ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落262

262  This particular phase of life is a major part to be learned and it should not be very hard when the sense mind begins to live with the consciousness instead of acting on its own as it has been doing. And results will be outstanding when the two live as one. This may seem to be a repetition of what has been said before, but repetition becomes a memory.
262 特にこの段階の生活は学習する上での主要な部分であり、感覚の心がこれまでして来たように自分自身が確保しているものを前提として行動する代わりに、意識と共に生き始める時には、過度に行うべきではありません。そしてその両者(訳注:意識と心)が一体となって生活する時、効果は傑出したものになるでしょう。このことはこれまで述べられたことの繰り返しのように見えるかも知れませんが、繰り返すことが記憶になるのです。



【解説】
 私のわずかな体験からも、自らの行動を内部から湧き起るインスピレーションに従って行うことは大きな成果をもたらすことが分かります。つまり、湧き起る印象をヒントとして行動することが、意識の指導に従って私達の心が成長する唯一の道だという訳です。
 各自によって状況は異なるかも知れませんが、この「印象に従う」ことは誰でもが出来ることであり、それらを繰りかえすことで私達も次第に自分の中にある「意識」の存在を知覚出来るようになるものと思われます。
 また本項ではこのように繰り返すことで、それらがやがて本来の宇宙的記憶になると説いています。どれほど密接に自身の意識と交流し、融合的になれたかが問われることになるのです。このことからも本講座をただ読むだけでは価値がなく、各自の実生活の中で日々どのような心境、境地で意識に耳を傾け、印象に従った行動をとっているかが重要となります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落261

261 In order to obtain a cosmic concept of life all that is necessary is an expansion of the mental conscious awareness. And in this way you become more alert to your actions in both fields. It could be compared to being in a plane or on a high building, for then you become aware of things below as well as above you. You are using the same sense mind, only your field of awareness has expanded. When you are able to do this regardless of where you may be there is no limit to how far you can go in connecting with conscious memories that could reveal many past experiences. And in this way find your true self and live in the sea of eternity.
261 生命の宇宙的概念を得る為に必要となるもの全ては心による意識的な知覚の拡大です。そしてこの方法によって貴方は両者(訳注:因と結果)の分野における貴方の行動についてより多く気付くようになります。それは平原や高い建物の上に居る場合と対比することができます。何故ならその時、貴方は貴方の上空でのものと同時に眼下の物事をも気付くようになるからです。貴方は只、貴方の知覚範囲が広がっただけで、同じ感覚心を用いているのです。貴方がこのことをどこに居るかに関わらず出来るようになれば、多くの過去の体験を呼び起こすことができる意識的記憶に接続する為、如何に遠くに貴方が行こうとも制限はなくなります。そしてこのようにして、貴方の真の自己を見つけて、永遠の海の中で生きて欲しいのです。



【解説】
 どのような心境を開拓すれば良いかについて、本項はより具体的に私達に説いています。そのヒントは”平原や高い建物の上に居る”という表現にあります。つまり、自分も含めより広範囲な状況を理解し、把握していることを意味します。
 単に自分の目の前の状況ばかりを把握するのではなく、周囲あるいは更に広範囲な状況も併せて理解している状況です。本講座で盛んに”意識”という表現を用いているのは、この心境が”意識”という言葉に最も近いからだと思われます。
 とにかく私達各自は心の他にもう一つの存在である意識があり、その意識を拡大、浸透させてより広範囲を自分の知覚領域としなければならないのです。
 先日も滞在先の東南アジアのホテルで、夜部屋の電燈を付けた所、大きな虫がその光に驚いたのか、壁に立ち尽くしていました。夜は彼らのテリトリーなのでしょう。盛んに長い触覚を動かしながら警戒を続けています。実は彼ら昆虫達は生きる上で警戒は欠かせません。危険がいっぱいの環境の中でもたくましく生きている彼らはこの分野では私達を遥かに上回るレベルを生きているのかと思った次第です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落260

260 We must train the mind to daily recognize a certain amount of cosmic life and this can be done through two phases. One, by someone who is very good at reading Cosmic Records. And the other, by allowing your consciousness to give the revelation to your own sense mind. But to do this your mind must have trust in consciousness. You will know when you have blended the two, for then you will be living in full awareness of cosmic cause and the related effects. i.e. Since I have had the experiences with the Brothers I have been living in two phases of life. One, as I used to live performing my daily duties in a normal manner, but enjoying life more than I did before. While at the same time consciously aware of my experiences and of the individuals that I have met from other worlds. The experiences are as indelible upon my memory as my daily activities.
260 私達は毎日、心を宇宙的生活を幾分でも知覚するように訓練しなければなりませんし、これは2つの面から成すことができます。一つは宇宙的記録を読み取ることがとても上手い人物による方法。他は貴方の意識に貴方自身の感覚の心に啓示を与えることを許すことです。しかし、これを行うには貴方の心が意識を信頼しなければなりません。貴方はその2者が何時融合したかは分かるでしょう。何故ならその時、貴方は宇宙の因とそれに関連した結果の完全な知覚の元に生きているからです。即ち、宇宙の兄弟達との体験を持ってからは、私は二つの生命の面で生きています。一つは私がこれまで生きて来たもので普段通りに私の日常の義務を行い、しかも以前より以上に生活を楽しんでいます。一方、同時に、私自身の体験や私が会った他の世界から来た人物達について意識的に気付いているというものです。その体験は私の日常活動と同様、私の記憶に消えることはありません。


【解説】
 宇宙的記憶をどうしたら培うことが出来るのか、本項では2つの方法を提示しています。
 一つは優れた師と交わることで直接その記憶との交流の仕方を学ぶことだとしています。これには他惑星人との交流から私達が多くの事柄を学ぶ目的でもあります。アダムスキー氏自身も砂漠のコンタクト以来、彼らの実生活を見て、あるべき暮らしぶりを学んだものと思われます。
 一方でそうのような機会に恵まれない大多数の私達はどのようにすれば良いかということですが、それも手本は既に示されている訳で、素直に毎日を自分の中で意識に親しんで生活するべきなのです。基本的に全て必要な要素は私達自身の内側に供えられており、活用が待たれている訳で、私達が新たに用意しなければならないものはありません。ただ私達の内側、意識と仲良く暮らすこと、その示唆する印象を大切に取り扱う中で次第に宇宙的記憶とのパイプを広げることが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落259

259 To do this one must make the sense mind trust consciousness like trusting God. And this in turn calls for faith, oftimes called blind faith. To clarify blind faith a little further, we have eyes with which to see but they do not see any more than a window pane can see what is seen through it. It is you who sees through the window, so it is the consciousness of you that sees through the eyes. For when you become unconscious the sense of sight is still there but you no longer can see. The other senses follow the same pattern. So one should realize the importance of conscious seeing, or sense mind cooperation with consciousness if he is to have a cosmic memory of life. For then he can recognize himself through eternity from the pages of memory. This is an important phase if individual life if life eternal is to be earned. And that is what Jesus meant when He said, he who loses his life shall find life eternal.
259 これを成す為には、人は感覚の心を、神を信頼するように、意識を信頼させなければなりません。そしてこのことは次には信頼、即ち、しばしば盲目的信頼と呼ばれるものを必要とします。盲目的信頼というものを少しより明確にする為に見るのに用いる目について述べますが、目は自分が見ているものは窓枠がそれ自身を通じて見ている以上のものを見ている訳ではないのです。窓を通して見ているのは貴方であり、それ故、目を通じて見ているのは貴方の意識なのです。何故なら、貴方が無意識になってしまえば、視覚感覚はそこに未だあっても、貴方はもはや見ることはできません。他の感覚も同じパターンを辿ります。ですから、もし人生における宇宙的記憶を持とうとするなら、人は意識的に見ること、感覚の心が意識と協力することの重要性を理解すべきなのです。何故なら、そうすることで人は記憶のページの中から永遠を通じて自分自身を思い出すことが出来るからです。これは各自の人生が永遠の生命を得ようとするなら、重要な段階となります。また、これはイエスが自分の命を失うものは永遠の命を見い出すだろうと言った時にイエスが意味していたことです。


【解説】
 本項はより詳しく私達が日常気を付けなければならない本講座の学習のポイントを記しています。とりわけ重要だと覆われるのは、部屋に設けられたガラス窓の表現です。この場合、ガラス窓は部屋、即ち肉体の一部なのですが、大事なのはガラス窓は外界からの光景を部屋の内部に投影するもので、その景色を理解し観察するものではないということでしょう。カメラのレンズと同様にそれ自身が見て理解する機能はないのです。
 本文にあるように私達の中にある”意識体”がその光景を理解する訳で、肉体(部屋)の内部に”意識”と称される私達の本体があるという訳です。
 従って先ずはその存在を自覚し、それを信じ、信頼することから私達は学習をしなければならないのです。もちろん、この意識なるものは身体全体の働きを支えている存在ですし、私達自身がその存在に気付き感謝することを喜ぶものです。そういう意味でも私達のこれまでの尊大な自我を戒めて、より静かに全てを見守っている意識と繋がることが、この学習のポイントと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落258

258 Jesus blended His sense mind with consciousness and thus He was able to say, I am in the world but not of it, and many other statements that He made in reference to His past. And He could not have maintained these memories had He not blended with consciousness which carries the memories and contains the book of records.
258 イエスは自らの感覚の心を意識と融合させました。それ故にイエスは、私はこの世に居るがこの世の者ではないと言ったり、自身の過去に関連して他の多くの声明を述べることが出来たのです。そしてイエスは記憶を持ち運び、記録の書を内包する意識に融合しなかったら、これらの記憶を維持することは出来なかったでしょう。


【解説】
 私達が学ぼうとしている意識との融合の究極の姿は、イエスが身を持って示したご自身の姿でもあります。宇宙的記憶を養うことが如何に重要であるか、実はイエスは様々な機会を通じて私達に教えていたのです。
 私達が自分の成り立ちを知り、体験を生かす為には、これから生きる上で記憶をより明確にとりまとめ、要点・教訓をしっかり自身に染み込ませ、記憶するよう努力することかと思われます。
 以前に何処かで述べたかと思いますが、例えば他惑星の宇宙船を目撃する機会を得た時、自分がどのような心境であったか、またその出現はどのような意義があったのか等、その貴重な体験を記憶する上で必要な手掛かりを明確にして置くべきと思っております。
 毎日を充実した活動で送れることは、大変幸せなことですし、それらの体験を通じて得た事柄はその人の宝物になる訳で、私達はその奉仕の過程で、既に十分なる報酬を受けているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落257

257 Let us consider the meaning of this. Man has two souls, the soul of the sense mind, and the soul of consciousness. It is the sense mind that can be slain by lack of memory caused by adhering only to the so-called concrete effects. We can now see that memory is essential in order to have life eternal.
257 この持つ意味を考えて見ましょう。人には二つの魂があります。感覚の心の魂と意識のそれです。いわゆる具体的な結果にのみ追従することで記憶の喪失により滅ぼされ得るのはその感覚の心です。私達は今や記憶が生活を永遠に保つ為に不可欠であることは分っています。


【解説】
 本項が私達に教えることは、私達自身には魂と言えるものは2つあるということです。その内、感覚心と呼ばれるものは日常の私達の行動を支配していますが、それが結果物を拠り所としている為、ひとたびそれを失うと記憶をたぐり寄せることが出来なくなり、事実上、滅んでしまうということです。
 その結果、人は次なる人生を歩む際に、以前の記憶を失っており、再び混とんの中からその人生を始めなければなりません。それでは人生は永続するとは言えず、かつての経験も活かすことは出来ません。
 一方、本来の記憶は分子・原子に蓄えられており、それらはもう一つの魂である意識の中に蓄えられるとも言うべきでしょう。それらは私達の想念・印象を吸収し、保持する機能があるものと思われます。その結果、意識の中には万物創生以降の知識がふんだんに存在し、各自の過去生の記憶もその中に保持されていることでしょう。それらとどのように一体化するかが問われているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落256

256 So you can see that if the mind does not blend with the consciousness it can be lost in the sea of life. That is why great teachers such as Jesus have stressed, fear not that man that slays the body but the man who slays the soul.
256 ですから貴方には、心が意識と融合しなければ心は人生の海の中で迷子になり得ることが分かるでしょう。それがイエスのような偉大な教師が強調したこと、肉を切る者を恐れるな魂を切る者を恐れよの理由です。



【解説】
 記憶に関して述べている本項の中で、注目すべき表現は"lost(見失う)"という言葉でしょう。私達が記憶をたぐり寄せようとする時、つまり思い出そうとする際に重要なのは、その記憶事象と自分との繋がり、絆、関連性ということかと考えています。
 様々な要因との繋がりについて良く学んでいれば、その記憶をたぐり寄せることも容易ですが、一方で何もとっかかりが無い状況では、私達はただ広大な空間の中で手がかりの無いまま、途方に暮れるしかありません。つまり記憶とはそれらを関連する事物との繋がりの中で呼び起こすことが出来ると考えます。
 しかし、イエスの言うように魂から関連する繋がりを切ってしまう者が居るとすれば、それは肉体に危害を与える者以上に警戒しなければなりません。怠惰を助長させ、盲目的な快楽に陥れる者を近づけてはならないのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落255

255 I have had a number of such experiences with others. But it is sometimes difficult to convey to the present individual ego mind its past experiences and relationships. That is unless the mind of the individual blends with the consciousness of his own being, the all inclusive. This is not easy to do for most people dwell in the field of effects which they call concrete facts. Yet we know that behind each effect is the cause which is not as apparent as the effect.
255 私は他の人々についての数多くの同様な体験事例を持っています。しかし時として現状の各自のエゴの心にその過去の体験やつながりを伝えることは難しいものです。それは各自の心が全ての内包者である自分自身の意識と融合しなければ為し得ないからです。これは確固たる事実と称する結果の分野に居住する大多数の人々にとっては容易なことではありません。しかし、それでも私達は個々の結果の背景にはその結果物のようには明らかとなっていない因なるものがあることを知っています。



【解説】
 結局私達の自我の心は、普段、様々な意見を出し、私達の行動を支配しようとはしますが、その実、記憶力となると容易に覚えて居られない程、能力が低いということでしょう。確かに年老いて来ると今さっき体験した筈のことを簡単に忘れ、場合によっては肉親の顔も覚えていない状況も起こり得る訳です。これらは医学的にはアルツハイマー症等、脳の疾病と診断されますが、その基本的要素は私達自我の本質をより顕著に表した状況と考えています。
 この状況を回避し、高齢になっても記憶を保つ為には、本文に述べられているようにrelationships(つながり、関連性)を理解することが大切だと考えます。一つの結果、結果物だけを取り出して記憶するのではなく、それが生じた背景や経緯等、それらを生じさせた「原因」についてよく考え、関連性を理解するということです。
 このように物事を生み出す原因について正しく理解し、洞察することで私達は記憶の根を因の領域にまで広げることが出来るのではないかと考えます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落254

254 Yet another person who has alined himself with cosmic consciousness can locate the identity of an individual whose identity is lost to his present ego mind.
254 しかし自身を宇宙意識に従わせた別の人物はそのエゴの心に見失われている自己の正体を指し示すことができます。



【解説】
 これまでの学習内容から考えられることは、記憶というものは基本的には分子・原子に蓄えられるということであったと思いますし、本来的には強弱はあるものの、それらの中に全て蓄えられているということでしょう。
 私達が記憶を失くすのは、それが何処にあるのか探り出せない為であるのです。つまり、自我が物事の関係性や経緯を思い出せない為にその糸口をつかむことが出来ないことが想定されます。
 これに対して、私達が宇宙意識とお関係性を築いておけば、転生等によって再び生を受けたとしても、その普遍なる存在に自らの正体を求めて行けば良く、容易に自分が何であるかを理解出来る訳です。つまり不安定な地上や自我に記憶を蓄えようとするのではなく、宇宙意識の中に記憶を蓄積することが重要と言えます。「自分の宝は天に蓄えなさい」(マタイ)という聖書の言葉はこのことを示唆しているように思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落253

253 This is a common occurrence to millions of people when it comes to cosmic and ego identity. And is the reason why so few people are aware of their past lives. This shows that in the past as in the present there was a separation of the conscious real self and the personality or ego mind. For as we have stated before, consciousness is the only real eternal part of you. And it is in this consciousness that all activity is registered. Unless a man's mind blends with this consciousness he does lose his identity.
253 これは何百万人の人々にとって問題が宇宙的正体やエゴの正体になれば、一般的出来事となります。またそれは、如何にわずかの人々しか自分の過去生に気付いていないかの理由です。これは過去において今日と同様、意識の真実の自我と個性あるいはエゴの心とが分離していたことを示すものです。何故なら、以前にも述べたように、意識は貴方の唯一の真の永続する部分であるからです。そして全ての活動が登録されるのは、この意識の中になのです。人間の心がこの意識に融合しない限り、人間は自分の正体を失うのです。



【解説】
 確かに私達は生きている間、ある程度の記憶は保って居られます。また得られた知識を覚えていることでその体験を活用することも出来ます。しかし転生の区切りとなるとそれらの記憶が承継されないとはどのような状況を意味しているのでしょうか。
 本項はそれに関し明確な回答を与えています。即ち、転生後にも残るような記憶は宇宙的な真の自我に記憶されなければ転生先に伝えられないということです。実は私達のエゴの自我には仮に記憶しても肉体が死を迎える時、見失ってしまうものと思われます。
 つまりは私達が記憶を培うのは自分自身の中にある真の自我、自らの宇宙意識に記憶を留める必要があるという訳です。その為にも本文で述べられているように私達は真の自我、宇宙意識により親しむ必要があるということです。言い換えれば、生命の本質部分に親しみ、そこを拠点としない限り、永続する記憶は得られないということです。

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