ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落256

256 So you can see that if the mind does not blend with the consciousness it can be lost in the sea of life. That is why great teachers such as Jesus have stressed, fear not that man that slays the body but the man who slays the soul.
256 ですから貴方には、心が意識と融合しなければ心は人生の海の中で迷子になり得ることが分かるでしょう。それがイエスのような偉大な教師が強調したこと、肉を切る者を恐れるな魂を切る者を恐れよの理由です。



【解説】
 記憶に関して述べている本項の中で、注目すべき表現は"lost(見失う)"という言葉でしょう。私達が記憶をたぐり寄せようとする時、つまり思い出そうとする際に重要なのは、その記憶事象と自分との繋がり、絆、関連性ということかと考えています。
 様々な要因との繋がりについて良く学んでいれば、その記憶をたぐり寄せることも容易ですが、一方で何もとっかかりが無い状況では、私達はただ広大な空間の中で手がかりの無いまま、途方に暮れるしかありません。つまり記憶とはそれらを関連する事物との繋がりの中で呼び起こすことが出来ると考えます。
 しかし、イエスの言うように魂から関連する繋がりを切ってしまう者が居るとすれば、それは肉体に危害を与える者以上に警戒しなければなりません。怠惰を助長させ、盲目的な快楽に陥れる者を近づけてはならないのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落255

255 I have had a number of such experiences with others. But it is sometimes difficult to convey to the present individual ego mind its past experiences and relationships. That is unless the mind of the individual blends with the consciousness of his own being, the all inclusive. This is not easy to do for most people dwell in the field of effects which they call concrete facts. Yet we know that behind each effect is the cause which is not as apparent as the effect.
255 私は他の人々についての数多くの同様な体験事例を持っています。しかし時として現状の各自のエゴの心にその過去の体験やつながりを伝えることは難しいものです。それは各自の心が全ての内包者である自分自身の意識と融合しなければ為し得ないからです。これは確固たる事実と称する結果の分野に居住する大多数の人々にとっては容易なことではありません。しかし、それでも私達は個々の結果の背景にはその結果物のようには明らかとなっていない因なるものがあることを知っています。



【解説】
 結局私達の自我の心は、普段、様々な意見を出し、私達の行動を支配しようとはしますが、その実、記憶力となると容易に覚えて居られない程、能力が低いということでしょう。確かに年老いて来ると今さっき体験した筈のことを簡単に忘れ、場合によっては肉親の顔も覚えていない状況も起こり得る訳です。これらは医学的にはアルツハイマー症等、脳の疾病と診断されますが、その基本的要素は私達自我の本質をより顕著に表した状況と考えています。
 この状況を回避し、高齢になっても記憶を保つ為には、本文に述べられているようにrelationships(つながり、関連性)を理解することが大切だと考えます。一つの結果、結果物だけを取り出して記憶するのではなく、それが生じた背景や経緯等、それらを生じさせた「原因」についてよく考え、関連性を理解するということです。
 このように物事を生み出す原因について正しく理解し、洞察することで私達は記憶の根を因の領域にまで広げることが出来るのではないかと考えます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落254

254 Yet another person who has alined himself with cosmic consciousness can locate the identity of an individual whose identity is lost to his present ego mind.
254 しかし自身を宇宙意識に従わせた別の人物はそのエゴの心に見失われている自己の正体を指し示すことができます。



【解説】
 これまでの学習内容から考えられることは、記憶というものは基本的には分子・原子に蓄えられるということであったと思いますし、本来的には強弱はあるものの、それらの中に全て蓄えられているということでしょう。
 私達が記憶を失くすのは、それが何処にあるのか探り出せない為であるのです。つまり、自我が物事の関係性や経緯を思い出せない為にその糸口をつかむことが出来ないことが想定されます。
 これに対して、私達が宇宙意識とお関係性を築いておけば、転生等によって再び生を受けたとしても、その普遍なる存在に自らの正体を求めて行けば良く、容易に自分が何であるかを理解出来る訳です。つまり不安定な地上や自我に記憶を蓄えようとするのではなく、宇宙意識の中に記憶を蓄積することが重要と言えます。「自分の宝は天に蓄えなさい」(マタイ)という聖書の言葉はこのことを示唆しているように思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落253

253 This is a common occurrence to millions of people when it comes to cosmic and ego identity. And is the reason why so few people are aware of their past lives. This shows that in the past as in the present there was a separation of the conscious real self and the personality or ego mind. For as we have stated before, consciousness is the only real eternal part of you. And it is in this consciousness that all activity is registered. Unless a man's mind blends with this consciousness he does lose his identity.
253 これは何百万人の人々にとって問題が宇宙的正体やエゴの正体になれば、一般的出来事となります。またそれは、如何にわずかの人々しか自分の過去生に気付いていないかの理由です。これは過去において今日と同様、意識の真実の自我と個性あるいはエゴの心とが分離していたことを示すものです。何故なら、以前にも述べたように、意識は貴方の唯一の真の永続する部分であるからです。そして全ての活動が登録されるのは、この意識の中になのです。人間の心がこの意識に融合しない限り、人間は自分の正体を失うのです。



【解説】
 確かに私達は生きている間、ある程度の記憶は保って居られます。また得られた知識を覚えていることでその体験を活用することも出来ます。しかし転生の区切りとなるとそれらの記憶が承継されないとはどのような状況を意味しているのでしょうか。
 本項はそれに関し明確な回答を与えています。即ち、転生後にも残るような記憶は宇宙的な真の自我に記憶されなければ転生先に伝えられないということです。実は私達のエゴの自我には仮に記憶しても肉体が死を迎える時、見失ってしまうものと思われます。
 つまりは私達が記憶を培うのは自分自身の中にある真の自我、自らの宇宙意識に記憶を留める必要があるという訳です。その為にも本文で述べられているように私達は真の自我、宇宙意識により親しむ必要があるということです。言い換えれば、生命の本質部分に親しみ、そこを拠点としない限り、永続する記憶は得られないということです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落252

252 To illustrate this let us use a man who has lost the memory of who he is. We have read of these cases. Some are well to do, hold good positions and have a family. Yet when this man loses the memory of his identity he re-establishes life in another part of the country, marries, has a family and works as a common laborer. If recognized by a former acquaintance he denies that he is the party for he remembers nothing pertaining to his previous life. This means that the first personality is dead to the mind while the body still maintains the identity.
252 このことを例示する為、自身が誰であるかという記憶を失った人を用いることにしましょう。私達はこのような事例を読んだことがあります。ある人は物事がうまく行って、良い地位を得て、家族も持っていました。しかし、この人が自身の正体の記憶を失った後は、他の地方で生活を再建し、結婚して家族を持ち、通常の労働者として働きます。以前の知人に発見されても、彼自身、以前の生活に関することを何も思い出せない為、いっしょにいたことを否定します。このことは心にとって最初の人格性は死んでいる一方、その肉体は依然としてその正体を保持していることを意味します。



【解説】
 記憶喪失については、ドラマ等で演じられることはありますが、私自身はその実態をよく知りません。しかし、記憶を失くすことがどのような事態をもたらすかは本項にもあるように、その後の本人の人生に大きな影響をもたらすことになります。
 このようなケースは一見、稀のように思えますが、こと宇宙的記憶、転生に引き継がれるべき記憶となると誰にでも起こっている一般的な現象ということになるのです。
 本来、私達は前生涯で培った知識や技能を何ら生かせず全てを忘れたまま、本生の人生を再び一からやり直しているという訳です。つまりは自らが本来保持すべき記憶を十分に留める努力をしない限り、折角の体験が生かされないことになる訳です。
 また本項で著者は私達に考えるヒントとも言える言葉を残しています。"the body still maintains the identidy(肉体は依然としてその正体を保持している)"。肉体は従来のままなのだが、それ以外のもの、即ち私達の心にとっての前の人格は死んでいるとも述べています。つまり心が参照すべき人格が失われているということです。言い方を替えれば、人格が無くなっても肉体は維持される訳ですが、それはそもそも何の為に肉体があるのかということにも及びます。私としては、人格が一番重要な要素であり、仮に肉体が同じでも人格が異なれば別の人物とも言えるからです。
 このように人格と記憶は一体のものと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落251

251Ordinary routine becomes habitual and governs the ego, but this cannot be called a memory. And unless man cultivates Cosmic memory he becomes nothing.
251 通常の日常仕事は習慣となりエゴを支配しますが、これは記憶とは呼べるものではありません。そして人は宇宙的記憶を養わない限り、無になってしまうのです。



【解説】
 私達が習慣的に行っていることは記憶に残るものではないと本項は警告しています。いつものような決まりきった事柄は私達の暮らしの中で多くの割合を占めていますが、それは宇宙的記憶という観点では何の足しにもならないということです。
 それらいわば、惰性的な日常仕事は一方で社会を支えている訳ですが、それだけでは私達の宇宙的記憶は開拓されようがないことも確かなのです。
 どうすればこの宇宙的記憶を育むことが出来るかはやがて本講座で学ぶことが出来る訳ですが、一つのヒントは私達の幼年期の記憶状況にあるように思います。ある年齢を越え高齢者と呼ばれるあたりから、人は日々の記憶は薄れがちになります。昨日何をしたか等々、直ぐには思い出せない訳です。しかし、各自が幼年の頃体験した事柄は、高齢となった時でも鮮やかに記憶が甦るものです。つまり毎日が目新しく、新鮮であった頃には記憶活動が活発であったということでしょう。しかし、日々の暮らしに新鮮味を感じられなくなると記憶に刻まれることなく歳月が過ぎて行くという訳です。
 本項にあるように、宇宙的記憶は"cultivate(耕す、育成する、培養する、育む)"ものであることが、理解のポイントと思われますし、私達は自分自身の宇宙的記憶力を育むことに努めなければなりません。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第7課-段落250

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON SEVEN
Cosmic Memory
250 As man is not a man without a memory, then his memory is essential for the continuance of life. And the reason that most people do not remember their past experiences through various lives is because the mind never learned to memorize the important values gained. It has depended upon effects which are momentary and they come and go, especially the ones that we call unimportant that the ego feels are of little value.
生命の科学-学習コース
第7課 
宇宙的記憶
250 人は記憶無くして人ではない以上は、彼の記憶こそ生涯の連続にとってかけがえのないものです。そして、ほとんどの人々が彼らの過去の諸経験を思い出せないのは、心がこれまで一度として獲得した重要な価値を記憶することを学んで来なかった為です。心は時にやって来て、また過ぎ去る諸結果に頼っていて、特にエゴが感じる事柄は私達はほとんど価値がないものと言うことが出来ます。



【解説】
 各自の人生にとって何が一番大切かと言えば、「記憶」であると本項は説いています。折角苦労の末に得た経験も、もし失うこと、その記憶が喪失されることになったら大変です。得られた知識も失われることになる訳です。
 しかし、これらの事柄は私達が死を迎え、次の人生に引き継がれるべき記憶については、残念ながらほとんど継承されているとは言えないのではないでしょうか。折角得た知識も技能もその人生の終わりとともに失われるというのが地球の現状かと思われます。わずかに幼くして天才とも称せられるような才能を発揮させる者が出ますが、おそらくは彼らは自らの前の人生で得た記憶を保持し活用出来た者と言えるでしょう。
 記憶、とりわけ宇宙的記憶は最も重要なもので、私達が自らの力だけで生命の神秘を探究せよとするのは、そうでなければその肝心な記憶が本人に残らないからです。また、記憶は各分子原子に蓄えられるとされており、やがては子孫を含め後世の者にも影響を与えることにもなる筈です。即ち、自らが優れた記憶を持つことは後世の者達にも役立つことになるのです。
 南アジアでは釈迦は悟りを得るまでに10回の生涯を送ったと伝えられています。実はそれほどに今日私達が取り組んでいる課題は壮大なものであり、それゆえに各生涯の記憶というものを如何に次の人生に引き継ぐかについて私達は真剣に考えなければなりません。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落249

249 The goal we seek to attain should be all that matters and no obstacle should prevent us from attaining it
249 私達が到達しようと求めているゴールは大事なことの全てであるべきであり、如何なる障害も私達がそれを達成することを妨げることがあってはなりません。


【解説】
 私達に達成出来ないものは無く、如何なる障害もそれを阻むことはないと第6課の最終項で著者は私達を励ましています。
 とかく私達は移ろい易く、他からの少しの影響でも揺らぐような状況になりがちですが、著者は私達学習者に自らの基盤を確立した上で、問題に当たれば解決に至る筈だと説いています。
 一歩前進すれば、また新たな展望が開け、私達は少しずつ目標に近づくことが出来るということでしょう。本課は奇しくも「新しさ」が重要だという点から進められて来ましたが、少しずつでも行動することを通じて新しい要素がやって来て、いつも新鮮で居られるということでもあります。この宇宙の基本的流れを摂り入れ、同期することが進歩を早め、ゴールを近づけることになります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落248

248 We must build on a rock foundation and not on shifting sand. So that when diversity and opposition cause a storm in our life we can stand firm and not be swept away because of a weak foundation.
248 私達は転じやすい砂の上では無く、磐石の土台の上に建物を建てなければなりません。それは、多様な変化や反対が私達の生活に嵐をもたらす時、私達が弱い基礎のせいで流される代わりにしっかり建っていられる為です。


【解説】
 もちろん私達は地球という長年月、混乱と栄枯盛衰の歴史を繰り返して来た社会の中で暮らしています。その中で多くは不本意な影響を蒙ることも時としてあるのです。最近では、惑星自体の気象も乱れが強まっており、大雨も頻発しています。文字通り嵐が家の土台を崩壊させることも起きています。
 こうした中、私達は自分が確実に理解し、確信していることを改めて確認し、揺るぎない生き方の土台を固める必要があるのです。いつも誰か師となる者がそばに居て、助言をして呉れる状況にはなく、独りで人生を生き抜く必要がある訳で、どのような状況にあっても自分の拠り所となるもの、自分がこれだけは確かだと思うポイントをしっかり身体に留めて置く必要があります。つまりは家の基礎と同じく、表層の理解ではダメで、より深い所まで自分の理解や思考を掘り下げて置けということです。
 未来に多くの試練が待ち構えていたとしても、揺るぎない信念、信仰を持って前進すべきだと著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落247

247 Yet to live this new kind of life among the many who do not, one must have unshakable faith and patience in order to endure. For everyone will not grasp the idea immediately, humanity is very slow to change. But change it must if it is to survive. And pioneers in any field must be strong and determined if good results are to be realized.
247 しかし、この新たな生活を送る為には、そうではない多くの人達の中にあって、人は耐える為に揺るぎない信頼と忍耐を持たねばなりません。何故なら、誰でもその概念を直ちに掴み取る訳ではなく、人間性とは変化するのに大変遅いからです。しかし、生き延びる為には変化しなければなりません。そして先駆者はどの分野にせよ、良い成果が実現される為には、強く決意しなければなりません。




【解説】
 この自分の中にある「より良い自分」に耳を傾け、その助言を受け入れることは実は容易ではないと本項では説かれています。つまり、周囲の影響を受けやすく、また世の中全体の動きのある中で暮らす私達は、社会の流れの中に漂いがちです。しかし、そこには未来は無く、滅びに至る道であると警告しているのです。
 戦後生まれの私には分かりませんが、戦前の世の中もひたすら戦争に突入せざるを得ない時代の流れがあったのではないかと思われます。しかし、そうした中にあっても時代の流れに流されることなく、真実の有りようを人々に示した方々もあったことと思われます。
 アダムスキー氏が1952年、デザートセンターでオーソンと会見した時代は、実は新たな地球の危機、核実験を頻発させていた時代であり、これら私達の行く末を案じた上の他惑星社会の計画であったと観るべきでしょう。
 私達はいかなる時代にあっても、この真理に足を置いて、あるべき姿を人々に見せ続け時代の流れを変える努力を惜しむべきではありません。

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