ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第10章-段落111

111 How often quoted is the expression of the Christ, "If ye have faith as a grain of mustard seed ye shall say to this mountain, remove hence to yonder place, and it shall remove; and nothing shall be impossible to you." (Matthew 17:20) This statement has been used to show how little faith is necessary to bring forth manifestation. Notice, however, that the words are not "faith as great as a grain of mustard seed" but "faith as a grain of mustard seed." Not the quantity of faith but the quality of faith is called to note in this statement. Let us study the consciousness of the mustard seed. Is it ever overcome with fear in regard to its personal existence? What causes it to grow? Is it not the conscious impulse force within it which promotes it into action? The seed knows nothing but this urge within itself which causes it to expand, burst its shell and proceed upward into the light. It does not seek to resist this force of natural growth nor does it wonder if it is right to act in this manner. It acts unquestioningly according to the law or principle of its purpose. It does not look to effects - neither to man, to earth, water, or sun. It expands into a mature bush because the forces within it command it into such growth.
111 これまで何回、キリストのこの表現が引用されたことでしょう。「もし、汝に一粒のカラシ種ほどの信仰があれば、この山に対し、ここからあそこの場所に移れと言えば、その山は移るであろう。貴方に不可能だというものはない。」(マタイ17:20)。この表現は創造作用をもたらすのに、如何に小さな信仰が必要なだけであるかを示すため、用いられて来ました。しかし、それらの言葉は「カラシ種一粒の大きさの信仰」ではなく、「一粒のカラシ種ほどの信仰」としているのです。信仰の量ではなく信仰の質がこの声明の中で求められていることに注意して欲しいのです。カラシの種の意識を研究して見ましょう。それはその個人的な存在に関して恐怖に打ち負かされているということはないのです。何がそれを成長させるのでしょうか。それを行動に突き動かすのはその種の中の意識的衝動ではないでしょうか。種は自分の中にあるこの衝動しか知っておらず、それが膨張し、殻を弾けさせ、光に向かって上方に進み出します。それは成長のこの力に抵抗しようとはせず、またこのように行動することが正しいかどうか迷うことはありません。それは法則あるいはその目的の為の原理に沿って、疑問を持つことなく行動します。それは人間、地面、水や太陽に対する影響を見てはいません。内部の諸々の力がそのような成長を命じる故に、成長した茂みになるのです。




【解説】
 私達も含めあらゆる動植物が本来、持つべき創造主への信頼(信仰)について、本項で説かれています。イエスが説いた”カラシ種ほどの信仰”とはその小さな植物の種にあっても、芽を出し生長する上で糧となる意識は因への信頼であり、その強さは私達の比ではありません。山をも動かす程のゆるぎないものであるのです。
 それに比べて私達の信仰は実に不安定なものではないでしょうか。少し目先の状況が変化したことによっても私達は見通しを大きく乱し、混乱を呈してしまうのです。
 これに対して、私達が身に付けなければならないもの、人知れず心に留め置くものとして、目に見えない者、因への信頼があると考えます。不安定な結果の世界に囚われることなく、宇宙を流れる目に見えない法則に軸足を置くことが状況を望ましい方向に導くことになるからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第10章-段落110

110 If we analyze fear we will find it to be produced by a state of wondering in regard to our support and safety. In most every case fear is focalized about one's personal being or self-interest. Most men look upon the activities of life in the light of the effect that they will have upon themselves and those dear to them. They are living in the consciousness of the effective world, depending upon outer things for their support, and the recognition of the instability of outer effects produces a condition of uncertainty within their own minds. We may say then, that fear is the self-centered state and faith is living the impersonal state of being. Fear is based on effects; faith is based on Principle or Cause.
110 もし私達が恐怖を分析すれば、私達はそれが私達への支持と安全に関する不安状態によって作り出されることを発見するでしょう。ほとんどの場合、恐怖は自分の個人的な存在か自身の関心に焦点が当てられています。ほとんどの人達は、それらが自分自身や自分達にとって大切なものに与える影響という光で人生の活動を見ています。彼らは結果の世界の意識で生きており、自分達の支えを外側の物事に頼り、外側の結果物の不安定さの認識が心の中に不安定な状況を作り出しています。ですから私達は恐怖とは自己中心の状況であり、信仰とは非個人的な状態と言うことが出来ます。恐怖は結果に基づくものであり、信仰は法則、即ち因によっているのです。




【解説】
 確かにあらゆる場面を考えて自分に降りかかる障害の可能性を懸念して私達は普段から生きているように思います。ましてや競争社会にあっては世の中で生きて行くことは不安やストレスが貯まる傾向になるものです。また、昨今では新型コロナウィルスから如何に身を守るか等、多くの人は気が休まる時がないのではないでしょうか。
 もちろん、こうした心配事は危機管理の上からは事前に危険を予測する意味で大事なのですが、問題は過度に私達の心は恐れがちになることで、その行き着く先は身体にも変調を来たし、食事も摂れなくなる事態に追い込まれる場合もあるのです。
 問題はこうした不安や恐怖の心境がその人の未来、因の世界までにも影響を及ぼすようになり、次々に悪循環の輪に入り込んでしまうことです。
 このように不安や恐れは何一つ事態を解決しませんし、私達に良いことをもたらすことはないことを先ず理解する必要があるでしょう。その上で私達は結果のみを見て嘆くのではなく、自ら明るい想念・印象を心に取り入れて、自らの肉体細胞を良質な振動を発するようにしなければなりません。その為には、生命は一体、誰に支えられているかを良く調べ、その力の源泉に回帰する以外に方法はありません。しかし、こうした状況を乗り越えた末に気楽な暮らし、他力本願の心境が生まれたとすれば、それは何よりもかけがえのないものとなる筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第10章-段落109

109 We know that all things in the manifested world are possessed of the positive and negative aspect. Faith is one of the positive aspects of man's character so what is the opposite of faith? Fear, of course! Therefore, to understand one we must understand the other; they are the two ends of one pole. Fear is the lower expression so let us begin with an analysis of it and work upward to faith.
109 私達は、創造されたこの世界の全ての物事は陽と陰の側面を有していることを知っています。信仰は人の性質の陽の側面の一つですが、それでは信仰の正反対は何でしょうか。もちろん、恐怖です。ですから、私達は一つを理解するには、もう一つも理解しなければなりません。それらは一本の棒の両端なのです。恐怖は低次な表現ですから、私達はその分析から始めて、信仰まで昇って行くことにしましょう。



【解説】
 おそらく生きて行く中で私達が絶えず直面するのが、この「恐怖」の問題でしょう。この要素出現は未来が予見出来ないこと、また現下の諸状況が絶えず変化している中、これからの私達各自がますまず困難な目に遭うかを危惧するからです。
 しかしこうした恐怖にさいなまれているのは人間だけのように思えるのです。たとえ明日朝屠られ生を終える水牛達がのんびり身体を休めていたり、何時踏みつけられ生命を終えるかわからない危険な状況にあっても、ひるむことなくアリ達は日々の仕事に精を出していることを私達は知っています。
 こうした行動はどうして可能なのか、私達は真剣に考えてみる必要があるのです。そしてその結論は、各々には創造主への信頼、仮に生命が途絶えたとしても再び何処かで再生復活するという事実を信じていることが背景にあるということでしょう。
 私達人間は大自然の中の彼ら動植物の持つこれら信仰(信念)について、もっと学び身に付ける必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第10章-段落108

10 FAITH
108 Faith is perhaps one of the most widely discussed topics in the world, yet it is the least understood. Teachers, ministers, psychologists, etc., all advise the development of faith and proclaim it as the basic quality of life but find difficulty in explaining this particular faculty.
第10章 信仰
108 信仰はおそらく世の中で最も広く議論された話題であり、また最も理解されていない話題でもあります。教師や聖職者、心理学者その他の人々は皆、信仰の発達を推奨し、それが生命の基本的な質であると宣言していますが、この特別な機能について説明することは難しいとしています。




【解説】
 何故、Faith(信仰、信念)が重要なのかを本章では改めて学ぶことになります。
 言い換えれば、そもそも何を信じようとしているのか、何故それが必要なのかということでしょう。これについては先ず、私達がこれから取り扱う因の領域については、それは未だ実現していない想念・印象の段階にあることと関連していることに気付きます。つまり、物質や物体として未だこの世に存在する以前の段階を取り扱う為、それがやがて実現することになると理解する上で、両者の繋がりを信頼することが基本となる訳です。
 分かりやすく言えば、想い(想念)は叶い、実現するという静かな心境が重要です。それ故、心の中、或は受け入れる想念・印象の中に望まない事柄は微塵も混入させてはなりません。私達の心の中のものは全て遠からず実現することになる為、抱く想念には常にチェックすることです。自らが受け入れる想念が諸々の影響を及ぼすこと程、重要なことはありません。心に想起することはやがて実現するという法則性、またこうした私達創造物に対する創造主の見守りに対しても同様な信仰が必要だということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落107

107  Through our life on earth we have learned a great deal; how much more we shall learn as we venture into the realms of Cause. We shall know much more beauty than we have known in the world of effects. Our admittance to such knowledge is not difficult - just one step can prove itself the key that will unlock the chambers heretofore unknown to us. "There is nothing," we have been told, "that shall not be revealed." To the vision of the brave in heart no truth can be concealed. One single sacrifice - the releasement of old thought habits, may bring rewards far greater than you have ever dreamed
107 地球上における私達の生活を通じて、私達は多くを学んで来ました。私達が因の領域に足を踏み入れれば、更にどれほど多くを学ぶこととなるでしょう。私達の結果の世界で私達が知って来たよりも更に大きい美しさを知ることになるのです。このような知識に対する私達の入場の権利は難しいものではありません。ただ一歩の踏み込みが、私達にこれまで知られていなかった特別室を開けるカギであったことを明かします。「明かされないものはない」と私達は教えられて来ました。心の勇敢な者の視野には如何なる真理も隠されていることは出来ません。ただ一つの犠牲、古い思考習慣の解放は、貴方が夢見たこと以上に大きな報酬をもたらすことでしょう。




【解説】
 この宇宙哲学を学ぶにあたり、そもそも私達が何を目指しているかについて本文は明確に述べているように思います。
 つまり、私達は地上における物質の世界、結果の場についてはこれまで多くを学んで来ました。そしてその過程で優れたもの、美しいものにも出会って来た筈です。
 しかし、それ以上に私達がこれから学ぼうとしているのは、因の世界、即ち創造主の想念が行き来し、これから万物が生み出される源泉の活動力の場を探求し、知ろうとしている訳です。そこにはこれまでの結果の世界とは比べようもない精妙華麗な世界が広がっていると著者は説いているのです。そして私達がその入り口の扉を開くことは十分に可能であって、唯一私達の古い思考週間を捨てることで良いのだと説いているのです。(注:私には映画「2001年宇宙の旅」の中でボーマン船長が木星の大気圏に入って行く際の様々な光が交差する映像の表現に、本文で言う想念が飛び交う因の世界が象徴されているように思っています)

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落106

106  Remember that youth is the result of constantly renewed thoughts and life is activity - it is progress. The first step taken in any field of accomplishment is an initiation into a new endeavor and requires a certainty that is born of perception - an assurance of a vastness that lies beyond our present line of vision. Neither you or I know what each new step will bring but the journey must be made and only faith will reveal truth to us.
106 覚えておいて欲しいのは若さとは絶え間なく更新される想念の結果であり、生命とは活動であり、進歩であるということです。如何なる達成の分野でも踏み出された最初の一歩は新たな努力へのはじまりであり、私達の現在の視界の境界線の奥に横たわる広大さの知覚への確信を必要としています。貴方も私も新しいそれぞれの一歩が何をもたらすのか知るものではありませんが、その旅は為されなければならず、唯一、私達の信仰が私達に真理を明らかにすることでしょう。




【解説】
 新規分野への踏み出しに対して、失敗を恐れる人と希望が湧く人とが居ることでしょう。そのどちらがあるべき姿なのか、本項は私達に諭しています。
 もちろん失敗を恐れて踏み出すことが出来ない者は、新しい経験を積むことが出来ずに人生を終えてしまいます。しかし、夢ばかりを追い求めていても成就は遠く及ばないことも体験上、分かっています。
 重要なのはその一歩を踏み出した時、単に従来のエゴの妄想を展開させることなく、心を落ち着けて、その一歩を踏みしめ、生じて来る課題に向き合うこと、また自ら得たビジョンを信じることかと考えています。根気よく努力することで自ずと道が拓かれることは既に学習しているからです。
 こうしたチャレンジを続ける中では人は老いることはなく、いつまでも新鮮な心境を保っていられることにもなるのです。

おわび

昨日の記事についてはタイトルの段落番号に誤りがあり、掲載の順序に誤りがありました。
本日と昨日と順番が逆になりますので、ご了承下さい。

竹島 正

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落104

104  It is true that the step into the wholeness of life carries us into the unexplored but what would our existence be if we remained always in the world of the obvious? Delving into any subject takes us from stagnation to knowledge and progress. There is no need for any one remaining in the state of disintegration or static mental condition when everyone is privileged to step into the newness of things and study in the school of everlasting advancement. There is no place to which a man is bound; he may go forward freely whether it be in a world of acts or in the universe of facts. There is no standing still; one must go either up or down, and the upward step is always the proper one to take. All of the storehouses of earthly knowledge in which various manuscripts are treasured contain not even a beginning of the wisdom that is held within the storehouse of the cosmos.
104 生命の全体性への歩みは私達を未踏に運び入れますが、もし私達が明らかな世界にいつも留まっていたら、私達の存在意義は何なのでしょう。どんな課題でもそれを掘り下げることは、私達を停滞から知識と進歩に連れ行きます。誰もが物事の新しさへの一歩が与えられ、永続する前進の学校での学習が与えられているというのに、誰一人、崩壊或いは静止した精神状態に留まっている必要はありません。人が縛りつけられている必要のある場所は存在せず、人は行動の世界や事実の宇宙の中であれ、自由に前進することが出来るのです。静止しているものは何一つありません。人は上昇するか下降するかのいずれかであり、上向きの一歩は常に取るべき適切なものです。様々な原稿が収蔵されている地球上の知識の宝庫の全てをもってしても、宇宙の宝庫の中に保存されている英知の冒頭さえも含んでいないのです。




【解説】
 真に宇宙的に生きるとはどういう事かを本項では説いているように思います。
 即ち、私達は前進か後退かのどちらでしかなく、停滞とはとりも直さず時代の流れから取り残され、習慣の中に埋没し退化して行くことになるのです。
 しかし、これを為すには何か大変な努力をしなければならないという訳ではありません。私達の意識をもっと自由に拡げ、空間を行き来させ、新しい想念・印象と出会うことが重要なのです。この意識を拡げることは肉体とは関わりなく自由に出来る筈です。こうした自由闊達、開放的な心境になることで、やがては宇宙的想念・印象と出会う中で、進歩を遂げることとなる筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落105

105  One step can set a man on the highway of eternal learning - the everlasting revelation of facts that exist only in the laboratory of Cause which knows no limitations or boundaries. But after you have taken the first step, learn the lesson of patience so you may not try to travel faster than your understanding will permit, One step will set you on the highway, but there are billions of steps ahead of you, for after you have reached a goal you still must travel through Eternity. Man can never attain the totality of all that is to be known, for if he could do that there would be an end to all things. Knowing that this is true, why be impatient to forge ahead? Each step we take is new; each step is the first one from the point that we have previously reached. It is well to have ideals; we are given glimpses now and then of the fullness of the life ahead of us so that we may be inspired to continue action, but if we keep our eyes totally upon the future we are sure to miss the beauty of the present and we may stumble into a briar patch and endure much suffering while trying to extricate ourselves.
105 一歩の踏み出しが人を永遠の学びという王道、制限も境も知らない因という実験室の中にのみ存在する事実の永続する現出の場に据えることが出来ます。しかし、貴方が第一歩を踏み出した後は、貴方は自分の理解が許すより速く旅しようとはしないよう、忍耐の教科を学ぶことです。踏み出す一歩は貴方を王道に乗せはしますが、貴方の前には何十億もの歩みがあるのです。何故なら、貴方が一つのゴールに到達した後も、貴方には永遠を通じてなお旅する必要があるからです。人間は知るべき全ての全体性を決して達成することは出来ません。何故なら、もしそれが出来たとすれば、あらゆるものに終わりがあることになるからです。このことが真実だと知ったからには、どうしてせっかちに先頭を切ろうと突進するのでしょうか。私達が毎回、踏み出す一歩は新しいものです。私達が時折、私達の将来にある満ち足りた生活を先立って見せてもらえることもありますが、もし私達が未来のみに全て着目していたとすれば、私達は間違いなく現在の美しさを見失い、イバラの小畑の中につまずいて、自分を救い出そうと、より手ひどい痛みに耐えることになるかも知れません。




【解説】
 本文はこれから私達は日常をどう過ごして行くべきかについて、その最も肝要なポイントを説いているように思います。即ち、私達の前方にはもちろん素晴らしい未来が待っているのですが、そこには直ちに到達できる訳ではありません。一歩一歩進んで行く必要があります。
 しかし、私達は目指す山の頂ばかりを見定めて登っているだけで良いのでしょうか。むしろ、毎日の一歩を楽しむ余裕、昨日と比較して良くなった視界を愛でるゆとりが必要であり、自然と美しさを謙虚に賛美し、その中に生きていることを感謝して過ごすべきです。
 先日、致知出版社のメルマガの中に60年以上現役を続けた将棋の加藤一二三さんのインタビュー記事が出ていました。その中で「人は神様から愛されているから存在する」「人は無から存在に呼び出された」という言葉が紹介されていました。「人生には様々な敗北や挫折があるが、神様から与えられた魂を失わない限り、絶望はない」とお話された中に、厳しい勝負の世界の毎日を乗り越えて得られた真理が良く表されていると思った次第です。創造主に見守られているという心境こそ大事なものはないのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落103

103  The thousands of scientific discoveries that have benefited humankind would be still in the realms of Cause if some few men had not had the faith to bridge the gap between the known and the unknown and had the courage to take the first step upon the bridge. The many things that we enjoy today may be laid to the credit of the few who were courageous enough to move forward into new realms of perception.
103 人類に恩恵をもたらした何千もの科学の発見は、もしわずかの人達が既知と未知との隙間に橋を掛けようとする信仰を持たず、その橋の上に第一歩を乗せる勇気を持たなかったとしたら、それらは依然として因の領域にあるままになっていたことでしょう。私達が今日享受している多くの物事は、新しい知覚の領域に進み出ようとする勇気を持った極少数の人達の貢献に帰すると言えるでしょう。




【解説】
 今日、私達の生活は様々に便利なものに溢れ、私達はそれらの成果の恩恵に浴していると言っても良いでしょう。航空機や高速鉄道、更には高速無線通信網その他医療の進歩等、枚挙にいとまがありません。
 しかし、このような技術も最初は各々の発案者がアイデアを導き、多くの後継者が改良を続けた結果、一般の人々も利用できるまでになったと言えるのです。本文ではこの時の最初の段階から各々のステップにおいて、まさに無から有を生み出す役割を担った人達の功績と、実行力、更にはそれを支えた信念や勇気について説いていると言えるでしょう。
 何事も一歩踏み出す際には、そのアイデアを信じる勇気、受けた印象への信頼が必要なのです。私達の毎日の生活もその心境を応用しなければなりません。

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