ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落381

381 The personal ego, interested only in perpetuating itself, is unaware of its unity with all manifestation; and selfishly concentrates its efforts upon the personal self. But when. through understanding, we can get the ego to turn its awareness outward, it will return to its natural free state; and the real Self will recognize its oneness with the Cosmos.
381 個人的な自我は自分自身の永続化のみに関心がある為、全ての創造物との一体性について気付いてはいません。そして自分自身への努力に自分本位に集中しています。しかし、理解を通じて私達は自我をその知覚を外向きに転換させることが出来る時、それはその自然で自由な状態に戻ることでしょう。また、その時、真の自己は宇宙との一体性を認識することでしょう。



【解説】
 通常、私達が自分自身と称する自我(エゴ)は常に自己防衛、自己主張の傾向を持ち、自己保身に明け暮れています。他人を利用し、他の創造物の成果を横取りして毎日を送っている存在と言うことも出来るでしょう。
 しかし、その一方で未来を見通すことが出来ない為、常に将来に対する不安を抱えており、また、逆にその不安をビジネスとする保険業も盛んになっているのです。
 本項はこのような私達自身の実状を踏まえ、先ずは宇宙の理解、外の世界への関心を私達に促しています。本講座は想念・印象波という目に見えない波動に対する感受性を高めることを求めており、それに従って私達が宇宙に関心を寄せることで、やがては宇宙と融和一体化という生きものとしての基本的な条件を満たせることを示唆しています。
 私達がテレパシー能力を高めることは即ち、こうした宇宙の構成員の一員として宇宙の諸法則を自ら表現する存在になることでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落380

Conclusion
380 You have now become acquainted with the three tyrannical rulers that make up the life of the average person today: The ego, the emotions, and the four senses. We have shown you how each one influences your body and your mind.
結論
380 あなたは今や、今日の平均的な人間の生涯を作り上げている3人の専制的支配者に通じています。それらは即ち、自我、感情そして4つの感覚です。私達はあなたにこれらの各々があなたの身体と心に影響を与えていることを示して来ました。



【解説】
 本項からは講座のまとめになります。
 長年、私達を支配し、苦しめて来た3つの要素を本項は指摘し、それに立ち向かうよう私達を促しています。指摘されたエゴや感情、そして四感覚の影響を受けた結果、私達の多くは必要もないところや避けるべきところで、無分別な行動を起こし、大きな代償を払って来たのです。
 その結果は仏教で言う因果応報の通り、場合によっては次の生涯にまで影響を及ぼす輪廻の道を歩まなければならない状況に陥っているのです。
 こうした因果の鎖を断ち切るには、この3つの要素に立ち向かい、自らの本来の道に戻す必要があるのです。放蕩息子の例と同様、反省して本来の宇宙の源に復帰する努力を惜しむべきではありません。テレパシーはその第一歩として想念・印象という父なる創造主の用いる沈黙の言葉に耳を傾け、それに従う訓練の一つと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落379

379 Once man learns that his purpose in life is to control his personal aggressive actions, he will become the recipient of all Cosmic impressions . . . born in silence, projected in silence, accepted in silence. For these are the impressions emanating from each conscious atom, using the Cosmic, universal language.
379 ひと度、人が自分の生きる目的が自己の個人的な攻撃的諸行動を制御することにあることを学ぶなら、彼は全ての宇宙的印象、即ち沈黙の中で誕生し、沈黙の中で放射され、沈黙の中で受信される印象の受取人になることでしょう。何故なら、これらは個々の意識的な原子が宇宙的、普遍的な言語を用いて発している印象だからです。



【解説】
 このテレパシー講座の結語として、著者アダムスキー氏は宇宙的な想念・印象波が何処に源を置くかを明かしています。私達の身体を構成し、また宇宙を形作っている原子そのものが実は創造主の英知を持ち、各々の極小の存在から私達に無言の導きの声を発しているという訳です。
 私達が攻撃的な心境を改め、需要温厚な精神状態を維持し、それらの印象波に従うことが出来れば、もはや私達の進化の道を阻むものはありません。
 毎日、少しずつでもこの本道に向けて歩むことが出来れば、早晩私達は真の意味の達人になるものと思います。テレパシーはそれほど私達の進化に必要不可欠な能力と言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落378

378 Understanding is knowledge lived. When we understand the purpose behind each act, we do not judge. We then become observers, to evaluate all manifestations in relationship to Cosmic Cause; which gave them birth.
378 理解は生きた知識です。私達が各々の行為の裏にある目的を理解すれば、私達は裁きを行なうことはしません。私達はそれからは、それらを誕生させた宇宙の因との関連性についてすべての創造物を評価するため、観察者になるのです。


【解説】
 私達が知識と言う場合、その知識にはいわゆる紙の上の知識、単なる文字化された記録の中に表現された情報と、もう一つはその者が生きる中で実証納得し、生涯の中で実証記憶している知識とがあるものです。その内、重要なのは後者で、私達が理解しそれを生活の中で日々実践している知識という訳です。
 私達はこの実践の中で、日々自分の行動とそれがもたらす結果とをよく観察し、その因果関係を学ぶことになる訳で、本文で言うように観察者として自分自身を監視することになります。仏典でいう”観”という言葉は、観音、観自在、観世等々、様々に用いられますが、その奥底の意味は本文で言うこの観察者の意味にあるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落377

377 Jesus used the word Father when speaking to the children of the world, for although He knew there was no word capable of conveying the true meaning of the Supreme, the term Father would give man a feeling of warmth, love, and oneness. And when we awaken this quickening in our minds as did Peter, we are actually entering the Kingdom of Heaven. For the Kingdom of Heaven is the Kingdom of Cause . . . while the kingdom of earth is the kingdom of effect.
377 イエスはこの父という言葉を、この世の子供達に対して語る時のように用いました。何故なら、至上なるものの真の意味を伝えられる言葉は無かったことをイエスは知っていて、父という言葉が人に温かみや愛、そして一体感のフィーリングを授けることを知っていたからです。そして私達がペテロがしたように、この胎動に目覚める時、私達は実際には天の王国に入っているのです。何故なら天の王国は因の王国であり、方や地の王国は結果の王国だからです。



【解説】
 イエスが”父”と表現した時の本意を著者は私達に説いています。アダムスキー氏の協力者の間では、アダムスキー氏がかつてイエスの高弟ヨハネであったと言い伝えられて来ました。おそらくはアダムスキー氏自身の記憶から、当時イエスがどのような思いで語っていたかを知っていたことでしょう。本文はそうした背景の下に記されたものと考えています。
 今日の私達にとって、”父”の重要性は当時と変わるものではありません。実に科学的な洞察によって万物の因、創造の力を表現している教えだと思われます。
 私達がテレパシー開発を通じて何を成し遂げたいのかは、この本文に記されている通りです。創造主の子供である私達は宇宙に流れる言葉の生まれる以前の想念・印象の波の存在とその大きさに気付き、一人一人が本来の進化の道を進むよう、著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落376

376 Jesus acknowledged this when He answered, "Blessed art thou, Simon Barjona; for flesh and blood hath not revealed it unto thee, but my Father which is in heaven." Matt. 16:17.
376 イエスはこう答えて、これを認めました。「幸いなるかな汝、シモン・バルヨナよ。何故なら肉と血が汝にこれを明かしたのではない。天におあす私の父が明かした為である。」(マタイ第16章17節)(訳注:シモン・バルヨナはペテロの本名です)


【解説】
 本文から、当時、イエスが実に本講座でアダムスキー氏が説いている内容と同じ事を説いていたことに驚かされます。私達の肉体に属する目や耳の感覚器官でない、いわば目に見えす耳にも聞こえない本源と交流することによって、ペテロが真実を掴んだことをイエスが喜んでいるからです。
 即ち、既存の感覚によらず、印象の経路を通じて物事を理解できるようになった弟子達を祝福していることに、今日の私達は注目しなければなりません。
 テレパシー開発の意義は、いつの時代にあっても、その者の進化にとって大変重要な条件であるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落375

375 It was this universal Intelligence that Peter used when he said to Jesus, "Thou art the Christ, the Son of the Living God." Matt. 16:16.
375 ペテロがイエスに「あなたは生ける神の息子だ」(マタイ16章16節)と言った時、ペテロはこの宇宙普遍の英知を用いていたのです。



【解説】
 ご存知のようにペテロはその後のローマ教皇に繋がるキリスト教の礎となった人物です。そのペテロがイエスをキリスト(救世主)であると洞察したことを、イエスは本文にあるように称賛したという訳です。
 イエスが称賛したのは、ペテロが外見に「とらわれることなく、その人物(イエス)の中に息づく宇宙の源泉に直結した生命の息吹を知覚したことを褒めているのです。このことがその後のキリスト教を担う役目をペテロが担うことに繋がったということでしょう。
 その時代から2000年近くも経過しましたが、イエスの教えの価値は高まることはあっても廃れることはありません。もちろん、他にも仏陀をはじめ多くの人類の師が地球に降り立ちましたが、その教えのいずれもが、今日まで伝えられ人々を導いています。
 おそらくこの一連のアダムスキー哲学も長らく地球に伝えられるべきものになるでしょう。これらは皆、宇宙に根差し、その波動に本源を置くからです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落374

374 If we are understand Original Cause, we must discipline our minds as we would a child, and deal with the four senses as we would four children. We are all individuals rays of Intelligent Cause manifesting through matter.
374 もし私達が原初の因を理解しようとするなら、私達は自分達の心を私達が子供に対するように躾けなければなりません。四つの感覚に対しては四人の子供に接するように振る舞わらなければなりません。私達は全て物質を通して現出している英知ある因の個々の光明なのです。



【解説】
 私達の本質は何かについて、本項は短い言葉で結論を述べています。
 私達は各自の人生の中で、様々な労苦や喜びとともに多くの経験を積んで来ました。そしてそのいずれもが私達にこの本質についていささかなりとも学ぶ機会となった筈です。自らの体験から学ぶことが出来ないなら、人生は無意味ということにもなりかねません。
 こうした一連の学びの中で、私達は自らの表層的な感覚による限界を自覚する一方、想念・印象という目に見えない瞬発的なインスピレーション(啓示)が多くの場合、瞬時に物事を解決してしまうことを目にしています。
 その想念・印象の波動は何処から来るかと言えば、宇宙の中心としか言いようがありません。私達はそれら想念・印象波の一つでも同調出来れば、私達はその想念・印象波と一体化し、その波動を体現することになるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落373

373 Volumes could be written on the subject of thought and its action, yet barely disturb the surface. It is one of the most interesting fields of research one can hope to find; for it is as vast as Infinity itself, and is the actual foundation of all our sciences.
373 想念とその作用のテーマについては何巻もの本を書くことが出来るでしょうが、それでも何とか表面に触れられるだけです。それは人が望み得る研究分野の中で最も興味深い分野の一つです。何故ならそれは無限遠そのものと同じほど広く、しかも私達の全ての科学の基礎でもあるからです。



【解説】
 想念・印象の研究はそれほどに奥が深く、有意義であるということです。広大な宇宙空間にも及ぶその作用は宇宙を貫く法則から極小細胞の知性にまで、あらゆる分野を下支えしているのです。
 従ってその作用は驚くべき大きさと影響力を持っているという訳です。かつてモーゼや古代の指導者達がその力の大きさを自覚し、人々に畏れ敬うよう教えたのは、この為であったのでしょう。
 今日の私達は、より知性的に自らの判断力に基づき、正しくこの分野に立ち向かおうとしています。このテレパシー講座はこうした私達の探求の道を照らし導くものと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落372

372 Reasoning should be used to evaluate all things impartially, and to elevate the sense perceptions to understand and accept Cosmic Intelligence. Pure reasoning must involve the elements of faith and confidence; not faith in one's self as a personality, but faith in the immutable laws of thought-action, and in the unlimited scope of awareness in the faculty of feeling. This, I have proven by my own experiences over a period of years.
372 推論というものはあらゆるものを差別なく評価するために用いられるべきであり、感覚の認識機能を宇宙の英知を理解し、受容するために用いられるべきです。純粋な推論は信頼と信念の要素を含まなければならず、個性としての自我への信頼ではなく、想念-行動の不変の法則やフィーリングの機能に対する無限の知覚展望への信頼です。これは私自身の経験によって何年もの年月を経て実証して来たものです。


【解説】
 個々の想念や事物を正しく学ぼうとする姿勢(reasoning)は私達にとって大切な要素です。しかし、それは宇宙の根源神への信頼や信仰に基づき、また万物に愛情を注ぐものでなければなりません。
 私達はこの世の中に生きて、人生を旅している訳ですが、その間、様々な出会いがあり、観察や体験の機会を得ることでしょう。そうした際に、私達はひとつずつ物事の奥にある繋がりや仕組みを学ぶ好機を得る訳です。こうした時において、漫然と従来の惰性の精神状態、無感動の心境に居ては、せっかくの機会を逃すことになってしまいます。
 与えられたチャンスを活かし、次なる発展につなげる為にも、これら想念・印象波が伝えようとするイメージに寄り添った受容態勢を心に構える必要があるのです。
ギャラリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
プロフィール

ganetworkjapan

アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ