ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落137

137 Keep your mind as much as possible on the finer qualities of life, as you would on a fine quality of music. And if you do this daily you cannot help but make progress.
137 あなたの心を精緻な音楽に耳を傾けるように、生命のより精妙さに関心を持ち続けさせなさい。毎日これを行えばあなたは進歩せざるを得なくなります。


【解説】
 かつてアダムスキーは宇宙的な音楽の例としてヨハン・シュトラウスの作品を挙げたとされています。改めてそれらの曲を聴いてみると、基本的に”楽しい”(明るい)楽曲であり、細部にまで優しさが込められたものであることが分かります。逆に言えば、難しい議論やあからさまな悩み顔を作ることなく、率直にあらゆる生命を尊重し、自らその一員であることを喜んでいる姿がそこにあります。
 私達の日頃の心構えとして、この課の最後に著者アダムスキーはより精妙な生命活動について常に関心を持つように言っています。これは以前の課で私達を未加工のダイアモンドに例えた話をしていることと類似しています。私達地球人は未発達なため、粗暴で荒い精神構造のまま長年月とどまって来ました。些細な事で争いになることは日常、枚挙に困ることはありません。それほど私達の心は荒んでいるのが実態です。その人間達が支配しているとする地球上には実は完全に調和した自然の営みが残っています。その細部にわたるまで絶妙に調和した諸活動こそ、私達が望んでいる宇宙の英知を具体的に表現している生きた実例です。それらの活動に気を配り、やがてそれらの息吹きに同調することによって、私達は成長の道を歩むことになると言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落136

136 When you begin to enjoy and understand a broader field of life you will know that you are progressing. And ideas and thought will be coming faster than you have ever known before. Do not question anything from the standpoint of disbelief, but make an analysis of every thought and act to see if it was a premeditated mental reaction or a conscious one. And where it fits into your life in relationship to others.
136 あなたは自分がより広い生命の分野を楽しみ、理解し始めていれば、自分が進歩しつつあることが分かるでしょう。そしてアイデアや考えがこれまでに無い程、速く浮かんで来ることでしょう。何事にも不審の念に立って疑問を投げかけてはならず、あらゆる想念や行動をそれが前もって考え出された心の反応なのか、意識によるものなのか、他との関連においてあなたの生活の何処に当てはまるかについて分析することです。


【解説】
 この学習コースは、各自の実践の程度によって、効果(成果)は大きく異なります。一方で、私達の精神面の神秘を解きほぐす科学でもある訳で、その示す内容(法則)は如何なる時代にあっても成立する不変なものと言えます。また、この学習に用いる実験教材は私達自身であり、何時如何なる場所にあっても、その学習を妨げられることはありません。唯一、私達の心(エゴ)がそのような地道な学習に飽きてしまい、目を他の対象に向け、本人もそれに引っ張られてしますことが問題なのです。
 しかし、このように教材が常に自分自身に最も近い所にあり、その効果を誰よりも良く知ることができるという点がこの学習の特徴です。また、この学習には教師から与えられる宿題(ノルマ)も無く、マイペースで(即ち自分の理解力に応じて)着実に学習を進めることができると言えるでしょう。
 自分の解釈が正しいか間違っているかは、その結果を見れば一目瞭然ですし、例え間違っていたからといって誰も咎める者はおりません。一つ一つの結果がどうであったかを注意して分析しながら、良い方向に向かって進めば良いのです。一度に急発進する必要は無く、私達の心の成長のペースに見合った学習ペースが大切だということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落135

135 In the next lesson we will explain this relationship. It is important to understand if confusion is to be eliminated. All that is asked of any one is to become more and more conscious of consciousness which is the true self behind every act or thought. In plain, give the consciousness the recognition you have been giving the ego mind, in everything you do or see. Be aware of the invisible intelligence behind every act and word. By doing this it will eventually become automatic for you.
135 次の教課ではこの関係を説明しましょう。混乱を取り除く為にはそのことを理解することが大切なのです。誰に依らず求められていることのすべては、あらゆる行動や考えの背後にある真実の自己である意識をもっともっと意識するようになることです。平たく言えば、あなたがこれまであなたが行ったり見たりするすべてにおいて、エゴの心に与えていた認識を意識に与えよということです。あらゆる行為と言葉の背後にある目に見えない知性に気付きなさい。こうすることによって遂にはあなたは自動的に行えるようになるでしょう。


【解説】
 アダムスキーはこの生命の科学講座を通じて、万物(更には万物の行動)の背後にある目に見えない知性を「意識Consciousness」と終始表現して来ました。この目に見えない(即ち、通常の私達の心からは把握できない)存在に、まず気付くよう、つまり目に見えないからと言って無視することはあってはならず、まずはその存在に気付くよう、心を受容的にせよと言っています。最初はあたかもそこに存在しているかのように心を整えることで、次第にその英知に気付くようになると言うことでもあります。
 そうすることによって、今まで自分とは自分の心(エゴ)としていたのに対して、本当の自己(意識)を認識できるとしています。
 もちろん、このような段階に至るには、多くの年月、多大な精進が必要なことは言うまでもありません。しかし、少しずつ自分の理解力を広げる中で、わずかずつであっても確実に宇宙の根源に向って自分が歩んでいることがわかりますし、自然との関わりの中で、従前より進歩した生き方を楽しむことが出来るようになることは誤りありません。それほどに、意識に気付くことは各人にとって重要かつ、必要な学習項目なのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落134

134 As Luther Burbank said, they see the Creator face to face. Thus they learn the relationship and purpose of all manifestations serving each other and thereby serving the creator.
134 ルーサー・バーバンクが言ったように、彼らは創造主に直接対面しています。彼らはそのようにして互いに奉仕し合い、そうすることで創造主に仕えている全ての創造物の相互関係と目的を学ぶのです。


【解説】
 植物育種家のルーサー・バーバンクについては、アダムスキーは講演の中で数多く引用しています。多くの奇跡的新種を世にもたらしたバーバンクは、しかし、当時のキリスト教会からは認められず、無神論者呼ばわりされ、周囲に理解されないままこの世を去ったとアダムスキーは述べています。
 それほどにこの生命の科学で言うような意識を感受せよという内容は、これまでの常識からは離れた概念なのかも知れません。しかし、多くの宗教の祖師と呼ばれる人達は各々これと類似した神秘体験を持った故に、それらを自分の言葉で表現するために、各々の宗教を造り上げているのです。ここで注意すべきは、この種のことは実は特段、神秘ではないということです。誰でも自然の中に現れる生命の輝きに創造主を見出せる筈です。先日、中国のある都市に仕事で出張しましたが、施設建設用地の沼一面に蓮の花が咲いていました。言わば蓮の花園といった風景に感動したことを思い出します。
 何処にいても、同じ創造主が各々の場所に適した植物を育て、全体として調和を実現していることを、ささやかながら、気付いた次第です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落133

133 The Venusians and others have done this, thus enabling them to advance as they have. They do not fight nature - but blend with it by understanding its laws. For this reason they honor all manifestations including their planet, as a Divine creation. They live the thought that a creator could not create anything lesser than himself. And with this feeling towards all nature they see Divinity expressing everywhere.
133 金星人や他の人々はこのことを既に達成しており、事実そのように進化を遂げています。彼等は自然と戦うことはせず、その諸法則を理解することによって自然と溶け込むのです。この理由から、彼等は彼等の惑星をも含め全ての創造物を神聖なる創造作用の一つの現れとして敬います。彼等は創造主は自分より劣ったものを創造できないとする思想を実践しています。そして全ての自然に対しこの感覚を持つことで、彼等はあらゆる所に神聖の現れを見るのです。


【解説】
 ここでは「法則の理解」について言及しましょう。法則とは時間に関係せず、宇宙開びゃくの時から今日、更には未来永劫にわたって変わらずに宇宙空間を貫く原理、秩序と言うことができます。また全ての物がこの原理に従っています。
 物理学ではこれを数式として表現し、化学では反応式の形で表現します。しかし、それらは表面的、外表的な表現でしかなく、三次元世界に作用させようと創造主が息を吹き込んだ法則の一つの側面を見ているに過ぎません。真の理解とはその法則が担う意義について学び、それらの法則をもたらした創造主の意志を知るということです。
 両親がその子供の行く末を考え、様々なものを用意するのと同様に、私達の創造主は子供である私達に役立つ様々な物を用意してくれていると考えるべきでしょう。英語で言う"Gift"(神が授けた才能)もその一つです。創造主が私達に授けた法則の真の意味をどれほど深く理解しようとするか、また、身の回りに見る様々な創造物の持つ素晴らしい才能を如何にして感じ取ることが出来るかが問われています。ご自身の生き方として、これら自然法則を理解し、それらと一体となって行動できれば、進化した他の惑星人と同様の道を歩めると本文は言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落132

132 Once man realizes this and makes daily use of it, he will no longer complicate things and he will feel himself one with his creator.
132 一度、人がこのことを悟り、それを日々活用すれば、以後は物事を複雑化したりすることはなく、自分自身が創造主と一体になっているように感じることでしょう。


【解説】
 ここでのポイントは日々の精進ということでしょう。例えば、何らかの事情から一週間もこの分野の探究から離れ、他の諸事への対応に追われた場合等、再び以前の感覚に戻るのは容易ではありません。私達は少しずつの歩みしかできない一方で、進路は前進か後退かのいずれかでしかありません。氷の斜面を車で登るようなもので、あせってエンジンを吹かせばタイヤが空回りして、かえって危険ですし、エンジンを回さなければたちまち、滑り落ちて行くことでしょう。折角の学習のチャンスであり、これまでの歩みを無駄にしないよう、とにかく目標に向かって毎日の努力を続けるべきなのです。
 実は太古の昔から各人はこの道程を歩んで来ました。現存する多くの仏像、寺社の存在がそのことを物語っています。とりわけ仏像は当時の世界観、宇宙観として人々の無限なる創造主に対する祈りの受け手として、人々によって大切に守られ今日まで伝えられたものです。これらの像を見る時、私達は必然的に自分の弱さや未熟さに対して無言で受け止め、何らかの形で力を授けてくれる存在として像に対面します。自分の祈りを創造主に伝え、叶えてくれることを私達は祈っているのです。
 もちろん、これらの祈りが前節でアダムスキー氏が言っているように、直接有効な手法ではありませんが、「意識」を本文で言うrealize、即ち”間近に見る”、”悟る”という面からは、先ずは心をこれらの全世界を支配する目に見えない存在に向けるという意味において、日々の精進の一つであろうと考えます。自分の内面や目に見えない意識から知恵を授かろうとする素直な心を保つことが大切です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落131

131 It is not the prayers, the mantrums or the meditations that will bring this to us. But a re-birth into a fully conscious being of cause instead of the mental effect. In other words we must reverse the process of our learning. Instead of being mentally aware as an ego of the mind the mind must become aware of consciousness, as it has in the past of itself. For conscious awareness is the key that unlocks the storehouse of knowledge to the mind. It is the link between the Creator and creation.
131 このことを私達にもたらすのは祈りでもマントラでも瞑想ではなく、心による結果に代わって因による完全に意識的存在への生まれ変わることなのです。言い換えれば、私達は自分達の学習の過程を逆転させなければなりません。即ちそれまでの自分自身のように、心に属する自我として認識するのではなく、心は意識に気付く必要があるのです。何故なら意識への気付きは心に知識の貯蔵庫を開く鍵であるからです。それは創造主と創造物との間をつなぐ環(きずな)なのです。


【解説】
 大切なのは本文にあるように祈りや瞑想は意識の指導を受ける上で役に立たず、自ら因に対して完全に意識できる存在に生まれ変わることが必要だと言っています。また、この為には私達の従来の学習方法を反転させる必要があるとも言っています。
 何度となく目に見えない存在である意識を感知することが大切だと申し上げて来ました。しかし、その実現にはどのような分野でどのような努力をしたら良いのかについては、第1課の自動車の内部を意識しての運転の話が出て来ただけで、あまり具体的な例は示されていませんでした。
 しかし、本項では、意識的になる上で、祈りや瞑想は役に立たないと言っています。私の理解力では詳細な理由までは掴めませんが、これらの「業」の中には、多くの場合、個人(エゴ)の希望が前面に出るばかりで、心の解放にはあまり結びついていないのかも知れません。また、通常の学校での学習の動機付けは学習者のライバル意識を高めることを促す等、真の学習とは程遠いものであるようです。
 これに対して、既存の宗教修行も含めこれまでの私達の学習姿勢を一変させ、目に見えない存在である意識なるものに心を鋭敏にして、そこから全ての指導を仰ぐ自分に生まれ変わることが大切だと言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落130

130 Luther Burbank expressed himself well when he said that nature gave him the knowledge of how to improve upon vegetation. He stated that he was working with the Creator, and through His creation he saw Him face to face. Man will never be free from the drudgery he now is enduring, and the confusion in which he finds himself, until he returns unto the true teacher, the conscious director of all creation. We live in and are a part of its manifestation.
130 ルーサー・バーバンクは、自然が自分に植物に対する改良の仕方の知識を与えてくれたと言ってその実態を良く表現しました。彼は創造主と共に働いていることや、創造主の創造を通じて彼は創造主を間近に見ているとも述べていました。人間は真実の教師、すべての創造物の意識の指揮者の元に帰らない内は、現在耐え忍んでいる骨折り仕事や自分自身の混乱から決して自由になることは無いでしょう。私達は創造の現れの中に生き、その一部であるからです。


【解説】
 自然界のあらゆる動植物が創造主の英知の指導に従って、各々の成長過程を歩み、相互関係を深めることによって全体として調和ある姿を表現していることは前項までで述べられて来ました。
 ここでは、かつて人間としてこのことを実践した人物として、アメリカの植物育種家、ルーサー・バーバンク(Luther Burbank、1849-1926)を挙げています。ルーサー・バーバンクはカリフォルニア州サンタローザに植物改良の為の農園を持ち、そこで様々な新種の植物を造り上げました。米国では「シャスタディジー」「バーバンクポテト」等、有名な品種が現在でも数多く残っています。中でも有名なのは「棘無しサボテン」で、バーバンクがサボテンに「棘などはやして身を守る必要はないよ」と話し掛け続けることによってサボテンは次第に棘のない状態に変化していったとされています。(現在でも農園跡は記念公園として保存されています。Luther Burbank Home & Garden  http://parks.sonoma.net/burbank.html)。なお、時代はエジソンと同時期であり、エジソンらの一行が汽車でサンタローザのバーバンクを訪ねている写真が上記の記念公園に展示されています。
 さて、このバーバンク自身の言葉として”私は毎日創造主と直接、話しをしている”という主旨の発言がされています。何百、何千という若芽の中から、瞬時に目的の品種の要素を持つものを選ぶ等、言うならば「神かかり」的な選定作業があった訳ですが、バーバンクにとってはこのように、未だ結果が目に見えない段階から、数カ月後の姿が見えていたということなのでしょう。
 本文にあるように、私達が自然の指導を受け入れれば、無駄な回り道をせずに、目的を達成できるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落129

129 With all of the intelligence we have today, no man can give the exact answer of how an apple or any fruit became such from a flower. This shows us that as great as man's intelligence is, it is still puny compared to what is manifesting in nature, the expression of the Creator.
129 今日、私達が持つ知性の全てをもってしても、誰一人として一つの花からりんご、あるいは何らかの果物がどのようにしてそのように成るのか正確な答えを出せる者はいません。このことは人間の知性が偉大だとしても、創造主による表現、自然における現れと比べればそれは依然としてちっぽけなものであることを示しています。


【解説】
 言う間でも無く創造とはそれまで形や痕跡が無い状態から、一つ一つ事物を造り上げて行く作業を意味します。芸術分野等が分かりやすい例かも知れません。しかし、目を自然界に移せば、実は私達が日常、食卓に上る様々な食品が、これと同様の由来、創造の過程からもたらされていることに気付きます。言い換えれば、自然界の産品の内、直接、地下から掘り出して精錬、製品化したものを除き、私達の身の回りには動植物に由来するものが多数存在します。それらはいずれも、元来は種から、あるいは受精卵から誕生し、生育したものを私達人間が自分達の都合の良いように収奪し、加工したものです。
 即ち、私達の生活のほとんどは、これら自然の創造的活動に依存しているのです。これを考えれば、私達はもっと深く、真剣にこれらの産品を提供してくれる多くの動植物に感謝し、またこれらの活動を指揮する創造主を尊ぶべきことがわかります。
 また、昨今では地球環境対策としてバイオマスの活用が進められています。生物(バイオ)を活用した燃料の生産がその主目的です。私達の生活は更に他の生物種の生命活動に依存度を増していることを認識しなければなりません。また、同時に創造主をもっと自分達の都合の良いように活用しようとする人間の身勝手さが更に進もうとしていることにも注意したいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落128

128 All nature is expressing intelligence in varying degrees, for there is not a form, even a grain of sand, that does not express the purpose for which it was created, even better than man. A blade of grass as a tender shoot will come through the hard crust of the earth as it uses the power of the cosmos and obeys the intelligence that directs it. Yet man finds it difficult to penetrate a hard surface.
128 全て自然は様々な程度に知性を表現しています。何故なら形有るものはどれ一つとして、砂粒一つでさえ、人間以上にそれが創造された目的をより良く表現していないということは無いからです。一枚の草の葉は、柔らかな若葉の時、地面の硬い塊を貫いて現れますが、それは宇宙のパワーを用い、それを導く知性に従っているのです。しかも人間には硬い地表を貫くなどということは困難であることが分かります。


【解説】
 ”英知を表現(Express)している”ということについては、度々述べられて来ています。しかし、ここで注意したいのは、著者が強調しているのは、結果物である生き物の最終形を見よと言っているのではないことです。「表現」という意味の中には無からその造形物に至るまでその個体がどのような創造の過程を経て今日に至ったかというプロセスを見よとしており、結果としての現状の造形美のみを意味しているのではないということです。これら造形物の成り立ち過程がどれほど素晴らしい内容であったかを知覚することが大事ということです。
 更に進めるなら、私達が英知の表現者になるということは、私達が英知の助力や指導を受け入れて、これまで試されたこと、実現したことのない事柄を世にもたらすことや、白いカンバスに崇高な絵画を描く等、創造的な仕事をすることでもあります。自然界における多様な生物種と同様に、各人の持つ才能や経験は異なる訳で、各自各々の表現が行われる中で、この惑星社会も豊かになると言えるでしょう。
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