ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落061

5. WHAT IS CONSCIOUSNESS?
061 The term consciousness seems to be the foundation of all creation. It is not a physical thing, yet it measures all expressions of physical forms. Without it no form could be or exist for consciousness is life itself. It is the power which gathers the elements into the formed state and it is the intelligent force which causes awareness and animation within the form. Conscious awareness of the All-Inclusive consciousness is that tremendous power which is referred to in the Scriptures as the Holy Ghost. It is a dweller, as power, within that which is created, perpetuating the growth of the form by the constant action which is the law of It's being.
第5章 意識とは何か
061 意識という用語は全ての創造作用の基礎であるように思います。それは物理的なものではありませんが、物理的な形あるものの全ての表現の尺度となっています。意識なしではどんな形あるものも存在することが出来ません。意識が生命自体であるからです。それは諸元素を集めて形ある状態にさせる力であり、形あるものの中に気付きと活気をもたらす知性的な力なのです。全てを包含する意識に対する意識的な気付きは聖書の中で聖霊と称されるあのすさまじい力です。意識は創造されたものの内側にある力としての住人であり、その存在の法則でもある絶え間ない行動によってその形あるものの成長を永続させているものです。




【解説】
 本章では一連のアダムスキー哲学の中で最も重要とされている「意識」について改めて著者自らが私達に解説しています。
 とかく私達はこの「意識」なる用語を何か特別なものとして捉えがちで、単に”意識”、”意識”と唱えればそのものに接近することが出来ると思いがちですが、それは誤りであることでしょう。アダムスキー氏が教える「意識」の実態について、先ずは私達自身で探求し、真実の姿を見極めることが必要です。その場合、「Consciousness(意識)」と表現しているイメージはやはり私達日本人にとっては、通常”気を失って意識が無い”等々で用いる”意識”のままのイメージで良い筈です。異なるのはそれと同種の存在が万物に宿る、或は万物を支えているということです。
 この意識なるものは物の全てに存在する訳で、物と物との間のつなぎ、連携するもので宇宙とも融合しているものと考えられます。その知性は万物を創造する知性と力を持っている訳ですので、その力は強力で私達はその力を借りることが出来れば、大いなる発展を遂げることが出来る筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落060

060 Learn to believe in your power of perception; give recognition to those things of which you became aware and you will find yourself enjoying a feeling of happiness and well being. Your vision will gradually expand to where you can feel the pulsation of life in all forms. And you will understand the Universal Language of Life, and the limitations that have bound you to the personal ego will vanish into the illimitable vastness of Cosmic intelligence.
060 あなた自身の知覚力を信じることを学びなさい。あなたが気付くようになった物事に認識を与えることです。そうすればあなた自身、幸せと良好な状態を楽しんでいることに気付くことでしょう。あなたの視界は徐々に拡がり、あなたがあらゆる形あるものの中の生命の脈動を感じ取れるようになることでしょう。そしてあなたは生命の宇宙普遍の言語を理解し、あなたを個人の自我に縛り付けて来た諸々の限界は宇宙的知性の限りない広大さの中に消え去ることでしょう。




【解説】
 私達自身には既に十分な知覚能力が備わっていることを先ず自覚することから始まるということです。仮にその姿が未だ見えないと主張する方も長い年月の中にはその片鱗を垣間見る瞬間もあることでしょう。大事なのはその瞬間の体験を大切にし、記憶することです。
 このように時にいわば創造主の贈り物として得る体験から私達各々が何を学ぶかが問われているのです。わずかな機会であっても私達の自我を解放し、宇宙的な存在に変容する上でまたとない機会となるからです。
 こうして少しずつ体験を積み重ねることで私達は創造された本来の存在、他のあらゆるものと共鳴、融合出来る宇宙的な存在になれるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落059

059 One of our noted scientists once said, "I find ofttimes that in the moments when I have ceased pondering over a problem the greatest revelations come to me." Such revelation is true perception, for it is the time when the mortal sense mind and the cause intelligence unite. Such awareness is called intuition, and the man who acts intuitively is always right. The mortal mind is usually unable to perceive the thoughts which are conceived from the cosmic source for it is in a constant state of friction and wonderment, lost in the perception of the innumerable forms of the effective world and so unaware of the new ideas that are waiting for birth. It is necessary to perceive the possibilities within anything before those potentials are able to become a reality in one's life. True perception goes beyond the apparent into the cause of the appearance, it goes into the invisible and brings newly conceived ideas into manifestation. Many people consciously perceive wonderful things but have not enough faith to bring them forth.
059 著名な科学者の一人はかつてこう言いました。「私はしばしば、問題について考え込むことを止めた瞬間に最大の新発見がやって来ることに気付いています」と。このような啓示は真の知覚です。何故ならそれは死すべき感覚心と因なる知性とが結びつく時であるからです。このような気付きは直感と呼ばれ、直感的に行動する者は常に間違いはありません。肉体の心は大抵は宇宙的源泉から受想される想念を知覚することは出来ません。何故ならそれは常に摩擦と好奇心の状態にあり、結果の世界における無数の形あるものを知覚する内に迷ってしまい、誕生を待っている新しいアイデアには気が付かないからです。このようなこと(訳注:感覚心と因なる知性が結びつくこと)が各自の生活において現実のものとなることが可能となるためには、それ以前にその可能性を知覚する必要があります。真の知覚とは外観を超える因にまで及ぶものであり、新たに受想したアイデアを創造物としてもたらすのです。しかし、多くの人々は意識上は素晴らしい物事を知覚はしますが、それらを現実にもたらすほどの十分な信頼を持っていないのです。




【解説】
 本項はかのエジソンが語った内容を例に、著者が私達が目指すべき「知覚」能力の開発方向を説いていると言えるでしょう。そもそも私達が自らの知覚力を磨くのは本文にあるよう、背後にある目に見えない要素であり、普段の諸々の思いや不安、興味で詰まった心を一端空にしない限り、現れない直観的な感受性です。
 その為には、先ずは私達自身の心から心配事やこだわり事を排除し、無心になってあらゆる波動を受け入れる寛容さこそ心掛けねばなりません。こうして得られたヒラメキを大切にして、その実現を目指すことが望まれているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落058

058 There is really very little difference between conception and perception; the former is the cause soul awareness and the latter is mortal sense awareness, and the two should be always united.
058 実際には受想と知覚の間には、本当にほんのわずかの違いしかありません。前者は因の魂による気付きであり、後者は死すべき肉体の感覚の気付きで、両者は常に一体であらねばならないのです。



【解説】
 私達各自にあるConception(受想)とPerception(知覚)機能について、本項で著者はそれらの差異について記しています。
 実際にはそれらの内容の違いはほとんど無く、受想は因なる魂の気付き、知覚は肉体の感覚の気付きとしているのです。重要な点は両者ともに私達各自の中にあるということで、因なる機能も肉体の機能も全て私達の中に存在しているということでしょう。
 そうした中で、私達は例え全てを有していると言っても、実質的に因なる受想機能を発揮しなければ、やがてそれらは衰えてしまうことは必然です。そういう意味でも、その因なる部分を盛んにして実行力ある知覚に繋げる努力が必要だという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落057

057 When an unselfish idea is conceived it is to be perceived and brought forth into manifestation just as a soul conceived in the womb of a mother is to be given birth in physical form. Whatever one becomes aware of that is not contrary to natural law must exist, for how can it be possible to perceive that which is not existent?
057 一つの非利己的なアイデアが受想される時、それは丁度、一つの魂が母親の子宮で受胎し肉体の形をもって誕生するのと全く同じに、それは知覚され具体的な創造物としてこの世にもたらされます。自然法則に反しない限り、どのような事柄も人がそれに気付くものは存在する筈です。何故なら存在しないものをどうして知覚することが出来るのでしょうか。




【解説】
 各自にとって時には、これまで自分中心(利己的)なアイデアではない、利他の要素を持つものも心に浮かぶものです。重要なのはそれを逃さず、更に深く知ろうとすることです。当初、私達にとって漠然としたアイデアの状態はConception(受想)であり、宇宙から来るものですが、それをより具体的に自分自身が理解することはPerception(知覚)であり、その後はそのアイデアを物作りや行動への発展させることに繋がります。
 実際には類似したアイデアは過去にも出現している為、既に同類の内容が実現されている為、私達のPerception(知覚)以降の活動も宇宙空間自体に記憶され、私達の進路を導くことになるので安心せよ、と著者が私達に語り掛けているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落056

056 Lack of perception is the greatest of the sins of omission; why should a man remain in ignorance when all things lie before him and the very fullness of life prevails within his being awaiting the command to come forth.
056 知覚の欠如は怠慢の罪の内、最大のものです。何故、人間は全てのものが自分の面前に有り、自身の中には命令が来るのを今か今かと待っている生命で満ち溢れているのに、無知のまま留まっているというのでしょうか。



【解説】
 目の前に十二分な贈り物が供えられているにも拘わらず、それらに気付かず、他の場所に目をやり、何かを探し、「無い」と騒ぎ立て、それに疲れると再び眠り込む姿は私達自身を表しているということでしょう。
 その恵まれた環境に気付くことが最も重要なことです。これは怪我をして長期間歩けなかった者がやがて傷も癒えて再び自力で歩けるようになった時、何気ない街路の散歩が如何に素晴らしいか良く分かることに似ています。
 私達の歩む先には、やがて私達がその能力に目覚める時、発揮出来る能力とその素材が私達の指令を待っている訳であり、その発現こそ私達に期待されている所なのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落055

055 Perception includes not only recognition but also comprehension. We cannot fail to recognize the fact that we are sons of the Cosmic Father Principle and heirs to all there is, but how many are there in this world who have actually perceived what that sonship means? Lack of perception leads always to a lack of confidence which prevents man going forward into greater accomplishment. The man who fails to understand his relationship with the whole is but a wanderer having no purpose in life.
055 知覚には認識のみでなく、理解も含まれています。私達は自分達が宇宙の父性原理の息子達であり、存在する全ての相続人であることを忘れてはいけませんが、この世の中にはどれだけの人がこの息子の地位が何を意味するかを知覚しているのでしょうか。知覚の不足は確信の不足に繋がるものであり、それは人がより大いなる達成に前進することを妨げるものです。全体との自身の関連性を理解出来ない人間は人生に何の目的を持たない放浪者でしかありません。




【解説】
 自分が如何に恵まれているかを自覚するところから、進化の道は始まるということでしょう。ほとんどの賢者や宗教指導者が教える事柄の第一は「感謝」にあるのは、本項で説かれているように、先ずは私達自身の恵まれた地位とそれを授けている創造主に感謝し、その事実を深く認識せよとしているのです。
 一方、それら核心部分を十分に理解していない人は、行き先を不安に思い、自信を持てません。まさに、信仰心が不足している状態です。
 従って、先ずは私達自身の現状を自分の目で確かめ、与えられた環境を十分に活かしているかチェックした方が良いでしょう。自らを生かし続けて呉れる生命力に感謝し、その発現にこそ力を発揮しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落054

054 In our christian bible we find references to "Life Eternal" and the way we must conduct our lives in order to know, "the only true God," but the application as to just how this is done is not explained. To know God the Father is to perceive Cosmic Cause. Conception has no limitations for it is cosmic, and that which is conceived can also be perceived by the mortal mind so perception knows no beginning or ending; its vastness is all-inclusive.
054 キリスト教の聖書に私達は「永遠の生命」や「唯一真実の神」を知る為に私達が人生を導かなければならない道に関する言及を見出しますが、ただ、これがどのようにしたら為されるのかについては説明されてはいません。父なる神を知ることは宇宙的因を知覚することです。受想は宇宙的属性であるが故に限界はありませんし、また受想されたものはまた、死すべき心によって知覚され得るため、知覚にははじまりも終わりもない訳で、その広大さは全てを包含するものです。



【解説】
 古来から地球人に伝えられて来た真理について、その内容は精妙なものであるが故に、当時の人々、更には今日の私達にも十分な理解を得ていないまま今日を迎えています。
 多くの宗教の中に共通する教えがあり、それが本項で言う永遠の生命や唯一の神というものですが、それも具体的な到達方法についてまで説くものではありません。各個人によって状況は異なるものである以上、各自が修行によって一つずつ身に付けるより他に方法はないのです。
 本第4章は私達へのヒントとして、因なる印象(Conception)は高速に私達を通過し、その内容は当座はおぼろげな印象しか私達にもたらしませんが、やがて、私達がそれらの意図する内容を静かに学ぶことで、次第にその持つ具体的な意味を学ぶことが出来る(Perception)が可能となり、自らの能力を高めることが出来ると説いています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落053

053 There are myriads of thoughts bombarding man's mind every second; some are personal, some are impersonal, many are beyond the conception of the average sense mind. It is true that each thought that enters man's being impresses itself upon the individual cells of his body but the mortal sense mind as a whole does not become aware of it. Conception while being of Cause does not raise man to the Cause state; it is perception which produces growth in the mortal man. In the average man the thoughts are passing at the approximate rate of 1100 per second. In a highly developed person the thoughts run about one-half million per second. The mortal grows through experience and only that which is perceived consciously can be termed as experience. Awareness is the key to wisdom and the only channel to human thought expansion. Awareness must be combined with action so that intelligence may be expressed. Cosmic Cause incarnates in matter whether the mortal mind of man is conscious of it or not, but through perception of that action the mortal expands in the field of growth. The mortal sense mind, having divided itself from the Whole, must evolve again into the Oneness by perceiving the Cause in effects. In the cosmos everything exists and we, being of the cosmos, have everything within us. If we perceive that which is within us we are able to bring it into manifestation. Through perception we actually "mother" or "father" a thing into growth. The whole science of life is based on these two - through conception and perception are all things brought into being in the world of effects. Conception is responsible for putting Cause into motion and bringing forth action. Conception may take place without any awareness on the part of the intellect but the action which takes place due to conception bring forth a quickening that produces what we know as sensation. Perception is the act of becoming aware of sensation and knowing its source.
053 毎秒、人間の心に衝突して来る何万もの想念があります。あるものは個人的なもの、またあるものは非個人的なものであり、多くは平均的な感覚心の受想を超えています。人間に入り込む各想念は、それ自身を人間の肉体の個々の細胞に印象を刻印することは真実ですが、死すべき感覚心は概して、それに気付くことはありません。因に属する受想は人を因の状態にまで押し上げることはしません。死すべき人間において成長をもたらすのは知覚なのです。平均的な人間では、想念はおよそ毎秒1100個が通過しています。高度に進化した人物においては想念は毎秒50万個も流れます。死すべき人間は体験を通じて成長するもので、意識的に知覚したもののみが体験と呼ぶことが出来るのです。気付きは人間における想念の拡大につながるカギであり、唯一の道です。また、気付きは知性が表現されるよう行動と結び付けられなければなりません。宇宙の因は死すべき人間の心が意識しているいないに係らず、物質に宿っていますが、その活動を知覚することによって死すべき人間は成長の分野で発展するのです。全体から自分自身を分離した死すべき感覚心は結果における因を知覚することによって、再び一体性の中に進化を遂げなければなりません。宇宙の中に全てが存在し、私達もその宇宙に属する以上、私達の中に全てを有しています。もし、私達が自分自身の中にあるものを知覚すれば、私達はそれを創造の現れとしてもたらすことが出来ます。知覚を通じて私達は実際には物事を成長させる「父母」の役割を果たすのです。生命の科学全体はこれらの二つ、受想と知覚に基礎を置いており、それらを通じて、全ての物事が結果の世界にもたらされるのです。受想は因を動かし、行動を推し進める役割を果たしています。受想は知性の側には何らの気付きもないまま生じるかも知れませんが、受想に起因する行動は私達が湧き起こる感情として知っている状態を作り出す衝動をもたらします。知覚はその感情に気付き、源泉を知る行為なのです。




【解説】
 大事なことは、各自が自らの努力として、これら毎秒1100個とも言われる想念波をより多く感知出来るようにし、それらを学習することを通じて、自らの体験を深めて行くことです。
 私達はこれら想念波を感受する機能が備わっており、それらを呼び覚まし、活用することが求められているのです。その為には私達自身がその事実を知る、悟ることが必要で、自分のみならず隣人の為に、その能力を活用することが求められています。
 毎日の一つ一つの実践体験は、各自の能力を高め、その影響は周囲に拡がって行くことになりますし、遂には惑星全体の振動数を高めることに繋がります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落052

4. PERCEPTION AND CONCEPTION
052 "What man can conceive he can also achieve," has been said, but between conception and achievement there lies a middle step which is perception. We are familiar with the use of the word perception as used in relation to a faculty of receiving knowledge of external things by the medium of the senses. This same faculty may also be used to alert the senses to a Cause Intelligence which is beyond its effective scope of perception. Conception is constantly taking place within man; the conscious intelligence of the cosmos is eternally incarnating in matter, but unless there is awareness on the part of the mortal sense mind these thoughts are liable to pass on without ever being recognized in the world of form. We know that thought is the basis of human action and there are millions of thoughts that pass over the highway of mind every day, but man perceives approximately one thought out of every hundred which is conceived within his mind.
第4章 知覚と受想
052 「人が思いつくことはまた、実現することが出来る」と言われて来ました。しかし、思いつくこと(受想)と実現の間には、知覚という中間の段階があるのです。私達は知覚という言葉を、感覚という媒体を通じて外の物事の知識を得る能力に関連させてよく用いて来ています。これと同じ機能は知覚の効果的な範囲を超えた宇宙的知性に感覚を鋭敏にさせるためにも用いることが出来ます。受想は人間の中で常に起こっており、宇宙における意識の知性は永遠に物質の中に体現していますが、肉体の感覚心の側に気付きが無ければ、これらの想念は形あるものの世界の中で認識されることのないまま、通り過ぎてしまい易いのです。想念は人間の行動の基本であり、また毎日、心の大道を何百万もの想念が通過していますが、人は自分の心に受想されるおおよそ100に1つの想念を知覚するだけであることを、私達は知っています。



【解説】
 本シリーズではConceptionの訳語を”受想”としています。実はConceptionの中には受胎(妊娠)という意味もあり、創造主の力を受けて生命を宿すという趣旨も含めているからです。
 重要な点は私達は日常的に私達が気づく100倍以上のヒラメキを受想しているということで、それらのほとんどを無為に捨て去っているということでしょう。そして私達自身が精進を遂げる中で、それら多くのアイデアを現実のものとすることが可能であるということです。
 漠然としたイメージの受想段階のイメージをより具体的なものとして知覚することが出来れば、私達の存在意義を果たせることになるのです。

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