving them no expression. So at the end of the Council my mind had no questions, all had been answered.

生命の科学-学習コース
第8課
宇宙的一体
ジョージ アダムスキー著

288 第7課では土星の宇宙船での私の体験についてお話しました。既に述べたように、私が初めてその大型宇宙船に乗り込んだ時、私の心はその装置群に興味を引き付けられてしまいました。しかし、私はこの旅行の大事な目的に値するよう、宇宙意識の実感に身を置く為、この興味を鎮めねばなりませんでした。心は答えに耳を貸さずに多くの質問をしたがる子供のようでした。ですから、感覚心を静め耳を傾けさせて、好奇心を持たせないようにしました。これは価値があり、私がその評議会の会議を通して聞く準備が出来ました。しかし、それでも感覚心は問い掛けて来ましたが、私は無視して、それらに何らの解説を与えませんでした。その為、評議会の終わりには、私の心は何らの質問を起こしませんでした。全ては回答されていたからです。


【解説】
 アダムスキー氏が参加した土星会議は、この太陽系の変化に対するものであり、今後の私達全員に影響を与える変動に関するものであったとされています。しかし、本項で氏は宇宙船に乗り込んだ直後は自分の好奇心が起こり心を騒がしくしたので、これを鎮めたと正直に述べています。地球にその情報をもたらす重要な意味からすれば、宇宙船内の個別の機器への興味は捨て置くべきものであったのです。
 第7課では宇宙的記憶という観点から、説かれた内容でしたが、本課ではそれに至る上での基本的な心境である宇宙的な一体性、一体感について説かれるものとなっています。何よりも実践、自分で体験して初めて理解し、記憶できる訳で、私達は各自で自分の意識がどのようなものか、それと一体化するとはどのような心境を維持すべきなのか、各々工夫して日常生活を送る必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落287

287  In the next lesson we will explain this more thoroughly.
287 次の課ではこのことを更に徹底的に説明しましょう。


【解説】
 第7課では私達は心と意識について、宇宙的に永続する記憶の観点その他から学んで来ました。意識が潜在的に有する能力・機能は膨大であり、私達自身の限られた心の世界とは全く違う存在であり、心の想像すら及ばない大きさと力量を持っています。
 その意識を如何に自分で探求し、その存在を確かめるかが私達にとって一大課題であり、そうした心境に到達することが出来れば、私達の学習の先ず第一段階は達成出来たと言える筈です。
 その為には、印象・インスピレーションをより多く感受出来るよう、心を鎮めておき、その静かな水面を通過する微細なさざ波にも気付く状態を保つ必要があります。もちろん、私達は自ら求める印象分野を明確にすべきであり、進化に役立つ高次・深遠な波動を求める姿勢を絶やしてはなりません。世の中には多くの邪悪な勢力もある中で、私達は注意深く精進の道を歩むことが求められています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落286

286 This is comparable to all form life in relationship to conscious intelligence once man lives the oneness of life. And this is the way that I felt when I was on the ship.
286 これは一度、人が生命の一体性を生きるようになれば全ての形有るものの生命と意識の知性との関係は同様になります。そしてこれが私がその宇宙船にいた時に感じた状況です。


【解説】
 私達が目指す心境は、こうした万物との一体感であると著者は自らの土星旅行の体験を振り返って、述べています。
 分子・原子のもつ膨大な記憶と融合し、それらがことごとく万物に備わっていることを実感できれば、私達は万物と理解し合え、それらと一体感を持って行動することが出来ます。その先にあるものはもはや生死の隔たりはなく、永続する生命活動があるだけです。
 私達各自が生まれて来た目的もまた、それらの心境に達し、万物をその本来の輝き、崇高な使命を発現させ、自らはそれらの一助、礎の一角となることです。自らの内側に意識を見出し、与えられるインスピレーションの表現者、実践者となることが求められています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落285

285 When I succeeded in doing this my mind felt that a vast door has been opened to an unlimited vision. And I experienced a full comprehension of things that my mind had never heard before. It was a feeling of no limitation, and everyone, including the ship, seemed to be a part of me. The ship seemed to become a living thing and for the first time I understood how a Captain of an ocean liner feels when his ship is sinking. In many cases he sends the crew away but he stays with the ship. And should he leave the ship he keeps looking back until it is seen no more, and he feels that a part of him went down with the ship. And a part of him did go down with it which he can never forget, for its impressions were so intense. You see the ship's life was also the captains life as they had lived together so much that they became like two persons, each sharing the others feelings. One was the intelligence of the captain, the ship was the servant, and through this they became as one.
285 私がこのことに成功した時、私の心は何か巨大な扉が無限に続く視野へと開かれているように感じました。そして私はかつて私の心が聞いたことのない、ある完全な物事の理解というものを経験したのです。それは無限の感じであり、誰もが、その宇宙船も含めて私の一部のように思えました。宇宙船は生きているもののように見えましたし、はじめて私は大洋を渡る客船の船長がその船が沈む時にどのように感じるかを理解しました。多くの場合、船長はその船員を退避させますが、彼は船に留まります。また彼が船から退去するにしても、彼は見えなくなるまでその船を振り返って見ていることでしょう。そして、自分の一部が船といっしょに沈んだと感じます。そして彼の一部は実際、それと共に沈んで行き、彼はそれを忘れることは出来ません。その印象がそれほど強烈だったからです。お分かりのように、その船の生命はまたその船長の命でもありました。両者はそれほどに長い間共に暮らした為、二人の人物のようになり、互いに他が抱く印象を分かち合っていたからです。その二人とは一人は船長の知性であり、船はその召し使いでした。そしてこれを通じて二人は一体になっていたのです。


【解説】
 土星旅行記の中には、"乗員と宇宙船が一体化した"という記述があったように記憶しています。つまり、他惑星の宇宙船の中には私達の考えが及ばない高次な機能が装備され、私達に意識と宇宙船が融合していたということでしょう。また、宇宙を高速で移動する上でも、そのような状態が必要であったという訳です。
 私達が現在取り扱っている「意識」はこのようにあらゆるものと"融合"し、協調することを可能とし、対象を構成する分子・原子と印象を通じて交流することを可能とするものです。おそらくその状況になれば、万物は輝き、神々しいまでに光を放つほど、高揚し、一体化することでしょう。自も他もない世界です。
 そうした中では私達が望むことは、直ちに万物が呼応し、そのイメージを具現化するために働くことでしょう。かつての仏陀やイエスが成した奇跡はこうした作用から生まれたものと思われます。
 そこで重要な所は、この意識を万物の下に広く解放し、あらゆるものと融和・融合させて、意思(印象)を交流することです。私達が取り組んできた課題はこのように地球にも影響を与える大きな意義を持っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落284

284 At this point my feelings were mixed between mental curiosity and the cosmic purpose of the trip. So it was my duty as a mentalist to control myself and know that I meant nothing but what I was about to learn meant everything. In other words I had to lend myself to my better self which was the conscious teacher, knowing that my personal toys would be there when I needed them.
284 この時点で私の印象は心の好奇心とその旅行の宇宙的目的との間に融合されました。そこでは心主義者として私の為すべきことは自分自身を制御し、私は何らの意味はなく、私がこれから学ぼうとすることが全てであることを知ることだったのです。言い換えれば、私は意識の教師であるより良い自分自身に自分を委ねなければならなかったのであり、必要になった時、私の個人的なおもちゃ(訳注:個人的な興味の対象物)は現れることを知っていたからです。


【解説】
 本項で説かれていることは私達の日常生活にも当てはまります。従来、私達はその時必要な事柄よりは、目先の珍しい対象に目が移ってしまい、本筋のテーマを逃すことが多いからです。
 まして昨今は多くの娯楽が提供されていますし、私達は意図的に仕組まれた流れの中に漂っているように思うのです。
 本件、土星旅行記については別途ご参照戴くこととして、アダムスキー氏には様々な生命の真相が伝えられたものと思われます。その高尚なテーマを吸収するためには氏の心の中を落ち着かせ、与えられる知識を吸収できるよう整える必要があった訳です。
 実は私達の日々も同様に意識を通じてもたらされるヒントを充分に感受するためには、心を含めて印象に素直に従う体制を私達の内側に整えなければなりません。禅宗の座禅も心を落ち着ける訓練でしょうし、水垢離等の荒行も肉体への刺激を通じて心を覚醒させる訓練ではないかと考えています。日常生活の動作全てにこのような要素を取り込むことが大事かと思う次第です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落283

283 When leaving California I walked into a small scout ship. It took me to a mother ship that was a different type from any I had been in before. There were many things to distract my mind from the purpose of the trip and I was interested, from the mental side of my nature, in all the strange looking instruments. But soon I realized my distraction and organized my faculties, remembering the purpose. This was not easy to do, for the mind is very selfish and wants to eat more than it can digest and by so doing it scatters itself in various directions. But my consciousness told me that on the return trip I would have time to observe all of these things and in the meantime I was to place my mind in unison with my consciousness that I might absorb the important lessons that were to be given.
283 私はカリフォルニアを離れるに際して、1機のスカウトシップに乗り込みました。それで母船まで行ったのですが、その母船はそれまで乗ったものとは異なるタイプのものでした。その旅行の目的から私の気をそらす多くの事物があり、私の心の側からすれば興味がある奇妙な形をした装置類がありました。しかし、直ぐに私は自分が気を散らしていることに気付き、旅行の目的を思い出しながら私の果たすべき機能について整理しました。これは容易なことではありませんでした。何故なら、心は大変自己中心的で消化できる以上のものを食べようとしますし、そうすることによって様々な方向に自分自身を分散させてしまうからです。しかし、私の意識は私に帰還の際にこれらすべての物事を観察する時間があることを教え、そうする内に私はこれから私に与えられる筈のその重要な教科を吸収出来る様、私の意識と調和させることとなったのです。



【解説】
 本文からこの土星旅行はアダムスキー氏にとって大変重要なレッスンの場であったことが分かります。既に多くの協力者やフォロアーから慕われていた氏にとって、更に深遠な事柄を教える為に、氏にはより深い体験とより広い実践事例を授ける必要があったということでしょう。
 ちなみに土星は仏陀の惑星と伝えられていますが、仏陀の理路整然とした教えは宇宙の法則そのものを説いたものであり、アジアを中心に多くの人々に影響を残しました。その教えの真髄は土星社会に息づき、実践されていることでしょう。
 本文から分かるように、私達はとかくものめずらしいものに関心を寄せがちであり、不思議な事象に惹かれますが、それよりはるかに大事なことがらがあることに留意しなければなりません。本項の場合は氏の為に設けられた宇宙的教育プログラムでしたが、今日の私達にとっては、自らの意識の存在に気付くこと、またこれまでの心を小さくして、その意識を尊重し、湧き来る印象を大切にすることこそが最も重要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落282

282 Here I will endeavor to give a short experience that I had on my Saturn trip. And you can see how well you can place yourself in consciousness with me, and in this way you can see if the trip is as real to you as it was to me when I made it.
282 ここに私は私の土星旅行の際に得た短い体験を伝えようと努力したいと思います。そうすれば貴方は私といっしょに貴方自身を意識の中に上手く置けるかどうかが分かるでしょうし、このようにして貴方はその旅行が私がそれを実行した時、私にそうであったように貴方にとっても実際のことであるかが分かることでしょう。


【解説】
 アダムスキー氏にとって、この土星旅行は大きな意義があったものと思われます。何よりも氏の説いていた教えが実際に100%生かされている惑星の見聞であり、宇宙人側にとってその後の氏の活動を支える実践の場を見聞し、体験することであったからです。
 この土星旅行記が発表された当時、そのあまりの高速移動の為、当時の氏の協力者達からは疑問の声が上がったとされています。しかし、氏の協力者であった故エマ・マーチネリ女史から直接私が伺った話では、氏は土星旅行に髭剃り用のカミソリを持って行ったと女史に話したとのことです。実際の肉体での旅行でない限り、そのようなものを持参する必要はなく、アダムスキー氏は確かに肉体のまま土星に行ったのだと女史は私に語ってくれたものです。
 さて、詳しくは「土星旅行記」をご覧戴きたいのですが、本項ではその氏の体験を私達が自らの意識を当時のアダムスキー氏の意識・記憶と融合することで、私達も氏と同じ内容を追体験して欲しいと述べられています。意識を活用することは、それに関連した想念と再び同調することも可能であることを示唆しています。

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