ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落267

267 To cultivate eternal memory and become the likeness of God or The Supreme Consciousness, one will have to live it and with it as he does with his life mate or partner. Not thinking of self alone but the other as well, thus blending the two to create a harmonious union. For this is what must be done to blend the sense mind with consciousness. And when it is done the individual will represent God as he was meant to do, in the first place. As a man and wife represent each other, and the memory of their first meeting and all acts from there on are quite permanent and they enjoy life together.
267 永遠の記憶を培い、そして神、即ち至上なる意識の似姿になる為には、人は生涯の友人やパートナーに対するようにそのことを生き、それと共に生きなければなりません。自分のことのみを考えるのではなく、もう一つの存在を考え、この2者を融合して調和的な融合体を造り上げることです。何故なら、これは感覚心を意識に融合させる為に成さねばならないことだからです。そしてこれが成された時には、各人ははじめに意図されたように、神を表現するようになるでしょう。男と妻が互いを表わすように、また彼らの最初の出会いとそれからの全ての行動の記憶が完全に永遠となり、二人が生活をいっしょに楽しむのです。



【解説】
 私達がどのような心境で意識と向き合えば良いかについて、本項は夫婦に例えて私達に説いています。
 私達が宇宙的記憶を培うには、宇宙的存在と交わり、それとの共同作業の体験を積む必要があります。その為にはどうしても自分の中のもう一つの存在である意識に気付き、融合する必要があるのです。
 この場合、夫婦が長年生活を共にすると互いに性質が似て来るのと同様に、私達も意識の存在を気にかけ、与えられる印象を大切に取扱い、行動に移す過程で次第に私達は意識と親しい間柄になれるものと思われます。
 私達が意識を自分の伴侶、自分の師として親しみ、交わることで私達は次第に精華され、より良い人格になれるものと思われます。そこでのポイントは私達は独りでなく、いつも意識が傍に居るということです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落266

266 One should not be in a hurry to cultivate cosmic memory, for impatience will cause a misapplication of the law. Always remember that consciousness is eternal. Therefore it is not going anywhere, so it is not in a hurry, for in itself it is all inclusive. And by remembering this one will avoid many mistakes.
266 人は宇宙的記憶を培うのに急いではいけません。何故なら、短気は法則の誤用をもたらすからです。常に意識は永遠であることを思い出して下さい。ですから、それは何処に行ってしまうことはなく、急いではいません。何故なら、それ自身の中に全てが含まれているからです。そしてこのことを覚えていることによって、人は多くの過ちを避けることが出来ます。



【解説】
 成果を得ようと焦ってはならない。本項はこの学習の注意点を私達に伝えています。この分野の学習は自分自身の知覚力を養い、印象への感受性を高めるもので、その成果は少しずつしか現れません。また他でもない自分自身と向き合う訳ですから自分で言い訳を作って先延ばしにしたり、そもそもこの分野を放棄することさえ可能です。
 そこで著者は私達に時間は無限にあり、目指す相手である「意識」は永続するので先ずは急がず、一歩一歩進むよう促しています。急いで成果が上がらないからと言って、学習それ自体を放棄するなと戒めているのです。
 私達が現在の肉体のまま生存している間も、私達の自覚に関わらず、私達の内側には意識が居て膨大な数の細胞に指示を与え常に新鮮活発な人体を支えている訳で、決して自分の手より遠くに行くことはないのです。私達が生きている限り、私達にとって最高の師は常に私達と共にあるという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落265

265 Consciousness is the father and the mother of all form creation which conceives and gives birth to the various forms. And within it is the blue print or memory which is ever present that can be reviewed for conformation at any time when the need may arise. But the sense mind cannot do this alone, there must be the combination of the two. For as we know, the sense mind learns from effects and now it must understand the cause producing the effect. The effect is the fulfillment of a cause and the sense mind might not execute it exactly as the cause mind intended it to be, so through misinterpretation a mistake could take place. And this is where the Law Of Grace enters and through this law the sense mind has a chance to realize and correct its mistake. And corrected it must be before progress can be made. And it must be made in behalf of consciousness and not the sense mind. In this way the sense mind is made to do what the better self wants it to do. If this is not done a slight memory might remain but it will be distorted.
265 意識は受胎し様々な形有るものに誕生を授ける全ての形有るものの創造の父であり母です。そしてその中には必要が生じた時に何時でも一致するか吟味できるよう常に出して置かれる青写真もしくは記憶が入っています。しかし、感覚心はこれを一人では出来ません。二者の組合せが必要なのです。何故なら、ご存知のように感覚心は結果から学ぶ者ですが、今や、その結果をつくり出している因を理解しなければならないからです。結果は一つの因の成就です。感覚心は因の心が意図したようには実行しないかも知れません。そこに誤った解釈を通じて間違いが生じるのです。そしてそこに恩寵の法則が入り、この法則を通じて感覚心はその誤りに気付いて改める機会を得るのです。そして進化を遂げるにはその修正を終えていなければなりません。また、その修正は意識の為に行われなければならず、感覚心の為に成されるべきではありません。このようにして感覚心はそのより良い自己が願うことを為すように仕向けられるのです。これがなされなければ、わずかな記憶が残ったにしてもいずれは歪められて行くことでしょう。



【解説】
 私達の人体を含めあらゆる創造物の由来は「意識」にあると、本項では大変重要な事項を述べています。つまり、私達自身の行動を含めて全ての活動は意識の持つイメージや青写真を表現したものであるということです。
 その「意識」が私達内部に常に宿っているとすることは、重要なポイントだと言えるでしょう。私達はその意識から来るインスピレーションを表現する任務と役割を持っているという訳です。実はその過程で私達は意識の持つ記憶を参照し、知識を得ることが出来るという訳です。
 もちろんインスピレーションや印象の感受において未熟な私達は多くの場合、その本来の内容を表現し切れませんが、その際にそれが誤っていると指摘し、修正を支援して呉れるのも意識の働きだという訳です。
 宇宙に関する全ての知性が私達各人に本来備わっていることを考えれば、畏れ多いという一言に尽きます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落264

264 While we have used two individuals in close association with each other, this can take place where many are represented by one when using the same pattern. This shows that the consciousness whom we call God, is the all inclusive. And as two people are able to become as one through association and even resemble each other, just so, an individual can become one with, and resemble God, when he thinks in terms of God instead of the ego. Yet he retains his individuality, the difference is that his sense mind has blended with conscious consciousness that we call God. The sense mind is able to perform its normal duty as it did in the past but it is aware of the consciousness that gives it power and intelligence to act wisely in the world of effects. The mind will then feel as Jesus felt when He said, I of Myself do nothing, but the Father that worketh through Me does all of the work. This is cosmic consciousness.
264 私達は互いに親密な二人を例にしていましたが、このことは多人数が同じパターンを使用する場合についても一人に代表されるところに起り得ます。これは私達が神と呼ぶ意識は全てを包含することを意味しています。そして二人の人間が交際を通じて一体となり、互いに似て来るまでになるように、丁度そのように各自も自我への代わりに神について考えていれば神と一体になり、神に似て来るのです。しかしそれでもなお、自分の個性を保持しており、違いは自分の感覚心が私達が神と呼ぶ意識的な意識と融合しているということです。感覚心はこれまで同様、通常の任務を実行できますが、その者に結果の世界で賢く行動する為のパワーと知性を与える意識について気付いています。心はその後イエスがこう言った時のように感じることでしょう。私自身は何も成していない、父が私を通じて全ての仕事を成したもうのだ。これが意識的な意識です。



【解説】
 ここに哲学の基本、精進のエッセンスが記されているように思います。 私達は各自、各々の人生を生きて来ましたが、それも各自の人格を高め、他者への貢献、自身の才能の表現、自然の美しさへの目覚め等々を目標として努力して来たものです。一見それらは多様な側面に見えますが、実際には本文で記されているように、私達が自身の内部の「意識」と交わることで、その性質を学び取り、自身の行動に役立てることにより、成果を得て行くということでしょう。 自身の内側に既にあらゆる知識と知性が備わっており、私達はただそのヒントに従い、行動することで良質な人生を歩めるということであり、何とも恵まれた存在ということです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落263

263 A good example of this can be found in two people who decide to join together for life. Each is an individual with habits in his or her way of life, yet after years of life together they not only take on each others habits but they start to look alike. All because they have become aware of one another as though they were one. Even pets, such as dogs and cats etc., oftimes take on the personality of the master. So we can see that a constant reminder or association becomes an automatic manifestation of the other, where effort is no longer required for the form operates on memory pattern. The most important thing to realize is that the pattern remodeled the personality of the form in likeness of itself. It could be said that the original person is no more as he was, but another has taken his place. For one has absorbed the other and the two become as one.
263 この良い例は生活を共にしようと決意した二人に見ることが出来ます。二人は各々自分の生活の習慣を持った人物でしたが、何年も生活を共にした後は、彼らは互いの習慣を身につけるばかりでなく、似始めるのです。彼らが互いを一体のものとして意識していたからに他なりません。犬や猫等のペットでさえ、しばしば飼い主の個性を身につけます。ですから、私達は、絶えざる思い出や交際はやがて(訳注:自分自身へ)自動的に他者を現出させることになるのです。形有るものは記憶パターンによって働くため、もはや努力は必要とされないのです。私達が認識すべき最も重要なことはパターンが自身の似姿に沿って人格を再形成させたということです。それは、元々の人間はもはやかつての者でなく、他の者がその位置をとって代わったと言うことも出来るでしょう。一方が他を吸収して両者が一体となったからです。


【解説】
 夫婦が互いに似てくることや、ペットも主人に近い性格になる等、本項で説かれていることは、私達の実生活における互いの影響力を良く物語っています。私達は良くも悪くも互いに影響を及ぼし合っているのです。 それと同様に、私達自身、自分の内部にある意識と共に生きて行く場合には、私達は次第に意識に似た要素を帯びることになります。常に親しむ対象に私達は同化して行くのです。また、その結果は本文では私達の性格さえ変質させるとしており、如何に普段交わる者が重要であるかが分かります。 そういう面から言えば、一たび私達が自身の内側の意識、宇宙に繋がる存在を信頼し、時々に与えられるヒントを受け入れて、日々の行動に生かせられれば、やがては私達自身、内部の意識を表現する者となれるでしょう。「キリストに倣いて」という著名な修養書がありますが、「見倣う」ことには、このように重要な意味が含まれているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落262

262  This particular phase of life is a major part to be learned and it should not be very hard when the sense mind begins to live with the consciousness instead of acting on its own as it has been doing. And results will be outstanding when the two live as one. This may seem to be a repetition of what has been said before, but repetition becomes a memory.
262 特にこの段階の生活は学習する上での主要な部分であり、感覚の心がこれまでして来たように自分自身が確保しているものを前提として行動する代わりに、意識と共に生き始める時には、過度に行うべきではありません。そしてその両者(訳注:意識と心)が一体となって生活する時、効果は傑出したものになるでしょう。このことはこれまで述べられたことの繰り返しのように見えるかも知れませんが、繰り返すことが記憶になるのです。



【解説】
 私のわずかな体験からも、自らの行動を内部から湧き起るインスピレーションに従って行うことは大きな成果をもたらすことが分かります。つまり、湧き起る印象をヒントとして行動することが、意識の指導に従って私達の心が成長する唯一の道だという訳です。
 各自によって状況は異なるかも知れませんが、この「印象に従う」ことは誰でもが出来ることであり、それらを繰りかえすことで私達も次第に自分の中にある「意識」の存在を知覚出来るようになるものと思われます。
 また本項ではこのように繰り返すことで、それらがやがて本来の宇宙的記憶になると説いています。どれほど密接に自身の意識と交流し、融合的になれたかが問われることになるのです。このことからも本講座をただ読むだけでは価値がなく、各自の実生活の中で日々どのような心境、境地で意識に耳を傾け、印象に従った行動をとっているかが重要となります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落261

261 In order to obtain a cosmic concept of life all that is necessary is an expansion of the mental conscious awareness. And in this way you become more alert to your actions in both fields. It could be compared to being in a plane or on a high building, for then you become aware of things below as well as above you. You are using the same sense mind, only your field of awareness has expanded. When you are able to do this regardless of where you may be there is no limit to how far you can go in connecting with conscious memories that could reveal many past experiences. And in this way find your true self and live in the sea of eternity.
261 生命の宇宙的概念を得る為に必要となるもの全ては心による意識的な知覚の拡大です。そしてこの方法によって貴方は両者(訳注:因と結果)の分野における貴方の行動についてより多く気付くようになります。それは平原や高い建物の上に居る場合と対比することができます。何故ならその時、貴方は貴方の上空でのものと同時に眼下の物事をも気付くようになるからです。貴方は只、貴方の知覚範囲が広がっただけで、同じ感覚心を用いているのです。貴方がこのことをどこに居るかに関わらず出来るようになれば、多くの過去の体験を呼び起こすことができる意識的記憶に接続する為、如何に遠くに貴方が行こうとも制限はなくなります。そしてこのようにして、貴方の真の自己を見つけて、永遠の海の中で生きて欲しいのです。



【解説】
 どのような心境を開拓すれば良いかについて、本項はより具体的に私達に説いています。そのヒントは”平原や高い建物の上に居る”という表現にあります。つまり、自分も含めより広範囲な状況を理解し、把握していることを意味します。
 単に自分の目の前の状況ばかりを把握するのではなく、周囲あるいは更に広範囲な状況も併せて理解している状況です。本講座で盛んに”意識”という表現を用いているのは、この心境が”意識”という言葉に最も近いからだと思われます。
 とにかく私達各自は心の他にもう一つの存在である意識があり、その意識を拡大、浸透させてより広範囲を自分の知覚領域としなければならないのです。
 先日も滞在先の東南アジアのホテルで、夜部屋の電燈を付けた所、大きな虫がその光に驚いたのか、壁に立ち尽くしていました。夜は彼らのテリトリーなのでしょう。盛んに長い触覚を動かしながら警戒を続けています。実は彼ら昆虫達は生きる上で警戒は欠かせません。危険がいっぱいの環境の中でもたくましく生きている彼らはこの分野では私達を遥かに上回るレベルを生きているのかと思った次第です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落260

260 We must train the mind to daily recognize a certain amount of cosmic life and this can be done through two phases. One, by someone who is very good at reading Cosmic Records. And the other, by allowing your consciousness to give the revelation to your own sense mind. But to do this your mind must have trust in consciousness. You will know when you have blended the two, for then you will be living in full awareness of cosmic cause and the related effects. i.e. Since I have had the experiences with the Brothers I have been living in two phases of life. One, as I used to live performing my daily duties in a normal manner, but enjoying life more than I did before. While at the same time consciously aware of my experiences and of the individuals that I have met from other worlds. The experiences are as indelible upon my memory as my daily activities.
260 私達は毎日、心を宇宙的生活を幾分でも知覚するように訓練しなければなりませんし、これは2つの面から成すことができます。一つは宇宙的記録を読み取ることがとても上手い人物による方法。他は貴方の意識に貴方自身の感覚の心に啓示を与えることを許すことです。しかし、これを行うには貴方の心が意識を信頼しなければなりません。貴方はその2者が何時融合したかは分かるでしょう。何故ならその時、貴方は宇宙の因とそれに関連した結果の完全な知覚の元に生きているからです。即ち、宇宙の兄弟達との体験を持ってからは、私は二つの生命の面で生きています。一つは私がこれまで生きて来たもので普段通りに私の日常の義務を行い、しかも以前より以上に生活を楽しんでいます。一方、同時に、私自身の体験や私が会った他の世界から来た人物達について意識的に気付いているというものです。その体験は私の日常活動と同様、私の記憶に消えることはありません。


【解説】
 宇宙的記憶をどうしたら培うことが出来るのか、本項では2つの方法を提示しています。
 一つは優れた師と交わることで直接その記憶との交流の仕方を学ぶことだとしています。これには他惑星人との交流から私達が多くの事柄を学ぶ目的でもあります。アダムスキー氏自身も砂漠のコンタクト以来、彼らの実生活を見て、あるべき暮らしぶりを学んだものと思われます。
 一方でそうのような機会に恵まれない大多数の私達はどのようにすれば良いかということですが、それも手本は既に示されている訳で、素直に毎日を自分の中で意識に親しんで生活するべきなのです。基本的に全て必要な要素は私達自身の内側に供えられており、活用が待たれている訳で、私達が新たに用意しなければならないものはありません。ただ私達の内側、意識と仲良く暮らすこと、その示唆する印象を大切に取り扱う中で次第に宇宙的記憶とのパイプを広げることが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落259

259 To do this one must make the sense mind trust consciousness like trusting God. And this in turn calls for faith, oftimes called blind faith. To clarify blind faith a little further, we have eyes with which to see but they do not see any more than a window pane can see what is seen through it. It is you who sees through the window, so it is the consciousness of you that sees through the eyes. For when you become unconscious the sense of sight is still there but you no longer can see. The other senses follow the same pattern. So one should realize the importance of conscious seeing, or sense mind cooperation with consciousness if he is to have a cosmic memory of life. For then he can recognize himself through eternity from the pages of memory. This is an important phase if individual life if life eternal is to be earned. And that is what Jesus meant when He said, he who loses his life shall find life eternal.
259 これを成す為には、人は感覚の心を、神を信頼するように、意識を信頼させなければなりません。そしてこのことは次には信頼、即ち、しばしば盲目的信頼と呼ばれるものを必要とします。盲目的信頼というものを少しより明確にする為に見るのに用いる目について述べますが、目は自分が見ているものは窓枠がそれ自身を通じて見ている以上のものを見ている訳ではないのです。窓を通して見ているのは貴方であり、それ故、目を通じて見ているのは貴方の意識なのです。何故なら、貴方が無意識になってしまえば、視覚感覚はそこに未だあっても、貴方はもはや見ることはできません。他の感覚も同じパターンを辿ります。ですから、もし人生における宇宙的記憶を持とうとするなら、人は意識的に見ること、感覚の心が意識と協力することの重要性を理解すべきなのです。何故なら、そうすることで人は記憶のページの中から永遠を通じて自分自身を思い出すことが出来るからです。これは各自の人生が永遠の生命を得ようとするなら、重要な段階となります。また、これはイエスが自分の命を失うものは永遠の命を見い出すだろうと言った時にイエスが意味していたことです。


【解説】
 本項はより詳しく私達が日常気を付けなければならない本講座の学習のポイントを記しています。とりわけ重要だと覆われるのは、部屋に設けられたガラス窓の表現です。この場合、ガラス窓は部屋、即ち肉体の一部なのですが、大事なのはガラス窓は外界からの光景を部屋の内部に投影するもので、その景色を理解し観察するものではないということでしょう。カメラのレンズと同様にそれ自身が見て理解する機能はないのです。
 本文にあるように私達の中にある”意識体”がその光景を理解する訳で、肉体(部屋)の内部に”意識”と称される私達の本体があるという訳です。
 従って先ずはその存在を自覚し、それを信じ、信頼することから私達は学習をしなければならないのです。もちろん、この意識なるものは身体全体の働きを支えている存在ですし、私達自身がその存在に気付き感謝することを喜ぶものです。そういう意味でも私達のこれまでの尊大な自我を戒めて、より静かに全てを見守っている意識と繋がることが、この学習のポイントと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落258

258 Jesus blended His sense mind with consciousness and thus He was able to say, I am in the world but not of it, and many other statements that He made in reference to His past. And He could not have maintained these memories had He not blended with consciousness which carries the memories and contains the book of records.
258 イエスは自らの感覚の心を意識と融合させました。それ故にイエスは、私はこの世に居るがこの世の者ではないと言ったり、自身の過去に関連して他の多くの声明を述べることが出来たのです。そしてイエスは記憶を持ち運び、記録の書を内包する意識に融合しなかったら、これらの記憶を維持することは出来なかったでしょう。


【解説】
 私達が学ぼうとしている意識との融合の究極の姿は、イエスが身を持って示したご自身の姿でもあります。宇宙的記憶を養うことが如何に重要であるか、実はイエスは様々な機会を通じて私達に教えていたのです。
 私達が自分の成り立ちを知り、体験を生かす為には、これから生きる上で記憶をより明確にとりまとめ、要点・教訓をしっかり自身に染み込ませ、記憶するよう努力することかと思われます。
 以前に何処かで述べたかと思いますが、例えば他惑星の宇宙船を目撃する機会を得た時、自分がどのような心境であったか、またその出現はどのような意義があったのか等、その貴重な体験を記憶する上で必要な手掛かりを明確にして置くべきと思っております。
 毎日を充実した活動で送れることは、大変幸せなことですし、それらの体験を通じて得た事柄はその人の宝物になる訳で、私達はその奉仕の過程で、既に十分なる報酬を受けているのです。

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