ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落446

446 As things on earth keep on developing it is possible that new knowledge will be coming from time to time from the Space Brothers. So if you choose to be informed you may ask to have your name entered on the list. And also let us know how well you have done with the lessons and what questions you have pertaining to the course. It probably will be impossible to answer your questions individually, but when time permits we will compile a booklet of questions and answers.
446 地球上の物事は発達し続ける為、新しい知識が時々に応じて宇宙兄妹達からもたらされる可能性もあります。ですから、もし貴方がその知らせを受けることを選択する場合は、そのリストに貴方の名前を入れるよう要望されてもよいでしょう。そしてまた、貴方が教課を如何に良く学んだか、また教課に関連してどのような疑問を持ったかについても私達に知らせて欲しいのです。皆様の質問を個別に回答することはおそらく不可能でしょうが、時期が許せば私達は質疑応答の小冊子を編纂することでしょう。



【解説】
 本講座が執筆され、学習コースが発行された当時の状況を本項は良く表しています。
 ポイントの一つは著者アダムスキー氏はこの学習コースの受講者に対してその質疑に丁寧に答えようとしていたことです。また、最終的にはこれらを取りまとめて「質疑応答集」を編纂することも計画されていたことです。
 実はアダムスキー氏による「質疑応答集」は別途発行されていますが、それが本項で言う「質疑応答集」であったのか否かについては残念ながら確証はありません。
 またもう一つのポイントは、アダムスキー氏は受講者に対してその後の宇宙情報を提供することを約束していました。当時は、ニユーズレターの形式で各自に印刷物を郵送する他、手段がない中で文字通りの奉仕活動と言えるものでした。マスコミに頼らず、地道な普及活動が当時行われており、協力者(コーワーカー)の尽力がそれを支えていたという訳です。
 一方、今日私達を巡る環境は、より便利になり、パソコンを介して世界中と交流することが出来る時代になりました。本項の中身を振り返る時、この状況を私達が十分に活用出来ていないことに歯がゆさを感じるのは私だけなのでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落445

445 The twelfth lesson is of course the summation of all of the lessons and I hope that all who have taken this course have made it a part of themselves through their sincere effort to understand life. This is but a beginning for each time you restudy the many points given, you will enlarge the development of your Cosmic self. You do not need anything else for you have all of the tools necessary for your continued development.
445 第12課はもちろん、全ての教課のまとめであり、私としてはこのコースを学んだ全員が真面目な努力を通じて、生命を理解しようとすることを自らの一部にして来られたことを願うものです。これはしかし、始まりでしかありません。貴方が再学習する度に多くのポイントが与えられ、貴方は貴方の宇宙的自我の発達を拡げることになるからです。貴方は他に必要なものは一切ありません。貴方は貴方の継続的な発達に必要な道具の全てを持っているからです。



【解説】
 最終の第12課のまとめとして、本項で著者は私達にこの生命の科学学習コースの今後について、非常に大切な事柄を解いています。
 一つは、今後私達はこの講座の内容を自分のものとすべく生活姿勢全般の中に採り入れよとしている点です。即ち、各自自分の生活の中で、自身や他の生きもの達の生命(いのち)についてより深く理解するようこのテキストを基に学んで行けということです。自分自身の生き方を通じて探求し、応用せよということです。
 もう一つは、私達がより宇宙的な心境を深め拡張すればするほど、長年の問題となっている自分のエゴの部分は縮小するということです。より良い方向に進めば、自ずと問題も消え行くという訳です。
 そして何よりも大事なのは、私達は単に知識としてこの生命の科学を学ぼうとしているのではなく、自分自身を宇宙的な方向に開発し、より調和的な存在に精華することに大きな意義があるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落444

444 Lesson eleven on the exploration of Cosmic Space explains space as consciousness. And how when the mind blends with it it can explore any phase of space. Returning to the statement, where a man's heart is, there he is also, let us analyze the meaning of this. i.e. A person walking into a building can be attracted to one single thing and fail to see the other things in the building. I will use this as an illustration of alertness. Two men enter a tavern for a glass of beer. One is very observant and many things register on his mind such as a large beautiful picture and an attractive lady seated alone at a table. When they have finished their refreshment the two men leave. The observant one commented on the unusual picture and the attractive lady there alone. The other man who had been interested only in the drink had not seen any of these things but his interest was aroused and he suggested that they go back so that he could view them. I use this only to show how two people may travel consciously yet one will see much more than the other.
444 宇宙空間を探検する第11課は意識として宇宙を説明しています。また心が意識と融合する時に心がどのようにして宇宙のあらゆる側面を探検できるかについてもです。人の心がある所、その者もまたそこにあるという声明に戻ってその意味を分析しましょう。即ち、建物の中に歩いて入る人物があるたった一つの事柄に関心を引き付けられていた為、建物の中の他のものを見過ごす場合です。私はこれを警戒状態の例として用いることにします。二人の男が1杯のビールを飲む為、バーに入ります。一人はとても観察力があり、例えば大きな美しい絵があったとか、テーブルに独り魅力的な女性が居たとかという多くの物事がその心に記録されます。二人が一息ついた後、彼らは立ち去ります。観察した男は珍しい絵や一人そこに居た魅力的な女性について話しをしました。一方の男は飲むことしか関心が無く、これらのことのいずれも見ていませんでした。しかし、彼の関心が呼び起こされた為、彼はそれらを見に戻ろうと提案しました。私はこの例を如何に二人の人達が意識的に旅行してもある者はもう一方の者より多くを見るかも知れないことを示す為、用いているのです。




【解説】
 私達は第11課では宇宙空間への意識による旅行について学んで来ました。実際のところ、まだまだ私達の現状より高いレベルですが、それでも著者は様々な喩えを用いてポイントを説いています。
 まとめの本項では、その内、私達が仮に意識による旅行を行えたとしても当人の知覚力が十分拡がっていないと得られる知識は限られたものになることを説いています。
 つまり、せっかくの機会も十分に活かすことが出来ないという訳です。
 それを防ぐには、日常から私達は自身の知覚力を鋭敏にしておく必要があります。神社の社殿同様に、私達の中にある鏡を曇らすことなく、常に磨き上げておき、何時如何なる時、閃光が照らされても、それらに対応出来るようにすることです。この精進を積み重ねて置けば、やがてその機会が訪れた時、大きな成果を成し遂げることが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落443

443 Lesson ten is on Cosmic Traveling. Jesus said that wherever a man's heart is there he is also. It means that man is wherever he is consciously aware of being.
443 第10課は宇宙旅行です。イエスは人の心がある所には、その者も居ると述べていました。それはまた、人は意識的にどこに居ようともそこに居ることを知覚することを意味します。




【解説】
 第10課は意識による旅行とも言える教科でしたが、私達が未だにその領域に達していないのは、私達自身が自らの意識というものを自己の肉体の外に拡張した経験の無いことに由来するものと思われます。
 多くの方がご存知の通り、アダムスキー氏は1952年11月20日の正式なコンタクトの前に自らRoyal Order of Tibet(ロイヤルオーダーオブチベット)その他の啓蒙団体を主宰していました。それらの活動の中でPioneers of Space(宇宙のパイオニア)他の書籍を自費出版しています。その内容はアダムスキー氏自身が意識による旅行の体験が元になっているとされています。
 後日、その内容のほとんどが正しかったとアダムスキー氏自身が語ったという話を聞いたことかあります。
 実は私達の中にも類似した体験を有している人も多いでしょうし、未来の事象を事前に垣間見た人も居ると思われます。これらはいずれも本項で言う、意識による時空を超えた旅行というものかと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落442

442 Lesson nine is on Cosmic and carnal cell activity. This is like any thing that we construct by using nature's materials to make things suitable for man's use. Through habits of the mind we create carnal cells. For the mind like the Son has the potentials of the Father. When the mind does not give credit to the Father it assumes that it operates on its own. And this brings a separation between the Cosmic Creator and the mental creator through the mis-use of the Cosmic Law. This is why the Father and the Son must work as one. As Jesus said, メ I and the Father are One. I the mind and consciousness are one. Or I of myself do nothing but the Father that worketh through me does all of the work.モ Meaning, I the mind do nothing but the consciousness through the mind does it all. For a mind without consciousness is dead.
442 第9課は宇宙的細胞と肉欲的細胞の活動についてです。これは人間の使用に適するように自然の材料を用いて物を私達が作るのに似ています。心の習慣を通じて、私達は肉欲的な細胞を造り上げているのです。何故なら、心は父の潜在力を持つ息子のようなものであるからです。心が父の功績を認めない間は、心は心自身によってそれが動かされていると思ってしまいます。そして、このことが宇宙の法則の誤用による宇宙の創造主と心による創造者との間に分離を生じさせるのです。これが父と息子が一つになって働かなければならない理由です。イエスが言ったように「私と父は一つ。心である私と意識は一つになっています。あるいは私自身である私は何も行っておらず、私を通して働く父が行っているのです。」つまり、心である私は何も行っておらず、心を通じて意識が全てを行っています。意識無しには心は死んでしまうからです。



【解説】
 第9課では私達身体の中に心を主人とする肉欲細胞と、宇宙意識に従う宇宙的細胞の2種があることを学びました。本文にあるように私達の心は創造的要素も与えられている為、自らに従う子分を積極的に創り出そうとしているのです。おそらく高齢になるにつれて身体の中に占めるそれら心に従属する細胞も増えているに違いありません。それが老化を進行させているということもあるでしょう。
 これに対して私達は自身の末路をも含めてそれらの行く末の限界を改めて直視することが必要ですし、そもそも私達が誕生した目的を振り返る必要もあるのです。
 確かに私達の身の回りを見れば、そのほとんどは人間が製造、構築したもので成り立っていることが分かります。しかし、その真実を突き詰めると、そのいずれもが人間を表現の媒体として何か高位の意思が働いて製品化に漕ぎ着けたものであることが分かります。つまりは私達はこれら宇宙的な印象を実現した結果として、得られたものの恩恵を受けているのです。このことを自覚すれば全ての人間の活動のお蔭という訳にも行かず、全ては宇宙的なインスピレーションの現実化の成果を享受していることが分かる筈です。人間(心)の技と自慢するのは、傲慢でしかないのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落441

441 Lesson eight is on Cosmic Oneness and how when one may feel separate from another or other forms the feeling comes through lack of knowledge. As Jesus has said, "if you hurt any one of these you have hurt Me." There is no division or separation in the Allness. And if we let the consciousness which is the creator of all forms replace the domination of the mind the feeling of loneliness and separation will vanish. And these feelings will be replaced by the closeness of the Creator or our own Cosmic counterpart.
441 第8課は宇宙的一体性についてであり、人が他人あるいは他の形有るものから分離していると感じる時、その感じは知識の不足から如何にもたらされるかを示しました。イエスが「もし、貴方がこれらの者達のいずれかを傷つけるなら、貴方は私を傷つけたのだ」と言ったようにです。全体性の中にあっては分裂や分離は無いのです。そしてもし私達があらゆる形有るものの創造主である意識を心の支配に置き換えるならば、孤独感や分離感は消え去るでしょう。そしてこれらの感じは創造主あるいは私達自身の宇宙的片割れとの親近感に置き換えられることになります。



【解説】
 自然との真の一体感とは何かについて、第8課で私達は学んで来た筈です。通常、対象と一体になっていると実感する時、自他の区別はなく相互の思いが互いに伝わるというものですが、本項ではかつてイエスが説いた言葉を引用して、その状況を示しています。
 おそらく一体感とは互いの意識が融合する状況で、想念・印象を共有する状況と思われます。
 そうする中で、互いに自他の区別なく想念・印象が交流する訳で、もはや孤独感は消失することでしょう。またその延長上には自分が宇宙の一部、と感じ、宇宙への帰属感も生まれ、充実した心境になるもとは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落440

440 Lesson seven was on Cosmic memory and the importance of memory in order to benefit from past experiences. The mind is not a good retainer of memory unless it blends with the consciousness where memory is eternal.
440 第7課は宇宙的記憶と過去の体験から恩恵を受ける為の記憶の重要性についてでした。心は記憶が永続する意識と融合しない限り、記憶の良い保持者にはなれないのです。




【解説】
 私達は体験を通じて学んで行く訳で、その体験を記憶していられなくなれば、再び同様の過ちを繰り返すことにもなりかねません。私達が成長して行くのは、これら経験を積み重ねることに由来しているのです。
 しかし、残念ながら私達地球人の記憶力は甚だ弱いものと言わざるを得ません。まして高齢になると新しい事柄や最近の出来事が容易に記憶されない事態が生じます。昔のことは覚えていられるのに、最近のことを記憶していないというのです。その原因は各人の記憶容量の限度によるものか、脳内部の衰えによるかどうかは分かりませんが、残念な現実と言わざるを得ないのです。
 一方で優れた音楽家が楽譜を見ずに長い曲を演奏する等、人間本来の持っている記憶の素晴らしさには驚くばかりです。このことについては本文の短い語句の中に示されているように、実は記憶は意識の中に蓄積され、意識と融合することがそれを引き出すことが出来ると示唆しているのです。
 意識が英知である所以がその記憶性にあるということでしょう。演奏家は自ら意識の扉を開いてその中に温存されている記憶を手繰り寄せて演奏しているという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落439

439 Lesson six was on newness. In order to rejuvenate the body one must rejuvenate the mind first. And this is done when the mind is interested in all new things which is progress.
439 第6課は新しさについてでした。肉体を若返らせる為には、人は先ず心を若返らせねばなりません。そしてこれは心が全ての新しい物事に関心を持つ時に起りますし、それが進歩である訳です。




【解説】
 おそらく人の願望の第一は「若さ」ではないかと思われます。特に高齢になると自らの老いが目立つことからも、ますます若さの大切さを実感するものです。
 一方、自然界では老木は人知れず倒れ、朽ちる一方、新しい世代の芽がそれを乗り越え、新芽を出し、森が再生される等、常に活動的であり、若々しい状態を保ちます。おそらくこれは自然自身の中に常に活動的な波動が流れており、老化という要素は存在しないことに起因しているということかと思います。
 これら自然界の活動は昼夜を問わず活発であり、丁度、夏野菜が驚くべきスピードで実るように、その変化は私達の目でも容易に見てとることが出来ます。本来このように自然界は目まぐるしい程に流転しており、活動的です。その活発な波動は創造的であり、それらに同調することは私達の肉体にも影響を及ぼします。
 他惑星人の長老は実に1000年もの寿命を生きているとされていますが、その方々の精神活動は、これら大自然の活動と同期同調しているが故に、老いというものが存在せず、若さが永遠に保たれているという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第12課-段落438

438 In lesson five we explained that the intelligence and power of all life comes through consciousness. And also how the Creator is manifesting Himself through all form life.
438 第5課では私達は意識を通じてもたらされる全生命の知性とパワーについて説明しました。またどのようにして創造主が全ての形あるものの生命を通してご自身を現されるのかについても述べたところです。




【解説】
 これら一連のアダムスキー哲学の中で根幹を成しているのが、本項にある意識(consciousness)です。これまで各自が学び探求して来た中で、どれ程この意識について理解を深めて来たのかが問われることになります。
 とかく初学者の間は、「意識」という言葉に捉えられがちであり、特殊な存在と概念しがちですが、学習を進めて行くにつれて、私達自身、日常的に活用し、助けられている存在であることが分かってくる気がして来ます。
 特に難しい存在でなく、野に生きる虫達や花や草木達が各々意識と繋がっていることで生命を謳歌しているのです。唯一その門を開く為に必要なことは、誠実や素直さといったごく単純な精神状態、心境のように思います。野のユリその他の比喩にあるように、この真実はイエスの時代から地球人に説かれてきた内容です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第12課-段落437

437 In lesson four the relationship of all creation was explained from the smallest to the greatest manifestation that one can conceive. See it all interrelated with no divisions, each dependent upon the other.
437 第4課では全ての創造物の関連性が人が知覚出来る最小の創造物から最大の創造物に至るまで説明されました。全てが区切り無く相互に関連しており、各々が他に依存していることを見なければなりません。




【解説】
 第4課では万物の相互関係が説かれました。
 以前、テレビで作家五木寛之氏が仏教伝来の地を訪ねる番組がありました。そのシリーズの中で勧告の仏教寺院を訪ね、「最近、日本の学校で児童が"何故人を殺してはいけないのか"という質問を教師に投げかけ、教師は答えに窮したとい話があるが、それはどのように答えるべきでしょうか}と問い掛ける場面がありました。するとその高僧は「他人と自分は繋がっているので、他人を殺すことは自分を殺すことになる」と明確に回答したのです。
 本項で学ぶ相関性とは万物を見る時、このように自と他との区別無く、同じ同朋と認識することに繋がります。それは、身体各部の要素が互いに協力補完し合って、人体という有機体を構成しているのと同じです。
 すべてのものは、想念・印象の波動への共鳴から物質上の相互依存まで含めて、互いにつながり結びついているのです。その理解が調和ある行動をもたらすことになるのです。

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