ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落296

296 May I present this in a different way for the purpose of understanding. Recently I was asked, "but what is God like?" It is not easy to describe God, for if a person feels what God is like he cannot find words to express it. But we can study His creation since all manifestations were born out of His consciousness and lives within His consciousness.
296 ここに理解を進める目的から、違った道筋をご提案しましょう。最近、私は「ところで、神とはどのようなものだろうか」と尋ねられました。神を描写するのは容易ではありません。もし、ある人が神がどのようなものかを感じたとしても、それを表現する言葉を見つけることは出来ないからです。しかし、全ての創造物が神の意識から生まれ出て、神の意識の内側で生きている為に、私達は神の創造を学ぶことは出来るのです。



【解説】
 創造主を知ろうとすることは、私達の重要な姿勢であると考えています。人間は知識を持つにつれ、傲慢になり易いのですが、創造主を理解したい、知りたいという心境は人を本来の謙虚さに保つものです。
 実際、私達自身を教材に創造主の働きを学ぶことは、実り多いものがあります。各自の生きる目的をより具体化させ、その道を拓くのも各自の内側からの働きであり、創造的作用によるもので、私達が創造主の似姿をして機能を果たす中での作用の一つであるからです。
 それからもう一つ、本項におけるポイントとしては、創造物は現在でも創造主の意識の中に生きているということです。とかく私達は各々の誕生をもって"創造"としていますが、実際には誕生後もその創造物は創造主の中で生きているのです。つまり、私達は全て常に創造主の中に生きている、生かされているのです。
 このことを忘れて正しい道を歩むことは出来ません。私達の自我を学ばせ、本来の道を歩ませる為に、常に創造主を思い起こしその意向を表現し実現する役割を果たすことが重要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落295

295 In lesson seven we illustrated how two people after a period of association began to look and act alike. This harmonious union can also be cultivated with all life.
295 第7課では如何にして二人の人間がある期間、一緒に過ごすことで外見も行動も似て来ることを説明しました。この調和した和合はまた、全ての生命との間にも培うことができます。


【解説】
 夫婦が長年の暮らしの中で、互いに似てくるように、私達は"意識"の存在を常に心に感じ取り、親しみ、共に暮らす心境でなければなりません。それが"神の似姿"として創られた人間の自然な生き方であり、本来のあるべき姿なのです。
 その為には日常的に意識を知覚し、心を鎮めてそこから湧き起こる想念・印象に鋭敏になることが必要です。また、時々の体験から意識は私達を常に支えていることが分かりますし、その積み重ねによっても私達の理解は深まることでしょう。
 "類は類を呼ぶ"とは著者がよく用いる表現ですが、私達が意識に心を寄せる時、私達は次第に意識に近づき、その体現者になって行くことになります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落294

294 All forms are stages of intelligence. This may not be easy to accept at first for 90% of form life does not have the type of mind that humans have. But they do possess consciousness - the life force of the form, and serve the purpose for which they were created. So once the human mind acknowledges this phase as it does associations with other sense minds, the blend is made.
294 全ての形有るものは知性の諸段階にあります。これは最初、受け入れることは容易ではないかも知れません。何故なら形有るものの生命体の90%は人間が持つようなタイプの心を持っていないからです。しかし、彼らは意識、即ち形有るものの生命力を所有しているのであり、それらが創造された目的に奉仕しているのです。ですから、一旦人間の心が他の感覚心との交流と同様に、この段階を認知すれば、融合が起こります。



【解説】
 私達が目にするすべてのものに知性が宿っていることを、先ずは認識せよと本項は説いています。
 もちろん、すべてのものに私達のような心がある訳ではないのですが、意識については全く私達と変わるものではないということです。つまり、意識レベルでは何ら私達と変わらない存在であるという訳です。
 即ち、この意識という径路を通じることで、私達は何らの隔たりなく万物との一体感を得られることになります。これは森羅万象ことごとく自らの同胞(はらから)という神道の精神とも一致するものですが、ただ単に”一体だ”と済ませるのではなく、その径路にある”意識”の存在にこそ、私達が重きを置く必要があるのです。
 自らの身体から宇宙に至るまで、膨大な創造物をすべて生かしている生命力として意識を認識すべきであり、その存在こそが生命探求の源であり、私達の学習の目的地でもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落293

293 Just as you are able to put yourself in another persons shoes and feel exactly as he feels, so you can with all forms. And this procedure is good to practice. It could eliminate many misunderstandings and heartaches. For there is nothing in existence that one cannot be associated with through consciousness. But the sense mind must be willing to be taught by consciousness, for it is the knower and all forms live within the sea of it. And in this sea all phases are blended into one for the perfect manifestation of the Cosmic Whole.
293 丁度、貴方が他人の靴に足を入れてその者が感じるのと全く同様な感じを持つのと同じように、貴方は全ての形有るものに対して同様なことを行うことが出来ます。そしてこの過程は練習するのに良いものです。それによって多くの誤解や心痛を取り除くことができるでしょう。何故なら、意識を通して寄り添えないものは何も無いからです。しかし、感覚心は意識によって喜んで教えられなければなりません。意識は知る者であり、全ての形有るものは意識の海の中で生きているからです。そしてこの海の中に全宇宙の完全なる創造の為、全ての段階が融合されています。


【解説】
 互いに理解し合う為には、意識レベルでの融和が必要です。
 本項では他人の靴を履いた時に得る何か普段と異なる感覚の中に、その靴の持ち主の意識の一部が宿っており、それが何らか普段とは異なる印象を履いた本人に与えるとしています。
 日常、私達はこの微妙なる印象の世界に気付きにくいものですが、このような印象の世界にまで踏み込まなければ、理解は広がらないという訳です。
 また、相手とその想念レベル、意識レベルまで融合することは互いを理解し、融和することに繋がります。争いの仲介者、カウンセラーその他、多くの人々はその長年の経験の中で、相手の中に入り込んで融合するような包容的な心境、融和的境地を持つことの大切さを知っている筈です。そうした状況の中で、初めて互いの主張を理解し、解決策に到達出来ると思うからです。
 その基本となるものが意識であり、その意識を通して私達は自他の境目の無い万物融和の世界に辿り着きます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落292

292 In other words, I became the part that I wished to understand consciously, by realizing that the part was made by consciousness. For molecules and cells in any form are endowed with consciousness which is the life of the thing. There is not a particle in existence that is not supported by life - or it would not be in existence.
292 言い換えれば、私は私が意識的に理解したいと思う物に対して、その物が意識によって作られていることを実感することで、その一部になったのです。何故なら、如何なる形有るものも分子や細胞にその物の生命である意識が授けられているからです。生命によって支えられていないものは、みじんも無いからです。そうでなければ、それは存在しないでしょう。



【解説】
 一体感についての具体的な説明として、本項で著者は"自分がその一部になった"と感じることだとしています。そのような状態が互いに離れた対象物の間で、どうして成立するのかについて、考えて見る必要もあるでしょう。
 その理由は、私達が意識と融合した状態になっていることと関係します。つまり、万物の共通要素であり、宇宙に遍満している意識を介することで、私達は初めて一体になれる訳です。それ故に私達はこの一体感を生じた心境・境地を重要視しなければならないのです。ある時、そのような祝福の心境を得たならば、それらを記憶し、自身の大切な宝物とすることです。自らが整えたそのような心の状態を再現させ、発展させる必要があるからです。
 アダムスキー氏は様々な講演の中でも、この意識について繰り返し語っています。聴衆の側ではその意味について充分には理解されてはいませんでしたが、この講座によって系統的にそのポイントが語られています。私達各人はこのテキストから多くの宝物を掘り出すべきです。
 ちなみに、最近、ダライ・ラマの「実践の書」という著書を読んでいますが、その説く仏教の真髄は、実に本講座で説く内容と類似しています。真理は一つであることを教えて呉れる、現在、私のサブテキストになっています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落291

291 This is only one of the experiences I remember from the trip, for the association with all that were on the ship was also a feeling of oneness, never to be forgotten. And this union of sense mind and consciousness included the ship which was carrying us. For the molecules, the conscious entities of my form, became one with the conscious molecules of the ship's form. Yet the geometrical pattern of each form was different, and for a different purpose in the field of effects. But the cause was the same, for each form was serving a cosmic purpose.
291 これはその旅行から思い出す体験の一つに過ぎませんし、その船にいる全てとのつながりは、また、決して忘れることのない一体感でもあったからです。そして感覚心と意識との結合は私達を輸送するその船も含むものでした。何故なら、私の体の意識的実体である分子達は船体の意識ある分子達と一つになったからです。各々の体の幾何学上のパターンは異なり、結果の世界において異なる目的のものではあります。しかし、その因は同一です。各々の体は宇宙的目的に奉仕しているからです。



【解説】
 本項から分かることは、私達が意識的に一体となる時、それは原子・分子レベルにおける一体感を意味するということです。つまり、私達自身の肉体の原子・分子が対象物の原子・分子と波動を共有するということでしょう。真の一体化はそのような状態であり、もはや自他の区別は無く、一体を構成するという訳です。
 もしこの種の心境を作り出すことが出来れば、それは万物を意のままに制御することにも繋がることでしょうし、イエスや他の聖人達が人々に奇跡を見せたのも、この心境・境地に由来するものと思われます。
 もちろん、私達はこれらの奇跡を起こす為に学習を積んでいるのではありません。生命に関する真理を学び、自らの進化に生かす為に学んでいる訳ですが、その進化の過程でこれらの断片を体験することになるものと思われます。
 また、幸運にもそれらの心境を得ることが出来たら、努めてその心境を覚えて置くことです。自分が体験したそれらの状況を再現し、それがどのような状況であるかを探求することも必要だと考えるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落290

290 In that frame of mind I became fully aware of the intricate parts of the instruments and their purpose. And I had the feeling of being a part of each part, and felt my purpose of being in cooperation with others. This was so clear, but I cannot find words to illustrate my feeling. It was so definitely impressed upon me that I cannot forget the experience. Even as I speak of it I enjoy the feeling once again.
290 この心持ちの中で、私はその装置類の入り組んだ部品やそれらの目的を完全に分かるようになりました。そして私は個々の一部であるかの気持になり、他と協力するという私の目的を感じました。それはとても明瞭なものでしたが、その時の私の感じを表現する言葉が見当たりません。それは私にそれほどにはっきりと印象付けられましたので、私はその体験を忘れることはできません。そのことを話す時でさえ、再びその感じを味わうほどです。


【解説】
 誰もが少なからず体験されたこともあろうかと思います。いわゆる至福感とも呼べる心境について本項は説いています。
 著者が述べるように、そのような状況は容易に言葉で表現することが出来ないということでしょう。一つ一つの物体と心を通わせるということがどういうことなのか、私達も真摯に受け止めて自らの心境をそのような状況に引き上げる努力をしたいものです。
 これまで多くの聖人がその状況を祝福されると表現して来たように思います。そしてその実態は私達の意識が対象物の意識と融合する中で生まれるとも言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落289

289 On the return trip I became interested in the instruments as before. But then the mind was patient and ready to receive the explanation given it by the consciousness. It was not filled with the original curiosity, but a desire for knowledge. Like a child in a classroom who understands without questioning.
289 帰還の旅で私は前と同じようにその装置類に興味を持ちました。しかし、今度は心は忍耐強く意識によって与えられる説明を受け入れる用意が出来ていました。心は当初の好奇心によってではなく、知識を得たいとする願望によって満たされていたのです。勝手な疑問を差し挟むことなく理解する教室の子供のようにです。



【解説】
 土星での会議を終えて地球に戻る際のアダムスキー氏自身の心境が語られています。ここでは、宇宙人側が個別の機器についてアダムスキー氏に何らの説明が無かったことは注意したいところです。当時の土星訪問の目的は土星会議の内容であり、土星製の宇宙船についての事項は、本来の目的ではなかったからです。
 とかく私達は目に見えるもの、形あるものに関心を向けがちです。製品の良し悪しについては声高に論評しますが、その他形の無いものについては関心は無いのです。この場合、もし私達が宇宙船内部を見ることが出来たとすれば、大部分の関心はそれらに向かうことは確かです。他惑星人の生き方等々、その文明を支える目に見えない事柄への興味は忘れてしまうかも知れません。
 それら物と通じて私達が真の目的を学ぶ為には、本文に記されているように、努めて意識から与えられる印象を通して学ぶ他ありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落288

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON EIGHT
Cosmic Oneness
By GEORGE ADAMSKI

288 In lesson seven we spoke of my experience in the Saturn space ship. And as stated, when I first entered the big ship my mind was attracted to the instruments. But I had to quiet this interest in order to place myself in the realization of conscious awareness that I might be worthy of the primary purpose of this trip. The mind was like a child that wants to ask a lot of questions without listening to the answers. So the sense mind was quieted to listen and not be curious. This was of value for I was ready to listen through the sessions of the Council. But even then the sense mind had questions which I ignored, giving them no expression. So at the end of the Council my mind had no questions, all had been answered.

生命の科学-学習コース
第8課
宇宙的一体
ジョージ アダムスキー著

288 第7課では土星の宇宙船での私の体験についてお話しました。既に述べたように、私が初めてその大型宇宙船に乗り込んだ時、私の心はその装置群に興味を引き付けられてしまいました。しかし、私はこの旅行の大事な目的に値するよう、宇宙意識の実感に身を置く為、この興味を鎮めねばなりませんでした。心は答えに耳を貸さずに多くの質問をしたがる子供のようでした。ですから、感覚心を静め耳を傾けさせて、好奇心を持たせないようにしました。これは価値があり、私がその評議会の会議を通して聞く準備が出来ました。しかし、それでも感覚心は問い掛けて来ましたが、私は無視して、それらに何らの解説を与えませんでした。その為、評議会の終わりには、私の心は何らの質問を起こしませんでした。全ては回答されていたからです。


【解説】
 アダムスキー氏が参加した土星会議は、この太陽系の変化に対するものであり、今後の私達全員に影響を与える変動に関するものであったとされています。しかし、本項で氏は宇宙船に乗り込んだ直後は自分の好奇心が起こり心を騒がしくしたので、これを鎮めたと正直に述べています。地球にその情報をもたらす重要な意味からすれば、宇宙船内の個別の機器への興味は捨て置くべきものであったのです。
 第7課では宇宙的記憶という観点から、説かれた内容でしたが、本課ではそれに至る上での基本的な心境である宇宙的な一体性、一体感について説かれるものとなっています。何よりも実践、自分で体験して初めて理解し、記憶できる訳で、私達は各自で自分の意識がどのようなものか、それと一体化するとはどのような心境を維持すべきなのか、各々工夫して日常生活を送る必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第7課-段落287

287  In the next lesson we will explain this more thoroughly.
287 次の課ではこのことを更に徹底的に説明しましょう。


【解説】
 第7課では私達は心と意識について、宇宙的に永続する記憶の観点その他から学んで来ました。意識が潜在的に有する能力・機能は膨大であり、私達自身の限られた心の世界とは全く違う存在であり、心の想像すら及ばない大きさと力量を持っています。
 その意識を如何に自分で探求し、その存在を確かめるかが私達にとって一大課題であり、そうした心境に到達することが出来れば、私達の学習の先ず第一段階は達成出来たと言える筈です。
 その為には、印象・インスピレーションをより多く感受出来るよう、心を鎮めておき、その静かな水面を通過する微細なさざ波にも気付く状態を保つ必要があります。もちろん、私達は自ら求める印象分野を明確にすべきであり、進化に役立つ高次・深遠な波動を求める姿勢を絶やしてはなりません。世の中には多くの邪悪な勢力もある中で、私達は注意深く精進の道を歩むことが求められています。

ギャラリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
livedoor プロフィール
アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ