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2017年2月23日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落117

117 Instead of gathering all form life into the sea of consciousness we have divided and separated, and this is why we cannot see God's life manifesting through us and all form life, as our space brothers do. For when they look upon a form, be it of man or any other expression, they do not see just the form, they see the consciousness that supports the form. This is seeing the Creator expressing through the form when the THY WILL and not the mind will is done. Their world and all life on it are conscious manifestations of the Creator, and are so honored.
117 すべての形有る生命を意識の海の中に集めることをしない代わりに、私達はそれらを分割し分離して来ました。これが私達の宇宙兄弟達がしているように私達が私達やすべての形有る生命を通じて神の命を見ることができない理由です。何故なら、彼等が形有るものを見る時、それが人間であれ、他のどのような表現物であれ、彼等は単に形だけを見ることはなく、彼等はその形有るものを支えている意識を見るのです。これが心の意志でなく「汝の意志」が行われている時、形あるものを通じて創造主を見ているということです。それらの世界とそれの上に成り立つすべての生命は創造主の意識の現出であり、そのように栄誉を受けているのです。



【解説】
 何も植物や動物を調べるのに、分類したり種を特定したりする研究をすべきでないとする訳ではありません。問題としているのは、私達の日常の在り方が外形のみを見て、それらを区別し仕分けする一方、それらの内部に存在する共通した生命力を見ようとしない点にあるのです。外見や形だけがそのものの価値だと見做している点が問題なのです。
 しかし、それでは真の一体感は生まれません。同じ情景を見ても、感動する人と何らの興味を持てない人が居ることも確かです。その原因は何処にあるかと言えば、一人はその形あるものの中に自分と同じ生命が宿っていることを知覚でき、またその情景の中にそれらが調和交流して生命を躍動させていることに気付くことが出来るからでしょう。
 同じ世の中に生活している私達は、本項で著者が説くように、宇宙兄弟達のものの見方をいち早く身に付けてせっかくの美しい世界を享受し、創造主に感謝すべきです。「もったいない」という言葉が日本語にはありますが、日々の生活に意識からの働きかけを取り入れないことこそ、その最たるものと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落116

116 And we have become lost in our own mis-creations by separating ourselves from our consciousness which is of the Creator. We have become intellectual giants, but moral morons from a conscious point of view.
116 そして私達は創造主である私達の意識から自分自身を分離することによって私達自身が造り出した誤った創造の諸物の中で迷子になってしまっているのです。私達は知的には巨人になっていますが、意識の観点からは倫理上、低能に成り下がっています。



【解説】
 私達は本来のあるべき姿、即ち自らの内部に宿る意識が黙していることを良いことに、長年、自我の心を増長させ、自分の都合の良い言い訳を作り上げて生活して来ました。その結果、私達は創造主を裁き、倫理に劣るが知識の上では巨大化したイビツな存在になってしまいました。
 他の生きものたちは、知識や知性は劣りますが、意識に従うという点では人間よりはるかに優れています。その結果、大自然はかくも調和した美しさを保ちますし、私達人間もそれらの静かで調和した世界に憧れるものとなっています。
 一方、知の巨人となった人間の世界はどうでしょうか。世の中の経済の動きをコンピュータが自動で収集し、株の売買を自動的に行って利益を得る等、AI(人工知能)を金儲けに活用することも行われ始める等、他人を出し抜く競争社会、他人を利用する風潮は社会を悪化させています。
 これに対し多くの教師、先人が本来の人間のあるべき姿を説いて来ました。その教えが自身の中にある意識の声に耳を傾け、それに従えということです。自分のこれまでの経験や知識等はどうでもよく、自らに与えられる意識の声、即ち印象をはるかに大切なものとして受け止め、それらを表現し、実現することだということでしょう。今読んでいる「釈尊の生涯」(中村元、平凡社)の中に、釈尊が説く教えを聞いた者が直ちに、悟りを得たという記述が多くあります。本当に真理を得た者と接し、お話を伺うことで、長年の曇りがたちどころに覚めるということでしょう。その背景には、私達自身の内側に、既に十分な備えがある為、それに気付くきっかけが必要なだけだという訳です。同乗記における他惑星の長老との会見がそのような事情を示唆しているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落115

115 So it is with the law of the Cosmos. Positive Thinking, that you may have heard about, has hurt more people than it did good. God's purpose cannot be divided and give good results. Nor can one judge His laws and omit parts of them, be it through lack of understanding or egotistical aggression, which has been done through the ages. People judge the Creator's creation without knowing the reason for each part. And in this way they have been judging the Creator and exalting the ego mind above His Intelligence.
115 ですから、それは宇宙の法則についても言えることです。陽的思考は、貴方が聞いたことがあるかも知れませんが、それが為す良い事以上に多くの人々を傷つけて来ました。神の目的は二分されて良い結果をもたらすことは出来ません。人は理解力の不足に由来するにせよエゴの侵略行動に由来するにせよ、神の諸法則を裁いてその一部を除くことをしてはならないのですが、それを長年行って来ました。人々は創造主の創造物を各々の部分の存在理由等を知らないまま、裁いて来ました。そしてこのようにして、人々は創造主を裁き、自らの自我の心を創造主の知性の上位に置き増長させて来ているのです。



【解説】
 まさに本項は今日世の中で起こっていることを警告している所でもあります。断定的な考え方で世の中全てを断じることは、多くの人達を傷つけるということは、現在米国等で起こっていることでもあります。一部の真理を盾に全てをその考えで押し通すことは危険です。その断じることの中にエゴの裁きが入り込んでいるからです。もちろん過去の人類の歴史が民衆の支持によって上り詰めた独裁者が引き起こした惨状を記憶している筈です。
 そういう意味で"Positive Thinking"(断定的、陽的、積極的な考え)の中には、私達の想定を超える危険性もはらんでいるのです。戦意高揚し国民を戦場に送り出す初期の頃は組織的な作戦で人々を盲目にさせて来たということでしょう。
 一方、私達の目指すべきは、もっと静かで精妙な世界です。最も肝心な存在である”意識”は普段、誰からも気付かれないまま、私達の肉体を支えています。その宇宙普遍の存在こそ、私達が本来求めてやまないものです。そういう意味では仏教も真理を悟ること、その法則(ダルマ)に寄り添うことを目指しており、個人の死などを頓着しない冷静、科学的な立場にあるように思いますし、本項で言う断定的な態度とは対極を成す立場のように思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落114

114 And remember you cannot have a manifestation or good results if you do not use both sides of the law. The objective and the subjective, or the negative and positive - male and female. You cannot use one and exclude the other and expect good results. Let us go back to electricity for an example. Electricity is one power consisting of two phases, negative and positive. One phase cannot be used in the absence of the other and give useful power. But when they are combined and balanced the manifestation is perfect.
114 ここで覚えていて欲しいのは貴方は法則の両面を用いなければ、創造の現れや良い成果は得られないということです。主観と客観、積極性と消極性、男性と女性がそれです。一方を用いて他方を排除しては良い結果は望めません。一例として電気について振り返ってみましょう。電気は2つの側面、マイナスとプラスからなる一つの力です。他方無しで片方を用い、有益な電力を得ることはできません。しかし、それらが統合されバランスがとられた時、そのもたらす創造の現れは完全になります。


【解説】
 ”プラスとマイナス”、”陰と陽”等、現象に潜在する2つの対極要素を私達は観て来た訳ですが、本項ではそれらの一方を良しとして他方を排除してはいけないと諭しています。とかく私達はあらゆるものを裁きがちであり、”善悪”、”良否”の区別を付けて、自らが良しとした方向のみに目が行きがちな点を戒めています。
 私達はこれらの2極の要素を共に受入全体の理解の上に物事を進めて行くことの重要性を指摘しているのです。電気はその好例でしょう。プラスとマイナスの両者があってはじめて具体的な作用、働きが起こせる訳です。
 古来より陰陽の2要素を自然界の働きに観た多くの先人が居た訳ですが、それら2要素の調和、融合の中に真に創造的世界が広がっているということを本項は説いているのかと思います。”生と死”、”昼と夜”、”寒と暖”もそれぞれ一方が良く、他方が悪い、更には両者が良くないとする分別ではなく、両要素があってはじめてこの世界が成立していることの意味をかみしめて、その両者を活かしながら生きて行く必要があるのです。重要なことは決してこれら2極を中和して真ん中に静止するよう著者が求めているのではないことに注意する必要があります。自身の中に、これらプラスとマイナスからなる”波動”そのものを受け入れることかと思っています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落113

113 Also notice that we did not forbid you to live a normal life. All that is asked of you is - live a conscious life and not a mental one. And do, and use, all things in moderation. That is all that is necessary to fulfill the purpose of life. This is how our space brothers have grown in knowledge and live a heavenly way of life.
113 また、私達が貴方に普通の生活を送ることを禁じていなかったことにも注意して下さい。貴方に求められていることの全ては、心による生活でなく、意識による生活を送ることです。そして全ての物事を適度に行い、また用いなさいということです。それが生命の目的を成就する上で必要なことの全てです。この方法によって私達の宇宙兄弟達が知識において成長でき、今、天上の生活を送っているのです。



【解説】
 私達各人は、自らの毎日の生活、言わば精神生活をどのように送るべきか、本項は分かりやすい言葉で解説しています。つまりは全てを意識中心の生活に改めることを第一とし、その他については特段の戒律を設ける等のことは必要なく、あらゆることを適度に行ってよいのだとも説いています。
 やはり一番大切にすべきは”意識”を最重視するということでしょう。”意識”は自ら主張することはありませんし、心とは異なり騒ぎ
立てることもありません。常に沈黙している存在と言えるかも知れません。その為、何も分からない私達が”意識”に気付く為には、あらゆる場面でこの意識を思い起こして交流の糸口を探す努力が必要となるのです。そうする中でやがては門は開かれ、私達も”意識”の知性と交流できる存在、”意識”からの印象を感受出来る存在になれるということでしょう。
 本文では必要なことはこれだけだと明言されています。自身の内側にある真の自己、”意識体”と一体になることで、私達は日常生活の中でも宇宙的に覚醒した存在に進化出来るのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落112

112 The thing that we ask you to do is - become aware of your real self, the eternal part of God, or The Creator. Let your mind become conscious of consciousness as your guide in everything that you do. Then the admonition "Man know thyself and you shall know all things," will be your reward. But the mind must learn to trust the consciousness at all times.
112 私達が貴方に実行して欲しいとお願いしたいことは、貴方の真実の自我、神の永遠なる部分、創造主に気付くようにすることです。貴方の心を貴方が為す全てにおけるガイドとして意識を意識するようにさせて下さい。そうすれば、訓戒「汝自身を知れ、そうすれば全てを知るだろう」を褒美として受け取ることになります。しかしその為には、心は意識を如何なる時も信頼することを学ばなければなりません。



【解説】
 前項(111)に続く解説文になりますが、私達の内側にある本項で言う「真実の自我」について、如何に気付くかが最大の課題と言えます。これまで著者はそれを”意識”と表現して来た訳ですが、この無言の知性とどのように向き合うかを避けては、私達の進化は望めないのです。
 しかし、その存在は私達の心自体が謙虚になって、自分以外にも自身の中に知性が存在すること、更には私達の心はその存在から教示を受けるべき立場であることを自覚するようになってはじめて感知されるものなのです。
 永らく私達はこの一点の真理を外部に求め、様々な所を巡って来ましたが、本来は日常の生活の中で自分の中にあるその存在と親しみ、教示としての想念・印象を受ける歓びを味わうべきなのです。
 自身の中に全てがあり、創造主を戴くミニチュアの神社のような存在が私達各人だということかも知れません。イエスも「生ける神の宮」と表現していたこととも通じるものがあります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落111

111 We are now in the third lesson and I have not asked any one to concentrate or meditate, as taught in other fields. If anything, these ancient methods have brought the unpleasant conditions that we today face in the world.
111 私達は今や第3課に入っており、私はこれまで誰一人にも他の分野で教えられているように精神集中や瞑想をするようにとは言って来ませんでした。むしろ、これら古代の手法は今日私達が世界で直面している不愉快な状況をもたらして来たのです。



【解説】
 仏陀が悟りを開く前、それまで多くの苦行者を訪ね、自らも苦行を続けた末にそれらの修行方法の限界を感じて肉体を苦しめる方法を捨てました。そして、少女スジャータからの乳粥の施しを得て肉体を養い、菩提樹の下で黙想の後、やがて覚醒に至ったというお話は有名です。
 本項も同様な基調をもって著者アダムスキー氏はこれまでの私達に教示されてきた瞑想等の修行は覚醒をもたらすどころか、問題を引き起こしていると指摘しています。
 実はそれほど”意識”というものは実際、私達に近いところにありながら、私達自身、気づきにくい存在だということかと思います。それを気付く為に極度に集中したり緊張したりするのは逆効果なのかも知れません。丁度、前々項(109)の述べられているように赤ん坊の状況は100%、意識が全面に出て赤ん坊の生存を助けているのですが、赤ん坊自身は安心してその指導に従っており、その穏やかな肉体の状況こそが意識に通じることになるものを思っています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落110

110 This shows that consciousness knows no fear - for it is the possessor of all knowledge. The mind does not have the knowledge and lives in fear. And as a result it has promoted all kinds of mysteries in relationship to life and its continuance.
110 このことは、意識は如何なる恐怖も知らないことを示しています。何故ならそれはすべての知識の持ち主であるからです。一方、心はその知識を持ちませんし、恐怖の中に生きているのです。そしてその結果、心は生命とその存続に関連してあらゆる種類の神秘を助長させて来ているのです。



【解説】
 前項の赤ん坊の誕生の時のように、生まれたばかりの人間の心は何も無い所からスタートするという訳です。一方、”意識”の方は最初から全てを知っています。成長著しい赤ん坊の身体づくりをどのように進めたら良いか等々、赤ん坊が呼吸を開始し母体から独立した生命体として機能し始めた瞬間から、ものすごい速さで各細胞に必要なそれぞれの指令を出しているということでしょう。穏やかに眠る赤ん坊の身体の中では、活発な生命活動が進んでいるのです。
 このことから考えれば、真実の宇宙生命の活動は、実は外見上は大変穏やかなものであり、それに従う私達の肉体も緊張やストレスを感じるものは全く無く、大変スムーズで落ち着いているものだと思われます。
 一方、これに対し私達の心は、時々の痛い体験から経験則を学びますが、それらが起こった前後の状況を理解しないまま結果だけを掴む為、自分が理解できない”神秘”として探究することなく棚上げすることが多くなるのだと本項で著者は注意しています。今日的に表現すれば、”超能力”その他、自分が理解出来ていない要素をミステリーと片付けて終わりにする傾向を指摘しているのです。
 この生命の科学講座は、これらミステリーを一つ一つ解き明かして、全容を理解する学習講座としての大きな意味を持っていると著者は私達に説いています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落109

109 The Breath Of Life is proof of that, and it is given freely to all forms of life. For was not the first clay form of man activated into life by THE BREATH OF LIFE, breathed into its nostrils by the Creator? And it became a living soul, or a conscious being. A new born child is slapped on the buttocks and made to take the first breath, or it would not be alive. And notice here, the mind is only partially active, yet the baby is consciously alive. We know that a young mind knows no fear until fear is imposed upon it. Or until it begins to act with the mind and gets hurt, then fear takes over.
109 生命の呼吸はその証しですし、それは生命のすべての形有るものに無償で与えられています。人間に形取られた最初の粘土が創造主によって鼻から息を吹き込まれ、生命の呼吸によって生けるものになったのではありませんか。そしてそれは生ける魂、意識ある存在になったのです。生まれたばかりの赤ん坊がおしりを叩かれて、最初の呼吸をさせられますが、そうしなかったら、生けるものとはならないでしょう。そして、ここで注意して欲しいのは、赤ん坊の心は一部しか生きていませんが、赤ん坊は意識的には生きているのです。若い心は恐怖が押し付けられない限り、恐怖を知らないことを私達には分っています。あるいは赤ん坊が心といっしょに行動し、痛みを得るとその時から恐怖が支配するようになるのです。



【解説】
 先日あるテレビ番組でアフリカで独り活躍する日本人医師の姿が紹介されていました。その中に難産の末、羊水を大量に吸い込んでいた赤ん坊から羊水を吐き出させ、最初の呼吸が始まるまでの医師の措置が放映されていました。呼吸を始めなければ命が無い緊迫した状況です。
 やがて赤ん坊は泣き声を上げると同時に自ら呼吸を始めるようになり、周囲の者を安堵させたという訳です。これは人間の誕生の場合ですが、人の死の時は呼吸が止み、そして心臓が止まるという中で肉体が死を迎える訳です。
 このように私達は昼夜を問わず呼吸していることが生きて居ることの証でもあるのです。しかもその呼吸する空気はあらゆる生きものにとって共通のものということもポイントとすべきでしょう。
 古来からもこの呼吸についての重要性は多くの呼吸法があることからも分かるように、広く着目されたところです。私達は生命代謝の基本という呼吸作用の中に更に深遠な意義を探究し、知覚するよう注意を払う必要があるのです。

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