ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落217

217 Newness is youth as well as progress. And there is some evidence today of the effect that newness has on society. For we can observe increasingly large numbers of people who do not show their age as they did in the past because in these days of scientific discovery something new is brought to their attention almost daily. Whether they understand or not the effects are there. Since man is nothing but a thought in action, any new thought, especially of cosmic nature, will have an effect upon his body.
217 新しさは若さであり、進歩でもあります。そして今日では新しさが社会にもたらしている効果についていつくかの証拠があります。何故なら私達は今日の科学の発見の時代にはほとんど毎日のように何か新しいものが注目される為、かつてのように年令を思わせない多数の人々がだんだん増えているのを見ることができるからです。彼等が理解しているかいないかは別としてその効果はそこに出ているのです。人は行動する想念以外の何物でもない為に、如何なる新しい想念であれ、とりわけ宇宙的性質を帯びたものは、その肉体に効果をもたらすことでしょう。


【解説】
 かつては人生50年と言われた時代もありますが、今日では平均寿命も80才を越えてやがては90に届こうという時代になりました。これも本項でいう文明の進歩、日々の発見の賜物であるということでしょう。
 私達がこの生命の科学を学ぶ主目的が健康維持とか若返りとするものではありませんが、少なくとも先輩である宇宙兄弟達が驚くほどの若さを保っていることを考えれば、進歩するにつれて身体の老化は防げることが良くわかります。
 自らが取り入れる想念によって肉体は大きな影響を受けます。自身を構成する60兆もの細胞の全てが主人である心が発する想念に否応無しに影響を受けることでしょう。マイナスの想念が発せられた場合には、大混乱を来しますし、本来の活動は抑制されます。一方、プラスの想念の場合には、各細胞は疲れを感じることなく喜んで驚くほど活発な活動を維持するものと思われます。しかし、何度もマイナスの想念で痛めつけられていてはさすがの細胞も遂には活動を継続できなくなる訳です。言い換えれば、私達の心を自身の細胞の活動の邪魔をしないようにしなければならないということです。
 新しさは一方では私達が陥りやすい惰性を排除することでもあります。身の回りを見渡して、常に課題を整理し、未着手の問題に取組むことも、本項でいる「新しさ」に属する取組の一つと考えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落216

216 We can be thankful for the small minority of people in the world that are constantly looking for something new, not satisfied to live the doctrines of the old. It is this class of people that keep agitating the majority of the minds towards the better way of life without violence but with an understanding. The masses move very slowly and if it were not for this class of people that make them listen to the new phases, they would have been extinct long ago. Decayed by the law of monotony. But the newness that the few bring to the attention of the masses keeps them going. Slowly but surely.
216 私達は昔からの教義に満足せず常に何か新しいことを探し求めている少数の人々に感謝すべきかも知れません。暴力によらず共感をもって大半の人々の心をより良い生活の方向に進むよう促し続けるのはこの部類の人々です。大衆はとてもゆっくり動くものですし、もし新しい側面について耳を傾けるよう促すこの部類の人々がいなかったら、彼等はとうの昔に消滅していたでありましょう。退屈の法則によって朽ち果ててです。しかし、大衆の注目を引き付ける新しいものは、彼等を歩み続けさせます。ゆっくりですが、確実にです。


【解説】
 昨年、日本の月探査衛星「かぐや」が月の周回飛行を達成し、月面上空を周回する際の鮮明な映像が公開されました。まさに、未知なる世界の探究心を掻き立てるのが宇宙探検です。本項でいる現状に甘んじることなく、常に探究心を持って新しいものに挑戦することが人々の意識に大きな効果をもたらすことは、この「かぐや」の飛行映像を見れば良く分かります。宇宙への進出は大きな意義がある訳で、今後もこの方向で進んで行って欲しいものです。
 さて、日常生活においては、各自、昨日とは異なる何かひとつでも新しいことに取組む必要性については、前回述べたところです。ここでは、かつて新聞で読んだ横尾忠則氏が「こころの玉手箱」(2006年8月25日、日本経済新聞)で書かれた画家デ・キリコに関する論評(「自由自在なスタイル 魂の解放」)を以下に紹介しましょう。
 「(中略) デ・キリコのいさぎよさというか捨て身の精神は評価の定まった自作を惜しげもなく捨てて、まるで画学生のように過去の巨匠の名作の模写などを始めるところだ。成功した人間のやるべき態度ではないが、ここんところがなんといっても凄いのである。一度評価されればその上にあぐらをかいて金太郎飴みたいに記号化された作品ばかり描き続けている画家に比べると、デ・キリコのスケールの大きさはピカソに匹敵するか、場合によってはそれ以上であろう。彼の自由自在さは思考や魂の解放度によるものと思う。小さい自我の世界に閉じこもっている以上、あれほどの仕事はできない。一度ローマのキリコの家を訪ねたことがある。その時アトリエに立て掛けてあったイーゼルの裏に『自分以外の力の助けを信じる』というような意味の言葉が書かれていた。どうやら、デ・キリコの秘密がここにあるように思えた。それ以来ぼくもできるだけ小さい『私』に固執せず見えざる助力者の存在を信じることにした。」
 偉大なる芸術家は皆、創造主に寄り添ってカンバスに向っているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落215

215 You see the body is on one hand independent of the mind, yet on the other hand there are certain cell groups that are related to the mind and obedient to it. This is the cause of the conflict that a human finds himself in daily. The mind is inclined to be habitual and lazy. It would rather travel the road of least resistance than the road of progress that calls for steps yet unknown. This is why we are plagued with tradition and conventions of ancient times that no longer fit into our present way of life. But despite this, the mind must accept things from time to time whether it likes it or not.
215 おわかりのように肉体は一方では心からは独立していますが、他方では心と関係を持ち、心に従順な或る細胞群もあります。これが人間が日常、自分自身に葛藤を感じる原因です。心は習慣的で怠惰になる傾向があります。それは未知なる階段を必要とする進歩の道よりも最小限の抵抗しか無い道を歩むことを常としていました。これが私達が今日の生活方法にはもはや当てはまらない古来の伝統や因習に患っている理由です。しかし、これにも拘わらず、心は時としてその好き嫌いによらず物事を受け入れなければならないのです。


【解説】
 本課では「新しさ」の重要性を学ぶことになっています。ここでは「新しさ」に対峙するものとして「古来からの因習」や「日常習慣」の問題が指摘されています。通常、私達は安住の道を選びます。その方が楽であり、とりたてて苦労することは無いというのが私達の基本的傾向です。それが今日の問題の元凶であると本稿は指摘しているのです。
 逆に言うと「新技術」や「新製品」などの物質面の「新しさ」は大歓迎である一方で、各自の日常生活についてはある程度パターン化され、各自平日はどのような生活時間、土日はどのような過ごし方になるかはほとんど決まっているということもあるでしょう。特に年令を重ねるにつれて、この生活のルーチン化は定着して行き、遂には「10年ひと昔」というように毎日、何らの新鮮さを体験しないまま時を過ごすことが多くなるのが、地球の現実です。
 しかし、これらの習慣に流れる生活は、最も危険な状況であることに気付く必要があります。中高年の肥満、「生活習慣病」は言葉の印象としては、重病であるというイメージはありませんが、実は糖尿病や動脈硬化等の致命的な病に直結しています。一日の過ごし方、生活の仕方が翌日の自分自身に大きな影響を与える訳で、努めて習慣を排除する、分かりやすく言えば、毎日、何が昨日と違った生活内容となっているかを自分に問いかけ、一日一日を新鮮に生きる必要があります。私達の心の習慣病にも気付く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落214

LESSON SIX Newness, The Rejuvenator Of The Mind
214 In lesson five we showed you how the mind can get lost in the jungle of opinions.
第6課 新しさ、すなわち心の若返りの推進役
214 第5課では私達は皆さんに心が意見というジャングルの中で如何にして道に迷ってしまうかを示しました。


【解説】
 私達は様々な思想や宗教、また多くの社会経済理論にさらされた環境の中で生きています。しかし、これらは所詮、人間が造り出した意見に過ぎません。また、次々に自らの心も勝手な理屈を並び立てますので、人の心の中は、これらの意見でいっぱいになり、静かに環境を見詰める余裕はありません。その中で私達のほとんどは思い通りにならない状況を悲しみ、別の生き方を模索はするのですが、それも惰性に流されてやがてその暗闇の世界に安住せざるを得なくなっています。
 しかし、この闇から抜け出る方法についても私達は前課で学んで来ました。特に意識からの指導を受け入れる際には徹底的に素直になり、印象の流れを中断させないことの重要性について何度も述べられて来ました。一方でこのような好ましくない環境の下では、心身共に老化が早まるのは仕方のないことです。本課は心と身体の関連性について明らかにし、新しさや新鮮さが若さの秘訣であることを解説します。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落213

213 In the next lesson I will explain the importance of newness in order to maintain a youthful body.
213 次の課では若さあふれる身体を維持する為に新しさの重要性について説明しましょう。


【解説】
 「同乗記」には宇宙人達が旅行中に暮らす宇宙船の中に若者の肖像画が掲げられており、彼等は若さを大切にしていることが伝えられています。ともすれば、難解な思想哲学は老人の学問とされがちですが、それは地球だけのことで、宇宙普遍の真理は各自の体内で日々細胞が更新されているように常に若さを保っており、若さを保っていることが真理を掴んでいるバロメーターでもあります。
 この講座で学ぶ事柄は訳知りの知識の蓄積ではなく、各自の日々の心の有り様に関する実務的な訓練であり、各自の生活(生命)に直結した内容です。究極の目的は私達が生きる惑星全体が他惑星と同様に進化の道を歩めるよう、伝えられた知識を自分なりに吸収し応用することです。元来、生命活動は生き生きしたもので、早春に木々の芽吹きが一斉に起るのを見ても分かるように常に更新、再生を繰り返します。宇宙を通じて流れる意識は天地創造の昔から老化することなく、変わらぬ働きを続けています。他方、形あるものには老化はつきものですが、少しでも意識、宇宙の活動を取り込むことで若さを維持したいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落212

212 It is unfortunate that 99% of the human kind are living in this kind of a jungle of the mind. When they could enjoy the consciousness, the other part of themselves that has everything that the human will ever need. For they could enjoy a life free from fear, with which the mind is shackled. There is one thing we can say for the noble space people, their minds follow the consciousness of the cosmos. And even though they are not perfect in its execution, they will be in time for they follow the guidance of consciousness.
212 残念なことに人類の99%が心のこの種のジャングルの中に生きています。彼らが人間が欲するあらゆるものを持っている意識すなわち、自身のもう一方の半身を享受することが出来るのにもかかわらずです。何故なら心が鎖で繋がれた恐怖から自由になれば生命を楽しめるようになるからです。高貴な宇宙人達について一つ言えることがあります。彼らの心は宇宙の意識に従うということです。そして彼らはその実行において例え完全ではなくても、彼らはいずれそうなるでしょう。彼らは意識の導きに従っているからです。


【解説】
 第5課のまとめです。私達は心の勝手な意見に振り回され、本来の宇宙からの印象が入り込む余地がない程に密生したジャングルの中で生きています。しかし、これでは暗闇の中を手探りで林立する意見という大木に触れ、またしばしそれに頼って生活しますが、一向に森を抜け出ることはできません。
 一方、よく「無心」で事を成すという表現がありますが、人を除く他の創造物においては心はそれほど増長していません。心に左右されない生き方こそ王道なのです。心の占める割合を小さくして、宇宙から直接やって来る印象(インスピレーション)に従う余地(ゆとり)を常に残しておく必要があります。「心貧しき者は幸いである」、「幼子のようにならなければ天国に入れない」という言葉も、このような素直な心の状態を指すものと思われます。何事も心で考えていたのではスピードも遅いし、雑念も入り込みます。そういう意味では、もっと心を小さく、言い換えれば心を謙虚に保って、心自らは創造主から常に指導を受ける身であることを自覚することが大切です。
 各自、日常生活においてこれを実行する上でどのようにした方がよいかは一概に言えませんが、毎日毎日その方向への少しずつの積み重ねが最終的には揺るぎない良い結果をもたらすことは確かです。感性の高まりや心の状態のレベルアップが日常生活の改善に及ぼす効果は絶大なものがあるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落211

211 This recalls an incident which happened to my wife Mary, who has since passed away, when she became lost at night fall in a jungle of high wild lilac which covered only a half acre of land. She became frightened and called for help, even though she was only about 500 yards from home. This is used only as an example to show how easily one can become lost in a jungle of self opinions which are contrary to cosmic purpose.
211 このことはずっと前に亡くなった私の妻メアリーに起こったある出来事を思い出させます。それは彼女がわずか半エーカーの土地を覆っていた野生の背の高いライラックのジャングルに夕暮れ、道に迷った時に起こりました。彼女は恐ろしくなって助けを呼んだのです。家からわずか500ヤード足らずの所に居たにもかかわらずにです。この事例は宇宙的目的に正反対な個人的意見というジャングルで人は如何に簡単に道に迷ってしまうかを示す例として用いているにすぎません。


【解説】
 光に対する闇の意味合いは古くから迷いの象徴として言及されて来ました。確かに、あたりが暗い環境は私達の心に不安(恐怖)をもたらします。それほどに私達は目に頼った生活を送っている訳です。しかし、現実の物体は光にさらされていなくても(即ち目に見えなくても)、そこに存在します。事実、自分の体内の各器官は視覚を持たず、闇の中でも着実に所定の働きを続けています。丁度、無味無臭の空気を嗅いだ場合の感覚器官の反応と同様に、本来は視覚だけが「見えない」と指摘するだけの状況にも拘わらず、視覚への依存度が強い為に、主人公である本人全体を混乱に陥れているのです。
 この例え話はそもそも、個人の意見の乱立から生じているとしています。様々な主義主張によって本来の太陽の光は地面に届いていないと言っているのです。言い換えれば様々な主張が乱立している為、それらが繁茂し本来の真理の光を覆っていることを意味しています。現代、世界各地で起っている宗教対立等もその例です。それゆえ、各自は少なくても自分の周囲についてはこれらの思想の木々を整理し、要・不要を明確にさせて、単純化した生き方を進めるべきでしょう。そうすれば、遠からず宇宙本来の意識の印象(光)が暗い足下を照らすことになるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落210

210 Little did they know that what they were searching for was the other half of themselves which was not to be found in the darkness of their own opinions. For this is found in the light of consciousness which they never did enjoy. Yet it was always there, for every now and then the light would penetrate the darkness of the wooded country, but they failed to see and understand it. There are those who have followed the light of consciousness and found the way out and felt and enjoyed the freedom of the open country. And thus they experienced a lasting security that was never known before. Yet others not realizing what they had found, returned back into the darkened land only to be lost again. And they continue to create forests of darkness through which it will be harder to find the way as time goes on.
210 彼等は自分達が求めているものが自己の意見という暗闇の中では見出せない自分自身の半身であることが少しも分からないのです。何故なら、これは彼等が決して享受したことのない意識の光の中において発見されるものだからです。それでも、それはそこにいつもあります。何故なら時として光は木々に覆われた土地を貫くことがありますが、彼等はそれを見落とし、理解し損じるからです。また、意識の光に従って外に通じる道を見い出し、広がった大地の自由さを感じ、楽しむ者もいます。そしてこのように彼等はこれまで経験したことのない永続する安心感を体験するのです。それでも他の者達は自分達が何を発見したのかを自覚せず、再び暗い土地に戻って行き、ただ再び道に迷います。そして彼等は時間が経つにつれ見い出すのをますます困難にさせる暗黒の力を造り続けるのです。


【解説】
 求めているのは実は自分のもう一つの半身であるというのは、大変重要なポイントです。私達は失敗の原因を外、即ち環境のせいにし、生きる目的もまた、何か外に求めて様々に放蕩して来ました。その都度、街には勧誘の声があり、成功事例を伝える本も多数出回っています。私達はこれまで、それ程に外界に目を向けて来ましたが、これらのいずれもが結局は期待を裏切るものであった訳で、探し求めて来たものは最も近くにあったということです。
 従って、逆の言い方をすれば、外に答えを求めても目的は達せられず、己の内面の隅々を照らすことで真の生きる満足が得られるということでしょう。それにつけても動物達は見ていて、実に満足そうな生活振りです。どのような環境に置かれようとも、日々の生活は楽しさで満たされているように思えるのです。わずかな距離でも喜んで飼い主と散歩に出る時の犬の姿からも満足することの大切さを知ることが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落209

209 These people are like a man lost in a heavily wooded forest where the congested growth hides the sun and the vision of heaven that could lead him in the right direction. The timbers could be likened to personal opinions that blocks the vision of light that could show the way. A person may even die in this state and never know the true purpose of life. We have people who have everything that the world has to offer, even security beyond their needs, but they are very unhappy within themselves. They have searched all of their lives for something they did not understand. They sought wealth and fame for security but after having this, the happiness they longed for was not there because they had never left the timber land of self opinions. And their values of life are out of line with the cosmos.
209 これらの人々は生い茂った木々の成長が正しい方向を示してくれる太陽と天の視界を隠しているうっそうと茂った森の中で道に迷った人間のようなものです。木々は道を示すことができる光の視覚を遮る個人的な意見に似ていると言えるでしょう。人によってはこの状況の中で亡くなり、人生の真実の目的を知ることはありません。私達はこの世が提供できるあらゆるもの、そして自分が必要とする以上の安全さえも手に入れ、それでも自分自身の内面ではとても不幸である人々を知っています。彼らは自分の生涯の全てを自分ではわからない何物かを求めて来ているのです。彼らは安心のために富や名声を追い求めて来ましたが、それを得た後は、願っていた幸せはそこには無かったのです。何故なら彼らは自己の意見という森林を離れることはなかったからです。そして彼らの人生の価値というものは、宇宙の方向からは外れています。


【解説】
 そもそも心に意識からの印象を受け入れる余地がなくてはなりません。元々、自己主張が強く、それなりに自分で頑張って世の中を渡って来た人達にとって、取りあえず順調に推移している間は、問題も顕在化しないのですが、ひとたび、状況が悪化すると己の限界を過度に考え込んでしまうことになるのではないでしょうか。
 個人的には本稿事例のような状況を明確にイメージすることが出来ませんが、そもそも他人の意見を喜んで受け入れる度量が無くては、エゴに支配される人間に早晩、陥ることでしょう。むしろ、それまでの自分を振り返り、不要なもの、未整理な状況を自ら明らかにして整理する作業が必要だと考えています。いわゆる心の「棚下ろし」作業です。自分の心の状況を左右している要素は何と何であるかを改めて整理すると、意外に悩みの本質的内容は小さいものであることが多いものです。心が勝手に騒いでいたという事例も私自身、数多く体験しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落208

208 Yet some individuals after finding this go astray. And there are millions of such. But when this happens more than one gap is made and sometimes these are almost impossible to fill as the human mind in many cases is lazy and seeks the highway of least resistance. Thus it creates many gaps through its span of life. And this majority never know true happiness, peace and contentment. And the indications are that they are off the beam of life which is of cosmic nature. For they are easily irritated, hard to satisfy, fault finding and display very poor sportsmanship. They constantly seek new friends which are not stable, but of the same nature.
208 それでも人によってはこれを見い出した後も、道に迷う者もいます。しかもこのような例は何百万もあるのです。しかし、これが起った後は、出来るすき間は一箇所に留まらず、時として埋めることがほとんど困難になってしまいます。何故なら人間の心は多くの場合、怠け者であり、最小限の抵抗という常道を求めるからです。このようにして心はその生涯を通じて数多くのすき間を造り出すのです。そしてこの多数派は真実の幸福や平和、満足を知ることはありません。そしてその兆候は彼等が宇宙的性質である生命の光線とは離れていることを示しています。何故なら、彼等は容易にイライラして、満ち足りることが無く、あら探しをし、とても貧しいスポーツマン精神を表わすからです。彼等は常に新しい友人を求めますが、それらは不安定であり、また同類の者達です。

【解説】
 自らが長年求めていたものを見つけた場合でも更に迷う者も多いと言っています。その原因は私達の心の怠け癖であり、折角のチャンスもみすみす失ってしまうということは大変、残念なことです。”慣性の法則”に身を委ねていては、所詮、下るだけです。少しでも向上する為には、自ら自分の心を叱咤激励するしか方法は無いでしょう。自らの現状を損なうことを恐れるあまり、冒険したがらないのがエゴの自己保身の特徴です。
 その結果、本当は千載一遇のチャンスであった筈のものが、再び去ってしまうことは悔しいものです。多くの事例では本人は一歩を踏み出すことを躊躇していた為に、その後、何十年も改善の機会を失っているケースもあります。他人から見ると良い機会だと思うのですが、本人の自覚がそこまでに至っていないのです。
 その根本の原因、踏み出せない原因はやはり信頼感、創造主から愛されているという信仰心が十分、内面に育っているかどうかに架かっていると考えています。信頼を何処に置いているのか、移り気の他人に置くのか、万物を貫く宇宙の意識に置いているのかの違いです。
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