ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落308

308 Should you become aware of an interference from the sense mind, either through impatience or egotistical effort, discipline it as you would a child. This must be done immediately, for if you don't, something will be missing from the picture which could result in confusion.
308 もしも貴方がせっかち或いは自己中心的な活動から感覚心を通じた干渉を察知した場合は、その心を子供に対する様に躾けることです。これは直ちに行われなければなりません。何故なら、もし貴方がそうしなければ、その全体像から何かが欠落し、その結果、混乱を生じさせ得るからです。



【解説】
 自分の心の動きに鋭敏になる必要があるということでしょう。私達自身が進化する為には、先ずは自分の心の傾向を把握し、時々に応じて指導する必要があるという訳です。
 とりわけ、意識からの印象類を感受しはじめた時は、心が勝手な解釈や未知なるものへの不安等を引き起こして、その本来の印象の流れを妨げることがあってはなりません。せっかくの新しいアイデアが生まれつつある好機に、それらを台無しにする行動は各人にとって大変なマイナスとなるからです。
 本文ではそれ故、そのようなことが判明したら、直ちに改めるよう私達に注意しているのです。また、言い方を変えれば、その時こそ真の進化を遂げる好機であり、その状況を大切、丁寧に取り扱うことが大事です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落307

307 One should not question what the consciousness has to reveal before the full revelation comes. And you should fear nothing - for that could cause you to lose the sequence of the lesson. For as we know the mind has been accustomed to fear that which it does not understand, and reject that which is unpleasant, due to the wrong teachings it has been subjected to. But we know that every manifestation fits into every other one, it must be so in order for the Cosmos to be complete. And when this is understood by the mind a beautiful unfoldment will come, each part of the puzzle falling into place to make a complete picture. And it will not reject anything.
307 完全な啓示が来る前に意識が明らかにしようとしていることに疑問を差し挟まないようにしなければなりません。また何物も恐れてはなりません。レッスンの一連の流れを失うことになるからです。私達がよく知っているように、心はこれまで服従させられて来た過った教えのせいで、理解しないものを恐れ、不愉快なものを拒絶することに馴れさせられて来ました。しかし、私達はあらゆる現れが他のもの一つ一つと調和することを知っていますので、それもまた宇宙にとって完全なものになる為には必要であるに違いないのです。そしてこのことを心が理解するや、美しい展開が明らかにされ、ジグソーパズルの各々の一片は完全な絵を作り上げる為の場所に収まることでしょう。そしてそれは何物をも拒絶することはないのです。



【解説】
 本項は、私達がこれから直面する事柄、或いは感受する印象について素直に受け入れ、決して恐れたり或いは先回りしてより多くを知ろうとしてはならないこと、全体像が判明するまで辛抱強く見守ることの大切さを説いています。
 多くの私達は先々の物事に不安を、また過去の失敗を悔やむことによって、生きている現在に関心を払うことがありません。実は時々刻々新たな印象・アイデアが注ぎ込まれ、私達の肉体西郷はそれに呼応しているのでしょうが、肝心の心は無頓着な状況です。
 しかし、これでは生命本来の活動は活かされません。現在どのような印象が湧き起こっているかに鋭敏になり、それらが示唆するイメージを把握するよう、観察力、理解力を高める必要があるのです。また、今を生きると一口に言っても、それは心主体で勝手な生き方で良いとする訳ではなく、いわば創造主を源泉として湧き起こるインスピレーションに私達を完全同期させ、その表現者として生きることが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落306

306 And speaking of the by-ways - as consciousness is the sea of life everything is living within it. And as the Cosmos knows no beginning or ending, we are living in the embrace of a vast structure which has many interesting things in it, and our attention of interest will shift from one thing to another. This could be likened to standing on the top of a very high tower. While facing east things will be seen that are in that direction, and to the west, the same, etc., etc. So when the sense mind is interested in conscious perception it will want to see everything within the household of consciousness. This could become a hazard, for this hunger for knowledge could promote impatience, and confusion would be the result. So the mind must learn self control. And remember it has eternity in which to learn. With this awareness it will gain knowledge step by step in the sequence of events. And there will be no gaps or divisions that cause divisions and mysteries. The interest of the mind should be of such a nature that time is not involved, only learning what each step has to offer. Then when it is time for the next step to be taken the blend will be there without any foreign element that could come from the mind.
306 脇道について言えば、意識は生命の海であり、あらゆるものがその内側にあります。宇宙には始まりも終わりもありませんので、私達はその内側に多くの興味深い物事を持つ広大な構造物に抱かれて生きておりますが、私達の興味は一つのことから他のものに移り変わるものです。これは一つのとても高い塔の頂上に立っていることになぞらえるでしょう。東を向けばその方向にあるものが見えますし、西を向けば、また同様等々です。そのように感覚心が意識的知覚力に関心を持つようになると、心は意識の家庭の中にあるすべてを見たがることでしょう。しかし、これは危険要素に成り得るのです。何故ならこの知識への渇望は性急さを助長し、結果として混乱が生じるだろうからです。ですから心は自制を学ばなければなりません。そして学ぶべきものには永遠があるということを覚えていて下さい。この自覚を持てば、出来事の一連の流れの中で一歩一歩知識を得て行くことでしょう。そしてそこには分裂や神秘を引き起こす如何なる割れ目や仕切りはないことでしょう。心の興味は時間には巻き込まれず、只一つ一つの段階が授けるべきものを学ぶという性質のものであるべきなのです。そうすれば、次なる段階の時期になった時、心から来る無関係の要素が入り込むことなく、融合が起ることでしょう。


【解説】
 日常、如何に私達は様々なものに気を取られ、現在直面すべき課題に向き合っていないかは、良く分かります。多くの広告があり、様々な商品の宣伝もある訳です。こうする中で私達は次々に脇道に誘導され、本来の生命探求の道を見失ってしまうのかも知れません。
 こうした中、陣の自分、課題を抱えている自我と向き合う為には、各自それぞれの工夫をし、努力するしか方法はありません。座禅や瞑想等は当座の心を鎮め、自我と向き合う時間を作り出しますし、そうする中で心の限界や意識の存在を知覚するものと言えるでしょう。
 しかし、より効果的なのは、日常の生活や仕事を行いながらも、意識の指導に従う、即ち印象に従って行動をとることでしょう。その間、湧き出す新たなヒラメキやアイデアはその日常生活に応用できるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落305

305 The space people live this understanding of life, but they also have a long way to go to attain it. However they have set their foot upon the right path and eventually will accomplish what they have set out to do. While we have promoted various highways and by-ways that have proven to lead everywhere except to the household of the Creator. We can be thankful to the Brothers for giving us the key of consciousness that unites all creation as one with the Creator.
305 宇宙人達は生命に関するこの理解を生活の中で実行していますが、彼らにもまたそれを達成する為の長い道があるのです。しかしながら、彼らは既に正しい道筋に足を乗せており、やがてはその提示したなすべきものを達成することでしょう。一方の私達は(戻るべき)創造主の家庭以外のあらゆる場所に導くものであることが明らかとなった様々な大道や脇道を奨励して来てしまっています。私達は宇宙兄弟達にすべての創造物を創造主と一体化する意識のカギを与えてくれたことに感謝してもよいでしょう。


【解説】
 この講座の真の目的は本項に良く示されています。これまで多くの教えがある中で、この講座は進化した他惑星人が自ら歩んだ道程を私達に示して呉れたもので、決して単なる著作物ではないという所が重要なポイントです。
 つまり本講座の内容は私達がその内容を日々実践する中で、はじめて実感・体験できる訳で、単に呼んで内容を覚えるといったものではありません。
 とりわけ、私達が想念・印象に鋭敏になることが最初のポイントです。また、日常の自分の行動を観察する中で自らの心の問題や意識の存在について知覚することも重要です。
 この二つを実践することでも実生活は豊かになるものと思いますし、その本来の発現を私達自身を通じて出来れば、日々の生活も充実したものとなる筈です。大事なことは、私達は本講座を授けてくれた他惑星人社会に感謝すると同時に、自己をその生命の表現者とすることで価値ある人生とすることです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落304

304 We are all conscious beings and the still small voice which is consciousness keeps impressing us that there is a better way than the mind has promoted. It is not some teacher or preacher, here and there, that can tell us how, but the consciousness that is within each, as it is within him. For it is THIS that has made man aware of a better life for centuries, and it will continue to do so until man's sense mind gives its dominion over to consciousness. And when this happens man will know, for he will never again sense any divisions or feel himself separated from the Creator.
304 私達は皆意識的な存在ですし、意識である小さくかすかな声が私達に心が押し進めているよりも良い方法があると印象づけ続けています。私達にそれがどのようにしてと教えられるのはここそこの教師や説教者ではありません。それは各自の内側にある意識であり、意識が人の内側にあるからです。何故なら、何世紀にわたって人により良い生活について気付かせて来たのはまさにこれなのです。そして意識は人間の感覚心が意識にその支配権を譲り渡すまで、その援助を続けることでしょう。そしてこのことが起る時、人は理解するのです。何故なら人はそれ以降、決して如何なる分け隔てを感じることは無く、創造主から自身を分離した存在として感じることもないからです。


【解説】
 常に私達の傍らに居る意識の声こそ、私達が最も頼りにしなければならない存在です。普段私達はその存在に気付くことなく暮らしていますが、少しでも耳を澄ませばあるいは気持ちを落ち着かせれば、私達はこれら無言の支援の中に生きていることが分かります。
 多くな病になったり、困難にぶつかった時、私達はその存在に気付く訳ですが、それは即ち、それまでの私達の心の指示ではうまく行かなかった時に心の限界を思い知る時に他なりません。
 そういう意味では各自の困難の際には、この意識、宇宙的な生命力を学ぶ良い機会なのかれ知れません。もちろんより望ましくは、この無言の生命力や宇宙的生き方について他者の理解が進むよう、考え努力することがはるかに重要なことは言うまでもありません。自ら学び取ったエッセンスを分かち合う姿勢が大切だということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落303

303 Man cannot forever serve his mind - for himself. Or other minds for other men and expect to realize and enjoy a heavenly state of life.
303 人は自分自身の為にも、自分の心に永遠に仕えることはできません。他人の為、他の心に仕えることも同様で、そうすることで悟りを得、天国のような生活を享受することを望むことはできません。



【解説】
 私達は自分自身も含め、不安定で身勝手な心に従ってはいけないということです。
 これまでの様々な経験から私達は自分の心がある時は不安から、またある時は怒りや悲しみから大変不安定な状況に陥ることを学んでいます。そして、その指示に従って行動することが如何に無益でまた害を及ぼすかを身に染みて知っています。
 自分であれ他人であれ、所詮、心に従うことには大きな問題があるのです。そうすることを避ける為に私達は冷静に心を観察し、統制する一方、心ではなく無言の意識を重んじる必要があるのです。
 迷いの心に従うのではなく、私達の生命を真に支える意識の存在を受け入れ結果に頼らない生き方に一大転換する必要があるということです。同乗記にも他惑星人は相手に対面する時、相手の中に創造主を観ると語られています。私達各自に内在する創造主の意識を観ているということでしょう。相手の自我でなく、その奥深く内在する創造主の要素を観て、その創造主に語りかけるものと思われます。
 私達も各自が内在する意識を開拓すればするほど、自我は縮小することになり、やがては意識を表す存在になれるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落302

302 Reading these lessons will not do it, but living them will. And when you have done this you will have mastered yourself. And the elements that are here will serve you. For man is the only form that has the potentials of the Father. But he must first recognize consciousness as the Father, and return back from whence he came if he is to fulfill the purpose for which he was created.
302 これらの教科を読むことではそれを達成しません。それらを生きることが達成させるのです。そして貴方がこのことを達成する時、貴方はご自身を支配したことになるのです。そしてここに存在する元素類は貴方に仕えることでしょう。人間が父の可能性を持つ唯一の形有るものだからです。しかし、人は最初に父として意識を認めなければなりませんし、もし自分が創造された目的を成就するのなら、自分が来た所に戻らなければなりません。


【解説】
 何よりも実践が大事ということです。ただ読むだけでは効果は上がりません。この生命の科学学習講座は単に読んで分かるというものではなく、自ら試し実践する過程で具体的な成果が出て来る訳ですし、理解も進むということでしょう。
 とりわけ私達が取り組むべきことは、著者が繰り返し説いている宇宙意識を如何にして知覚し、自身の生活に活かすかということです。私達には日常、音声や文字に囚われがちですが、目を閉じて耳を澄ます中で、自分の意識を水平に拡張するような状態にしていた時、私達は無言の印象体である意識に到達するように思っています。
 ひとたび意識という無言の生命力を知覚出来た後は、日常的にそれらに親しみながら、そこからもたらされる印象に従って行動する中で進化がもたらされ、自分の周囲の環境も整えられるような気がしています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落301

301 If you cannot do this from nature's point of view, we have another method by which we can do better than we have in the past. As we are supposed to be Christians -let us use the teachings of Jesus and make them a part of our daily life. Or which ever Messiah you are following - practice their teachings so that they become habitual with you. Just as your associate's habits become a part of you. If you will do this you will be amazed at the changes in your life as the many unpleasant things are replaced by understanding. But you must make your sense mind determined to follow the guidance of The All-knowing Consciousness. Then you can say - "I the sense mind do nothing, but the consciousness does all things through me." If we can accomplish this, which we must do, the newness of life will manifest through us. And old age will be replaced by youth. And sickness will be replaced by health. And we will be on the way in making the Earth a Heaven.
301 もし貴方が自然に対する見解の違いからこのことが出来ない時は、これまで行って来た以上に良く出来るもう一つの方法があります。私達はクリスチャンと想定した場合、イエスの教えを用いて私達の日々の生活の一部にするのです。或いは如何なる救世主に貴方が従っているかを問わず、彼ら救世主の教えをそれらが貴方の習慣となる程に実践することです。貴方の仲間の癖が貴方の一部となるようにです。もし貴方がこのことを行うなら、貴方は自分の生活に起る変化に驚くことでしょう。多くの不愉快な事柄が理解に置き換わるからです。しかし、貴方は貴方の感覚心をその全智の意識の導きに従うことを決意させなければなりません。そうすれば、貴方はこう言うことができます。「私、感覚心が何をするのではない。意識が私を通じて全てのことを為さるのだ」と。もし、私達がこれを達成できれば、またそうすべきなのですが、生命の新しさは私達を通じて現れることでしょう。そして老齢は若さに置き換わることでしょう。そして病は健康に置き換わります。そして私達はこの地球を一つの天国に作り上げる道筋にあることでしょう。


【解説】
 何事も実践が大切だということです。本項で著者は読者にもし、前項のように自然観察的手法に親近感が湧かないなら、キリスト教等、様々な聖人の教えに親しめと説いています。
 聖人達の教えを実践し、少しでも彼らの生き方を見習うことが出来れば、人生は一新すると断言しています。つまりはそれらの実践を通じて万物を貫く宇宙普遍の意識に近づくことが重要であるという訳です。その結果として、各自がこれまでの各自の心でなく、宇宙的意識に従った生き方を出来るようになるとしています。
 習い事もそうですが、最初は教師の手本を真似て自ら試すことから始まります。そういう意味では幸いにも地球には過去何万年から聖人達が絶えず訪れ、地球人を導いて来た歴史がある訳で、私達はこれらの教えを自分達で十分消化吸収することが出来る環境にありますし、多くの教えが一つの真理を伝えていることを学ぶことになると思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落300

300 So if we are to be a perfect manifestation of the Creator we should study nature more than we have, as it is the conscious expression of God. And we should observe and adopt its laws of oneness in the same manner that we adopt each other's habits and even look alike.
300 ですから、私達が創造主の完全なる現れとなるには、これまで以上に自然を研究することです。何故ならそれは神の意識の表現であるからです。そして私達は互いの習慣を取り入れ、姿も似て来るのと同様に、観察し、その一体化の諸法則を取り入れることです。


【解説】
 自然から学ぶという姿勢の中には私達が私達自身を創った創造主を学ぶという意味があることが分かります。そしてその学ぶ姿勢も私達がそれらの創造物達と一体になれるような親密感が生まれる程、親しいものである必要があるのです。
 そうする中で私達は創造物や創造主と近しくすることが出来、やがては創造主とも一体感が持てるようになるという訳です。
 そういう為には、私達は目の前の世界、自然界の中に創造主の意図を感じ取らなければなりません。自然観察、絵画の制作、写真の撮影等は皆、これら自然の中に息づく生命力の輝きを記録したい、学びたいという意図から来るものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落299

299 Man's law of discrimination and judgment is non-existent in creation. We are told that the sun shines on the just and unjust alike. And while differences are many in the human mind - in the Creator's consciousness all are necessary parts that make up the Cosmos. And without each part the Cosmos would not be complete. The principle difference between man and his creator is that the Creator understands the purpose of creation and finds no fault with it, while the sense man not understanding consciousness, the real part of himself, lives the mental side of life. Thus he finds fault with the Creator's creation and brings about unpleasant conditions for himself. But when man makes the blend and lives the whole life he will know the purpose of creation, no longer using the law of discrimination which caused the unpleasant conditions.
299 人間の差別と裁きのならわしは創造の中には非存在のものです。私達は太陽は正しい者にも不正な者にも等しく輝くと教えられて来ました。また、人間の心にとっては多くの相違が見えるのですが、創造主の意識の中では全てが宇宙を造り上げる上で必要な部品なのです。そして、これらの部品無しには、宇宙は完全なものとはならないでしょう。人と創造主の間の最も重要な違いは創造主は創造の目的を理解し、それに何らの誤りを見い出さない一方、感覚人は自分自身の真の部分である意識を理解せず、生命の内の心の側を生きているのです。こうして彼は創造主の創造作用にけちを見つけ出し、自分自身に不愉快な状態をもたらしています。しかし、人が融合を達成し全ての生命を生きるようになる時、彼はもはやその不愉快な状況をもたらした差別のならわしを用いることをせず、創造の目的を知るようになるでしょう。



【解説】
 本項は私達の最大の問題である差別と裁きについて説いています。しかし、私達自身、この問題について著者が何を説いているか十分には理解出来ていないように思います。
 少しこの講座を学んだ人にとって、差別や裁きは改められるべきであり、良くない点であることは十分承知していることでしょう。日常生活においても、好き嫌いや怒りを避けることの重要性は十分心得ている筈です。
 しかし、それでもなお私達には日常の不安や不満は残っていることが多いものです。自分の意図した物事がうまく進まなかったり、或いは健康面その他、家族に関する問題等々、私達の日常生活にはそれを十分に楽しめない、即ち生命を享受出来ない要素も多いものです。
 一方、よく見るとそれらの一つ一つには実は良否の差別や裁きの要素が残っており、それらが問題を引き起こしていることが分かります。つまりは善悪共々そのまま受け入れ、その中で問題を解決して行くことが必要になると思われるのです。その問題に対する入口で悩んでいるのが私達であり、先ずは現状を全て創造主の計らいと受け入れ、その中で自分らしい生き方を追及すべきかと思うものです。
 おそらく振り返って見ると、人生は短く思えるのかも知れません。その限られた時間の中で何とかこの課題を解消し、次に進みたいものです。

ギャラリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
livedoor プロフィール
アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ