ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落215

215 You see the body is on one hand independent of the mind, yet on the other hand there are certain cell groups that are related to the mind and obedient to it. This is the cause of the conflict that a human finds himself in daily. The mind is inclined to be habitual and lazy. It would rather travel the road of least resistance than the road of progress that calls for steps yet unknown. This is why we are plagued with tradition and conventions of ancient times that no longer fit into our present way of life. But despite this, the mind must accept things from time to time whether it likes it or not.
215 おわかりのように肉体は一方では心からは独立していますが、他方では心と関係を持ち、心に従順な或る細胞群もあります。これが人間が日常、自分自身に葛藤を感じる原因です。心は習慣的で怠惰になる傾向があります。それは未知なる階段を必要とする進歩の道よりも最小限の抵抗しか無い道を歩むことを常としていました。これが私達が今日の生活方法にはもはや当てはまらない古来の伝統や因習に患っている理由です。しかし、これにも拘わらず、心は時としてその好き嫌いによらず物事を受け入れなければならないのです。


【解説】
 本課では「新しさ」の重要性を学ぶことになっています。ここでは「新しさ」に対峙するものとして「古来からの因習」や「日常習慣」の問題が指摘されています。通常、私達は安住の道を選びます。その方が楽であり、とりたてて苦労することは無いというのが私達の基本的傾向です。それが今日の問題の元凶であると本稿は指摘しているのです。
 逆に言うと「新技術」や「新製品」などの物質面の「新しさ」は大歓迎である一方で、各自の日常生活についてはある程度パターン化され、各自平日はどのような生活時間、土日はどのような過ごし方になるかはほとんど決まっているということもあるでしょう。特に年令を重ねるにつれて、この生活のルーチン化は定着して行き、遂には「10年ひと昔」というように毎日、何らの新鮮さを体験しないまま時を過ごすことが多くなるのが、地球の現実です。
 しかし、これらの習慣に流れる生活は、最も危険な状況であることに気付く必要があります。中高年の肥満、「生活習慣病」は言葉の印象としては、重病であるというイメージはありませんが、実は糖尿病や動脈硬化等の致命的な病に直結しています。一日の過ごし方、生活の仕方が翌日の自分自身に大きな影響を与える訳で、努めて習慣を排除する、分かりやすく言えば、毎日、何が昨日と違った生活内容となっているかを自分に問いかけ、一日一日を新鮮に生きる必要があります。私達の心の習慣病にも気付く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落214

LESSON SIX Newness, The Rejuvenator Of The Mind
214 In lesson five we showed you how the mind can get lost in the jungle of opinions.
第6課 新しさ、すなわち心の若返りの推進役
214 第5課では私達は皆さんに心が意見というジャングルの中で如何にして道に迷ってしまうかを示しました。


【解説】
 私達は様々な思想や宗教、また多くの社会経済理論にさらされた環境の中で生きています。しかし、これらは所詮、人間が造り出した意見に過ぎません。また、次々に自らの心も勝手な理屈を並び立てますので、人の心の中は、これらの意見でいっぱいになり、静かに環境を見詰める余裕はありません。その中で私達のほとんどは思い通りにならない状況を悲しみ、別の生き方を模索はするのですが、それも惰性に流されてやがてその暗闇の世界に安住せざるを得なくなっています。
 しかし、この闇から抜け出る方法についても私達は前課で学んで来ました。特に意識からの指導を受け入れる際には徹底的に素直になり、印象の流れを中断させないことの重要性について何度も述べられて来ました。一方でこのような好ましくない環境の下では、心身共に老化が早まるのは仕方のないことです。本課は心と身体の関連性について明らかにし、新しさや新鮮さが若さの秘訣であることを解説します。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落213

213 In the next lesson I will explain the importance of newness in order to maintain a youthful body.
213 次の課では若さあふれる身体を維持する為に新しさの重要性について説明しましょう。


【解説】
 「同乗記」には宇宙人達が旅行中に暮らす宇宙船の中に若者の肖像画が掲げられており、彼等は若さを大切にしていることが伝えられています。ともすれば、難解な思想哲学は老人の学問とされがちですが、それは地球だけのことで、宇宙普遍の真理は各自の体内で日々細胞が更新されているように常に若さを保っており、若さを保っていることが真理を掴んでいるバロメーターでもあります。
 この講座で学ぶ事柄は訳知りの知識の蓄積ではなく、各自の日々の心の有り様に関する実務的な訓練であり、各自の生活(生命)に直結した内容です。究極の目的は私達が生きる惑星全体が他惑星と同様に進化の道を歩めるよう、伝えられた知識を自分なりに吸収し応用することです。元来、生命活動は生き生きしたもので、早春に木々の芽吹きが一斉に起るのを見ても分かるように常に更新、再生を繰り返します。宇宙を通じて流れる意識は天地創造の昔から老化することなく、変わらぬ働きを続けています。他方、形あるものには老化はつきものですが、少しでも意識、宇宙の活動を取り込むことで若さを維持したいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落212

212 It is unfortunate that 99% of the human kind are living in this kind of a jungle of the mind. When they could enjoy the consciousness, the other part of themselves that has everything that the human will ever need. For they could enjoy a life free from fear, with which the mind is shackled. There is one thing we can say for the noble space people, their minds follow the consciousness of the cosmos. And even though they are not perfect in its execution, they will be in time for they follow the guidance of consciousness.
212 残念なことに人類の99%が心のこの種のジャングルの中に生きています。彼らが人間が欲するあらゆるものを持っている意識すなわち、自身のもう一方の半身を享受することが出来るのにもかかわらずです。何故なら心が鎖で繋がれた恐怖から自由になれば生命を楽しめるようになるからです。高貴な宇宙人達について一つ言えることがあります。彼らの心は宇宙の意識に従うということです。そして彼らはその実行において例え完全ではなくても、彼らはいずれそうなるでしょう。彼らは意識の導きに従っているからです。


【解説】
 第5課のまとめです。私達は心の勝手な意見に振り回され、本来の宇宙からの印象が入り込む余地がない程に密生したジャングルの中で生きています。しかし、これでは暗闇の中を手探りで林立する意見という大木に触れ、またしばしそれに頼って生活しますが、一向に森を抜け出ることはできません。
 一方、よく「無心」で事を成すという表現がありますが、人を除く他の創造物においては心はそれほど増長していません。心に左右されない生き方こそ王道なのです。心の占める割合を小さくして、宇宙から直接やって来る印象(インスピレーション)に従う余地(ゆとり)を常に残しておく必要があります。「心貧しき者は幸いである」、「幼子のようにならなければ天国に入れない」という言葉も、このような素直な心の状態を指すものと思われます。何事も心で考えていたのではスピードも遅いし、雑念も入り込みます。そういう意味では、もっと心を小さく、言い換えれば心を謙虚に保って、心自らは創造主から常に指導を受ける身であることを自覚することが大切です。
 各自、日常生活においてこれを実行する上でどのようにした方がよいかは一概に言えませんが、毎日毎日その方向への少しずつの積み重ねが最終的には揺るぎない良い結果をもたらすことは確かです。感性の高まりや心の状態のレベルアップが日常生活の改善に及ぼす効果は絶大なものがあるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落211

211 This recalls an incident which happened to my wife Mary, who has since passed away, when she became lost at night fall in a jungle of high wild lilac which covered only a half acre of land. She became frightened and called for help, even though she was only about 500 yards from home. This is used only as an example to show how easily one can become lost in a jungle of self opinions which are contrary to cosmic purpose.
211 このことはずっと前に亡くなった私の妻メアリーに起こったある出来事を思い出させます。それは彼女がわずか半エーカーの土地を覆っていた野生の背の高いライラックのジャングルに夕暮れ、道に迷った時に起こりました。彼女は恐ろしくなって助けを呼んだのです。家からわずか500ヤード足らずの所に居たにもかかわらずにです。この事例は宇宙的目的に正反対な個人的意見というジャングルで人は如何に簡単に道に迷ってしまうかを示す例として用いているにすぎません。


【解説】
 光に対する闇の意味合いは古くから迷いの象徴として言及されて来ました。確かに、あたりが暗い環境は私達の心に不安(恐怖)をもたらします。それほどに私達は目に頼った生活を送っている訳です。しかし、現実の物体は光にさらされていなくても(即ち目に見えなくても)、そこに存在します。事実、自分の体内の各器官は視覚を持たず、闇の中でも着実に所定の働きを続けています。丁度、無味無臭の空気を嗅いだ場合の感覚器官の反応と同様に、本来は視覚だけが「見えない」と指摘するだけの状況にも拘わらず、視覚への依存度が強い為に、主人公である本人全体を混乱に陥れているのです。
 この例え話はそもそも、個人の意見の乱立から生じているとしています。様々な主義主張によって本来の太陽の光は地面に届いていないと言っているのです。言い換えれば様々な主張が乱立している為、それらが繁茂し本来の真理の光を覆っていることを意味しています。現代、世界各地で起っている宗教対立等もその例です。それゆえ、各自は少なくても自分の周囲についてはこれらの思想の木々を整理し、要・不要を明確にさせて、単純化した生き方を進めるべきでしょう。そうすれば、遠からず宇宙本来の意識の印象(光)が暗い足下を照らすことになるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落210

210 Little did they know that what they were searching for was the other half of themselves which was not to be found in the darkness of their own opinions. For this is found in the light of consciousness which they never did enjoy. Yet it was always there, for every now and then the light would penetrate the darkness of the wooded country, but they failed to see and understand it. There are those who have followed the light of consciousness and found the way out and felt and enjoyed the freedom of the open country. And thus they experienced a lasting security that was never known before. Yet others not realizing what they had found, returned back into the darkened land only to be lost again. And they continue to create forests of darkness through which it will be harder to find the way as time goes on.
210 彼等は自分達が求めているものが自己の意見という暗闇の中では見出せない自分自身の半身であることが少しも分からないのです。何故なら、これは彼等が決して享受したことのない意識の光の中において発見されるものだからです。それでも、それはそこにいつもあります。何故なら時として光は木々に覆われた土地を貫くことがありますが、彼等はそれを見落とし、理解し損じるからです。また、意識の光に従って外に通じる道を見い出し、広がった大地の自由さを感じ、楽しむ者もいます。そしてこのように彼等はこれまで経験したことのない永続する安心感を体験するのです。それでも他の者達は自分達が何を発見したのかを自覚せず、再び暗い土地に戻って行き、ただ再び道に迷います。そして彼等は時間が経つにつれ見い出すのをますます困難にさせる暗黒の力を造り続けるのです。


【解説】
 求めているのは実は自分のもう一つの半身であるというのは、大変重要なポイントです。私達は失敗の原因を外、即ち環境のせいにし、生きる目的もまた、何か外に求めて様々に放蕩して来ました。その都度、街には勧誘の声があり、成功事例を伝える本も多数出回っています。私達はこれまで、それ程に外界に目を向けて来ましたが、これらのいずれもが結局は期待を裏切るものであった訳で、探し求めて来たものは最も近くにあったということです。
 従って、逆の言い方をすれば、外に答えを求めても目的は達せられず、己の内面の隅々を照らすことで真の生きる満足が得られるということでしょう。それにつけても動物達は見ていて、実に満足そうな生活振りです。どのような環境に置かれようとも、日々の生活は楽しさで満たされているように思えるのです。わずかな距離でも喜んで飼い主と散歩に出る時の犬の姿からも満足することの大切さを知ることが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落209

209 These people are like a man lost in a heavily wooded forest where the congested growth hides the sun and the vision of heaven that could lead him in the right direction. The timbers could be likened to personal opinions that blocks the vision of light that could show the way. A person may even die in this state and never know the true purpose of life. We have people who have everything that the world has to offer, even security beyond their needs, but they are very unhappy within themselves. They have searched all of their lives for something they did not understand. They sought wealth and fame for security but after having this, the happiness they longed for was not there because they had never left the timber land of self opinions. And their values of life are out of line with the cosmos.
209 これらの人々は生い茂った木々の成長が正しい方向を示してくれる太陽と天の視界を隠しているうっそうと茂った森の中で道に迷った人間のようなものです。木々は道を示すことができる光の視覚を遮る個人的な意見に似ていると言えるでしょう。人によってはこの状況の中で亡くなり、人生の真実の目的を知ることはありません。私達はこの世が提供できるあらゆるもの、そして自分が必要とする以上の安全さえも手に入れ、それでも自分自身の内面ではとても不幸である人々を知っています。彼らは自分の生涯の全てを自分ではわからない何物かを求めて来ているのです。彼らは安心のために富や名声を追い求めて来ましたが、それを得た後は、願っていた幸せはそこには無かったのです。何故なら彼らは自己の意見という森林を離れることはなかったからです。そして彼らの人生の価値というものは、宇宙の方向からは外れています。


【解説】
 そもそも心に意識からの印象を受け入れる余地がなくてはなりません。元々、自己主張が強く、それなりに自分で頑張って世の中を渡って来た人達にとって、取りあえず順調に推移している間は、問題も顕在化しないのですが、ひとたび、状況が悪化すると己の限界を過度に考え込んでしまうことになるのではないでしょうか。
 個人的には本稿事例のような状況を明確にイメージすることが出来ませんが、そもそも他人の意見を喜んで受け入れる度量が無くては、エゴに支配される人間に早晩、陥ることでしょう。むしろ、それまでの自分を振り返り、不要なもの、未整理な状況を自ら明らかにして整理する作業が必要だと考えています。いわゆる心の「棚下ろし」作業です。自分の心の状況を左右している要素は何と何であるかを改めて整理すると、意外に悩みの本質的内容は小さいものであることが多いものです。心が勝手に騒いでいたという事例も私自身、数多く体験しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落208

208 Yet some individuals after finding this go astray. And there are millions of such. But when this happens more than one gap is made and sometimes these are almost impossible to fill as the human mind in many cases is lazy and seeks the highway of least resistance. Thus it creates many gaps through its span of life. And this majority never know true happiness, peace and contentment. And the indications are that they are off the beam of life which is of cosmic nature. For they are easily irritated, hard to satisfy, fault finding and display very poor sportsmanship. They constantly seek new friends which are not stable, but of the same nature.
208 それでも人によってはこれを見い出した後も、道に迷う者もいます。しかもこのような例は何百万もあるのです。しかし、これが起った後は、出来るすき間は一箇所に留まらず、時として埋めることがほとんど困難になってしまいます。何故なら人間の心は多くの場合、怠け者であり、最小限の抵抗という常道を求めるからです。このようにして心はその生涯を通じて数多くのすき間を造り出すのです。そしてこの多数派は真実の幸福や平和、満足を知ることはありません。そしてその兆候は彼等が宇宙的性質である生命の光線とは離れていることを示しています。何故なら、彼等は容易にイライラして、満ち足りることが無く、あら探しをし、とても貧しいスポーツマン精神を表わすからです。彼等は常に新しい友人を求めますが、それらは不安定であり、また同類の者達です。

【解説】
 自らが長年求めていたものを見つけた場合でも更に迷う者も多いと言っています。その原因は私達の心の怠け癖であり、折角のチャンスもみすみす失ってしまうということは大変、残念なことです。”慣性の法則”に身を委ねていては、所詮、下るだけです。少しでも向上する為には、自ら自分の心を叱咤激励するしか方法は無いでしょう。自らの現状を損なうことを恐れるあまり、冒険したがらないのがエゴの自己保身の特徴です。
 その結果、本当は千載一遇のチャンスであった筈のものが、再び去ってしまうことは悔しいものです。多くの事例では本人は一歩を踏み出すことを躊躇していた為に、その後、何十年も改善の機会を失っているケースもあります。他人から見ると良い機会だと思うのですが、本人の自覚がそこまでに至っていないのです。
 その根本の原因、踏み出せない原因はやはり信頼感、創造主から愛されているという信仰心が十分、内面に育っているかどうかに架かっていると考えています。信頼を何処に置いているのか、移り気の他人に置くのか、万物を貫く宇宙の意識に置いているのかの違いです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落207

207 One must not be overly cautious in avoiding mistakes. For then he would be doing nothing - this has no value. The important thing is to realize and correct mistakes as soon as possible. For when one misses something that was meant for him, either by word or association, it sometimes takes years or even centuries to find it. I have known people who were searching for something all of their present life time. Sometimes they know what they are looking for and sometimes they don't. But they do know when they find it for the uncertain nervous feeling vanishes and they eminate a warm pleasant feeling and seem to enjoy everything that they do. They are not concerned with the future and seem content and happy to live from day to day. But they have a hunger to learn all that they can, and seek association with those whom they feel have what they want. This is usually a good indication that they are filling a gap - a something lost somewhere in life.
207 人は過ちを避ける為に過度に用心深くなってはなりません。何故なら、そうすることで彼は何もしなくなるからですし、これでは価値がありません。重要なことはできる限り速く過ちを自覚し修正することです。何故なら、人はその者にとって意味のある何かを失った場合、それが言葉によってか、あるいは人間関係によってかを問わず、それを見つけ出すには何年も、場合によっては何世紀もかかるからです。私はある人々が彼等の生涯の全てにおいて何かを探し続けているのを知っています。ある時は彼等は自分達が何を探しているかを知っていますが、わからないでいる場合もあります。しかし、彼等はそれを見つけるや否やそれがわかります。不安定で神経質な感じが消え失せ、暖かな楽しい感じが発せられますし、彼等が為すことすべてを楽しんでいるように見えるからです。彼等は未来には関心がなく、日々生きていることに幸せを感じています。しかし、彼等は学べるもの全てに渇望しており、彼等が求めるものを持っていると感じる者との繋がりを求めています。これは通常、彼等が人生の何処かで無くした何らかのすき間を埋めている良い兆候なのです。


【解説】
 ここでは各自が求めているものの起源の中にはかつて自分が失ったものを穴埋めし、取り戻す為のものも含まれていると指摘しています。人によって求める分野は異なりますが、その本人の志向性には、場合によっては過去生にまで遡る理由がある場合もあると言っています。
 もちろん、求道という側面もあるでしょうし、隠れた才能に気付き育てたいと願う気持もあるでしょう。しかし、強い本人の志向性には過去の人生ともかかわりのある要素も強いということでしょう。一度、しくじった学習テーマに再び巡り会うことは容易ではないと本文では言っています。ですから、できる限りその場で修正への行動をとるべきなのです。
 また、「求めよ、さらば得られん」とされるように、求めていることはいつかは実現することでしょうが、本文に書かれている部分で特に大事なのは、”But they do know when they find it for the uncertain nervous feeling vanishes and they eminate a warm pleasant feeling and seem to enjoy everything that they do.”(しかし、彼等はそれを見つけるや否やそれがわかります。不安定で神経質な感じが消え失せ、暖かな楽しい感じが発せられますし、彼等が為すことすべてを楽しんでいるように見えるからです。)という感覚です。
 何もあせる必要は無いのです。それが実現することをひたすら確信し、あとは意識の仕事として意識を信頼するという姿勢が大切だと考えています。これは自然界、一般に言えることで、今どきの季節(冬)にあっては、土や枯葉の下でじっと春の到来を待っている虫達や草花の芽がそれに当るのでは無いでしょうか。
 一方、このような過ちについて最も心が痛む問題は人間同士の関係です。これまでにもUFO・アダムスキー問題には多くの人々が関与され、また去って行きました。私自身、当初熱心であった多くも方が、その後離れて行かれた事例を知っています。その原因の多くは、その時々の会の運営や人間関係、他人を利用した、しない等々、様々でした。原因はどうであれ、結果的にせっかく大切な知識に触れた方がもし、アダムスキーを離れてしまったとしたら、大変残念なことです。会の運営者としても大きな責任があると言えるでしょう。一度、離れた方を再び、引き戻すことは容易ではありません。ある種の拒絶反応から長期間にわたってこの問題への取組みを避けて通りやすいからです。そういう意味では、各グループ活動を主催されている方には、人並み以上の責任があり、常に誠実、柔和、オープンな姿勢が不可欠だと思っています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落206

206 In the case of an uncorrected mistake against another, a mystery is created that may never be solved. And if it is done after a lapse of time the feeling will never be the same again. So there is a loss through the neglect of correction. And yet the correction even under these conditions is very important in order to carry on. For somewhere along the line the lost words or impressions will repeat themselves, even if for another reason, and he who has the knowledge can use these words to fill in the gap. It is no different than a window pane that will fit into a number of places.
206 ひとつの修正されない過ちに対して更に修正されない過ちが起る場合には、決して解決しない神秘が造り出されてしまいます。そしてもし、時間経過の後に為される場合には、その感じはもはや同じにはなりません。ですから修正を無視したことで損失が生まれるのです。しかもこれらの状況の中であっても修正はめげずに続けて行く為にはとても重要です。何故なら、その線に沿った何処かでその失った言葉や印象類は、他の理由からであっても再現するでしょうし、その知識をもつ者はそのすき間を埋める為これらの言葉を用いることができるからです。それは数多くの場所に当てはまる窓ガラスと何ら変わるものではありません。



【解説】
 「過ち」、即ち「失敗」への対処が重要であるとこれまで述べられて来ました。しかし、実際に失敗した当座は、思うように行かなかった原因を他人のせいにして憤まんをぶつける、或いは自分の能力の不甲斐無さを悲嘆するものです。本文で言う「修正」という行動には容易に移れないのが実状です。また、いやな結果を忘れようと気晴らしに向かうことも多いものです。
 しかし、アダムスキーは厳しくも、その十分な記憶がある内に修正することが大事だと言っています。そうしないと再び、そのテーマを学びとることが難しいと言っているのです。
 一般に、自らの誤りを認めることには勇気が必要です。他人に対する自分のプライドがそれを阻むでしょう。また、私達が結果が全てだと思い込んでいることも、わずか1回の不成功で自分の努力や意志が無駄になったと感じてしまうことも背景にあります。また、特に他人に対する過ち(過失)については、再びその問題に直面することなく、むしろ避けて通りたいものですが、そうした場合、その関連は自分が通りたくない道として断絶(ギャップ)を自ら設定しているようなものとなり、今後の人生を狭くすることにもなるということです。
 私も数少ない経験ですが、何度かトライする内に難しいとされていたハードルも越えることができるようになったケースもあります。後から考えて、成功した時の自分の心の状況、印象への対処行動等、成功の背後には思い当たるポイントもある訳で、この成功体験を大事にして、次回に繋げられればと考えています。
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