ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落270

270 Our aim in this study is to discover how far out we can work from any given point. We are not trying to draw the universe into the level of the human consciousness, but to turn the human consciousness away from the personal self, that it may become universal. So the development of the true sense-man, and the reception of telepathic communication, does not depend upon concentration . . . but upon interest.
270 この学習における私達のねらいは、どんな与えられた地点からも如何に遠くに私達が作用することが出来るかを発見することにあります。私達は宇宙を人間の意識のレベルにまで引き寄せようとするのではなく、人間の意識レベルを各自の個我から離して宇宙的にしようとしているのです。ですから、真の感覚人の発達やテレパシー的意思疎通は集積にではなく、関心に依存するのです。




【解説】
 テレパシー開発のポイントはこれまでのような”集中”でなく、”拡張拡大”であると、本項はその秘訣を説いています。私達の概念や意識を自分自身や身の回りから如何に拡張させるかにあるということです。その為には私達の感覚範囲を広く宇宙にまで拡張すること、そして拡張した感受範囲に何が起こっているのか常に関心を持つことだとしているのです。
 とかく私達は何らかの課題や対象に集中しがちですが、実際に必要とされているのは広く拡張した意識をどのような想念・印象が通過するか、警戒することにあります。感受性を高め、やって来る価値あるインスピレーションを逃さぬよう、それらが通過する際に心の中に生じるわずかなさざ波に気付ける心境を保持することが大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落269

269 It is true that all form is brought into being through a drawing together of free elements; that concentration is the father of manifestation. So if we are interested only in discovering how much space we can press into the smallest conceivable mass, concentration is a marvelous thing. But I sincerely hope that the goal for which we are striving is much higher.
269 全ての形あるものは自由な元素を互いに引き寄せることを通じてもたらされたこと、集積は創造の父であることは真実です。ですから私達が如何に考えうる極小な塊に空間を圧縮させることが出来るかを知ることだけに関心を抱くなら、その集積は驚くべきものになります。しかし、私としては私達が努力しているゴールはもっと高いものであって欲しいと心から思っています。



【解説】
 確かに形あるものは空間を自由に動き回っていた分子・原子をある意味、究極な密度まで集約し、しかもその内部では各要素がそれぞれ密接に連携している等、奇跡的な機能を果たしていると言えるでしょう。これまで私達は集中こそ、重要だとして来たものです。
 しかし、本講座では今までのように形になった世界にはそれ自身の存在にのみ関心が集まる為、発展はないと主張しています。
 内向きの関心を解消し、宇宙に拡がる概念や意識を育む為には、私達はこのような形あるもの、即ち結果物から、その原因、即ち無から有になる過程、生命活動に自らの関心を向けさせなければなりません。自我への執着を捨て、もっと深遠な想念・印象レベルの活動を感じ取る努力が必要とされているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落268

268 Let us look into past history, back to the great minds still influencing our thinking today. Here, we find the Master Teachers: Buddha, Jesus, Aristotle, Socrates, Plato, to name but a few, all sharing one common faculty. All were possessors of serene, balanced minds; which enabled them to pierce the veil of materiality and trace manifestation to its true Cosmic Source. Long after the big business tycoon has returned his body to the dust and been forgotten, their guiding words will continue to influence the destiny of the world throughout time.
268 今日の私達の思考に今なお影響を与えている偉大な心について過去の歴史を覗いて見ましょう。ここに偉大な師である仏陀、イエス、アリストテレス、ソクラテス、プラトン等、わずか数人を挙げましょう。これら全員は一つの共通した才能を共有しています。全員が澄んでバランスがとれた心の持ち主であり、そのことが物質性というベールを貫くことを可能とし、真実の宇宙的源泉に繋がる創造作用をたどることを可能にしたのです。この大御所がその肉体を塵に返し、忘れ去られた後も長い間、彼らの導きの言葉は時間を越えて世界の運命に影響を与え続けることでしょう。




【解説】
 以前にも述べたかと思いますが、樹齢1200年余の杉の大木を見たことがあります。伝承では聖徳太子にゆかりのある神社にそれが大切に守られていました。その巨木を見た時、1200年という年月の長さと、これら長年月を見守って来た巨木の持つ知識に改めて恐れ入った次第です。
 しかし、少し考えれば、本項に記載のあるイエスや仏陀等々の聖人は皆、この巨木を遥かに超える昔、その痕跡も不明となるような昔に生きていた方々であり、いまだに後世の者達がその教えの真髄を探求し、実生活に活かそうとしていることに気付きます。
 まさに言葉は物質より、長持ちする訳で、メッセージこそ永遠に受け継がれるべきものと言えるでしょう。宇宙空間の中で言葉、更にはその表す心境こそ永続するものであり、物質は一時的な結果物に過ぎず、それは私達の身体も含め移ろい易いものであることが分かります。
 そして同時に、私達が学ぶアダムスキー氏についても、やがてはこれら偉大な魂として末永く私達の道しるべとなるに違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落267

CHAPTER Ⅱ
Relaxation, Interest and Receptivity
267 We have been taught that intense concentration is the only means by which anything can be accomplished in this world. We are told that the happy-go-lucky individual never becomes an outstanding figure in any line of endeavor; so we should at all times keep our shoulder to the wheel, our eyes on the ball, and our nose to the grindstone (a most uncomfortable position). But here again, we will find that we have been unwisely informed.
第2章
リラクゼーション、関心及び感受性
267 私達はこれまで強烈な集中が、この世の中で何かが成し遂げられる為の唯一の方法であると教えられて来ました。私達は楽天的人間は決して如何なる努力の分野でも秀でた人物になることはないと教えられて来ました。ですから私達は常に車輪に肩を付け、ボールに目を置き、砥石に鼻先をつけ(最も不快な姿勢を)続けるべきとされて来ました。しかし、ここで再び私達は愚かなる情報を与えられ続けていることが分かるでしょう。



【解説】
 前章から引き継ぐ内容として、本章ではリラクゼーションについて学びます。
 想念波動に鋭敏になる為、ひいては物事を達成する上で、とかく私達は精神を集中し、気合を込めてその成就を求めるべきだとされて来ました。強く気持を集中することが不可欠だ、或いは有効だとされて来たのです。
 しかし、実際はどうでしょうか。貴重なアイデアは悩んだ末に心が完全に放棄した時に訪れることも多く、強く念じたとしても必ずしも望む事柄が実現するものではないようです。
 その一方、本講座で繰り返し説かれているのは、心が束縛から解き放たれ、自由になった時、宇宙の妙なる想念波動に遭遇することで、新境地が拓けるという事実です。これをもたらす真のリラクゼーションとはどのようにして生まれるのか、私達は本章を通じてじっくり学ぶことになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落266

266 It is quite possible, nevertheless, to bring about a free state of cell activity. We speak of this state as relaxation. And the secret of being a good recipient of telepathic communication is the ability to keep the body in a state of active relaxation at all times.
266 それでも細胞活動の自由な状況を取り戻すことは全く可能です。私達はこの状態をリラクゼーション(訳注:本来は「緩和」或いは「弛緩」と訳すべきですが、原文の意味合いを込めてカナ表記にしました)と呼んでいます。そしてテレパシックな意思交流の良い受け手となる秘訣はいつの場合も活動的なリラックス状態に身体を保つ能力にあります。




【解説】
 私達がテレパシー能力を高める上で重要とされて来た「リラックスした状態」について、本項で重要な点を述べていることに注意したいものです。
 それはリラックスでも活動状態にあることです。私達生命体は全身くまなく静止していることはありません。細胞内の各構成要素も各器官も皆、常に活動的です。先ずはそれら基本的な生命活動と共鳴することが必要で、私達は常に活動的であり、同に何かに執着することなく、外宇宙から来るインスピレーションに即応する鋭敏性が求められることになります。
 読者の多くの方が、確かに仕事がはかどる時は、私達は活動的であり、臨機応変に物事を解決していますが、何か問題にぶつかって悩んでいる間は身体は不活発で停滞していることを体験していると思います。これでは身体がリラックスしていることにはならない訳です。宇宙本来の活動的な波動と一体化してはじめて、周囲と調和することが出来るということです。何事にも積極的で関心を持つこと、自然を見習った心境を大事にしなければならないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落265

265 This is exactly what happens within our bodies. Since we are one with the Cosmos, our rightful condition is a free state so that we might be receptive to all vibrations. But, due to the exaltation of the personal ego within us, we are usually adhering to the false magnetism with which we have endowed it.
265 これがまさしく私達の身体の中で起っていることです。私達は大宇宙と一つである以上は、私達にとってふさわしい状態は私達が全ての振動を感知できるような自由な状況です。しかし、私達内部の個人的なエゴの増長によって私達は自ら与えた偽りの磁力にいつも付き従っているのです。




【解説】
 私達自身、何事かに悩んだり、心を痛めたりすることは常ですが、これらの真の原因は本項に示されているように、私達が自分自身(エゴ)に関心を奪われ、集中(執着)していることに由来します。
 本来、私達はもっと自由、溌剌に生きて良く、それらを叶えるだけの条件は創造主から与えられています。それを阻んでいるのは前項の鉄粉の中に据えられた磁石のようなエゴによる統制支配という訳です。
 従って、私達の各身体細胞が各々従来からの自縛を解けば、私達の想像すら及ばない宇宙的想念波動が流れ込み始めることになります。この自縛は長年の積み重ねから来るもので、短時間では難しいかも知れませんが、継続的な取組によって、あるいは各種の「行」によって非日常体験を通じて、次第に解消するものと考えます。
 私達は先ずは各自、自分自身への関心を捨て、広く宇宙自然の中の生命波動にこそ、日々の関心を置くことです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落264

264 Now let us take the steel dust, sprinkle it lightly over the tin once more, and place a magnet in the center of the vessel. What happens? The particles immediately respond to the magnet, and gather around it in a concentrated form. It makes no difference what note we play on the violin now, nor how long we hold it.  The particles will not be moved by the lesser vibration, because they are so intensely interested in another and stranger force . . . the force of magnetism
264 今度はその鉄粉を取り出し、再びブリキ鍋の上に薄く散らばせ、その容器の中央に磁石を一つ置きます。どうなるでしょう。粒子は直ちに磁石に呼応し、それに向かって集まるように取り囲みます。今度も何ら変わることなく私達がバイオリンでどのような音曲を弾こうとも、あるいは如何に長く音を鳴らそうとも何の変化も生じません。粒子は別のもの、磁石と言う見知らぬ力に対し強烈に関心を持っている為、弱い振動では動かされなくなっているのです。



【解説】
 私達の各身体細胞が各々の中心核に対して如何に忠誠を保ち、自らのエゴによる心身の統制が為されているか、本項の事例により良く表現されています。私達はそれ程に各自の自我の示す一挙手一投足に忠実だということでしょう。多くの精神的疾病はこのような過度な集中状態に基づいているということでしょう。
 しかし、このような状態では、注目する自我の問題の他に関心はなく、当然、その他の状況について目を閉ざし、耳を塞いでいるという訳です。その結果、本人は外宇宙から来るヒントはもちろん、他の事柄に自らの視野を閉ざしており、袋小路の中で苦悶することになります。
 従って、先ず私達は本項に示されているような自らの一大関心事を一端捨て去って、執着のない世界に自分自身を置いて見る必要もあるのです。自らの60兆個もの身体細胞を従来のくびきから解き放って、本来の自由な心境に戻すべきなのです。そうする中でやがては各細胞は本来の柔軟、自然な状況に復帰し、健全な状態を取り戻す筈です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落263

263 Let us use an illustration such as this: We will take an ordinary pie tin, sprinkle a very light layer of fine steel dust over the bottom, then place it at one end of the room. Standing at the opposite end of the room, we will play a note on a violin. Since it is a recognized fact that a musical note creates a certain vibratory wave in the atmosphere relative to itself, if the note is held steadily we will find that the steel particles have moved about to form a picture of the note played. Because these particles are in a state of non-resistance, therefore easily moved, waves will appear in the layer of steel dust. This non-resistant state is comparable to the atoms when they are free in space, vibrating in harmony as they express Cosmic Cause. In this state they recognize their oneness with, and dependency upon, Cosmic Force.
263 このような事例を用いましょう。一般的なパイ焼き用ブリキ鍋を用意し、底に細かい鉄粉を極く薄く散らばせ、それを部屋の隅に置きます。部屋の反対側に立ってバイオリンで曲を弾くことにしましょう。音楽の音曲はそれ自体に相関して大気中にある振動波を造り上げることはよく知られている事実ですので、もしその音曲が一定に保たれれば、私達はその鉄粉が演奏された音曲の絵を形づくろうと動き回る様子を見ることでしょう。これらの粒子は非抵抗の状態にある為に、容易に動いて鉄粉の層の中に波紋が現れることでしょう。この非抵抗の状態は宇宙空間の中で自由に存在する原子達になぞらえることが出来、それらは宇宙の因を表現しながら調和した振動を起こしています。この状態の中で原子達は宇宙の力と一体化していることと、それに依存していることを悟っているのです。




【解説】
 鉄粉がバイオリンの音に共鳴したブリキ皿の振動に従って模様を作るこの事例は、私達自身の細胞もまた、空間を流れる波動に共鳴し、その英知を表現できる可能性を示すものです。
 その為には、先ず私達を構成する各細胞をリラックスさせ、通過する有用な波動に共鳴出来るよう、フリーな状況に保つ必要がある訳です。何か特定の関心事に気をとられてばかり居ては、外部から来るインスピレーションには即応出来ません。
 先ずは一つ一つの鉄の粒が各自自由になること、自ら大事と思った事柄に躊躇無く融合出来る柔軟性も必要な筈です。物事を解決する上でエゴは無能であり、空間を流れる宇宙の英知に従うという他力本願こそが本来的な意味を持つと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落262

262 As I have said, all manner of vibrations are constantly beating upon the cell portals of our bodies. Inasmuch as every cell is a conscious entity, the mass as a whole is perfectly capable of intercepting any one of these vibrations. When the cell-minds do not receive them, it is because they have become too interested in the central ego of the form. This means that they have concentrated their actions about the ego to such an extent that they are not aware of the existing outer force.
262 これまで述べましたようにあらゆる形態の振動が常に私達の肉体の正面入口部分の細胞を叩いています。一つ一つの細胞は意識を持つ存在でありますので、全体の質量としての塊は、これら振動の如何なるものも捉える能力があります。細胞の心がそれらを受信出来ない場合は、それらが形あるものの中心のエゴに対し、あまりにも強い関心を持っている為です。このことはそれがエゴに自分達の行動をそれ程に集中化させて来た為に、それらが外部の力の存在に気付かなくなっていることを意味します。




【解説】
 よく言われる表現に"自意識過剰"という言葉がありますが、私達自身でもある私達の各細胞はそれぞれ自身を守り、その存在に不都合は要素の侵入を警戒するあまり、常に自身でもある細胞の中心核を見詰めているという訳です。その為に私達は外からの信号や想念波動にはすこぶる鈍感になっています。
 野生動物が危険を察知し、天候変化も予知する一方、私達は迫り来る地震その他の災害にも気付くことなく、専ら自らの関心事に心を奪われているのです。
 しかし、そのような状態では、他人との融和も宇宙から来る想念波動の感知も出来る筈はないのです。自分自身への行き過ぎた関心や集中を取り去り、自らの心を他の者へ開放し、拡張することが必要です。心を自分自身から広げることが出来れば、それ程に受信のアンテナが拡がる訳で、感知するインスピレーションは格段に増えるに違いないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落261

261 The human must have a definite reason for acting; first, as a duty of self-perpetuation; second, because the act brings pleasure. Either of these is pure selfishness; and creates this barrier of resistance against universal knowledge. This self-interest created by the concentration of cell consciousness, we call the ego. And because of our lack of understanding, it is this human ego which we seek to perpetuate.
261 人間は行動する際には明確な理由を持たねばなりません。第一は自己を永続させる為の義務として、第二はその行動が快楽をもたらす故です。これらのいずれもが純粋に利己的なものであり、宇宙普遍の知識に対して抵抗の障壁を作り上げています。この自己への関心は、私達がエゴと呼ぶ細胞意識の集中化によって造り上げられました。そして私達の理解の不足の故に、私達が永続させようと求めているものは、この人間のエゴなのです。




【解説】
 人体を維持する為に人は食物を摂る必要がありますが、同時に味覚や視覚、嗅覚を喜ばせる上から、食事はこれらエゴを満たす上で最も重視されて来た行為と言えるでしょう。グルメこそ究極のエゴの行為と言えるのではないでしょうか。
 くしくもイエスが人はパンのみにて生きるにあらずと私達に警告した通り、私達は食べることにあまりにも重きを置いており、テレビでは次々と出る新しい商品の宣伝に余念がありません。
 当然、その結果は体重増となり、富める国と飢餓に苦しむ国々との間で人々の身体に大きな差が生じており、食料の分配に不平等が生じています。
 しかし、イエスが指摘したように、私達は自身の身体の保持の目的以上に食物を摂取することに価値を置くべきでないかも知れません。以前あった宇宙人とのコンタクト事件の中で、自宅に水を貰いに飛来した宇宙船の搭乗員からお礼に貰ったパンケーキは何かダンボール紙のように味気なかったという話があります。進化した宇宙人にとっては、もはや味覚は食事の支配要素でなくなっているのではないかと思う次第です。美味しい、まずいという感覚の支配を超えた先に生きていると言っても良いのかも知れません。

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