ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落100

100 As we observe the harmonious blend in nature, we do not find the same in man. The reason for this that man has a free will and he must learn how to apply the law of the Creator. Through which he will learn the right and wrong usage of it, if he is to become an instrument of full expression. And this is the purpose of his being. He must school his ego sense mind in coordinating all of the senses, as we explained in the previous lesson. This is comparable to a musician tuning the strings of his violin that each may blend with the other, if a harmonious melody is to manifest.
100 私達が自然の中で調和した融合を見る一方で、人間にはそれと同じ(調和)を見ることはありません。この理由は人には自由意志があり、人は創造主の法則を如何にして応用するかを学ばなければならないからです。人は完璧な表現ができる一つの楽器になる為にはその過程を通じて正しいあるいは誤った応用例を学ぶことになるのです。そしてこれこそが、人の存在の理由なのです。前課で述べましたように、人は自分のエゴの感覚心を全ての感覚と調和するよう鍛練しなければなりません。これは調和あるメロディーが現出する為には、音楽家が自分のバイオリンの各弦を各々が他と融合するように調律するのと同様です


【解説】
 ここでは人の心の調和について述べています。人間には自由意志が与えられていますが、その理由は様々な体験を通じて、法則の正しい適用、誤った応用を知る中で、自らの心を調和させて行くよう定められているからとしています。
 本文にあるようにどんな名演奏家でもその持つ楽器が正しく調律されていなければ、演奏出来ないのと同様です。自らの楽器の発する音を低音から高音まで発する音を聴き比べながら、各々がその弦(や鍵盤)の放つべき正しい音を発するよう調整するのと同様です。
 これはまた、曲の演奏とは異なり、地味ですが必要な作業です。これと同様に私達の日常生活の中でも、私達の心をどのようにして調和させるか、調律するかが問われています。「調和」の大切さについては各自、認識されている筈ですが、それでは具体的にどのようにしてということになると、各自、回答はまちまちかと思います。
 一つの試案としては、極端な心の感情を避けること、常に自分の心の状況を観察(相)すること、自然における動植物達がどのようにして調和した生活を送っているかをよく自分の目で観ること、日々の生活を精進し、人間として尊敬すべき人物のお話や書物を読んで自分の生活に応用する、等々が考えられます。
 人間は本来、最高の創造物とされています。その潜在的な能力は薄べったらな心の横暴の中で、埋もれています。毎日の少しずつのこのような訓練によって、各自、自分の隠れた才能に気付き、本来の能力を発揮する中で、調和ある発展ができるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落099

099 Man's mind could be compared to a detector tube in the T.V. set which cannot function until the power is turned on. And consciousness is the power and intelligence that motivates the mind through the process of the breath of life. And without this breath which we call air, nothing could live. Not even a grain of sand, for everything depends upon it. As it manifests through the various forms it brings forth a complete melody, expressing life in its fullness.
099 人間の心は電力が投入されない限り、機能できないテレビの検波管に例えられることが出来るでしょう。そして意識は生命の呼吸という過程を通じてその心を活性化する力であり知性です。そして私達が空気と呼ぶこの呼吸が無ければ、何物も生きることは出来ません。一粒の砂でさえもです。何故ならあらゆるものがそれに依存しているからです。そしてそれが様々な形あるものを通じて姿を現している為、それは生命を豊かに表現する一つの完璧なメロディをもたらしています。


【解説】
 前節で私達は創造主の意志を実世界に表現する役割を持っていると述べました。ここでは私達の心はラジオやテレビの中の部品の内、取り入れた電波から音声や映像を必要な信号として取り出す検波管に例えています。私達の心の中を創造主からの印象が通過する時、私達の心(検波管)はそこから自分達に分かる波動成分を取り出し、表現していると言っているのです。
 また、その基となるのは、人間の呼吸であるとしています。正確なことは分かりませんが、通常の呼吸という動作の中に私達の心を活発にする何らかの重要な作用があるものと思われます。ちなみにヨガでは呼吸を重要視しておりますし、呼吸法を通じて身体の柔軟性を高め、姿勢の矯正を通じて身体及び精神の総合調整を行いますが、これも根本的には呼吸法という手段を通じて、心の訓練を行おうとしているものと思われます。全てのものが、文字どおり同じ大気を呼吸しており、その呼吸の中に創造主からのメッセージを吸込み、発現する要素が係っていることは、実に良く考えられた素晴らしい仕組みではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落098

098 So it is with man. For he has all the potentials of expression built in, as it were. And he must inhale and exhale the breath of life to be of service. Should he cease breathing he would become a stilled instrument without any motion. Yet to inhale and not exhale the continuous state of life expression would cease. THE BREATH OF LIFE must pass through the form continuously for it to be active. It is comparable to the ether waves that feed the television set. Notice that the breath of life and the ether waves are everywhere and know no barriers, but they need an instrument to express through.
098 それは人間にも当てはまります。何故なら、人は内部に言わば全ての表現力が組み込まれているからです。そして人は役立つ為には、生命の呼吸を吸込み、吐き出さねばなりません。人がもし呼吸を止めたとしたら、何らの行動もしない静止した装置になってしまうでしょう。また、吸込むだけで吐き出さなければ、生命の継続状態は止まってしまうでしょう。「生命の呼吸」は形有ある物が活動的である為には絶えず体内を通っていなければなりません。それはテレビを養っているエーテル波に例えることができます。注意して欲しいことは、生命の呼吸もエーテル波も何処にでも存在し、それを妨げるものは無いのですが、それらは表現される為には道具が必要なのです。


【解説】
 本稿では更に人体とテレビの関連性を解説しています。著者アダムスキーは呼吸の重要性について様々な箇所で言及しています。ここでも同様に、人間は生命の呼吸を続けることが必要だと言っています。具体的にはどのような事を示唆しているのでしょうか。原文"Inhale"は息を吸込むことで、これは様々な印象や教えを自分自身に取り込むこと、場合によっては資料収集も該当するでしょう。
 一方、"Exhale"(息を吐き出す)とはどのようなことを指すのでしょうか。昔、習ったラジオの原理はアンテナを通じて電波が受信器は取り込んだ電波を装置内に通すことを行っています。これは人間の場合に当てはめれば、宇宙に行き交っている生命力という電波を人体に取り入れ、通過させることによって、体内の某かの装置を活用して、そのメッセージ内容を体現するということになるでしょう。
 この場合、むしろ難しいのは"Exhale"側のことで、とかく人間はアンテナを張ることには熱心なのですが、取り入れることが出来た情報やアイデアについては自分自身の中に留めがちです。しかし、それらのいわゆる所有欲に捕われず、得た有益なメッセージを放出し社会に還元することによって、更にますます情報の流れが加速するようになるのです。創造主の意志発現の道具に徹することが、本来、求められる人間の在り方なのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落097

097 We can use the television set again, as a good example. The set in itself has no power or intelligence. But there are instruments in it equivalent to the brain or mind of man which cannot act until the power is turned on. When this is done, intelligent expression follows. Let us say that the intelligence is inhaled into the set through the ether or radio waves which carry the message. And as they come into the set the expression takes place, and not only the message comes through, but the individuals are shown as a living image on the screen. As I understand it, there are 80 different frequency channels in this nation over which programs are carried. Each channel is separated from all the others, yet some are so close that they encroach upon another. This calls for a very fine instrument to keep them separated. All channels use the same power and the same law, but there are sets that can only pick up a few channels. Yet all must depend upon the power and the ether waves to be of service. And they must inhale and exhale the waves to have the continuence of the program.
097 テレビ受像機を再び好例として述べましょう。テレビ自体には電力も知性もありません。しかしその中には電力が入れられない限り行動出来ない人間の脳や心に相当する装置があります。それが為されると、知性的な表現が続いて起るのです。メッセージを運ぶエーテルもしくは電波を通じて知性がその受像機に吸込まれると言うことにしましょう。そしてそれらが受像機に入るや、表現が起りますし、スクリーンに個人が生きているイメージで映し出されます。私の知る限り国内には番組を放送している80の異なる周波数チャンネルがあります。各々のチャンネルは他と分離されています。この為、それらを分離し続けるにはとても繊細な装置が必要になります。全てのチャンネルは同一の電力と同一の法則を用いていますが、中には数チャンネルしか受信できないテレビもあります。しかし、全ては機能を発揮する為電力とエーテル波に依存しているのです。そしてそれらは番組を継続する為にはこれらの波を吸込み、吐き出す必要があります。


【解説】
 本稿では人間をテレビに例えています。前回、学んだように、私達は意識を通じて生命力と知性の両方を創造主から授けられています。テレビを機能させるに必要な電力を送っている発電所も、電波によって番組を放送している放送局もテレビとは遠く離れていますが、同じ創造主が送り手なのです。電力と電波の二つとも目に見えませんが、この二つがテレビを機能させていることに違いはありません。
 この例えを進めて行くと、私達(テレビ)は創造主(放送局)からのメッセージを再現し、地上世界で表現することで本来、大きな役目を担っていると言えるでしょう。その為には、確かな電波の発信源にアンテナを向けて送られてくる精緻は信号を注意深く検波し、メッセージとして再現する機能を果たすことが必要です。もちろん、テレビ自体も性能を向上させなければなりません。同じ番組を映す場合でもテレビ受像機の性能によって見る者に与える影響は大きく異なります。一人一人の表現能力を磨き、ブラウン管からプラズマ、液晶テレビ等々、受像機(各人)も進化させなければなりません。しかし一方では、テレビはあくまで道具であり、電力と放送電波がその活動の源泉であることを自ら認める必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落096

096 The Creator gives us the power of life, and intelligence through the avenue of consciousness. The personal ego mind can use this in accordance with the law or it can transgress the law and receive either bad or good results, as with the electricity. Every individual has been granted this free will.
096 創造主は私達に意識という大通りを通じて生命の力(パワー)と知性をともに与えています。個人のエゴ(自我)の心は法則に従ってこれを利用できますし、法則を逸脱することも出来ますが、その結果、電気の場合のように良い結末あるいは悪い結末を得ることになります。各自は皆、この自由意志を許されているのです。


【解説】
 私達が心を鎮め、静かに自己の存在を見つめる時、私達は言わば、空間に広がったある種の感性に取り巻かれていることに気付きます。通常の私達にはこの程度の認識でしかありませんが、この感じこそ、本書で繰り返し述べられている「意識」を示しています。実際にはこの意識は無言ではありますが、とてつもない可能性を秘めており、宇宙の生命の源に通じている存在です。
 さて、本稿では、その意識を通じて、生命の力と知性の両方が私達に贈られていると言っています。力(パワー)のみならず知性もです。つまり、肉体(物質)を備えた者(人間)にとって、この意識により必要な要素は全て与えられていることになります。今日では、電力線で電気(パワー)の供給のみならず、情報もやりとり出来るようになっていますが、この意識という経路を通じて、私達は創造主から喜んで与えられている贈り物(ギフト)を進んで受け取り、贈り主(創造主)が本来望んでいる生き方に応用する為に、各自努力すべきなのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落095

095 i.e. An electric socket is made to hold a light bulb and not for a finger to be placed in it when the current is on. Even when it is not, should one be standing in moisture, he can receive a shock. If one gets hurt or has an unpleasant experience by the misuse of the law, he cannot blame the man that is willingly giving him the power. He can only blame himself, either for ignorance of the law, or aggression on his part.
095 即ち、電球のソケットは電球を固定する為に作られたもので、電流が流れている時に指を入れる為のものではありません。指を入れなくても、湿った場所に立って(ソケットを触った)場合にはショックを受けるかも知れません。仮に法則の誤用によって痛い目に逢ったり、不愉快な体験をしたとしても、電力を喜んで送っている係員を責めることは出来ません。自分自身が法則について無知であったか、自分の無謀な行為について自分自身を責めるべきなのです。


【解説】
 私達は自由勝手に動き回るやんちゃな子供のようなものです。しかし、法則は全ての末端においても等しく働く訳で、例外はありません。誤った法則の使用は当然、誤った結果をもたらします。
 本文では電球のソケットに指を入れる例が述べられていますが、実際にはどのような事柄が想定されるのでしょうか。宇宙の隅々から支えている法則の誤用の例としては、「ねたみ」や「うらみ」「不安・心配」「恐れ」等の人間の心が放つ想念があると考えます。それらは内容の善し悪しに係り無く、いずれ現実(結果)世界に作用することでしょう。それほどに想念の放つパワーは大きいものがあると思われます。しかし、同時にそのパワーは発信者自身にも相手と同様に作用します。従って、よく「怒りは敵と思え」と言われますが、それはそうしたマイナスの想念は相手のみならず、自分にも帰ってくることを指摘しているのです。
 このような法則の誤用は、法則について無知なことに原因があります。因果応報、私達は否応なく、宇宙の秩序、大法則の直中に生きており、その法則を自ら理解しようと努力し、自然と調和して生きることが大切なのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落094

094 An attendant at a power plant that manufactures electricity sends out the current that you may use it for your benefit. He knows what the electricity is capable of doing and how it is to be used. And we are instructed how to use it. When used as instructed, many benefits are derived in many ways. We can even experiment with it providing we follow the law, without being hurt.
094 電気を起こす発電所の係員はあなたが自分の恩恵の為に使うことが出来る電流を送りだしています。彼は電気というものでどのようなことが出来るかや、どのようにして使用されるべきかを知っています。また、私達はその使い方について教えられています。教えられた通り使用する場合は、様々な面で多くの恩恵が引き出されます。私達は法則に従えば怪我をすることなく、電気で実験すらすることができます。


【解説】
 第3課「宇宙的法則の応用」の例示として、電気を挙げています。目に見えず、しかも今日の私達の生活の隅々に行き渡って私達の暮らしを支えているのが電気です。各々の末端で機能を果たしている電気ですが、その源を遡れば、発電所に行き着く筈です。この発電所には私達と直接顔をあわせることはありませんが、発電機を運転し電気を起こし地域にくまなく送電する操作を担っている発電所の担当者がいます。電気を宇宙あまねく意識とすれば、その発電所の担当者こそ私達が神と呼ぶ存在とすることが出来るでしょう。私達は発電所に赴くことはできませんが、そこから電気(意識)が送られてくることに間違いはありません。
 また、この電気にも取扱う上での注意点があり、その作用を良く知っておくことが必要です。より多くの電力を引き込む程、その影響は大きなものとなるからです。私達は学習を進めるにつれて、ますます宇宙の法則について正しい理解を身につける必要があることになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落093

093 In lesson two we left you with the term, "The Will of God." And the explanation that God is not responsible for your experiences. And to clear this we will use electricity as an example.
093 第2課では「神の御意志」という言葉で、そして神はあなたの体験に責任がないという説明で話しを終えました。そしてこのことを明確にする為、一例として電気を取扱うことにしましょう。


【解説】
 神の御意志に対比するものとして私(心)の意志があります。以前にも述べましたように神の御意志は差別なく、あらゆる者(物)に等しく注がれ、自然界の全てがその意志に従って行動しています。唯一、人間だけが自らの意志を尊大化させて来ました。
 神の御意志は言わば宇宙の法則であり、万物はその法則に基づいて行動しています。しかし、わがまま勝手な人間の心は多くの場合、忠告の声(意識からの印象)に耳を貸さず、その結果、避けられた筈の痛い結果を味わうことになるのです。
 もちろん、私達(の心)も本来、生き生きした生活を送りたいと望んでいます。ただ、その実現を自分(心)の意志で達成しようとするのでなく、自分という存在を通して神の御意志が通過し、自分自身が神の道具として働き、その中に一切の自分(心)の意志を入れないことがポイントです。自らを通じて神の御意志を現実世界に具体的に体現することが求められています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落092

092 Until now, man has been doing everything the hard way with his mind. And has created mystery upon mystery where no mystery exists. And nothing is impossible.
092 今日まで人間は自分の心を用いてあらゆる物事を辛いやり方で行って来ました。そして神秘の無い所に神秘に次ぐ神秘を造り上げて来ました。しかし、不可能なことは何も無いのです。


【解説】
 ”努力は報われる”と言いますが、何事もただ(心によるガムシャラな)頑張りでは効果が上がらないことも確かです。多くの場合、エゴによる過度の努力は周辺との摩擦を生み、ストレスを増して遂には身体や精神をゆがめる結果に陥りがちです。
 一方、自然界ではどうでしょうか。植物は道端の舗装のわずかな隙間からも芽をだし、茎を拡げて遂には大きな花をつけるまでになることがあります。私達が外から見て大変だと思う反面、植物にとっては静かに生長進化の道を歩んでいるに過ぎないと言うかも知れません。春夏秋冬、それぞれの状況の中で植物は気候に適した身辺活動を行っています。人間に比べれば、植物の1年は劇的な変化のある1年であると言えるでしょう。自然界の生命活動は皆、苦労を味わうことなく、ゆったりとした状態を保ちながらも、大きな変化、進化の道を遂げているのです。
 また、本文では、神秘についても言及しています。とかく私達は、自分の理解できない事に「神秘」のレッテルを貼って特別扱いする傾向があります。ジンクスやオマジナイ、運命やタタリ等、現代社会にあっても古代と変わらない神秘主義が横行しています。私達はこの教科を通じて、これら神秘として分類されてきた事物にも光を当て、より確かな理解力を養う必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落091

091 The Creator's laws are very simple. If this were not true Jesus would not have said, you must become as a little child. A child is trusting and uncomplicated in its way.
091 創造主の法則はとても単純です。もしこれが本当でなければ、イエスは幼子のようにならなければならないとは言わなかったでしょう。子供は信じ易く、その行動に複雑さはありません。


【解説】
 私達の心は言い訳に長けており、また私達の住む社会は他人から糾弾されないよう責任を限定、回避する様々な仕組みを設けており、それだけ複雑な仕掛けになっています。その合間をぬって一般人から多額の資金を集め、またその集めた資金によって逆に人々の暮らす社会全体を支配するような者が現れる時代となっています。人々の将来に対する不安につけ込んだ新手のビジネス(商売)もその一つです。
 しかし、その一方で、これら人間社会の複雑な仕組みとは一切係り無く、惑星上の生命を支えているのが創造主の法則です。この法則は虫や鳥、植物に至るあらゆる生き物に作用し、その者達に理解されています。そのことをイエスは幼子のように(素直に)ならなければ理解出来ないと表現したのです。本来の物事の原理、法則は単純なものです。私達は長年、物事を自分達の都合の良いように分類し、解釈して来ましたが、この本質的な法則に基づいた別の見方をすれば、全く違った世界が目前に広がることでしょう。他の全ての生き物と一体感が芽生え、やがて嬉々とした生命の躍動する光景の中に御自身がいることに気付きます。それはまさしく、幼子の住む世界と言えるでしょう。
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