ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落070

070 This equality is lived on Venus and Saturn, for each talent is respected as a Divine gift from the Creator unto creation. And it manifests in ever field of endeavor - sports, art, etc. There is not the feeling of competition that we of earth express. But rather a feeling or desire for a finer quality of expression of individual talents towards the fulfillment of the Divine purpose. It is only the ego mind that desires honors for its accomplishments.
070 この平等さは金星と土星では実行されています。あらゆる才能が創造物に対する創造主からの神聖なる贈り物として尊敬されている為です。そしてそれはスポーツ、芸術等々、努力におけるあらゆる分野に現わされています。地球の我々のような競争意識はありません。むしろ、聖なる目的の達成に向って個個人の才能に関してより精緻な表現を感じたり、望んだりするのです。その達成に対して名誉を求めるのはエゴの心だけです。


【解説】
 ここでの着眼点は、前述来の「平等さ」が実際に他惑星では"lived"、即ち実生活の場で生かされているということです。いわゆる「概念」や「思想」というレベルでなく、現実社会や個々人の人生に組み込まれ、根付いているということです。一方、この視点で地球上で行われている物事や人々の心の有り様を観る時、大きな違いに気付きます。競争意識の極端な例は「戦争」であるかと思いますが、私達各自の中においても多分に「競争心」があります。また、社会自体にも学校の入学試験からはじまり、契約における入札制度、更には競技スポーツまで、実は私達の生活の隅々に至るまで「競争」が浸透しています。
 このような中にあって、本学習者は真の平等感に基づいて他惑星社会での概念に少しでも近付く努力が求められます。その為には、現実の競争社会の中にあっても、自らは独自の心の有り様を確保しておく必要があります。先ずは差別を無くし、名誉を求めず、ひたすら創造主から授かった自己の才能の発揮にのみ心を傾けることです。一人一人が発する想念はやがて周囲の者にも影響を与え、関連するあらゆる場所を伸び伸びとした雰囲気にし、また活気溢れるものに変化させて行くことでしょう。また、実践する中で少しでも自分自身で成果を体験すれば自信もつき、進歩の歩みも速まることと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落069

069 The King turned to the blacksmith and asked him by what right he seated himself there. With this the blacksmith arose and questioned the other workmen by saying, "who fashioned your trowel and your compass" ? They replied "you did". Then he said, "could you have built this Temple without these ?" Their answer was "no." Then he said, "the honor belongs to me."
069 ソロモン王はその鍛冶屋に何の権利によってそこに座っているのかと訪ねました。すると、鍛冶屋は立ち上がり、他の者たちにこう訪ねたのです、「誰があなた方のコテやコンパスをこしらえたのか?」。彼らは答えた。「お前だ」。すると彼は言った。「あなた方はこれら無しにこの寺院を建てることができただろうか?」。彼らは答えた。「いいえ」。すると彼は言った。「それでは、その栄誉は私のものだ」。


【解説】
 仕事であれ何であれ、自ら一人で出来るものはありません。そこには陰になり日なたになり、様々な人間が関係していることに私達は気付く必要があります。とかく私達は成果は自分の努力や精進の結果だとしてしまいがちですが、実際にはそれを支えていた様々な事物や人物の恩恵を受けているのです。
 そのように物事の背景に気付こうと心を仕向けることは、やがて因、目に見えない存在への関心を高めることとなり、見えないものへの感受性が増すことに繋がります。
 私達が学ばなければならないのは、万物相互の関連性であるとされています。実に個々人の毎日の想念が惑星全体の行く末や気候状況と相互に結びついているように思います。そういう意味から、私達一人一人の毎日の祈りによって、地球の安寧にいささかなりとも、貢献できるということは素晴らしいことです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落068

068 Another example for the sake of clarity. When King Solomon's Temple was finished he expressed a wish to have the man who had done the most in bringing about its completion, honored in a ceremony and seated in a chair next to his own on the Throne. All of the men of different talents presented themselves in clothing appropriate for the occasion, each hoping for the honor. But a blacksmith entered dressed in his working clothes. A burned apron and dirty hands from the forge, and seated himself in the chair. This caused a stir and complaint among the other men.
068 明確にする為にもう一つ例を挙げましょう。ソロモン王の寺院が完成した時、ソロモン王はその完成に最も貢献した者を式典で表彰し自らの王座の隣に座らせたいという希望を明らかにしました。様々な才能の持ち主が、各々その名誉を期待して、その場面に相応しい身なりで出席しました。しかし、ひとりの鍛冶屋が作業衣のまま入って来ました。仕事場から焼けたエプロンと汚れた両手のまま、その椅子に着席したのです。これは他の者たちの間に騒ぎと不平をもたらしました。


【解説】
 旧約聖書の一節と思われます。ソロモン王(ダビデ王の子、古代イスラエル第3代の王、在位紀元前965年~922年頃)は紀元前958年にソロモン神殿を起工したとされています。
 ここでのポイントは鍛冶屋職人が建築物その他の創造的な仕事において自分の製作した道具がどのように用いられているかを認識し、毎日の仕事に打ち込んでいたかということ、そして自らの仕事に対する誇りを持っていたかということです。まさに、後年、その製造した道具を見て、古物鑑定家に「いい仕事をしていますねえ」と言わしめる職人の心意気が感じられます。
 また、一方では、この一節から、如何に王が柔和で寛容、民主的であったかが分かります。反対に日本では将軍がそのような気さくに庶民を遇した事例は聞いたことがありません。上に立つ者のあるべき姿の一つでもあります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落067

067 Here you can see that the lowest talent is equal to the highest. From this you should know what the word equality really means. And this is far from the average definition of the word.
067 ここにあなたは最低位の才能が最高位の才能と等しいことがお分かりになるでしょう。ここからあなたは世界の平等というものが実際、どのようなことを意味するかを知らねばなりません。また、これは世の中の平均的定義とはほど遠いものです。


【解説】
 時代は移り変わっても仕事そのものの仕方や段取りは変わることはありません。結果となる作品が生まれる為には、その最後を託される者ばかりでなく、それを支える様々な者が各々の才能を発揮して持ち前の仕事をすることが必要です。最終結果に対する貢献度において、それに係る者すべてが等しく称えられるべきだとここでは述べています。
 一方、現在、この惑星の多くの国では、危険で汚れる仕事は下請けにさせて自分は各工程の進捗管理のみの(あるいはそれすらも行わない)事例が多いのが実態です。これらの下請けの従事者はビル竣工の際に、そこに集う人々からねぎらいの言葉を掛けられることもありません。使われる者と使う者の構図が出来ているのです。
 しかし、年月を経るにつれ、建物は残っても、その式典に誰が参列したか等、すぐに忘れ去られてしまいます。日本には法隆寺をはじめ数多くの歴史的建造物や仏像がありますが、今日人々が感嘆するのは個々の職人が造った造形美です。もともと誰が造った等という記録を残す等、無用のこと。無心に「美しさ」そのものを求めてノミを振るった職人にとっては結果である作品を通じて、自分達の目指したものを感じ取って欲しいということであり、建物の構造を担った大工にとっては自分が死んだ後、長い時代を経てもなお、地震や風雨に耐える構造であることこそが誇りなのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落066

066 From here on many talents will be employed to complete the structure. The final touch of historic recordings and beauty will be the murals painted upon the inner walls of the entrance. And for this the finest artist will be engaged. But even he with all of his talent cannot produce what is asked of him if the pigments of his paint had not been processed from the pick and shovel man through the various refining steps necessary. And this is true with the brushes and other equipment which he must use. And without these his talent would be of no value.
066 ここからは、多くの才能を持った者が建物を完成させる為に雇われることになります。その歴史的記念と美の最終段階の仕上は入口の内壁上に描かれる壁画となるでしょう。そしてその為に最高級の画家が雇われることでしょう。しかし、彼の才能全てをもってしても、彼の使用する顔料がツルハシとシャベル人夫で取り出されてから必要な精製工程を経て処理されていなければ、依頼されたものを造り出すことは出来ないでしょう。そしてそれは彼が用いる刷毛やその他の道具についても同じく当てはまります。


【解説】
 建物の例えで言えば、私達は建物の構造や骨組みよりは外観を、人目に触れない天井裏や床下よりは内装に目が行きがちです。これらは私達の日常は視覚が支配しており、外観の最終結果のみを見て、物の評価を行っていることを意味しています。しかし、実際には、その結果を生み出すには様々な人間の才能発揮が積み重ねられて初めて実現するのです。言い換えれば、一つの結果は、それを支える数多くの努力の連鎖が背景にあることに私達は気付く必要があります。
 これらは、私達の身の回りの物、全てについて言えることです。毎日、何気なく食べる食品についても、食卓に並べられた品々について、各々この惑星の様々な所で育てられ、運ばれて来るものばかりです。また、お米については読者もよく御存知のように、モミが苗床に蒔かれ、稲の若葉が育つと水田に移され田植えが行われます。夏の草取り、秋の稲刈りを経て、脱穀、精米を経て店頭に並びます。このように数多くの人手と自然の恵みを受けて食物が食卓に上るのです。食事は毎日の生活の中では、断片に過ぎませんが、結果として世の中に存在するものの背景や起原について鋭敏になれと、本項は言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落065

065 The first workers that he engages are what could be called of the lowest talents. For they will be the ones responsible for the ditch in which the foundation of the building will be laid. And without which the building could not be built.
065 最初に雇う労働者は最も低い才能の者達と呼ばれるかも知れません。何故なら彼等は建物の基礎を置く為の溝を受け持つ人々であるからです。しかし、それ無しでは建物を建てることは出来ません。


【解説】
 建物はまず基礎部分から造り上げる必要があり、最初の仕事として地面を掘り、基礎を造る為の溝を造る作業員について述べています。私達はとかく、仕事に貴賎をつけがちで、これらの作業は粗雑な労働と見なしてはいないでしょうか。しかし、夏の炎天下、今日では機械力を使うとはいえ、その労働は端から見ても厳しいことが良く分かります。まして寒風の吹き荒れる冬には辛い仕事であることは言うまでもありません。
 私達は、背広を着て綺麗なオフィスでパソコンを使うことを上質な仕事、現場で土ぼこりの中、スコップを手にするのは粗雑な労働としてきますが、果たしてそういう区分が妥当と言えるのでしょうか。実は建物の基礎は建物の安全性や耐久性を左右する大切な要素です。今日では、建物を建てる際には、事前に地質調査を行っています。建物がどのような地盤の上に建つのかを知る上で、本来、この溝掘りから発見される知見こそ重要なのです。一方、同じ溝掘り作業であっても考古学の分野では地中の埋蔵物を掘り出す作業はスリリングで胸踊る仕事です。世紀の発見につながる作業には慎重さと考古学の十分な知識が必要です。基本的には同じ作業なのですが、時々によって仕事の価値に差を付けたがるのが私達です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落064

064 The construction of a large building can be used as an example of what we mean, especially when it is to be a new type of architecture. The completed building is pictured on the screen of a man's mind by the consciousness. Once the mind sees the picture clearly a blue print of the impressions is drawn in order to retain the design of the structure. As in the drawing of the house plans, this is the first effect of the cause. Then the blue print is placed in talented responsible hands to bring about the manifestation. This individual in turn procures artisans and materials for the construction.
064 大きな建物の建設はこの意味するところの一例として用いることができます。新しいタイプの建築の場合は特にそうです。完成した建物は意識によってある人物の心のスクリーンに描かれます。その人物の心がそのイメージ(姿)を明確に見るとその建物のデザインを保持する為、すぐに印象に基づく青図が引かれます。家の建築計画の作図の時と同様、これが原因の最初の結果です。次に青図はそれを現出させる任務を担う人の手に委ねられます。この人物は次にその建設に必要な職人や材料を手配するのです。


【解説】
 ここでは、以降(065)で述べられる人間の様々な才能に関する事例の前段として、建物の建築過程について説明しています。
 建築はある意味、極めて創造的な分野です。何も無い空間に立体的な建造物が建ち、完成後は多くの人々が集い、快適に活動する場となる訳で、建物を建てる際には、建築家は様々なアイデアに心を巡らします。そのような建築家の初期の精神活動には本講座で言う「意識」が深く関わっています。建築家の心が新たなイメージを求めて、因の世界からの指導を求め、アンテナを向ける時、遂には意識からの印象を感受します。通常、「アイデアが浮かんだ」とする瞬間です。このイメージをデッサンし、図面化して目に見える結果の世界に写し取る作業が最初の段階です。現実には、予定地にはまだ何も無く、建物は建っていないのですが、建築家にはその完成された姿が見えています。これら設計図面を見て、竣工後の建物の中を人が行き来している状況をイメージできるのは、私達が備えるべき能力の一つでもあります。
 そして出来上がった設計図を基に、様々な機材が手配され、各々の能力を持つ人員が投入されて、建物が出来上がります。このように建物一つをとっても、様々な人間の才能がそれを支えており、どの一つが欠けても、建物を建てることはできません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落063

063 The Bible also states that man has many talents. So we will observe the talents with which the Infinite man is endowed. And the important part which each one plays in the cosmic plan where men are equal.
063 聖書はまた、人は多くの才能を持っているとも言っています。ですから私達は無限なる人が授かっている才能を観察することとしましょう。そして人々が等しく存在する宇宙の計画の中で1人1人が担う重要な役割についてもです。


【解説】
 ここでは人間に備わった才能や能力について述べています。人間には様々な才能があり、各人が社会の中でそれぞれの役割を果たしているのです。これまでは心の身勝手さや原因を知ろうとしせず、結果だけに生きていた存在であるとして来ましたが、その結果の世界においては人間は自身の文明を造り上げて来ました。科学技術も発展させ、現代では宇宙にまでその活動の領域を広げています。
 それらは本文で言う人間の才能を生かした結果であると言えるでしょう。しかし、ここで考えたいのはこれら文明は膨大な数の人間が各々の役割を果たしているということです。例えば電車が動くには、レールと車両、電力が必要ですし、保線や車両の整備、発電機の運転、更には運転士の操作等、様々な人間がそれに介在し、仕事をしていることが分かります。これら全ては人間の才能と言えるものです。他の動物にはこのような分野の才能は見当たりません。それほどに人間には本来、数多くの才能が授けられています。自分ではまだ、気付いていないものも多い筈です。それら人間に等しく内部に備わっている才能に気付くことも、この学習の成果の一つです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落062

062 Patience and faith are the foundation of such a reward. For those who become impatient become shipwreck.
062 忍耐と信頼はこのような報いの基礎です。短気な者は挫折します。

【解説】
 長年の私達の習慣、更にはこの惑星における太古から積み上げられてきた社会システムの大きな流れの中にあっては、人間本来の生き方を新たに取り入れるのは容易ではありません。まして今までの心の指令に代えて、宇宙にあまねく目に見えず、耳に聞こえない「印象」を通じて会話する存在である意識を自らの教師として受け入れ、結果の世界に加えて、それらの印象を合わせて感受せよということは、初期の段階では気の遠くなる話しです。
 しかし、どのような分野であれ、努力の積み重ねはやがて成果として実を結ぶものです。体験上からも、その結果を得る機会は意外と早く来ます。いわゆる「時間」という概念に私達は捕われていますが、それは行動を起こす前の心の言い訳に過ぎません。実際に努力を続ける内に、その目的地はあっさり到達する例が多いように思われます。
 何もしない段階では、心が勝手に想像する困難のイメージは膨らむ一方ですが、行動を積み重ねる中で、それら仮想のイメージは容易に解消するものです。
 ですから、忍耐強く、目的に向かって一歩一歩近付くことが大切だということです。そして自らが望む目標が創造主の望むものであれば、なおのこと、行く手には数々の支援の手が差し伸ばされることでしょう。創造主への信頼があれば、努力は続けられるものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落061

061 Many people have asked me why I did not ask this or that, trifling things in most cases, but had I done so I would not have the knowledge that I have today. Jesus said, lest you become as a little child you cannot enter the Kingdom of Heaven. Which is the kingdom of cause. And the Bible states that there is nothing hidden that shall not be revealed in time.
061 多くの人々が私にあれこれといった多くの場合、つまらぬことを尋ねなかったのかと聞いてきますが、もし私がそうしていたら、私が今日得ている知識を得ることはなかったでしょう。イエスは言っています、幼子のようにならない限り、天の王国に入ることは出来ないと。それは因の王国でもあります。そして聖書はやがて明らかにならないものは何も無いと述べています。


【解説】
 宇宙兄弟達(Space Brothers)に対する時も、意識に対する時も同様ですが、先ず相手が何を伝えたいのか、何を授けたいのかを心で受け止める受容的態度が重要です。宇宙兄弟達の場合は、遠く遥かな宇宙を旅し、様々な危険にさらされながら、無法惑星・地球に来訪している訳で、私達はそのことを想い、先ずは相手のミッションに耳を傾けるべきです。また意識の場合も、日常めったに心に巡り会うことが出来ない以上、意識からの印象を感受した場合には、それを大切にして自分の心が勝手に騒いだりしないように、先ずは落ち着いてその指導を受け入れるようにしなければなりません。
 ここで言う幼子は人間の素直さを例えています。即ち、心が素直でなければ因の世界に入ることは出来ないと言っているのです。心は好奇心から日常的な様々な事柄に興味がありますが、それより更に重要な私達が宇宙の子供として生きる上で基本的な理解力を先ずは身に付け、実践力を養う必要があるのです。
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