ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落192

192 Man has learned much about the three dimensional world and now it is time for him to blend his knowledge with the four dimensional invisible world around him. That is if he is to do away with the mysteries that he has been governed by all of this time. And this can only be done by the mind, the effect, humbling itself to the consciousness - the cause, and thus allow it to explain the relationship of the two. Only consciousness can do this as it is the fourth dimension that knows no limitations.
192 人は三次元世界については既に多くを学んでおり、今はその知識を自分の周囲にある目に見えない四次元世界と融合させる時です。それは人が常日頃、支配されている諸神秘を取り去ろうとするならばです。そしてそれは、結果である心が自身を因である意識に謙虚にすることによってのみ可能となりますし、そうすることで意識に両者の関係を説かせることが出来るようになります。限界を知らない四次元である故に意識のみがこのことを為し得るのです。


【解説】
 何故多くの教えが私達には謙虚さが重要だというのかが、本項で説かれています。
 これまで私達は自分の意志の強さが全てを解決し、一人一人の目的地に導くとして来ましたが、果たしてそれは真実でしょうか。私達はこれまでのこのような姿勢を改め、私達の周囲の空間にこそ、感謝の念を抱き、そこからもたらされる印象(インスピレーション)の価値について自覚する必要があるのです。
 本項では私達がこれまで学んで来た「知識」をその空間世界と融合させることを求めています。現象を整理した知識を創造作用の因にまで遡って理解し、実感することを求めています。
 この周囲の空間を何と見るかで私達の生活観は大きく変わります。創造主に繋がる印象の海と理解することと、何も無いただの空気と位置づけることの間には文字通り「雲泥の差」があるのです。私達はこの一見、虚空と見える中に生命活動の奥義を見届ける必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落191

191 The wealth of time could not be as great as an understanding that man must have before his future is secure. For without it he cannot hope to have the knowledge that our space brothers have.
191 時間の豊かさは人が自分の未来を確実にする前に会得していなければならない理解以上に偉大ではあり得ません。何故ならその理解なしには私達の宇宙兄弟達が得ている知識を持つことは望めないからです。



【解説】
 「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」(孔子)の通り、最も重要なことは宇宙の法則性に関する私達の理解、即ち悟りです。この理解こそが私達の進化の土台であるからです。
 この理解はもちろん私達を取り巻く四次元世界、意識と私達との関係についてです。古来、多数の人々がある者は祈りにより、またある者は沈想によって自らを取り巻く不可視の世界とその働きを理解しようとして来ました。仏教寺院をはじめとする道場はこれら学習の場であり、僧侶は自らの精進を目指して感覚を鋭敏なものとする修行を行うものと思われます。その修行の中で、目に見えない法則(法輪)を見抜き、改めて宇宙の規則性に気付き各自が次に取り組むべき課題を知るということでしょう。
 私達の前には確かに無限の時間がありますが、そのこと以上に法則の理解、悟りに到達すること、宇宙の法則性を理解することに価値があるのだと著者は説いています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落190

190 Jesus for one tried to explain the fourth dimension, but even today his teachings are not understood. As a result the fourth dimension has been placed in the abstract side of life with the hope that it will be understood in the here-after. But how could one ever understand if he did not have some comprehension of it here? One must learn the next step to be taken before he can understand the reason for it.
190 一例として言えば、イエスはこの四次元を説明しようと努力しましたが、今日になってもその教えは理解されていません。その結果、四次元は今後理解されるだろうとする希望と共に生命の抽象的な側に置かれて来てしまいました。しかし、人がそれを今ここで何らかの会得をしない限り、これから先どのようにして理解できるというのでしょうか。人は進むべき次の一歩を学ぶべきで、その理由は後になって理解出来るのです。


【解説】
 イエスも仏陀も私達に四次元世界について説こうとしていたと本項は指摘しています。目に見え手に触れることが出来る三次元世界にあっても、その思考は四次元世界に広げられることを、これらの師は身を持って私達に示されたということでしょう。
 私達の進むべき道は従前の物質世界の探求ではないと著者は本項で示唆しています。その上で何故それらが必要かは、意識や想念の働きを学ぶ中で自ずと理解されると諭しているのです。
 その為に私達は創造主がどのような存在であり、私達とどのような関係にあるか等、自ら探求する必要があります。これら探求の道は各自のものです。他の者が力を与える訳には行きません。自ら体験し実践する中で少しずつ理解が深まるというものです。達成出来たこの状況を仏教では悟りと言いますが、仏陀がそうであったように、その到達には長い年月の努力が必要です。目の前の現実の中で如何にして見えない世界を意識し、与えられるインスピレーションに従順になれるかがカギとなるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落189

189 Since the beginning of time man has schooled himself to want concrete facts which are three dimensional like himself. He left the fourth dimension to mysteries and theories. And only here and there an individual could see the relationship of all dimensions. And when he would express his analysis he usually had very few followers.
189 時のはじまり以来、人は自分と同じ三次元の具体的な事実を求めるよう自分自身をしつけて来ました。人は四次元を神秘や理論に置き去りにしてきました。また、そこここでわずかながら、すべての次元世界の関連性を見る事が出来た者がいました。それでも、その者が自らの分析結果を表現する時、彼にはいつもほんのわずかの追従者しかいませんでした。




【解説】
 重要な点は私達の軸足を何処に置くかということです。これまでの私達はより堅固で変化しないと思い込んで来た三次元、即ち物質世界に自らの拠り所を求めて来ました。しかし果たしてこれらのものは永久に各自のもの、いつの時代にも不変な価値を持つかと言えば、バブル時代を経験した私達は、それば誤りであることを知っています。
 一方、私達は他の動植物達は何故未来を憂い、将来を心配することなく生活を送っていられるのか全く分からないでいます。そこには死に対する恐怖や未来に対する心配事をもたらすような心は無く、ただ印象に従順な単純な心があるものと思われます。しかし、それ以上に創造主や因に対する確固たる信頼や畏敬があることがその違いを生じさせているのです。
 一概に言うことは出来ませんが、私達が存在を信じる因の世界は、想念・印象を通じて現実世界を導き、創造の目的に沿って物事を実現させている訳で、この世界にこそ私達の希望と信頼を置いて生きて行くことです。創造の目的に合致すればその夢はたちどころに現実化し、皆さまが思い通りの生活を送ることを可能とする訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落188

188 Man's troubles begin in the fourth dimension. For he as a sense mind operates in the three dimensions, an effect of the cause. So he gives much time to the world of effects and understands it fairly well. But he has trouble associating the invisible world around him with the world in which he lives. And when he uses his mind instead of his consciousness to try and understand the fourth dimension, he becomes confused. And the great difference which exists in the invisible fourth dimension which is cause, makes it still harder for him to understand, as he has been taught in the three dimensions for centuries. Even the ancients did not understand the fourth dimension, for had they done so they would not have divided heaven and earth. Or cause and effect.
188 人間の諸問題は4次元で起ります。何故なら、感覚の心としての人は原因の一結果である三次元で働いているからです。その為、人は結果の世界に多くの時間を費やしており、その世界をかなり良く理解しています。しかし、人は自分が住む世界と自分の回りの目に見えない世界に関しては悩みを持っているのです。そして人が4次元を理解しようとする時、自らの意識を使う代わりに心を使う為、混乱するようになるのです。そして因である目に見えない4次元に存在する大きな違いは更に理解を難しくしています。何世紀もの間、人は3次元世界の中で教えられて来たからです。古代人達も4次元を理解していませんでした。もし理解していたら、彼等は天と地、あるいは原因と結果に分割しなかったであろうからです。



【解説】
 私達の悩みや苦しみその他、抱える問題の由来は四次元世界への無理解に起因すると本項では説かれています。分かり易く言えば、三次元世界のもの、例えば足元の石や草木その他地上にあるものは何一つそのような問題には係りなく生きているという訳です。つまり悩んだりして問題を訴えているのは私達の心だけだということです。地上にあるその他のもの達は皆、等しく宇宙を理解し安寧な生活を送っているということでしょう。
 こうした問題、私達自身の問題が何処に生じるかについて、本項は三次元世界に軸足を置く私達の心に問題があるとしています。思い通りにならない等々の問題は、物事が成就する仕組み、四次元世界の作用が三次元世界に発現するという法則性を十分理解していないことによるのです。
 要は私達は両者の関連性を学び、その法則性を理解することから始めるべきで、いたずらに結果のみを求めるべきではないということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落187

187 Man should become aware of living two different experiences at the same time, for he is living on top of the earth of three dimensions, yet depending and living in the fourth dimension. For from the crust of the earth towards the sky is the invisible fourth dimension which we call space. Outside of it we could not live any more than the fish that cannot live out of the water. No form could live without the support of the fourth dimension for it is the air which we call atmosphere in which earth forms live and breath. And if it were withdrawn no form could live, not even the earth.
187 人は同時に二つの異なる体験を生きていることに気付くべきです。何故なら人は3次元である地上の頂上に生き、かつ4次元に依存しその中で生きているからです。地上の塊から大空に向かって私達が宇宙と呼ぶ目に見えない4次元が広がっています。魚が水無しでは生きて行けないのと同様、私達はその外側では生きて行けません。如何なる形有るものも4次元の支援が無ければ生きられません。何故なら地上の形有るものが生き、呼吸する私達が大気と呼ぶ空気が無ければ如何なるものも生きては行けないからです。そしてもし、大気が取り去られたら、如何なるもの、地球でさえも生きることはできません。




【解説】
 私達が因の世界を知覚するということはどういうことかについて、本項で著者は地上に立つ私達が実は地上に属する一方で、頭上に広がる大気、宇宙空間こそ私達自身を包み込む四次元世界だとしています。魚が水中でしか生きられないように、私達もこの惑星自身も宇宙空間からの支援無くして成り立たないと先ずは自覚する必要がある訳です。
 もちろん私達は地上に足を置く者であり、様々な地上の制約を受ける訳ではあるのですが、より根本的には宇宙からの支えを受けているのです。多くの細胞はそれら宇宙からの声に待機し、そのヒントを得ようとスタンバイしており、その指示を受けるや100%信頼してそれを実行に移します。そうした成功体験は同時に揺るぎない信頼に成長して行きます。私達も日頃の成功体験を積み重ねる中で、これらの印象の源をますます信頼することが出来るようになります。
 地上のものは移ろい易い中、宇宙から来る印象ほど確かなものはなく、私達に向けて発せられる恩寵の想念をインスピレーションとして感受出来れば、こんなに素晴らしいことはありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落186

186 The whale, although there are others, masters the pressures and elements of the sea, for it is able to go to great depths yet it can swim on the surface of the water and partake of the invisible gases from space that enshroud the earth. And there are some like the flying fish that leave the liquids for an experience in the sea of gases. Thus they have experience in two different kingdoms. The liquid of the water and the gases of which the liquid it made.
186 クジラは、他の者もいますが、海の様々な圧力や要素をマスターしています。何故なら海中深くまで潜ることが出来ますし、水面付近で泳ぎ地球を覆っている宇宙から目に見えないガス類を取り込むことが出来るからです。そしてトビウオのようにガスの海での体験を求めて液体を離れる者もいます。そのようにして彼等は二つの異なる王国での体験を持つのです。液体としての水とその液体を造ったガスの二つです。


【解説】
 本項で著者は、私達は同時に二つの世界を享受できることを示唆しています。つまり三次元の物質世界とそれを取り囲む意識の世界です。しかし、とりわけ注意したいのは、古来から言われている霊界その他の神秘的なものを推奨しているのではないということです。
 丁度クジラやトビウオが大気と海の世界を自由に行き来するように、私達は両方の世界を等しく理解し、生活に応用するという所が重要な部分です。霊の世界、意識の領域のみに生きるのではないというところがポイントなのではないでしょうか。
 変化する物質の世界にあっても同時に宇宙の記憶や引き継がれる印象や体験等、不可視な要素が全てを指導し、知識を与えていることを知る時、私達は自らの本来の潜在力、可能性を知ることになるものと思われます。因の意見を体現することを通して得た体験こそ後代に伝えるべきもの、後世への最大遺物と思うからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落185

185 Let us now place the mind in relationship to consciousness as an observer of conscious action. And for this the shore of the ocean can be used as an example. For as we gaze out over the vast stretches of water we know that there is untold life within its body. So let us become consciously aware of the activity that is taking place within its depths that the sense mind does not see. We should now become consciously aware through impressions of the many active forms and see those as small as a grain of sand searching the bottom of the ocean for food. And millions of kinds of form life from the bottom to the surface doing the same thing. Some never rise from the bottom to see the light near the surface, while others do.
185 それでは意識に関連して心を意識的活動の観察者の立場に置いてみましょう。そしてこの為には、例として大洋の岸辺を用いることが出来ます。何故なら、私達が水の広大な広がりの彼方を見つめる時、私達はその中に人知れぬ生命があることを知っているからです。ですから感覚の心が見ることのない海中深く起っている活動について意識的に気付くようになりましょう。私達は今や、多くの活動する形有るものの印象を通じて意識的に気付くよう、また大洋の底を食べ物を探している砂粒ほどの生き物を見るようにならなければなりません。しかも海底から水面まで何百万もの種類の生命が同様なことを行っています。あるものは決して水面近くの光を見る為に海底から浮かび上がることはありませんが、そうするものもいます。




【解説】
 意識を知る為の一つの訓練法として著者は海岸に立って海を見る中で、膨大な海の中に暮らす生きもの達の姿を思い浮かべること、意識することを勧めています。
 海はまさに目の前にありますし、私達はその広大な水域に文字通り無数の生きものが暮らしていることを知っていますが、私達の目は目の前の水面しか見ていないのです。
 目の前に広がる世界に対し、私達は自分の感覚器官のみに依存している為、肝心な内部の生き生きとした世界に気が付かないまま過ごしているという訳です。
 これを打開する為には、先ずは自らの感覚を研ぎ澄ませてその内部を知ろうと努力すること、印象を感受できるよう、心を明鏡のごとく鎮め、通過するかすかな印象にも反応する感度を持たなければなりません。何よりも私達は物事のほんの表層の一部しか見ていないことを自覚しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落184

184 No form or mind can live independent of consciousness. For outside of it, if there were any, would be absolute nothingness. So it is up to man to strive to have his mind listen to the teacher, the parent of all creation.
184 如何なる形有るものも、また心も意識と独立して生きることは出来ません。何故なら、その外側というものがもしあったとしても、そこは、絶対的な無であろうだからです。ですから、自らの心をすべての創造物の教師、両親に耳を傾けさせようと努力することが人間の義務なのです。



【解説】
 このわずか数行が私達が目指すべき「意識」の本質を示しています。
 言い替えれば万物を包む媒体であり、それを通して宇宙における様々な物体、またそれらを構成する記憶する物質と融和し、互いに交流を持つことが出来ることを私達に示唆しているのです。
 前項で話があったように、私達は身の回りの物質世界にあまりに拘泥し、その背後にあり、また私達全てを包み込んでいる意識の存在に対して、あまりに無関心・無頓着であると言えるでしょう。この意識の活動と役割は一生掛けて学び取るだけの価値がありますし、その意識を知る中で、私達は進化の道を歩むことが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落183

183 Even some marine life strives to see the light above the water. And the liquid of water would not be if it were not for the essence of hydrogen and oxygen which are invisible. In this invisible state the prime of life cannot be seen with the sense of sight of the human mind. But it can be known to the mind through consciousness. For consciousness is the intelligence and power that is independent of the forms, yet it activates all forms when it acts through them. Consciousness knows no light or darkness as man classifies these frequencies. Nor does it know good or bad for these are classifications of the mind through misapplication of the law.
183 ある種の海洋生物でさえ水面上の光を見ようと努力します。また液体である水は目に見えない水素と酸素の基本化合物が無ければ存在しないでしょう。この目に見えない状態の中では生命の本源は人間の心の視覚では見ることは出来ません。しかし、意識を通じて心に知られることは可能です。何故なら意識は形有るものから独立している知性であり力であり、それを通じて働く全てのものを活性化するからです。意識は人がこれらの振動を分類するように光とか闇とかを区別することはありません。また、善悪も知ることはありません。これらは法則の誤用を通じた心の分類だからです。



【解説】
 先日もある所で無数の羽蟻が街灯の光に集まる光景に出会いました。実はその光景はいつも起こるのではありません。気温や湿度が上がり、彼ら羽蟻達にとって都合の最も良いタイミングで起こる集団行動なのです。その日は今考えると翌日雨が降る前の蒸し暑い夜で、その時、彼らは一斉に光を目指して周囲から集まるものと考えます。その後、彼らは羽を捨てる為、街灯の下にはおびただしい数の羽が積もります。
 これらはその羽蟻達にとって一生に一度のイベントであることでしょうし、光に集まる意義を良く知り、天候の行く末を察知した上での行動と思われます。
 一方の私達人間はこれらのもの達のように命を掛けて行動する目的を見失い、怠惰に暮らしているように思われます。暗黒の人間社会にあって光明に気付き、それを求める願望を無くしてはいないでしょうか。トビウオが水中を離れてしばし空中を飛ぶように、自らの暮らす次元より高次な世界、因の領域を知ろうと行動することが求められています。

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