ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落071

6. BODY, MIND AND CONSCIOUSNESS
071 Until quite recently mind and matter have been considered as widely separated as the poles. The materialist has exalted matter into predominance and the metaphysician has given the supremacy to the mind, while consciousness has received scarcely a consideration. There have, of course, always been alerted minds in the world who understand the inseparable relationship of mind, matter and consciousness and have made use of this knowledge in the field of practical evolvement, but the world in general has chosen to remain in the mystery of divisions.
第6章 肉体、心そして意識
071 全くの最近まで、心と物質は両極のように甚だしく分離して考えられて来ました。唯物論者は物質を優位位置に引き上げ、また形而上学者は心にその最高位を授けて来ました。しかし一方では、意識はほとんど考慮すら受けて来ませんでした。もちろん、世の中には心と物質、それに意識について引き裂くことの出来ない関係を理解する鋭敏な心の持ち主がいつも居て、実際的な発展の分野にこの知識を活用して来ましたが、世の中一般はその区分分けという神秘の中に留まることを選択して来ました。



【解説】
 重要なポイントは私自身の中に肉体と心の他に「意識」と呼ばれる全能の知性が存在し、それらの3者があいまって、私自身という生命体を構成しているということです。この内、外面としての肉体も各自の内面としての心の存在も良く分かるのですが、意識となるとその意識なるものが般若心経等で言う「空」と同様、沈黙、無形の存在であるが故に、これまで長い間、気付かれることなく過ごされて来たのです。
 しかし、私達自身の生命を実質的に持続させているのはこの意識であり、その知性無くして私達は生存することは出来ません。また、優れた解決法や進歩に繋がるヒント等、助言を与えて呉れるのもこの意識です。従って私達が探求すべきは各自の中にある意識の存在であり、この意識と親しむことによってその意義を日々学んで行くことです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落070

070 We have been taught that all things are possible with God. God is consciousness, and man cannot separate himself from consciousness for he is that. Are not all things also possible therefore, with man? Jesus the Christ understood this unlimited capacity for expansion when he said-"Greater things shall you do than I have done." He put no limitations upon himself or upon another. It is through the understanding of the consciousness, which is oneself, expressing through all forms that gives one the power to control all elements. Cannot a being command himself into action? Cannot consciousness direct its own movements? This mighty Cosmic force, with power to do and the intelligence to direct, is the most generous giver of all things to those who utilize every fleeting conscious moment, but it turns a relentless executioner in the hands of those who pay no attention to its gift of Ideas.
070 私達は全てのことが神とともにあっては可能だと教えられて来ました。神は意識であり、また人は意識から分離できません。何故なら人は意識であるからです。では、全ての事柄もまた、人間にあっては可能ではないでしょうか。イエス・キリストは「私が為した以上の大いなることを貴方は為すだろう」と言った時、この拡大する無制限の能力を理解していたのです。彼は自分自身にも他の者にも如何なる限界を設けていませんでした。それは全ての元素を支配する力を与え、万物を通して表現している自分自身である、意識の理解を通じてのことです。何人であれ、自分自身に行動せよと命令することは出来ないことでしょうか。意識はその運動を指図出来ないでしょうか。この力強い宇宙的力はそれを為す力と指導する知性を持ち、意識的瞬間の束の間のひとつひとつを活用する者達にとって全てのものを与える寛大な贈与者ですが、一方、そのアイデアの贈り物に何らの関心を払わない者達の手にあっては情け容赦の無い執行人に変貌するのです。




【解説】
 私達各自には、大きな可能性があることはイエスも教えていたということです。
 私達が意識からの指示を受け入れ、実践するならば、創造主と同等の働きをすることが可能であるのです。万物創造の基本法則である意識の力を受け入れれば、私達自身も創造する側の役割を担えるという訳です。
 この為、私達が意識に従う限り、そこに制限は無く、力を発揮することが出来ます。言い換えれば、創造主は常にその創造的な力の発現を望んでおり、もし私達自身がその一翼を担う意欲があれば喜んで力を貸して呉れることでしょう。天国を造り上げることこそ、創造主のお望みであるからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落069

069 Those who have become consciously aware of conscious consciousness through the ages have known this and have used the knowledge in their daily life. They have recognized themselves as the unlimited consciousness and thereby have become the controllers of it. The average man who claims himself a conscious being has through the development of a personal ego blinded himself to the reality of his being and understanding of cause consciousness so that he is expressing not more than one tenth of one percent of his potential ability. Think of the possibilities ahead of man when he shall have enlarged his field of awareness.
069 時代を通じて意識的意識について気付くようになった者達は、このことを知り、日常生活の中にその知識を利用しました。彼らは自分自身を無限の意識として認識し、その為その支配者になって来ました。自分自身を意識的存在だと主張する平均的な人間は、個人的自我の発達を通じて、自分の存在の現実性について自分自身を盲目にしてしまい、その結果、彼自身の潜在能力の1%の10分の1も表現してはいないのです。自分の気付きの領域を拡げた時の人の前に拡がる諸々の可能性について考えて下さい。



【解説】
 私達には沈黙の英知とも言うべきもの、即ち本講座で言う「意識」なるものが備わっていることに気付いている者には、その活用によって素晴らしい知識が授けられるという訳です。
 課題解決の為のヒラメキや他者への支援策等々、私達が望む事柄に対して常に私達を助けて呉れる存在がこの意識でもあるのです。
 本来、このような力量は各自に備わっているのですが、多くの者はその存在に気付かず、自分のエゴの意見に支配されています。私達はもっと自らに与えられた才能や能力を開花させ、自らをこの意識なる英知の表現者となるべきであり、他者の手本として生涯を送るべきなのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落068

068 One's breath is measured by consciousness, and Heaven is but a man suspended between the Soul consciousness of Eternity and Man's consciousness of earth. It is the mark or center of balance where the true understanding of the cosmos exists. Each conscious being is but a focal point of action within this great limitless ocean of intelligent force. There is no separation between any one of these focal points of conscious action and the Wholeness of consciousness.
068 人の息は意識によって見守られており、天国とは人が永遠なる魂の意識と地上の人間の意識との間に吊り上げられている人間のことなのです。それは真の宇宙の理解が存在する調和の印、或いは中心です。各々の意識的存在は、この偉大なる限りない知性の力の海の中における行動の焦点なのです。これらの意識的行動の諸焦点のいずれの間と意識全体との間には分離はありません。




【解説】
 私達の呼吸の一つ一つが意識によって見守られており、刻々の私達の行動はこの大いなる意識の下で為されています。そういう意味では全ての行動は宇宙的意識により記憶されていることになります。
 また、本文に記されているように、各々の行動には意識の投影が必要であり、この意識なくして行動は出来ない以上、あらゆる行動は意識を伴っていることになり、意識からの分断は無いということになります。
 天国と称される理想の姿は永遠なる宇宙的意識と私達地上の人間の意識とが釣り合っている状態だという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落067

067 The growth of earth and the growth of man is the actual evidence or testimonial of consciousness. Thought, itself, is composed of consciousness. All things of the heavens and the earth have been and will continue to be conceived in the womb of this mother-father principle. Man was born - into a physical form and will grow old and perish while consciousness remains everlastingly young in existence.
067 地球の発展と人間の発達は意識の実際の証拠であり、証明書です。想念自体は意識から成り立っています。天と地の全てのものは、これまでも、またこれからもこの母性父性原理の子宮の中で受想し続けることでしょう。人は肉体の形に生まれ、年老い、死を遂げますが、一方、意識は永続的に若いまま留まります。




【解説】
 大事な点は原理や法則、更にはそれらを作用させている原動力には時間が無いこと、永遠に生命力溢れる若さが保たれているということでしょう。私達が日々摂取する想念・アイデアには本来、老いというものはありません。いつも生まれたばかりの生命体のようにすがすがしく、素直で力強い存在です。
 一方で私達人間はその誕生後、年を重ねるにつれて年老い、やがては誰でもその命を終える時を迎えます。これは物質としての生きものの側面であり、自然の摂理と言えます。従って少しでも若々しい生活を維持したいなら、努めてこれら生命の原動力に近い想念・アイデアを摂取することです。
 その為にも日頃から新しいテーマに取り組み、また手本となる様々な教えに接する等、宇宙的な要素を取り入れることに努め、利他の行動を通じて自らその手本となるよう努めることです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落066

066 Consciousness is the very substance of all forms, yet itself is formless. It is the ruler and keeper of all elements which compose it in the field of form-action, for through this intelligent force the elements which make the form become conscious. It builds form and disintegrates forms yet it knows neither life nor death. It is motionless, yet it is the all-active power by which the cosmos is maintained; placeless, yet it is everywhere for outside of it there is nothing; inert yet composed of unlimited power.
066 意識とは万物の本質そのものです。しかし、意識自身には形がありません。それは形あるものの活動の分野で組織するあらゆる元素の支配者であり、保護者なのです。何故なら、この知性ある力を通じて、形あるものを作り上げている元素が意識を持つようになるからです。意識は形あるものを作り上げ、また形あるものを分解しますが、それでも生も死も知ることはありません。意識はじっとしていますが、宇宙が維持される全ての活動的なパワーでもあるのです。定まった場所はなく、何処にでもあるのです。何故なら、意識の外側には何もなく、意識は自ら動くことはありませんが、無限のパワーから成り立っているからです。




【解説】
 本項は「意識」の持つ驚くべき力について説明されています。古来からある種の”沈黙のちから”について多くが語られ、時によっては”聖霊”の力、等々の表現が為されて来ました。それらのいずれもが目に見えない霊力、気力という大いなる力の存在が強調されていたかと思います。
 各宗教における様々な”行”も、氷上のフィギュアスケーターの華麗な演技も全てはこの「意識」との融合の中での人間の可能性を見せるものとなっているのです。
 私達は日頃から、自らをこの意識との関連性において顧みるとともに、その行動の一つ一つをこの意識との融合の中に実行できるよう、心構えを整えておく必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落065

065 Everything from the mineral to the Cause kingdom is changed, moment by moment, by the everlasting activity of consciousness. It is the avenue of progress; the stream of life ladened with ideas which drop into the consciousness of mortal man with great rapidity and which may be used or discarded, depending upon the understanding of the individual. Consciousness speaks the language of the Soul, for it is the Soul. This Cosmic language is soundless, yet it roars with a voice of thunder, reverberating with a tremendous force upon the mortal form, producing a state of awareness as to the ideas that lie within him - ideas which only he himself knows unless he expresses them in words, and which even then may not be understood by another.
065 鉱物から因の王国に至るあらゆるものは永続する意識の活動により、刻々と変化します。それは進歩の大道であり、大速力で死すべき人間の意識に降り下るアイデアを積み込んだ生命の流れであり、各自の理解力により、活用されるか或いは捨て去られるかになります。意識は魂の言葉を話します。何故ならそれは魂であるからです。この宇宙的言葉は無音ですが、雷ほどの声で叫び、死すべき形あるものにすさまじい勢いで響かせ、人の内側にあるアイデアにいての知覚状態を作り出します。そのアイデアは言葉に表現しない限り、その者のみが知り、言葉に表現したとしてもその時、他の者には理解されないものです。




【解説】
 芸術家達に時に来るヒラメキは、ある者には楽譜を書くペンの先を、またある者にはその絵筆を動かして、大いなる作品を創り出させる訳ですが、その原動力である意識の声は、本人にはとてつもなく大きく聞こえる程、力強いものとしています。それらの声は常にあるにも拘わらず、私達には聞く意欲が薄い為、一部の芸術家を除いては気付かずに過ごしているということでしょう。
 これら力強い宇宙の力は当然、あらゆる粒子、原子・分子に作用し、それぞれに変化を促しています。それ故に私達は変化・流転の途にあるのです。この宇宙的な流れに従って進むか、或は自らの惰性・堕落の道を選ぶかは本人に委ねられていますが、どちらを進むべきかは明白であり、私達はより良い方向に進む意欲と確信を持たねばなりません。日々の活動を宇宙的なものに変革して行くことがその一歩となります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落064

064 As far as we know consciousness had no beginning and will have no ending for it seems to be all in all, the Alpha and Omega, and is made up of the Trinity; first the power; second, the intelligence; and third, the created form. John tells us -"In the beginning was the Word and the Word was with God and the Word is God.' What is a word? Is it not a thought expressed? And does not thought depend upon consciousness for it's being? Then we must admit that "in the beginning was consciousness and the consciousness was with God and consciousness is God." Out of consciousness, again, proceeded thought so "in the beginning was thought and thought was with God and thought is God." And thought becoming expressed returns us in proper sequence to the Word which is with God and is God. (Cosmic Cause) The incarnation of these three through action brings forth manifestation which is concrete realization in form of that which exists always in consciousness.
064 私達が知る限り、意識には始まりもなく、また終わりもないものでしょう。何故なら意識は全ての中の全て、アルファー(訳注:ギリシャ文字24個の最初の文字)であり、オメガ(訳注:ギリシャ文字24個の最後の文字)であるように思うからで、それは三位一体(訳注:「父・子・聖霊」の三位格があることを指す)から成っているからです。即ち第一に力、第二に知性そして第三に創造された形あるものです。使徒ヨハネはこう言いました。「はじめに言葉ありき、言葉は神とともにありき、そして言葉は神である」と。言葉とは何でしょうか。それは表現された想念ではないでしょうか。そして想念はその存在を意識に依存しているのではないでしょうか。そうすると私達は「はじめに意識があり、意識は神であった。そして意識は神である」ことを認めねばなりません。意識の中から更に想念が進み出るため、「はじめに想念があった。想念は神であった。そして想念は神である」ということになります。そして表現された想念は神とともにあり神(宇宙的因)である言葉として適切な順序で私達に戻って来るのです。これら3つの活動の化身は意識の中では常に存在している形あるものへの永続的な現出である創造作用をもたらすのです。



【解説】
 本章はアダムスキー哲学の「意識」を解説するものですが、本項では改めて新約聖書のヨハネ伝にある「はじめに言葉ありき」の”言葉”との結びつきについて説き起こしています。
 アダムスキー研究者の間ではよく知られていることですが、アダムスキー氏自身はかつてイエスに最後まで従っていた聖ヨハネであったとされています。このことはアダムスキー氏自身がかつて自ら表現した意味を、ここで再度解説し、読者に説いているのではないかと思うのです。2000年余の時間が経過し、宇宙時代に入った地球人に対し、再度同種の内容を説く時、アダムスキー氏はそれを”意識”と表現したのではないでしょうか。
 広大な時間軸にあって、その原理は変わるものではなく、宇宙始原の昔から意識なるものは存在し、今後も存続を続けることでしょう。その意識にこそ、私達は更に近づき融合して宇宙的な存在に進化しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落063

063 This intelligent force, then, is actually the Cosmic Whole, for Its limit of knowledge is no where. It is the creator of everything that was, is, and will be. It is not only the soul of man but the very soul of all things, the Father-Mother principle of the Cosmos.
063 この知性ある力は、実際には宇宙全体なのです。何故ならその知識の限界は何処にも無いからです。それはこれまでにあった、現在ある、そして将来あるだろうあらゆるものの創造主です。それは人間の魂のみならず、万物の魂そのもの、宇宙の父性母性原理なのです。




【解説】
 私達が日頃気付いていないこの「意識」なる存在には、限界や際限が無く、宇宙全体とも繋がっており、その包含する知識は私達の想像すら出来ないほど深く、広いものです。何よりも宇宙空間全てを支えている存在だからです。
 それに引き換え、私達の自我は何と小さく、矮小化した存在なのでしょう。更にそれは常に自分の存続だけを考えており、未知なるものに怯えて暮らしているのです。
 ひとたび私達が自らの中にこうした宇宙に繋がる「意識」なる存在を有していることを自覚すれば、大きな変化を遂げることは確実です。そうした姿を黙って見守って呉れているのも意識であり、私達一人一人の守り神とも言うべき役割をも果たして呉れているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落062

062 The story of creation as recorded in Genesis says that God created man from the dust of the earth; out of the elements He molded a form in His image and likeness as a sculptor creates a beautiful statue out of clay. This He did with intelligence and power, and having looked upon His completed form creation He was well pleased, so He incarnated into the form as the Breath of Life and man became a conscious being, a living soul, having the power of intelligent action, which we know as life.
062 創世記に記録された天地創造の物語は、神が人間を大地のチリから創ったとしています。その諸元素から創造主は彫刻家が粘土から美しい彫像を作り上げるように、神ご自身のイメージと似姿で一つの形あるものを型に入れて創ったのです。これを神は知性と力によって行い、自ら完成した創造物を眺め、神は大いに喜び、生命の息としてその形あるものの中に化身し、その結果、人は意識ある存在、生ける魂、私達が生命として知っている知性的な活動の力を得たのです。



【解説】
 創世記におけるアダムの誕生は、古代の人達に私達人間が如何にしてこの世に生まれたのかを、当時の知識レベルでも分かるように伝えられたものと思われます。重要な点は、人間は神の似姿として創られたこと、及びにその素材は全て地球の大地にあるチリと同じ元素から成っていることです。
 しかし、こうして創られた肉体もその生命の源は創造主から吹き込まれた生命の息であり、その息無くして生命は存続せず、その息こそが英知を持ち全ての生きもの達を生かしている大本であるのです。

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