ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落232

232 This is no different than a mother who refuses to believe that her child can do anything wrong, and will not correct it. Eventually the child suffers with the parent because the parent failed to strengthen the weakness that was showing up in the child. This was caused by the mother's fear of recognizing the weakness in the child. And she added weakness to weakness instead of correcting it. Finally the mother had to face the truth, she could no longer avoid it and it was far more difficult than it would have been in the earlier stages.
232 これは自分の子供が何ら誤ったことをする筈がないと信じて、子供を正そうとしない母親と変わりありません。しかし、最後は子供がその両親に苦しむことになります。何故なら両親はその子供の中の弱さに対して強くすることに失敗したからです。これはその母親が子供の中にある弱さを認めることを恐れていることによってもたらされたのです。そして母親はその弱さを正す代わりに弱さの上に弱さを付け足して来ました。遂には母親はその真実に直面せざるを得ず、もはや避けることは出来ず、それは早期の段階に比べてはるかに困難なことになってしまったのです。



【解説】
 本項は私達が自分自身を見詰める時、どのような態度をとるべきかを示しています。
 とかく私達は何か不都合な状況の原因をそれを招いた自分自身に置くのではなく、他の者のせいにしますし、何事によらず、自身の落ち度を認めようとはしません。言い訳や言い繕いには長けているという訳です。
 しかし、やがてはその問題に向き合わざるを得ない状況になる訳ですが、その時点では支払う代償も大きなものとなっています。
 これに対し、日常から自身の問題点を自覚し、これを是正することが重要な訳です。特に本項で言う「自分の弱さ」について、具体的にそれが何を示しているのかを、各自考える必要があるのです。
 「将来に対する不安」や「健康上の問題」、「経済上の課題」等々、現代の私達を取り巻く問題の多くは、私達自身の心が拠り所とすべき存在を持てない為に生じています。どうも周囲を見てもそれらの状況に陥っているのは人間だけのようです。その違いは何処にあるのかを考え、私達自身の心が真理に対する知識が無いことに原因があることに気付く必要があります。基本的な心構えを得る為にも、自分の何処に問題があるのかを学ぶ必要があり、それを先延ばししてはいけないということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落231

231 Once the mind realizes its weakness that has caused much unpleasantness during its life, it should then be determined, even thought it is painful at the beginning, to lend itself to conscious guidance. These obstacles could arise when it tries to do this ; A thought of fear of losing its identity and authority that it has had during its domination even though it encountered many mistakes and uncertainties on its path of self-will. For lacking knowledge, it followed effects with no more knowledge than it had as it repeated mistakes, and alibied for them with a hope of bettering its position instead of correcting the mistakes.
231 ひとたび心がその生涯の間に多くの不愉快な体験をもたらした心の弱さを自覚したならば、心ははじめは苦痛と感じることがあっても、それ自身を意識の導きに委ねることを決心すべきなのです。これを為そうとする時にはこのような障害が発生することがあり得ます。つまり、例えその自己の意志の道筋において数多くの過ちや不安定状態に遭遇したとしてもその支配の間に得ていた心の独自性と権威を失うことへの不安感です。何故なら心は知識が不足している為に、それ自身と変わらぬ知識しかもたない諸結果物に追従し、過ちを繰り返しており、それら過ちを修正することに代えて自分の地位をより良くしたいと思ってアリバイ作りを行って来たからです。



【解説】
 人知れず自分に向き合う時、人は自分の弱さを実感することでしょう。何よりも将来の不確実さや、自らの健康、家族の行く末等々、数えればきりがない程、私達は不安な要素を抱えています。
 しかし、本項で著者はこれらは心の弱さであり、自尊心を捨てて意識の指導の下に生きて行くようにと諭しているのです。
 ではどのような心境を起こせば、それに沿った暮らしが出来るかが問題です。宇宙的意識が全能であり、自身もそれによって生かされていることは、知識としては理解している訳ですが、それをどのように実感し、認識しているかが問われているのです。つまり、具体的にはどのような心境を維持すべきかという訳です。
 これについては、私自身、印象・インスピレーションを大事にする、それらに従うことだと考えております。宇宙意識からの指導は常に印象・想念としてもたらされます。その精妙なヒラメキを受け止め、その持つ意義の重大さを自覚することが、第一歩のように思います。その為に、先ずはそれらの高レベルの想念波動を自ら受け入れる態勢にすることが肝要となります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落230

230 And this can only be done by allowing the consciousness with its unlimited power and knowledge to put the house in order.
230 そしてこれは無限の力と知識を持つ意識にこの家の中を整頓させることによってのみ、なされ得るのです。


【解説】
 何事も整理することが基本のようです。とかく習慣に流される私達は何ら整理を行わないまま、ただ様々なものを貯め込みがちですが、結局は未整理の山の中で暮らしているという訳です。
 悩みも同じで、自分が何に悩んでいるかすら整理出来ていないまま、無為な時間を過ごし易いようにも思われます。
 これに対し、仏教では僧侶はものを持たず、その日の暮らしを毎朝の托鉢で得た糧で過ごすべきとされています。世俗的見地からは不安定な生活に思われるかも知れませんが、僧侶の生活は「仏」を中心に据えるもので、こうした目に見えない指導的想念を据える中で、心の中から煩悩は消え去り、すっきりした状況になるものと思われます。
 今はやりの「断捨離」もこうした整理を実行し、自分にとって真に必要なものだけを取り出す、整理の過程かと考えます。自らの想念を観察することや自然界の営みを観察する中で、その中に流れる宇宙的印象を感じ取ることもこれに類似した整理を示唆しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落229

229 After thousands of years of living as we have, becoming habitual individuals, we have created habitual cells in relation to the mind. And habits do become hungry for their own food. i.e. An alcoholic's mind knows that it is not good for the body to go to extremes, but the habit is the master of the mind. The mind lost the strength of its will and the power of determination to oppose the habit so it continues as a slave to the habit. And this is true of all habits, for most of them operate in extremes. This does not mean that you cannot take a drink or do similar things, for all things are good in moderation. But it does mean that one should be determined to be the master of his life rather than have the habits master him.
229 私達は何千年もの間、このように生き、習慣的な個体となった結果、その心に関連した習慣的な細胞を造り上げてしまいました。そして諸習慣はそれら自身の食物を求めて腹を空かせるようにさえなるのです。即ち、アルコール依存の心はそれが程を越して極端になれば肉体に良くないことを知っていますが、それでも習慣がその心の支配人になっています。心はその習慣に反抗する意志と決心の力を失った為、その習慣の奴隷となり続けるのです。しかもこれは全ての習慣について言えることです。何故なら、それらのほとんどが極端に作用するからです。このことはあなたが一杯飲んだり、類似した事柄を行ったりしてはならないと言うことではありません。何故なら、全ての物事は適度であれば良いことだからです。しかし、人は諸習慣が自分を支配するのではなく、自分が自身の人生の支配人になることを決心すべきことは確かです。



【解説】
 様々な依存症は、私達の身体内部に既にその習慣に支配された細胞群が支配者になっていることを示しています。私達の長年の習慣が私達自身を支配し、その果ては苦痛をもたらす状況に行き着くだけです。
 それに対し、本項で著者は何事においても自身の人生を自分で決断し、習慣に流されるな、と説いています。これら習慣的細胞に自身を支配させるなと警告しているのです。
 そこには常に気分一新、新鮮な想念、新しい世界に対して関心を抱き、多様な生命の世界や広大な宇宙を探求しようとする心境が重要です。少年と老人との唯一の違いはその心境にあると考えます。新しい世界に関心を持ち、生命を探求する心境が若々しい心を造り上げ、また宇宙を流れる基本的な波動に沿うものとなる筈です。時は夏、蒸し暑い中ですが、青葉茂る木々の間を通り過ぎる中、セミ達の声に耳を傾け、その合唱に声援を送る気持ちも必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落228

228 The only difference between man and nature is - nature has no will of its own for as stated before, it is under the will of the All Inclusive Intelligence. Man as the highest expression was endowed with a free will mind, and it is here that he has his trouble. For the mind as an effect guides itself by other effects instead of lending its will to the will of the Cosmos. The reason that man was given a free will mind was that he might learn from The Supreme Intelligence the way and purpose of life. And he is endowed with the potential of becoming like his creator and say as Jesus did, I and the Father are One, and when you look at me you see the Father. The Venusians and other planetarians endeavor to express this daily by willing their minds unto conscious guidance. And we must do this if we are to fulfill our purpose.
228 人と自然の間の唯一の違いは、以前述べたように自然は自身の意志を持たないということであり、それは全てを包む知性の意志の下にあることです。最高位の表現物である人は自由意志の心を与えられており、そのことが人が問題を抱える所となっています。何故なら一つの結果物である心は宇宙の意志に自らの意志を貸し与える代わりに他の結果物で自らを導いているからです。人が自由意志を与えられているのには人は最高位の知性から人生の歩むべき道と目的を習うだろうと期待されているという訳があります。そして人は創造主のようになり得る能力を授けられていますし、イエスが私と父とは一つである、あなたが私を見る時、あなたは父を見ているのだと言ったようにです。金星人達や他の惑星人達は彼らの心を意識の導きに喜んで従わせることによってこのことを表現しようと毎日努力しています。そして私達も自分達の目的を達成するつもりなら、同じことをしなければなりません。


【解説】
 ここで重要なポイントは、人間とその他の生きもの達との違いです。本講座においてもよく言われることですが、人間は自由意志を持つが故に創造主から離れ、自ら迷いの中に救いを求めている事実があります。これに対して他の生きものはその意志を持たない故に、意識の指導そのものに従い生きて行く中で、苦悩も悩みもなく、穏やかな暮らしを送り、自らに託された機能を果たしているという訳です。
 ここまでは、本講座の学習者であれば、極自然に容認できるものと考えます。しかし重要なのは、何故、人間には自由意志が与えられているかという点にあると考えます。つまり、他の生きもの達は、与えられた指導的印象に従って行動している訳ですが、彼らは自然や宇宙の全容、創造主の威光の全体像を理解する存在ではないように思うからです。
 創造主の意向を理解する為に、一つ一つの現象を観察し、自ら学び知識を蓄積して行く上で、自由意志が必要なのではないでしょうか。つまり他人の意志に自身を委ねるような催眠術が有害であることや、盲信的な傾向も良くないという訳です。
 一つ一つの現実を自ら観察し、その中に含まれる教訓、即ち真理を学び記憶する中で初めて創造主を理解することになると思うのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落227

227 The cells in the toe are different from those in the finger but each group is working with the others to make the body a perfect manifestation. And the same power and guidance lends itself to all alike. This is no different than the cosmic expression in the earth's cell structure. For from the lowest expression in the mineral kingdom and through the millions of nature's manifestations the same power and intelligence is expressing in varying degrees. This law is constant and does not change to favor one form, or a planet, above another.
227 足指の細胞は手の指のそれとは異なりますが、それでも互いのグループは人体を完全な創造の現れにする為、共に働いています。そしてそれと同じ力と導きが万物に等しく授けられています。このことは地球の細胞構造における宇宙の表現と違うものではありません。何故なら、鉱物王国における最低位の表現から、そして何百万もの自然の創造の現れを通じてこれと同じ力と知性が様々な度合で表現しているからです。この法則は不変であり、ある一つの形あるものや惑星の便宜を図る為に他に優って対応を変えることはありません。


【解説】
 本項では宇宙も地球も私達の身体の細胞と同じだと説いています。全体として私達の身体が望ましい機能を果たす為に、各部位各細胞、各分子原子が他と協力してその機能を実現しているという訳です。それは宇宙を貫く法則、創造主の意思であり、その恩恵には対象の区別はありません。善人でも悪人でも等しくその恩恵にあずかることが出来るのです。
 このような抱擁的な環境の中で私達は暮らしていますが、実はそうでなかったら、私達地球人はとうの昔に滅び去っていたことでしょう。幼稚な心、自己中心な者は他と争うことはあっても、調和して生き方を求める者は少ないからです。
 しかし、長い年月の間に起こる進化の過程は、多くの生物に穏やかさと洗練された美しさを持たせるように思われます。生物の進化の過程は化石からも容易に知り得る訳ですが、どう考えても恐竜時代の生きものに比較して現代の生きものの方が穏やかな雰囲気を持っています。生物の進化の過程はゆっくりですが着実に進んで行くということでしょう。一方、その進化のスピードは私達自身がこれら宇宙の法則を理解すれば格段に速めることが出来ることは、他の惑星の人々を見れば明らかです。日々の生活の中で少しずつでも継続することが成果をもたらすからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落226

226 As stated before, the body is made of trillions of cells, grouped for perfect maintenance and operation. No different than the structure of the cosmos, and the body has all of the cosmic force supporting it. And when the human mind is working in behalf of the cosmic plan, instead of self, it never knows any unpleasant effects. For then it is free from discrimination, judgements, and likes and dislikes.
226 以前に述べたように、肉体は何兆もの細胞から成り立っており、それら細胞は完璧なる維持管理の為にグループ化されています。それらは宇宙の構造と何ら違う所は無く、肉体はそれを支える宇宙の力の全てを持っています。そして人間の心が自身の為でなく、宇宙の計画の為に働いている時は、不愉快な結果を決して経験することはありません。何故なら、その時、人は差別や裁き、好き嫌いから離れているからです。



【解説】
 私達が日常保つべき心境として、自身の肉体には膨大な数の細胞があり、それらは互いに連携し、その肉体の存続、向上に貢献する活動を行っていることを認識することです。本項ではその状況を宇宙と同じであると説いています。自身の中に宇宙と同様な仕組みが働き、多くの星々と同様、細胞群が活躍して呉れているという訳です。
 もちろん宇宙空間には調和があるのと同様に、本来の私達の身体にも類似した姿が体現されており、唯一私達の心がその調和をかき乱す存在だということでしょう。
 私達が真に宇宙的存在になれるかどうかは、私達が自身をこのように宇宙的なものとして自覚し、その探究を通じて自らの心を鍛錬し本来の純粋で素直な存在に改質するかどうかにかかっています。その為に特に費用や労力を必要とする訳ではなく、自身の内側、与えられた身体の価値に改めて気づくことにあるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落225

225 This shows that the cosmic plan is orderly, but the mental is not stable and needs guidance.
225 これは宇宙の計画は整然としているが、心は安定せず、導きを必要としていることを示しています。


【解説】
 "迷える民"とは私達地球人を最も適切に表現する言葉でしょう。その迷える民に対して様々な救いの言葉や手が差し伸べられて来ました。しかし、依然として私達は不安定な情緒の中で暮らしていますし、実社会は互いに信用ならない相手として神経を使い、また一方では自己の欲望の奴隷と成り果てており、肉体細胞はこれらの状況を反映したものとなっています。
 短い本文の言葉ですが、"宇宙の計画は整然としている"という表現は重要です。よく言う例に原子の周期律表がありますが、宇宙に存在するすべての原始をあのように整然と整理出来ること、またそれらの表の中で性質を分類できる糖については、本来宇宙に存在するものは皆、このように整理されるものかと思う次第です。
 しかし一方の私達人間はまだ迷いの中に居るということでしょう。昔読んだ岩下壮一の生涯を記した「人間の分際」というその本のタイトルは何か本文による「導きを必要としている」人間を自覚した著者(小坂井澄)から湧き出た言葉のように思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落224

224 The first group starts the fermentation. The second group makes a perfect blend of the chemicals extracted. The next group eliminates the gases that are produced during the fermentation. Finally the scavengers throw off the waste matter that is left. If this process functions naturally you will never know a sick day. But if the cells related to the mind interfere with the cells that are doing the work, by the mind becoming angry, we know what the uncomfortable results will be.
224 最初の集団は発酵を開始します。二番目は抽出された化学物質の完全な混合を造り上げます。次の集団は発酵の間に生成されたガスを排出します。そして最後は、掃除人達が残った廃棄物を捨て去るのです。もし、このプロセスが自然に機能するなら、あなたは決して具合の悪い日を経験することはないでしょう。しかし、もし心が怒ったりすることによって心に関係している細胞達がこの仕事をしている細胞達の邪魔をすれば、どのような不愉快な結果になるか私達には分かります。



【解説】
 体内に入ってから、食物がどのように消化吸収され、同時に廃棄物が排出されて行くのか、本項は具体的に表現しています。炭水化物がいわゆる"解糖系"によって発酵分解されることや、その過程で生じた炭酸ガス等を体外に排出する等の現象を示しており、これらが身体内の細胞が各々の役割を果たす中で進行するプロセスだと説いています。
 食物を呑み込んだ後に進んで行くこのプロセスこそが食物を摂る意味なのですが、私達の心はそれらを理解することなく、味覚だけの判断で食物を選択し、また呑み込んだ以降に起こっている事柄を知ろうともしない訳です。
 そればかりか、心の動揺や極端な感情から、これら正常な働きを妨害し、体調不良を引き起こすことさえあるのです。この事実を考えただけでも、如何に私達は自身の身体の中で働く優れた細胞群にいつも助けられているのかが分かります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落223

223 Here is an example of grouped cells. First we will use the ones associated with the mind. The mind is alerted to take on food due to past habits for the body needs fuel. But as stated before, the mind does not know what is to be done with the food when it enters the body. But there is a group that does know, and while the mind is entertaining itself with something else this group goes on with its work. I have used this example for years in lectures and class work, but it illustrates very well, so I will use it again. Once the food enters your body the intelligence independent of the mind goes to work on it. We will class these workers in four groups, each working in behalf of the other.
223 ここで群れになった諸細胞の例をお話しましょう。最初は心に関係した細胞群を取り上げたいと思います。心は過去の習慣の結果、食物を摂取するよう絶えず注意を払っています。肉体が燃料を必要とするからです。しかし、以前述べたように心は食物が肉体に入った後、その食物に何が起るかについては知っていないのです。それでも知る集団が居て、心が何か他のことで楽しんでいる間に、この集団がその仕事に従事します。私はこの例えを講演や教室での講義で何年も使って来ましたが、それでもこの一例は大変よく問題を表わしている為、再び用いることにします。ひとたび食物があなたの体内に入るや、心から独立した知性がその食物に対して働きます。私達はこれらの働き手を各々が他の為に働らく4つの集団に分類することにします。



【解説】
 本項では心に支配された細胞の例として、私達が食事をする際関係する内容が説かれていますが、これについては以前、勤務していた職場の上司(保健所長)がある時、肥満防止に関連して、「ここ(口)からここ(喉)までの問題なんだ」と言われたことを思い出します。つまり私達が食事を摂る際に関与する口から喉までの細胞が私達が食事を摂る際の指導的な役割を果たしているという訳です。
 食物が味覚によって心地よいものでなければ私達は呑み込みはしませんし、食べる気にもなりません。また逆に、味覚が賛同する調味料を混ぜれば、それと同じものでも喜んで食べるものです。事実、○○の素(グルタミン酸ソーダ)は世界で大量に使用され、現地の飲食産業にとって無くてはならないものとなっています。
 実はこの味覚を司る細胞こそが私達の食物摂取行動を支配しているということでしょう。しかし、実際の食物の価値は味覚で決まる訳ではなく、身体に取り込まれた後は心とは別に働く細胞群によって適切に分解、仕分けされることになるのです。以前海外であったコンタクト事例の中に、飛来した宇宙船から出てきた宇宙人から水を貰ったお礼にパンケーキを貰ったがそれが味もない段ボールのようなものであったという報道がありました。宇宙人は不要な調味料を使って味覚を楽しませる食事習慣はないのかも知れません。

ギャラリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
livedoor プロフィール
アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ